→はい、私です
大変、長らくお待たせしました。
本当に申し訳ありません。
遅れるに遅れたせいで、トレーラー段階で矛盾がある気がしてならず、色々と震えております。
感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
……こいつは驚いた
まさか、あんたとまた会うとはな
こんな場所にまで足運んで俺に何か用か?
首飾りを無くしたとかじゃねぇんだろ?
そうかい、そいつは何よりだ
この世界じゃ、あいつのようなお人好し……
あんたの英雄様のような奴は
簡単には見つからないだろうからな
それで、改めて聞くが一体何の用だ?
……なるほどな
残念だけどよ、そいつはお断りだ
俺は協力できねぇよ
特に場所を移そうとしてる今はな
ん?俺が何て呼ばれてるか知ってるだろ?
同じ場所に止まる性分じゃねぇ
それに此処はそろそろ潮時だからな
どの道、母親にしろ父親にしろ
今のあんたに代わりは務まらねぇよ
……はぁ、そんな顔したって俺は勿論
あんたの英雄様だって協力してくれないぜ
あいつはもう冒涜者への道を歩まねぇよ
狭間の地で別の道を歩み終えちまったからな
……わかったわかった
協力はできねぇが助言ぐらいはしてやるよ
あんたの母親には世話になったからな
いいか、よく聞けよ
あんたの望みは、あんた一人じゃ叶わねぇ
野心も力も何もかもが足りないからだ
だから俺みたいな奴ではなく
野心と力を補う、そんな協力者を探しな
そんな奴が居たらの話だがよ
……ああ、どうせだったら女が理想的だな
冒涜的野心を公言してもなお凛としている
そんな、あんたの母親の様な女がな
────────────────────
「……ふぅ、やっと着いた」
王都郊外の丘、一人の少女が少しフラつきながら頂上に到達する。王都を一望できるその丘は、数日前に少女が異界の王と共に訪れた場所であった。少女は白金等級の冒険者、勇者と呼ばれる少女である。
彼女は周囲に誰もいないことを確認してから、丘の頂上から王都を眺める。復興を開始したばかりの王都は、あちこちに惨劇の爪痕が色濃く残っている。
堅牢に作られたであろうに無残に崩れた石壁、多くの家族がそこに居たであろうに焼失した住居群、布に包まれながらも置き場所が無いとばかりに山積みにされた死体。そして、それらを目にして嘆き叫ぶ人々。
「……こんな事、もう二度と起こらないにしないと」
王都の現在の姿を改めて見た勇者は、胸に秘めた決意をより強固な物にする。以前のような光景に戻るには、果たしてどれくらい時間がかかるであろうか。
ふと、頬に冷たいものが当たった。
空を見上げると、雲から白い雪がゆっくりと落ちてきた。まだ少量で積もることはないが、肌に感じる冷たい風が本格的な冬の到来を知らせていた。辺境などではもう降り積もって、白い景色を作り出していることだろう。
復興を目指す王都にとって、この冬はさぞかし辛いものになるであろう。家を失った多くの民が、凍死や餓死の可能性に直面することになる。頼みの綱である有力な貴族や金持ちの類の多くは、王都に見切りをつけて地方に逃亡していると聞いた。冬を乗り越えるのに、今の王都では足りないものが多過ぎる。
暗い気持ちと考えに耽そうになった時、また冷たい風が体に吹き付け、鋭い痛みが走った。痛みに意識を現実に引き戻された勇者は、自分の状態を確認する。見れば服はボロボロで、体はあちこちに傷を負っており、その姿は激しい戦闘を終えた後のようであった。
「はは……ここまで喧嘩したのは初めてかな」
手早く傷を処置しながら、勇者は先の出来事を思い出す。彼女は喧嘩と思っているが、あまりにも激しく苛烈であったそれは、第三者にはとても喧嘩とは呼べない代物であった。喧嘩の相手は、苦難を共にし彼女を支えてきた仲間の一人、剣聖である。
