狭間の地から四方世界へ   作:段々畑

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仲間と人喰い鬼ーお針子

 ……ああ、誰かと思ったら

 お得意様、久しぶりだな

 

 ん?俺がここにいるのがそんなに不思議か?

 忘れてもらっちゃ困るが、俺は放浪の民の出だ

 よい商いを求めて、旅を続けるものさ

 

 それに、ここなら定住できる場所が

 あるかもしれないだろ?

 祝福だの律だの、ここなら無縁だしな

 

 ……

 …………

 ………………

 

 なぁ、あんたは知っているんだろう

 俺の一族がどんな目にあい、そして何をしたか

 

 ああ、先に言っておくけどよ

 あの地の異変は俺の一族の仕業じゃないぜ

 

 ここに来たのは三本指だけじゃないんだろう?

 デミゴッドの死体やら、腐った樹やら、

 色々と来てるらしいじゃないか

 

 さらに言うなら……

 

 俺の一族で三本指を熱心に信仰しているのは少数なんだ

 ほとんどは疲れてしまったのさ

 呪詛を唱えることに、音を奏でることに

 この俺を含めてな……

 

 だから俺は見つけたいのさ

 生きていて良かったって、生まれてきて良かったって

 そう思える何かをな

 

 

 

 ……信じてくれるのか、ありがとうよ

 さて、何か買っていくかい?

 

 今後ともよい商いを頼むぜ、あんた

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 お針子は無事、冒険者となった。

 ちなみに登録する際の種族は半獣人にしてもらった。亜人では登録できず、獣人は嫌がり、話し合いのすえ半獣人に落ち着いたのだ。

 冒険者になった後、お針子は幾度もゴブリン退治に出た。

 最初は戸惑うことが多かった。

 

「冒険者って、大変なんですね……」

 

 冒険者として、初めてゴブリン退治に行った時に何気なく呟いた時だ。

 女神官が名状しがたい表情をしたかと思うと、帽子越しに頭を撫でてきた。

 あれは何だったのだろう?

 

「ようやく慣れてきました」

 

 経験を積んでゴブリン退治に行った時に呟いた時だ。

 女神官がとても悲しい表情をした。

 喜ぶと思っていたのに、何でだろう?

 

「あの、これ。汚れがよく落ちます」

 

 ゴブリン退治の後、血塗れになった女神官に石鹸を渡した時だ。

 女神官は一筋の涙を流した。

 もしかして、迷惑だったのだろうか?

 あの石鹸は我が王も使用していた品なのだが……

 

 冒険者というのは本当に大変だ。女性は臭い消しに血を浴びねばならず、洞窟では煙でゴブリンを燻り出して退治した後、爆破して崩さないといけないのだ。

 

 ここまでするのは、自分達が弱いからだろう。

 

 我が王から旅の話を聞いた時は、このような事はしていなかった。敵の背後を取ったり、遠くから弓を射つことはあったが、洞窟を崩すようなことはしない。しかも、ゴブリンとは比べものにならない強敵を真正面から倒していた。

 冒険を通して、改めて我が王の偉大さが解るというものだ。

 

 そんなある日のこと。

 お針子はギルドで、ゴブリンスレイヤーと女神官を待っていた。彼らは3日前にゴブリン退治に出ていた。いつもなら同行するのだが、今回は牧場で針仕事をする為に同行しなかったのだ。

 牧場の人達は、寝泊まりさせてくれる恩人だ。恩人の為に縫い針を使うことに躊躇いは無い。加えて、針の腕を鈍らせない事にも繋がる。

 

 針仕事を無事に終え、ギルドの壁際に座り2人の帰りを待つ。

 しばらくすると、変わった3人組がギルドにやって来た。耳の長い女性と髭の長い人、そして竜みたいな人だった。耳の長い女性が、カウンターに行って受付嬢に話しかける。どうやら誰かに会いに来たらしい。

 

「オルクボルグよ」

 

 受付嬢は困惑する。そんな人は聞いたことが無いから当然だ。しばらく耳の長い女性が一方的に話していると、今度は髭の長い人が出てきた。そして、少し話し合いをしたと思ったら、耳の長い女性と髭の長い人は喧嘩を始めた。どうやら気性の荒い、怖い人達のようだ。

 

 ちなみにこの2人は森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)であり、種族レベルで仲が悪い。両者が喧嘩する事は日常茶飯事である。

