狭間の地から四方世界へ   作:段々畑

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お久しぶりです。
二ヶ月も放置して申し訳ありません。
次回はもっと早い投稿を目指します。


感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。


下準備と強敵ー褪せ人

 この世界は4つの時代に分けられる。創造の時代、戦乱の時代、魔法の時代、そして冒険の時代。

 遥か昔、神々は自ら争っていた。しかし、その争いに疲れると骰子で勝負を始めた。そして、それにすら飽きると今度は世界と駒を作った。これが創造の時代。

 世界では神々の手によって戦乱が絶えず行われ、やがて一つの駒が神々が思いもしない物語を作り出した。冒険という概念の誕生である。この頃から、神々は世界と駒を愛し始め、自分たちに心がある事を知った。その後、世界への必要以上の干渉を止め、冒険への道筋を用意し、骰子を振るだけに止める黄金の約定を定めた。これが戦乱の時代。

 ある時、魔術師が台頭し始め、決闘と研鑽が繰り広げられるようになった。やがて、盤上での研鑽では満足できない魔術師たちは、盤上から異世界へと旅立って行った。これが魔法の時代。

 そして、現在の冒険の時代へと移り変わって行く。

 

 神々の間で約定を決めただけで

 律は誰も作ろうとせずに

 冒険という遊びに夢中になった

 

 外なる神が駒の意志に干渉しても

 何もすることはなかった

 

 駒が盤外へ旅立っても

 盤外から稀人が来ることを

 想像すらしなかった

 

 そこが付け入る隙となった訳だ

 

 稀人がどれだけ世界に影響を与えるのか

 考えもしなかったのだろうな

 

 永遠の女王も稀人だった

 女王がどれだけ世界に変革をもたらしたことか

 全く、女王がこの盤の出身者でなくて良かったよ

 

 ……心と愛か

 金仮面の探求者が見い出した

 不要な神とは何であったか

 

 ああ、そうだな

 心も愛も捨てがたいものだ

 私も王もそれを失いたいとは思わん

 

 捨てれないからこそ

 神と人は感じ取ることができないくらい

 離れるべきなのだよ

 

 とは言え、この世界に住まう者たちには

 まだ縋るものが必要だろう

 

 ……さあ、王よ始めよう

 先ずは、死王子のもとへ

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 腕を振るい、5本の刃を扇状に投擲する。放たれた刃は、自分を袋叩きにしようとした3匹のゴブリンに命中する。1匹は倒れ、残りも動きを止めてしまう。こうなれば、仕留めるのは実に容易い。

 後続から新たに複数のゴブリンが襲い掛かろうとするが、先程投擲した刃と同じ物を見せつけると先頭にいたゴブリンが驚き踏み止まる。その隙を、彼が見逃す筈がない。

 

 戦闘が終わり、周囲を警戒しながら投擲した刃を回収する。そして拾い上げた5本の刃を、再び1つに束ねる。

 

「……ふむ」

 

 束ねた刃、扇投暗器を確認しながらゴブリンスレイヤーは考察する。

 ゴブリンは、その弱さから数で有利に立とうとする。閉所なら1匹ずつ対処できるが、洞窟であっても開けた場所というのは存在する。誘い出すなり、煙で燻すなりができれば良い。しかし、それができない場合は複数を同時に相手にする必要がある。

 一振りで複数の刃を放てる扇投暗器は、1本の威力が低くても確かに有効であった。

 

「どうでしたか?実戦で使用してみて」

「悪くない」

 

 女神官の質問に、ゴブリンスレイヤーは簡潔に答える。扇投暗器をゴブリン退治に使用するのは、今回が初めてであった。初めて手にした時は、普通の投擲武器とは勝手が異なる為、少し練習する必要があった。しかし、普段から投擲の練習をする習慣を身につけていたおかげで、直ぐにコツを掴むことができた。

 