喧嘩の理由は、勇者がここ数日で抱いたとある決意を口にした事であった。それを聞いた剣聖は怒りのあまり体を震わせながら声を荒らげ、賢者は今にも泣き出しそうな表情で閉口した。怒りに駆られるのも悲しみに暮れるのも無理のないことだと勇者も思うが、それを理由に決意を変えるつもりは毛頭なかった。
喧嘩は、勇者が隙をついて逃げ出すことで終わったが、当然ながら剣聖が諦める訳はない。次に追いつかれたら、再び逃げるのは至難の業であろう。それどころか、あの時はどちらにも手を貸さなかった賢者が剣聖側に立ってしまったら、抵抗することも難しくなる。
「……よし、これでもう大丈夫」
顔を上げて王都をもう一度眺めると、先程とは少し違う光景が目に入ってきた。瓦礫を運び出し、簡易テントを張り、炊き出しをする王都の住民や兵士、そして冒険者たちである。
狂い火の襲撃で周辺から搔き集められた冒険者たちは、この冬に起こりうる有事の備えだ。復興にまで手を貸す必要は、彼らには無い。だが、一部の冒険者たちは何時終えるかも分からぬ復興に手を貸し始めていた。
冒険者は雪なぞ知らんとばかりに体を動かし、周囲を鼓舞している。その光景に、少しだけ胸が暖かくなる。
可能であれば、その復興を最後まで見届けたかった。本音を言えば王都だけでなく、久しく帰っていない故郷に戻りたかった。
雪に覆われた見渡す限りの畑、幼少期を過ごした交易神の神殿。今頃は院長先生が暖炉に火を焚べ、孤児たちがそのすぐそばで遊んでいるであろう。目を瞑るだけで、思い出が次々と頭に浮かぶ。
(やっぱり少しだけでも……)
そこまで考えたところで、勇者は頬を叩いて目を開ける。彼女には向かわなければならない場所があるのだ。狂い火にしろ朱き腐敗にしろ、根本的な解決は未だなされておらず、何時またこの様な事が起こるか分からない。急がねば被害が広がっていくことは明らかなのだ。
望郷の念に気を取られてはいけない。
「皆、ごめんね……」
さようなら、と小さい声で別れを告げると勇者は巻物を開く。開かれた転移の巻によって、勇者は遠く別の地へ旅立って行く。
遠くで微かに聞こえる、剣聖の叫び声を置き去りにして……
「やはり来ましたね。お待ちしておりました」
目的地の近くまで転移した勇者は、そんな声に歓待を受けた。声の主は壮年の男性で、背格好からして冒険者で間違いなさそうだ。しかし、勇者の記憶に無い人物であった。忘れているだけかもしれないと、壮年の男性をよく観察していると奇妙な感覚に襲われた。
目の前の人物は間違いなく初めて見る人物だ。それなのに全身に駆け巡る不快な感覚が、自分はこの人物を知っていると強く訴えかけてくる。
「…おや、妙な顔をなさいますね。ああ、この体で会うのは初めてでしたね」
その言葉遣いに思わず息を呑んだ。あの時とは姿が異なるが間違いない。忘れる訳がない。
勇者は睨むように警戒しながら、ゆっくりと返答する。
「……思い出したよ。魔神王と戦った時に出てきた、狂い火の人でしょ?姿が違うけど、貴方は他人の死体で活動するんだったね」
「ご名答、安心しましたよ。色々と説明する手間を省けるというものです」
この男の情報は、勇者も当然聞いている。深く関わってはいけない、混沌そのものとも言える男。この四方世界に狂い火をばら撒いた者。王都の悲劇にも間違いなく関わっている。
勇者は周囲を確認し、警戒しながら慎重に声を掛ける。
「それで、一体何の用かな?僕は急いでいるんだけど?」
「そう急くことないと思いますがね。まぁ、手短に済ませますよ」
────────────────────
「王都襲撃は、ただの陽動だと?」
「ええ、そうです」
「だとしたら其方の……いや、三本指の本命は何だと言うのだ?王都を落とすだけでは物足りぬと言うのか?」