 森人は弓使いである妖精弓手、鉱人は呪文遣いである鉱人道士という。

 

 喧嘩している両者の間に竜みたいな人が仲裁に入る。

 竜みたいな人を壁際からまじまじと見て、お針子はある事を思い出した。

 

(あの人は、もしや竜餐を……)

 

 我が王より聞いた事がある。

 竜餐、それを為した者はやがて人でなくなる。竜の心臓を供物とし、抗いがたい竜への渇望に溺れてゆくのだ。故に、竜餐は破滅への道だと。

 あの人はきっと竜餐を経て、竜のような姿に変貌したのだ。まだ人としての理性は残っているみたいだが、いずれ完全に理性を無くし地を這う竜になってしまうのだ。

 喧嘩を始めた2人といい、なんて恐ろしい人達なんだろう……

 

 ちなみに竜みたいな人は蜥蜴人(リザードマン)という種族であり、竜餐とは何も関係が無い。ただの勘違いである。

 蜥蜴人は祖竜を信仰する蜥蜴僧侶という。

 

 お針子が勘違いから蜥蜴僧侶の末路を案じていると、3人組の話を聞いていた受付嬢が納得したかのように声を上げた。

 

「ああ、ゴブリンスレイヤーさんですね。あの人は3日前からゴブリン退治に行っています。そろそろ、帰ってくると思うんですけど……あっそこにいる、お針子さんも帰りを待っているんですよ」

 

 3人組がお針子の方を見る。見るからに気弱そうな獣人らしき者がいる。妖精弓手が疑問を口にする。

 

「お針子?冒険者じゃないの?」

「冒険者ですよ。ゴブリンスレイヤーさんとよく一党を組んでいます。お針子と呼ばれているのは……まぁ、色々と事情がありまして」

「ふぅん……」

 

 妖精弓手がお針子に近づき、話しかける。

 

「ねぇ、ちょっと」

「ひぃぃ!」

「な、何よ。失礼ね!」

 

 お針子が怯えたように悲鳴を上げて受付嬢の元へ逃げる。妖精弓手は突然逃げられた事に怒り、鉱人道士はそれを見て腹を抱えて笑う。

 受付嬢がお針子に優しく話しかける。

 

「お針子さん、怯えなくても大丈夫ですよ」

「で、でも」

「う〜む、拙僧の連れが怖がらせたみたいで申し訳ない」

 

 蜥蜴僧侶がお針子に謝罪する。お針子は一瞬ビクッとするが、蜥蜴僧侶が温和な雰囲気を出していたので何とか落ち着く事ができた。

 

「すいません、取り乱してしまって」

「本当よ、もう……」

 

 妖精弓手が文句を口にする。そして、お針子をジロジロと見る。

 

「あんた、本当にオルクボルグと一党を組んでいるの?」

「え、え〜と?」

「ゴブリンスレイヤーさんの事ですよ」

「確かにあの人とは、よく一緒にゴブリン退治をしていますが……」

 

 妖精弓手は訝しげにお針子を見る。とても信じられないという思いが伝わってくる。

 そこに鉱山道士が割り込んで来る。彼は、お針子の杖を指差して言う。

 

「お前さん、その杖を見せてくれんかの?」

「え?は、はい」

 

 無警戒に杖を差し出されて、鉱山道士は少し驚いた。普通の魔術師は、初対面の人に杖を渡したりしない。思うことはあったが、杖を受け取るとその出来栄えに見惚れてしまい、考えが吹き飛んでしまった。

 一通り観察し終えると、感嘆の声を上げる。

 

「見たことの無い装飾じゃのう。異国の物か?それにしても……う〜む、見事な杖じゃ。お前さん、これを何処で手に入れた?」

「我が王から頂きました」

「ほう、王からか!お前さん大した奴じゃのう」

 

 お針子は急に褒められて照れてしまう。杖を返してもらい、改めて3人を見る。思ったよりも怖い人達では無いのかもしれない。

 

 そんなやり取りをしている間に、ゴブリンスレイヤーと女神官が帰還する。依頼の話をする為に、ゴブリンスレイヤーは3人と共に二階の応接室へ行く。女神官は休憩するように言われ、その場に残った。お針子も女神官に付き添い、その場に残る。

 

「お疲れ様です。受付嬢さんがお茶を入れてくれました」

「ありがとうございます」

 