 先日、お針子は王と再会した。その際に、幾つかの道具を王より受け取っていた。その中の一つが扇投暗器だ。武具店でゴブリンスレイヤーが使用してみたいと思っていた事を、お針子が王に伝えたらしい。お針子の恩人からの要望と言う事で、王は喜んで扇投暗器を幾つか提供した。

 王は他にも、牧場に乾燥した実を多数提供した。以前、お針子が差し出した黄金に輝く実と冷たい不思議な実であった。聞けば、冷たい実は黄金に輝く実より高い効能を持つらしい。牛たちに活力を与える実は、病気にも怪我にも良く効く。牧場にとって、大変ありがたい贈り物であった。

 

「先に進む。呪文使いには今まで以上に警戒しろ」

「……お針子さんがいませんからね」

 

 お針子は王との再会後、冒険者を辞めた。女神官はお針子が冒険者を辞めても、街で針仕事をすると思っていた。

 しかし数日前の朝、ゴブリンスレイヤーが信じられないことを口にしたのだ。

 

『昨晩、お針子が街を去った』

『……え?』

 

 ゴブリンスレイヤーの話によると、深夜にお針子が納屋に訪れ別れの挨拶を伝えにきたらしい。流石にゴブリンスレイヤーも驚き、お針子に理由を確認した。

 

『オイラが懇願したことで、我が王が世界の運命に介入することを決意しました。しかし、それを望まぬ者たちは王を排除しようとするでしょう。王に仕えるオイラが街にいたら、きっと迷惑を掛けてしまいます。本当は何も言わずに去るつもりでしたが……せめて、ゴブリンスレイヤーさんには挨拶しておこうと思いまして』

 

 そう言うと、お針子は直ぐに街を去ってしまった。ゴブリンスレイヤーは他の冒険者たちにも挨拶するよう伝えたが、お針子が首を縦に振ることはなかった。当然、他の冒険者たちは挨拶もなしに街を去ったお針子に憤慨した。とりわけ妖精弓手の怒りは凄まじく、やけ酒した挙句とんでもないことを言い出す始末だ。

 

『オルクボルグ、力づくでも止めなさいよ!さもなくば今から探してきなさい!まだあいつから聞いてない話が沢山あるのよ!』

『断る』

 

 何はともあれ、もう冒険ではお針子の力を借りることはできない。彼の《鈍石の力場》は、呪文使いを相手にする際に大変心強かった。今は女神官の《聖壁》が頼りである。

 

「奇跡は温存しますが、いざという時は惜しまず使用します。無理は禁物ですよ?」

「無理などしていない」

 

 ゴブリンスレイヤーのいつも通り返答に、女神官は不満そうに頬を膨らませる。しかし、抗議したところで無駄であろう。

 女神官は大きく溜息をついた後、彼の後ろをついて行くのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 死王子の遺体がある地下迷宮は、以前よりも遥かに危険な場所となっていた。不死を追い求める邪な者たちが、何か感じ取ったのか死王子のもとへ集ったのが原因であった。

 通路や玄室には、肉体から黒い根が生えた遺体が所狭しと並んでいる。その周囲には、何者かが持ち込んだのであろう怪物たちがひしめいている。剣や弓を持った骸骨兵、屍者、犬の骸骨、中には魔神まで紛れている。

 地下迷宮を目指す道中で亡者の群れを見かけたが、この地下迷宮から出現した者と見て間違いなさそうだ。恐らく、付近の街では冒険者へ依頼が出ていたのであろう。亡者の群の中には、冒険者であったと思われる者も数多くいた。

 

 怪物共を適当に蹴散らしながら、死王子の遺体がある部屋の手前に来た時だ。1人の吸血鬼が倒れ伏せて呻きながら、何やら呟いている。

 

「ウゥ……何故だ、我らの王は死を完全に超越されたはず。……あの遺体は何なのだ?あの赤黒い物は何なのだ?まさか、あれが死だとでも言うのか?ならば……我々が目指したものは何だったのだ……死、死の超越とは……」