「王都どころか国を落としても足りませんわ。文字通り、全てを焼き尽くさないとならないのですから」
淡々と話す剣の乙女の言葉を、国王は注意深く耳を傾ける。もう何も聞き逃すことも見逃がすことも許されない。
「必要なものはただ一つ、内に狂い火を受領し火種となる存在。混沌の王になれる者です」
狂い火で世界を焼きつくすという者か、と国王は瞬時に理解する。だが混沌の王になれる者は褪せ人ぐらいであり、その勧誘に失敗している。
「それなら既に失敗しているであろう。褪せ人は三本指に手を貸すことはない」
国王は確信を持って答える。褪せ人に実際に会い、僅かな間とは言え彼の人となりはある程度理解できた。褪せ人が狂い火を受領することはない。
「そんなことは百も承知です。だから代わりになる者を探しました」
「そんな者がいるのか?……いや、いるのであろうな。だからこそ、其方は行動を起こした。誰だ、その代わりになる者とは?」
「陛下もよくご存知の方ですよ」
まるで謎かけをする少女のように、剣の乙女はくすくすと笑い出す。対して国王は背筋が凍る思いであった。自分のよく知る人物が、三本指に狙われている。
「彼女は今、この世界の神に疑心を抱いています。陛下がその純粋さを守るべく、人の負の側面から守っていたのも好都合です。純粋な者ほど穢しやすく、堕としやすいものなので」
「何だと?まさか……」
個人の問題よりも国の問題を優先せねばならない国王が、人の負の側面から守ろうと考える者は限られている。己と同じ王族であり家族でもある妹、そしてもう一人……
「まさか、勇者に狂い火を!?」
「はい、その通りです」
「ありえん!よりによって彼女が!」
謎が解けた国王は、叫びながら否定する。それは文字通り有り得ないこと。あってはならない事なのだから。
剣の乙女を睨みながら、国王はある事を思い出し再び叫ぶ。
「そもそも彼女は狂い火に見限られていたはずだ!混沌の王に成りえないと!」
「仰る通り、最初は王に成りえないと思われていました。しかし、人は時に予想もできぬほどに成長を遂げるものです。彼女もまた、勇者である事を含めても驚くほどに成長しました。世界のために戦う合間も、厳しい鍛錬を続けたのでしょうね」
「……………」
国王は苦虫を嚙み潰したような表情になる。剣の乙女が言っていることは事実なのだ。
魔神王との戦いの後のことだ。褪せ人が居なくても世界を救えるようにと、勇者たちは強くなる為にあらゆる手を尽くしていた。
剣聖は己の天賦の才に頼るだけでなく、先人たちが築いてきた剣の技術を積極的に学んだ。必要となれば、苦手であった座学の類も行うようになった。扱う剣も厳密に選定するようになった。名剣名刀の類は勿論、魔剣妖刀の類にも手を出して最も己が十全に技を発揮できる剣を探したのだ。
賢者は己が敢えて手を出さなかった知識、禁忌とされる知識を学ぶようになった。深淵とも言えるそれは、下手に触れれば戻れなくなる危険なもの。賢者は戻れなくなる一線を正しく見極めながら深淵に触れ、決して他者にその詳細を語らなかった。ある種の孤独とも言える探究の末、賢者は失われた魔法の一部を会得したらしい。
そして勇者は、そんな二人の仲間を師とし鍛錬した。技は剣聖から、術は賢者から。戦闘も含まれる鍛錬は、必然的に命懸けであったが勇者はその全てを乗り越えた。その過程にて、今までにない連携を用いた戦闘法も出来上がったと聞く。
そんな勇者たちの努力を知るからこそ、国王は勇者たちに褪せ人と戦うように頼んだのだ。一人では褪せ人には届かないであろうが、三人であれば褪せ人を超えられるかも知れぬと。そして、勇者たちが褪せ人に届かなかった時は、敗北を認めようとも。
そんな勇者たちの努力の結果、再び狂い火に目をつけられてしまうとは。
(勇者がそう簡単に堕ちることは無い。だが、勇者は一連の出来事で心を痛めている。今の状態で、もし大きな絶望を抱いてしまえば……)
湧いてくる怒りを抑え込むべく呼吸に意識を向け、何とか気を落ち着かせる。三本指の目的は分かったが、具体的に何をするのか分かっていないのだ。
「三本指の目的は分かった。だが、勇者をどうやって堕とし入れるつもりだ?」
「そう難しいことではありませんわ。親しき人に悲劇が訪れるだけで絶望は生まれる。一つの村を焼くだけで十分です」
「……まさか、あの村を狂い火で焼く気か!?」
あの村、西方辺境にある小さな村。見た目は何の特徴もない、文字通り普通の村だ。だが、ある最上級の機密を知る者には特別な場所として扱われる。
勇者の故郷、と。
機密を知る者は限られているが、剣の乙女は先日まで国の重要人物の一人だったのだ。だが、あの村は有事の際に付近のギルドや神殿を通じて伝達するよう手配してある。必要とあれば、軍も動かせる。この王都の混乱の最中であっても、その確認は怠らなかったはず。一つだけ気になる報告があったものの、対応は必要ないものであった。
「どうやって焼く気か、気になりますか?」
「……ああ、見当もつかん。狂い火を患った者なら、見た目で判断がつくはず」
「私のように瞳を隠せば、狂い火を患っているかは分かりません。ましてや襲撃者を有事として扱われない、扱う必要の無い者にすれば、注意深く観察する者もいません」
含みのある笑みを浮かべる剣の乙女を見て、国王はその襲撃者が何者か見破る。
「ゴブリンか……」
国王の呟きに、剣の乙女は嬉しそうに笑う。悪戯、あるいは復讐に成功したと語るように。ゴブリンに何の対策もしなかった、国王が悪いとばかりに。
しかし、笑われている国王の方は先程までとは打って変わり、熱が消え去って冷めた表情を浮かべている。
「あら、急に冷静になりましたね。もっと慌てると思ったのですが」
「自責の念に駆られるとでも思ったのか?だとしたら、当てが外れたな。もう一つ聞いておきたいのだが、ゴブリンを襲撃者に選んだ理由はそれだけか?」
「どういう意味です?」
「其方はこう考えたのではないか?勇者にも自分と同じ思いを抱かせてやろう、と」
「……だとしたら、何です?」
その言葉に、今度は国王が微かな笑みを浮かべる。まるで、哀れな道化でも見たかのように。
「だとしたら、三本指は人選を誤ったな。其方でなければ襲撃者はゴブリンでなどはなく、もっと別の者を使ったであろうに」
「狂い火を宿したゴブリンは、厄介極まりないですよ。かつて西方辺境の街が襲われた際も、街の冒険者が総出で対処したと聞いております。名立たる冒険者が王都に集まっている今、辺境に対処できる者は──」
「いるのだよ。対処できる者がな。しかも既に動いている」
一つだけあった気になる報告。それは、お針子が西方辺境に再び現れたというものであった。
お針子は西方辺境にある村がゴブリンに襲われると言い、ある冒険者たちと一緒に街を出発したというのだ。その村は、紛れもなく勇者の故郷であった。しかし、襲撃者がゴブリンであることが分かると、国王は動く必要がないと判断した。それが狂い火を患ったゴブリンであることが分かった今も、判断を変えるつもりはない。
国王は、お針子が連れ出した冒険者の詳細を聞いていたのだ。
(例の冒険者であれば剣の乙女を……いや、もう手遅れか)
例の冒険者と剣の乙女が出会っていれば、何かが変わり堕ちずにすんだかもしれない。だが、冒険者と剣の乙女は出会わなかった。故に、それはもう考えたところで無駄である。
今度こそ用は済んだ、と国王は地下牢を後にする。自分の執務室へ向かう途中、やはり今からでも軍を派遣すべきという考えが頭をよぎる。しかし、首を軽く振りその考えを否定する。