 

 最後の言葉を口にした後、吸血鬼は狂ったように笑い出す。そして笑いが止んだかと思うと、つんざくような悲鳴と共に肉体から黒い根が生えて最期を迎える。

 

 自業自得、同情する価値は微塵もない。褪せ人にとって、彼等は死に生きる者たちとは似て非なる者だ。

 この世界に来た当初は、死に生きる者とアンデッドは同じ者だと思っていた。しかし、アンデッドの中でも完全なる不死を目指す者は全く別の存在であった。彼らの多くは、明確な悪意を持った悪人や罪人である。彼らは断じて弱き者ではない。

 死衾の乙女は彼らをどう思うだろうか。少なくとも乙女の協力者であった魔術士は、彼らを認めないだろう。あの魔術師が死に生きる者を救おうとしたのは、彼らが何も侵さず、ただ懸命に生きようとしていたことを知ったからだ。

 不死を目指す者たちは、その逆。懸命に生きる者たちを、不死となるために食い物にする者たちだ。彼らを倒すことを躊躇する必要はない。

 

 あの黒い根に蝕まれた吸血鬼の口振りから、吸血鬼の王が死王子のもとにいるようだ。吸血鬼の頂点、死人の王と呼ばれる者。

 武器を構えながら死王子のいる大広間へ入ると、幾つもの黒い根に蝕まれた吸血鬼の骸が立ち並んでいた。大きさは異なるが、巨人たちの山嶺にあった遺体を思い出させる。黒い木々のように立ち並び、まるで森のような光景である。そして骸の森の先には、死王子の足元で苦しむ者がいた。赤黒い瘴気の様なものを吹き出しながら、蟲の死骸のように体を丸めている。

 

「……だ、誰だ?……ち、近寄るなぁ!」

 

 死人の王の言葉を無視し、褪せ人は近づく。パニックを起こして慌てふためく姿は、もはや哀れですらある。

 

「死者よ!死者たちよ!この男を殺せ!」

 

 その言葉に従う者は、もうこの場にはいない。褪せ人の歩みを止める者は誰もいない。

 

「吸血鬼は何処だ、死人占い師は何をしている!?」

 

 周りを見れば、自分の部下がどうなったのかなど一目瞭然だろうに。想像以上の恐慌状態のようだ。そもそも、己が死にかけるという事態があまりにも想定外だったのだろう。

 

 褪せ人が死人の王のもとへ辿り着こうとした時、黒い影のようなものが地面から溢れだした。褪せ人が歩みを止めて様子を見ていると、黒い影の中から青い幻影が出現した。丸っこい鉄の防具を着た者と魔術師の格好をした者の幻影であった。

 

「こ、これは?まぁ、良い。その男を殺せ!」

 

 死人の王は、青い幻影を増援と思ったらしい。声を挙げて命令を下すが、動き出す様子がない。褪せ人も彼らも、互いに見つめるだけである。

 

「どうした、何をしている?王の命令が聞けないのか!?」

 

 ──いいえ、貴方は我々の王ではありません

 

 懐かしい声と共に、今度は淡い光から白い幻影が現れる。死人の王は、白い幻影の言葉に憤慨し、暴論と共に自分に従うよう叫んでいる。

 白い幻影は呆れたように、首を横に振る。

 

 貴方は我々の王ではありません

 

 生者も死者も関係なく

 己に従うもの以外を認めない

 

 何て矮小で野蛮

 まるで乱暴な黄金律の原理主義者のよう

 我らの全てを否定する者たちのよう

 

 幾年の時が過ぎようと

 貴方は我々の王に成りえません

 

 ……我らは、もう王を得られない

 それでも、ただ死に生きる

 何者が咎められようか

 