世界は救わずとも、村は救う。そんな冒険者が西方辺境にいる。
今は、その冒険者を信じよう。
そして自分は国王にしか出来ないことをしよう。
「頼んだぞ、ゴブリンスレイヤー……」
────────────────────
そこには、村の外れにある草原とは思えない光景が広がっていた。
草の代わりに雪に覆われた地面には、あちこちに穴が開いている。穴を覗くと、杭に体を貫かれた痛々しいゴブリンの死体が見える。運良く穴に落ちずに済んだ者も、ある者は矢に頭を貫かれ、ある者は喉に投擲武器が突き刺さり、ある者は竜牙兵に八つ裂きに、ある者は……と、あらゆる手で殺されたゴブリンの死体が死屍累累と並んでいる。
「大方、片付いたな」
「流石ですね。こちらの被害は殆ど出ていないですよ」
「早い段階で知らせてくれたおかげだ。おかげで事前に準備ができた」
ゴブリンスレイヤーが礼を言うと、お針子は恥ずかしそうに笑みを浮かべて頭を下げる。
お針子は街を去った後、王と共に狭間の地に帰るまで一人で過ごすつもりでいた。冒険者として活動していたため、四方世界を一人で生きるのに必要な知識と経験を積むことができた。おかげで、以前のようにゴブリンに襲われることを避けることができた。
しかしある日の夜、星々を通してある村の危機を知った。その裏に三本指、あるいはその協力者がいることも分かると、お針子は迷わず西方辺境のギルドへ向かったのだ。
王都で起きていることなど関係ないとばかりに、ゴブリンスレイヤーはギルドにいた。彼が警戒するものは、いつも一つだけだ。そんな彼のもとに、突然いなくなったお針子が再び現れたことで、軽いお祭り騒ぎになった。その筆頭である妖精弓手は、詰め寄って質問責めをしようとしたのだが、ゴブリンという単語を聞いたゴブリンスレイヤーが妖精弓手を制して、お針子の話を聞いたのだった。ゴブリンの襲撃がある事、報酬はお針子が肩代わりすることなど。
お針子の話を聞いたゴブリンスレイヤーは、直ぐに行動を開始した。女神官を始めとした面々も当然のようについて来ることになった。特に妖精弓手は、
『これが終わったらたっぷりと話を聞かせて貰うわよ!逃げたら承知しないからね!』
と、お針子に向かって吠えるように言った。お針子はゴブリンを退治したら立ち去るつもりでいたが、その凄まじい剣幕にすっかり怯えてしまい、震えながら了承するしかなかった。
村人たちは、依頼を出してもいないのに訪れた冒険者たちに困惑した。ゴブリンが来ると言われても、目撃情報も無いためにピンと来なかったのだ。厄介ごとを持ち込まれたらかなわないと考えた村人は、冒険者たちを追い返そうとした。
「おや?貴方は確か……」
そこに、交易神の神殿で孤児の面倒を見ている院長がやって来た。院長は、ゴブリンスレイヤーが数年前にゴブリン退治に来たことを覚えていた。院長は村人に、彼がかつて村を救った恩人である事を説明する。すると院長の他にも何名かの村人が、彼のことを思い出した。村を柵で覆った、変わり者の冒険者のことを。
ゴブリンスレイヤーは、村からは報酬を受け取らない代わりに村の外れに罠を仕掛ける許可を得たいと言い、襲撃後に罠の後始末をすることを条件にその許可を得た。
「貴方を案内した子を覚えてますか?あの子も今、冒険者をしているのです」
「案内されたことは覚えているが、顔までは良く覚えていない」
「まぁ、何年も前のことですからね。あの子も良く覚えていないでしょう。今頃、何処で何をしているのだか……息災でいて欲しいものです」
こうしてひと悶着はあったものの、ゴブリンスレイヤーたちは村で十分な準備を整えた上で夜の襲撃を迎え撃つことができたのだ。
「これでもう終わりかしら?なら、約束通りに話を──」
「いや、まだ終わっていない」
妖精弓手は視界に映る最後のゴブリンを射終えると、お針子に話しかけようとした。しかし、再びゴブリンスレイヤーに制されてしまい拗ねた表情を浮かべる。
「何よ、まだゴブリンがいるの?」
「ゴブリンとは限らんが、奴らの統率者をまだ倒していない」
「統率者ですか?そんな者いるのでしょうか?」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、女神官は疑問を浮かべる。狂い火を患ったゴブリンに、統率者がいるようには思えなかった。
ゴブリンスレイヤーは、周囲を警戒しながら答える。
「確かにあのゴブリンは狂っていた。だが、襲撃には陣形や隊列のような一定の規則性が見られた。何処まで指示を理解していたかは分からぬが、統率者がいる可能性は高い」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、女神官も周囲を確認し始める。積もった雪の中に見落としがないかと、目を凝らすがゴブリンは見えない。耳をすまして見るが、一党の息遣い以外は何も聞こえない。
そうして警戒していると、雪がまた降り始めた。視界が悪くなった上に、音まで良く聞こえなくなった。
「ふぅむ、こりゃ吹雪になるぞ。鱗の、平気か?」
「正直、不味いですな。これ以上天候が悪くなると、拙僧が真っ先に限界が来るかと……」
鉱人道士の言葉に、蜥蜴僧侶が歯をガチガチ鳴らしながら答える。元より蜥蜴僧侶は寒さが苦手なのだ。先ほどまであった戦闘の熱気が抜けてしまったため、思い出したかのように震え始めた。
一度村に引き返すかどうか話し合いをしていると、妖精弓手の耳がピクっと動いた。
「あら、何かしら?」
「どうした?」
「変な音が……これは、足音かしら?」
「ゴブリンか?」
「違う……と思う。雪のせいで分かりにくいけど、二本足の音ではないわ。獣?でも、四本足より更に多いような」
「ゴブリンが複数いるだけではないか?」
「そんな感じじゃない。巨大な蜘蛛が蠢いているような……何か、変だわ」
妖精弓手が音の方角を見つめると、一同もそれに倣い注視する。雪のせいで何も見えないが、言われてみると何者かの気配があるように思える。
「蜥蜴僧侶さん、《聖壁》を使います」
「おお、これはありがたい」
女神官の奇跡によって寒さが和らぎ、体に活力が戻る。再び戦闘になった時、寒さで体が動かないなど洒落にもならない。
各々が戦闘に備えていると、雪の中に大きな影が現れる。影は徐々に輪郭がはっきりして来て、暫くすると視界でその姿がはっきり見えるようになる。
「……ゴブリン?」
「ロードかのう?しかし、体格が妙じゃな」
その正体は、ゴブリンロードであった。ゴブリンロードは寒いのか、首より下を大きな布で覆っている。その布のせいでよく見えないのだが、異様に膨れ上がっている。鉱人道士の言うように、体格が明らかにおかしい。
ゴブリンロードがこちらに顔を向けると、違和感は益々大きくなる。その瞳には狂い火は宿っておらず、代わりに死人の目をしていた。まるで、意識が宿っていないようである。
次の瞬間、ゴブリンロードの眉間に投げナイフが突き刺さり、追い打ちをかけるように目に矢が突き刺さる。何名かが呆気にとられている中、ゴブリンスレイヤーが真っ先に動いて投擲し、それに続いて妖精弓手が矢を放ったのだ。
しかし、急所を傷を負ったはずのゴブリンロードに反応は無かった。半開きの口からは、悲鳴も泣き声も出てこない。
「効いていない?」
「分からん。血は流れているようだが」
どうしたものかと悩んでいると、突風が吹いてゴブリンロードを覆っていた布が飛ばされた。隠されていた全容が暴かれると、その姿に一同は驚愕した。
「何じゃあ、ありゃ!?」