 白い幻影が話を終えると、2人の幻影が死人の王に近づく。そして、右手に握られた刺剣でめった刺しにする。最後にはダメ押しとばかりに左手の杖から魔術を放ち、喉を刺剣でつぶされた死人の王は断末魔を上げる事もできずに最期を迎える。止めを刺し終えると、2人の青い幻影は褪せ人に軽く頭を下げて消えていく。

 そして死人の王が、愚かにも取り込んだ物が解放される。赤黒い色が血に見えたのか、それとも何かを理解した上で操れると思ったのか。

 

 赤黒い死の奔流が、世界に、盤上に広がっていく。それはやがて、盤を見下ろす神々の領域にも。

 予定とはだいぶ異なったが、無事にこの世界に運命の死を解放することができた。神々から不死性が消え去り、神々にまつわる物も永遠ではなくなった。

 

 褪せ人は白い幻影に、死衾の乙女の方へ振り向く。しかし、死衾の乙女の顔はとても険しく、褪せ人に非難の目を向ける。

 

 礼なら不要です

 

 貴い方を謀殺したものを伴侶とした

 貴方の礼は受け取れません

 

 私はただ死人の王と呼ばれる者が

 許せなかっただけです

 

 あの者は怪しげな儀式にて

 死に生きる者を思うが儘にしようとしてました

 

 ……どうなされましたか?

 

 これは…もうひとつの聖痕……

 どうして、今になって貴方がこれを……

 

 まさか死後の私にかけた

 あの言葉は噓ではないとでも?

 

 ……ならば、証明してください

 

 貴い方は、その内に死に抗う者がいるために

 死者になれず再びの生も得ることができません

 

 私が貴方を貴い方の内に導きますので

 抗う者を倒していただけませんか

 

 貴い方もそれを望んでいます

 己の友をこれ以上苦しませたくないと……

 

 褪せ人は死衾の乙女の頼みを快諾し、差し出された手を握る。そして、眠りにつくように意識を失った。

 意識を取り戻した時、目の前にいた者に褪せ人は驚いた。その悍ましくも悲しい蝕まれた姿に。ただでさえ死に蝕まれていたであろうに、運命の死にまで抗ったのだ。そのため、褪せ人に気づいても体を動かせないでいるのだ。

 爪も牙も酷く欠けて、もう何者も狩ることは敵わない。巨大な翼は穴だらけで、もう空を目指すことができない。彼らの武器である雷も、もう作り出せない。

 褪せ人は、黄金の寵児の友のもとへ行く。ただ蝕みがあるだけの、勝利なき戦いを終わらせるために。

 

 褪せ人は介錯を終えて、死王子の内から戻る。死王子が死を迎えたことで、地下迷宮から亡者が生まれることもなくなるだろう。死衾の乙女の方を向くと、今度は穏やかな顔を浮かべて頭を下げる。そして、2つの欠環が合わさった聖痕を差し出す。

 

 ありがとうございます

 これで貴い方は死を迎えました

 

 ああ、肉体があれば子を宿せたというのに

 黄金律の原理主義者に殺されていなければ

 あの不届き者が儀式などしなければ……

 

 貴方に、もう一つお願いがあります

 

 この聖痕は、合わせただけでは未完成

 肉体がない私には、これをルーンとして

 完成させることはできません

 

 されど、数多の星の一つぐらいにはなりましょう

 この聖痕を星として掲げてもらえませんか

 

 聖痕が星の一つとして夜空にあれば

 夜の内に我らの居場所があることを

 夜の律が我らの存在を認めたことになるでしょう

 

 ああ、ありがとうございます

 これで安心して眠りにつけます

 

 最後に挨拶を

 

 貴い方を謀殺したものよ

 聞こえているでしょう?

 

 貴方の王は、とても温かい方ですよ

 冷たい貴方とは異なって

 

 ()()()温もりを感じた私が言うのですから

 間違いありません

 

 これで、お別れですね

 ごきげんよう

 

 淡い光と共に白い幻影が消えていく。彼女とは、二度と会うことはないだろう。渡された聖痕を傷つけぬよう、丁寧にしまう。

 そして、死王子の側にあった祝福で休む。数瞬だけ悩んだ後、懐から人形を取り出す。手の震えを抑えながら、恐る恐ると。王になって以降、間違いなく最大の危機に直面している。取り出した人形に、慎重に声を掛ける。

 

 ……()()、私に何か言うことはあるか?

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 死王子の地下迷宮を抜けて、外に出る。夜空の下に出ると心が安らぐ……特に今は。

 次の目的地に向かう前に、何処か適当な祝福でもう一度休息を取ろうか。

 

 ふと、気配を感じてそちらに顔を向ける。近くの草むらから足音が聞こえ、1人の少女が姿を現す。現れた少女、賢者がこちらの顔を向けて一礼する。

 

「………」

 

 賢者は何も言葉を発さず、そのまま歩き出した。少し歩いた後、こちらに振り向く。どうやら、ついてきて欲しいようだ。

 ただならぬ雰囲気を感じた褪せ人は、賢者の後をついていく事にした。

 

 星の明かりに照らされた静かな野原を、2人は声を出さずに歩いて行く。

 

 やがて2人は石造りの廃墟にたどり着く。廃墟の入口には剣聖が周囲を見張るように立っており、その顔はとても険しい。

 賢者は無言のまま剣聖の側を通り過ぎ、褪せ人もそれに続く。剣聖は、廃墟の中に入った褪せ人の背後につく。まるで、逃がさないと言わないばかりに。

 廃墟の中を進んでいくと、やがて大きな広場に出る。石の床と瓦礫以外、何も無い大きな広場であった。広場の中央には、瓦礫に座り星を見上げる少女、勇者がいた。

 

「気持ちいい風が吹いてる。星も見えるし、良い夜だね」

 

 そう言うと勇者は、褪せ人の方を向く。顔には笑みを浮かべ、発せられる言葉はとても穏やかである。しかし、身に纏う雰囲気は明らかに穏やかなものではない。勇者の両脇に立った、賢者と剣聖も同様だ。

 

「さっき、あなたがいた地下迷宮からとても嫌なものが流れてくるのを感じたの。あれって、あなたの仕業?」

 

 勇者の言葉を、褪せ人は肯定する。この世界に運命の死を解放したのは、紛れもなく己の仕業だ。勇者は、思った通りという表情を浮かべる。

 

「やっぱりそうなんだ。褪せ人さん、あなたに相談があるの。もう、この世界の運命に介入するのはやめてくれないかな?」

 

 笑みを浮かべたまま、勇者が諭すように褪せ人に語る。

 

「この世界の運命は僕たちに任せてよ。異世界の神様が解決できなかったことを、確実に解決できるとは言えないけど……それでも、今まで自分たちで何とかしてきたんだから」

 

 褪せ人は、首を横に振る。勇者たちが、冒険者たちが解決してきたことは、所詮この世界の神々が用意した冒険に過ぎない。彼らが生き抜くことができれば、いつかは解決策を見つけられる可能性もゼロではないだろう。だが、それまでにどれだけの人が犠牲になるのか分からない。少なくとも、今生きている者たちの殆どが犠牲になることは間違いない。

 

「うん、そうだね。僕も犠牲者を出したくは無いよ。でもね、あなたがしようとしている事だって、将来的に多くの人を苦しませることになりかねないんだ」

 

 確かにその通りだ。だからと言って、褪せ人も退く訳にいかない。お針子と約束したのだから。

 

「僕ね、凄く悩んだよ。こんなに悩んだのは初めて。だって、恩人に手をかけたくは無いし、僕たちも上手くやれる保証が無いんだもの。悩んで、悩んで……どんなに悩んでも結論が出せなかった。賢者でも、結論が出せなかったんだ。どれだけ賢くても、預言者では無いもんね」

 

 周囲の雰囲気に明確な殺気が加わり、遠くで鳥や動物たちが逃げだす音が聞こえてくる。

 