「何あれ?何で何本も生えているのよ!?」
「う、腕が……それに、あれは竜?」
ゴブリンロードの両腕は彼自身のものではなかった。人食い鬼か巨人のものと思われる巨大な腕が四本生えており、そのうち二本の腕の先には巨大な斧が握られ、もう二本の腕の先には竜の頭部がある。
そして下半身にあたる場所は、何かと同化していた。
「く、蜘蛛?」
女神官の呟きが、その何かを分かりやすく示していた。無数の人間の腕と足を生やした下半身は、確かに蜘蛛のようである。蜘蛛は武器ではなく大きな盾を複数構えており、その内側には狂い火の瞳を持つ美男子の顔があった。
妖精弓手が、お針子に問いかける。
「お針子、あれが何なのかわかる?」
「あ、あれは接ぎ木の貴公子です」
「接ぎ木?植物同士を一つにする、あの接ぎ木?」
「狭間の地では、他者の肉体を自分の肉体の一部にすることを指します。下半分に、貴公子の顔が見えるでしょう。あの部分が、接ぎ木の本体です」
「ゴブリンが本体ではないのか」
本体はゴブリンではなく蜘蛛の部分である。それが分かると、ゴブリンスレイヤーは拍子抜けしたような声を出す。あれがゴブリンではないことに安心したのか、ガッカリしたのか。
「岩陰に急げ!」
鉱人道士の指示で、全員が急いで岩影に身を隠す。次の瞬間、辺りが高熱の炎に覆われて積もっていた雪が蒸発して消えた。歪に接がれた竜の頭部から、息吹が放たれたのだ。
「おお!あのような姿でも竜の力は健在のようですな!」
「感心してる場合!?竜の息吹は危険極まりないし、下半身が本体なら盾が邪魔で簡単には狙えないわよ!」
「落とし穴も使い物にならんな」
用意した落とし穴は雪で偽装していたため、炎の熱で剝き出しになってしまった。狂い火を患っているとは言え、見えている罠にまでかかるとは限らない。別の手を使う必要がある。
駄目押しとばかりに、接ぎ木の貴公子はもう一本の竜の頭部からも竜の息吹を放つ。二つの竜の息吹により熱風が吹き荒れ、周囲は灼熱の地獄と化す。
やがて身を隠した岩から不吉な音が鳴り始め、それを聞いた鉱人道士が叫ぶ。
「岩がもたん!丸焦げになって終いじゃぞ!」
「手はある……ん?」
ゴブリンスレイヤーが次の行動を起こそうと動き始めた時、吹き荒れる炎が突然止まった。岩陰から顔を覗かせると、何かが接ぎ木の貴公子を攻撃していた。
熱風による陽炎が消えて見えてきたものは、見覚えのある手足を生やした壺であった。拳を振り回して盾を弾いては、接ぎ木の貴公子に執拗に攻撃を加えている。
そんな壺に目を奪われていると、一同の背後から声が聞こえた。振り向くと、赤いフードを被った騎士が剣と杖を携えて立っていた。
「お主ら、無事か?」
──────────
「奇矯騎士様、何故ここに?」
「お主と同じよ。星が不吉なことを語るので、馳せ参じた。少し遅れてしまったがな」
「とんでもございません。おかげで助かりました」
「しかし、そこにいる戦士には何か手があるようだったが?」
「別に構わない。手を見せずに済むなら、それに越したことはない」
戦闘が終わり後始末する傍ら、冒険者たちと騎士そして壺が語り合っていた。接ぎ木の貴公子との戦闘は、やたら張り切っている戦士の壺を中心に展開し、冒険者たちの勝利で終了した。
戦士の壺が言うには、接ぎ木のデミゴッドの話を聞いたことがあるので、つい気合いが入ってしまったとのこと。
「いやぁ、流石に竜の炎は狂い火とは比べものにならないや」
「大丈夫ですか?何度も炎を浴びたようでしたが?」
「なんの!焼き入れだと思えば、丁度良い塩梅だよ!」
心配する女神官に、尻餅をついた戦士の壺は笑いながら答える。壺の周囲からはまだ熱気が出ており、その熱がどれだけ危険であったのかを物語っていた。何せ戦士の壺は、戦闘中に何度も炎から誰かを庇っていたのだ。