「そんな時に、神様から啓示があったの。同時に、国王様にも頼まれたの。褪せ人を止めてくれって。それで僕は決めたんだ。今まで支えてくれた人達の頼みを聞こうって」

 

 勇者が聖剣を引き抜き、賢者も剣聖も臨戦態勢に入る。褪せ人も同様に、大剣と杖を構える。勇者がゆっくりと目を閉じ、力を込めて見開くと同時に聖剣を掲げる。

 

「いくぞ!─────勇者、推参ッ!!!」

 

 

 

 異界の勇者、やはり強敵か……

 

 この世界に来てから敗北することはなかった

 魔神王でも死ななかった

 それがまさか、腐敗の女神以上に敗北を重ねるとは

 

 何と凄まじきことか、異界の勇者とは……

 

 

 

 廃墟はもはや、穴ぼこだらけの不毛の大地と化していた。初めてここに来たものは、ここに廃墟があったことなど信じやしないだろう。

 そんな不毛の大地に倒れ伏す3人の少女と、片膝を地面に着けながら大剣で体を支える褪せ人。少女の1人、勇者が薄目を開けながら語る。

 

「ハハ……負けちゃった、負けちゃったよ。今までに無い力を得てまで戦ったのに……」

 

 賢者と剣聖が倒れ、勇者も一度倒れた時だ。勇者が覚醒して、更なる力を得て向かってきた。もっとも、褪せ人からすればいつも通りの展開でもあったが。

 

「……ずるいよ。同じ強さを持つ者を呼び出すなんて」

 

 覚醒復活する者に言われる筋合いはない。写し身の雫は、褪せ人にとって最大の切り札なのだから。

 

「完膚なきまでに負けるのって、こんなに悔しいんだね。知らなかったよ」

 

 そう呟くと同時に、勇者はウッと小さく嗚咽を漏らす。そして両手で顔を覆うと、溢れ出る涙を抑えられなくなる。その姿は、どこにでもいる少女と何一つ変わらなかった。

 褪せ人が語ることはないが、何も悔しがる事はない。褪せ人は、幾度も幾度も勇者との戦いに挑んだ。その内、勝てたのは今回だけ。それ以外は、全て勇者が勝利したのだから。この世界に来てから、()()()死ぬことになったのは彼女たちが初めてであった。

 褪せ人は大きく深呼吸をした後、立ち上がる。聖杯瓶も霊薬も遺灰も使い切った。完全な満身創痍の状態だ。

 

「……違う、負けてない、僕は救うんだ」

 

 突如、凄まじい悪寒を感じた褪せ人は、襲ってきた斬撃を寸前のところでかわす。斬撃の正体は、勇者の聖剣であった。彼女は満身創痍どころか、半死半生だったはず。

 

「ずっと、永遠に、何があろうとも、僕は世界を救うんだ」

 

 この奇妙な喋り方には、身に覚えがある。意志を持つ者が操られた時と同じ、義弟を蝕んだ忌々しい呪いと同じだ。どうやら神々は、約定を捨てて駒の意志に介入を始めたらしい。それも、かなり強引に。

 勇者の攻撃を、紙一重でかわし続ける。幸い勇者の動きは、先ほどの戦闘より緩慢である。されど、どうすればいいのか。義弟と同様に、殺すしかないのか。

 

 王よ、私に任せてくれ

 この娘に義弟と同じ運命を歩ませはしない

 

 褪せ人の懐から黒い霧が噴き出したと思うと、すぐさま勇者を包み込んでしまう。褪せ人は声の主である、己の伴侶を信じることにする。

 しばらくして、黒い霧が消え始める。そこには、眠りについた勇者と折れた聖剣があった。懐から再び、声が聞こえる。

 

 聖剣の中に神の使いがいた

 それが娘を強引に操っていた

 

 娘も抵抗しようとはしていたのだがな

 神の使いが相手では分が悪かった

 

 だから、あの刃を娘に貸し

 神の使いを切り捨てさせた

 

 その説明を聞いて、褪せ人は何が起きたのか理解する。あの刃とは、自分が探し出して伴侶に手渡した秘宝のことであろう。あれは、運命を持つ者のみ扱える刃。大いなる意志と、その使いを傷つけられる刃。神の使いなど、容易く傷つけられるであろう。そして神の使いを殺した結果、聖剣は折れたのだ。

 

 さて、彼女たちはどうしたものか……

 

 悩む褪せ人のもとに、誰かが近寄ってくる気配を感じた。褪せ人が顔を向けた先には、壮麗な鎧を身に着けた1人の偉丈夫が、かなり慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。

 

「異界の王よ、どうか彼女たちを殺さないでくれ!彼女たちは、私の依頼を受けただけなのだ!」

 

 勇者である彼女たちに依頼を出せるものは限られている。それに、戦い前の勇者の言葉から彼が何者なのか推測できる。

 偉丈夫が褪せ人のもとに辿り着くと、息を整えながら自己紹介を始める。

 

「お初にお目にかかる、異界の王よ。私は、この只人の国を率いる国王だ」

 

 国王が自己紹介を終えると同時に、周囲に彼の配下が現れる。彼らは、3人の少女のもとに駆け寄ると手当を始めた。そして、彼女たちが辛うじて生きていることを確認し、安堵の笑みを浮かべる。

 彼らに敵意が一切ないことを確認すると、褪せ人は国王に顔を向ける。彼には聞かなければならないことがある。国王も褪せ人が、何を聞きたいのか理解しているようだった。褪せ人が問う前に、国王が先に口を開けて語りだした。

 

 何故、勇者に討伐を依頼したのか

 聞きたいのであろう?

 

 恥ずかしい限りだが

 余りにも情けない理由だ

 

 私は道楽者でな

 国王を継ぐまでは冒険者をしていたのだ

 今でも時々、貧乏貴族の三男坊を名乗って

 冒険者の真似事をしている

 

 為政者として

 冒険のタネは忌み嫌うくせに

 冒険をするのは好きなのだ

 

 そなたがこの世界に変革をもたらせば

 冒険のタネが消えるかもしれない

 

 初めて聞いた時は歓喜したものだ

 

 しかし、その可能性に気づいたとき

 恐れてしまったのだ

 

 冒険者が不要になり

 冒険そのものが消えてしまうことにな

 

 加えて個人の思いとは別に

 為政者としても冒険が無くなるのは困る

 

 この国と冒険者の関わりは非常に大きい

 

 もし、冒険が消えてしまったとき

 私は冒険者をどの様に扱えば良いのか

 

 傭兵にしろ、騎士にしろ、

 軍として扱うには冒険者の数はあまりにも多い

 

 だからといって下手に蛮地に送り出したら

 大きな反乱を招き兼ねない

 

 私は無能ではないと自負しているが

 時代の移り変わりに対応できるほどの

 名君という訳でもない

 

 頭を抱えて悩んでいた時に

 勇者に神の啓示があった

 

 それは私が求めていた啓示でもあった

 

 神の啓示の後押しで

 私は賭けてみようと思ったのだ

 

 世界を救ってきた勇者の力にな

 

 国王は語り終えると、顔を伏せる。彼が賭けていた、勇者たちは褪せ人に敗北した。しかし、まだ疑問が残る。満身創痍であった褪せ人に対し、彼は部下と共に奇襲をしかけようとはしなかった。

 

「勇者が敗れた今、そなたを止めるつもりはない。それに、何が起きたのか我々には分からぬが、そなたは勇者を再び救ってくれたようだ。彼女は、我が国の宝だ」

 

 国王は、眠っている勇者の様子を見る。その顔はどことなく、妹の無事を確認した兄の表情にも見える。

 