戦士の壺は、己の中身に誓っている。血潮で物語ること、みんなを守れる英雄になることを。故に、他者を庇うことは壺にとって当然のことなのだ。
女神官も戦士の壺に《聖壁》を施したりして援護していたが、結果として幾度も救われることになった。女神官はそんな壺を見て、感謝しつつも危うさを感じてしまった。ゴブリンスレイヤーとは少し違う危うさを。
だからつい、このような事を言ってしまった。
「壺さん、自分を大事にすると約束してくれませんか?」
「約束?」
「はい。貴方の戦士としての生き方に口を挟む権利は、私にはありません。けれど、約束して欲しいのです」
「う~ん……戦士の壺の生き方に反しない範囲であれば、約束しても良いよ」
「ありがとうございます!約束ですよ!」
自己満足に過ぎない約束だと、女神官は思う。しかし、それでも女神官は戦士の壺に少しでも長く生きていて欲しいと、心から思ったのだ。
戦士とは孤独であるが故に、女神官は壺のそばにいることはできない。だからこそ、せめてもの思いで約束をしたのだ。
語らいが終わると、戦士の壺は一人で旅立って行く。壺の旅立ちを見送り、後始末も殆ど終わったところで奇矯騎士が口を開いた。
「しかし、呆れ果てたものよ。王都の衛兵どもめ、あんなもので王を倒す気でいたとはな」
「あの接ぎ木の貴公子のことですか?あれは、王都の衛兵が接いだものなのですか?」
「その通り。あれは、奴らが拠点としていた要塞の中で接がれたものよ。忌み嫌い追放までした、あのおぞましい力に縋るとは。何処まで落ちぶれれば気が済むのか」
「しかし王を倒す気なら……ロードとは言え、ゴブリンを接ぐでしょうか?」
「計画が狂ったのじゃろう」
奇矯騎士の言う通り、ゴブリンロードを接いだのは計画が狂ったことが原因であった。王都の衛兵たちは、接ぎ木の貴公子に別のものを接ぐつもりであった。だが、それは他ならぬ褪せ人によって不可能になってしまった。
「奴らは命令を受けることもなく、魔神王のもとに現れたと聞く。しかし、そこで王に出会ってしまった」
「じゃあ、衛兵たちの計画では……」
「魔神王を接ぎ木の素材にするつもりだったのじゃろう。そこに竜など己の手で討伐したものも加える。事が計画通りに運んでいれば、もっと悍ましいものが完成していたじゃろうな」
しかしどれだけ接いだところで、あれが接ぎ木の貴公子であることに変わりはない。完成したところで、王にどれだけ対抗できたのか不明だ。
「嫌な話をしてしまったな」
「いえ、王に関することですから……」
「ふむ、そうか。王と言えば、もうじき時が来るぞ。お主が狭間の地へ帰る日も遠くはないじゃろう。今は遠慮などせず、彼らのもとにいると良い」
「そう、ですか……奇矯騎士様は?」
「儂は、また旅に出る。新たな約束をしてしまってな。それに向けて、鍛え直さねばならないのじゃ」
「新たな約束ですか?」
「ああ、戦士としての約束よ」
奇矯騎士は約束の詳細までは語らず、冒険者たちとの挨拶を終えると旅立っていった。
見送りが終わり振り返ると、妖精弓手が笑顔を浮かべてお針子を見ていた。お針子は大人しく妖精弓手のもとへ行く。今日はもう疲れているから、質問責めは勘弁して欲しい。お針子は時が来るまで、もう出ていくつもりはないのだから。
もっとも、その時はもう遠くはないのだが……
勇者パーティーは鍛錬の末、時をかける某RPGのような連携技を生み出しました。
褪せ人が何度も死んだのは、それが大きな原因です。複数の強敵はただでさえ苦手なのに、連携して技を出してくるので堪ったものではありませんでした。
次回、最終回
6/20 21:00に投稿(の予定です(震え声))
→すいません、遅れます。6/20中に必ず投稿します。