「当然、軍を動かすつもりもない。お針子の身柄を確保できれば、交渉という手もあったのだがな。先手を打たれて、逃げられてしまったよ。異界の王よ、我々の負けだ」

 

 その清々しさすら感じる敗北宣言に、褪せ人は首を縦に振る。お針子を利用しようとしたことに思うところはあるが、彼らと戦う理由はもう無い。

 国王は恥ずかし気に顔を背けると、自嘲するように話す。

 

「笑ってくれて構わんぞ。冒険が無くなる事を恐れた、哀れな王とな」

 

 国王の言葉を、褪せ人は否定する。今度は、褪せ人が話す番だ。狭間の地で、最初の王となった戦士の話を。戦う相手を失ったことにより、瞳が褪せた王の話を。

 最初の王の話を聞き終えた国王は、とても安堵した表情を浮かべる。

 

「そうか、異界にも私と似たような悩みを持った王がいたのか。この地に来たのが最初の王ならば、また少し違うことが起きていたであろうな」

 

 それは違いない。戦うべき相手が絶えず現れるこの世界なら、最初の王も褪せる事なく喜んで戦い続けたであろう。戦士たちに、死と共に強くあれと願った永遠の女王にとっても、この世界は戦士の地として素晴らしいものであっただろう。

 だが、この地にいるのは戦士だけではない。しかも朱き腐敗がこの地に来てしまった以上、時代を停滞させたままでは駄目なのだ。

 

「朱き腐敗か……勇者から報告を受けた時は耳を疑ったよ。腐敗の中心が、あの腐った樹では無いことにな」

 

 そう、腐敗の中心は聖樹では無かった。本当の中心は、聖樹の地下深くに出現した腐れ湖であった。しかも狭間の地にはあった、古代人が作り上げた急流と滝を用いた浄化機構が転移していなかったのだ。

 表面に出ている腐敗は、氷山の一角。地下深くでは、どれだけ腐敗が広まっているのか見当もつかない。おまけに、この世界には邪悪なものが住まう地下世界があり、彼らが腐敗をどう利用するのか想像するだけでも恐ろしい。

 褪せ人が出会った死人の王も、本来は地下世界に住まう者だ。彼が死王子のもとにいた事にも、朱き腐敗が関係していても不思議ではない。

 話を終えた2人の王は、互いに別れを告げる。

 

 神々も余裕がなくなってきた

 急がねばならない

 

 褪せ人が次の目的地を目指そうと霊馬を呼び出した時、遠くから馬の嘶きが聞こえてきた。見ると一頭の早馬が、こちらに向かって駆け寄って来ていた。早馬に乗っていた急使が「陛下!陛下!」と、叫びながら真っ直ぐに国王のもとに向かう。

 

「陛下!例の傭兵たちが王都を攻撃!一部分だけですが占拠されてしまいました!」

 

 急使の報告に驚かぬ者はいなかった。褪せ人でさえ、驚愕している。彼らがここまでするとは、到底思えなかったから。

 

「それだけではありません!傭兵たちは全員、黄色い火を眼から噴き出しているのです!」




 補足説明

 王都を守っていた者たちは、王都の復興を目指す一部の者を除いて異界へと渡った。新天地に希望があることを願って。しかし、彼らは直ぐに絶望した。祖民のような生き方をする耳の長い者、老いた小さき鉱夫、土に住まう小さき者、竜擬き、獣人、複数が混ざった混種。人でさえも、竜に怯える弱者ばかり。
 いつの間にか彼らの中に潜り込んだ、讒言を振りまく男によって更に絶望は深まり、一年も持たずに絶望は疫病へと変化した。
 彼らに残されたのは絶望と疫病、そして大罪人への底知れぬ憎しみだけであった。





 特に深い意味はありませんが、星の雫は必ず持ち歩いたほうが良いと思うんですよ。結びの教会でなくとも、頭から被って土下座すれば効果ありそうじゃないですか。夜空の星が運命を司る、星の世紀なら尚のこと。
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