 お茶を飲んで、一息つく。

 お針子は女神官の愚痴を聞いて、励ましの言葉を送る。

 

 すると、他の新人冒険者の二人組が話しかけてきた。

 自分達と組まないか?兜を被ったあいつは嫌な噂を聞く。別れた方がいい。

 

「何でそんな噂があるんですか?オイラを助けてくれたのに?」

 

 お針子がそんな話をすると、二人組は何ともばつが悪そうな顔になる。いや、でも、と話を続けようとするがそこで、魔女と呼ばれている美女が話しかけてくる。魔女は二人組を退散させ、女神官に話しかける。

 

 人を助けるなら、ゴブリン退治以外にも道はある。

 彼について行くのは大変、だからせめて自分で決めなければならない。

 

 そんな意味深な会話であったが、お針子には良く分からない。ただ、大切な事は自分で決めるべきという部分は理解できた。

 

「……お針子さんはどう思います?」

「何がですか?」

「自分で決めることです」

 

 女神官は迷っていた。自分は足手まといになっているのではないかと。このままゴブリンスレイヤーについて行って良いのかを。

 

「オイラも実は凄く迷ったことがあるんだ。王にこのままついて行って良いのか」

 

 女神官は、その言葉に驚いた。お針子は何があっても王について行きそうな気がしていたから。

 

「ほら、オイラって醜いでしょ?こんな醜いやつが王の側にいるなんて、許されないんじゃないかって。そんな風に考えていたんだ」

 

 女神官は何も言えずにいる。否定したいが、上手い言葉が出てこない。

 

「そんな時、王が母さまの声を聞かせてくれたんだ。貴方は美しいわって」

 

 お針子は懐かしむように語る。

 

「王は、その声は自分の言葉でもあると言ってくれたんだ。その時、オイラは決めたんだよ。何があろうとも、例え別れることになろうとも、我が王のお針子であり続けようって」

 

 お針子は思いを込めて力強く語る。そして、女神官のほうに向き直る。

 

「女神官さんは、ゴブリンスレイヤーさんに言って欲しいんですか?自分について来いって」

 

 ……どうだろう?そうなのだろうか?

 

「でも、ゴブリンスレイヤーさんからは言ってくれないんじゃないかな?だから……その、ついて行きたいなら自分からちゃんと伝えないといけないと思うよ」

 

 そう言って、お針子は空になったカップを戻しに行った。

 女神官は、その姿を目で追いながら1人で考えていた。

 

 その後、女神官はゴブリンスレイヤーについて行くことを決めた。

 自分の声で、はっきりと、ついて行くと伝えた。

 理由は、放っておくことができないから、らしい。

 妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶の新たな3人のメンバーも含め、6人でゴブリン退治に出るのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 ゴブリン退治に出かけて数日目の夜、彼らは焚き火を囲んで食事の準備を始める。その途中、妖精弓手が全員に冒険者になった理由を聞いた。美味いもののため、外の世界への憧れと各々が理由を話す。

 ちなみに蜥蜴僧侶の竜になる為という理由を聞いて、お針子の勘違いがより加速したことを知るものはいない。

 最後にお針子が話す番が来る。

 

「オイラは我が王を探すためです」

「その話だけど、そもそもどうして王と別れたのよ?」

 

 妖精弓手がお針子に問う。ほんの数日だが、彼女はお針子のことを理解し始めていた。オルクボルグがゴブリンの事しか考えていないのなら、お針子は彼の王の事しか考えていない。そんなお針子が王と別れた理由が想像できなかった。

 

「……オイラも別れたく無かったんだ」

 

 それはそうだろうな、と全員が思う。

 

「でも、仕方なかったんだ。我が王は月と共に夜空へ旅立つことを心に決めていたから……」

「夜空に旅立つ?」

「そう。オイラの故郷にある、月見の台地から月を見た時わかったんだ。黄金樹と同様に、あの月も我が王の事を待っているって。オイラにそれを止める権利は無いって……」

 

 お針子はその時を思い出しているのか悲しい顔をする。周りは話がよく理解できていない。

 

「だから、せめて夜空に旅立った王の為、星見になろうと思ったんだ。それを我が王に話したら、結びの司祭様を紹介してくれたんだよ。それから司祭様に星見のことを教えてもらったんだ」

「結びの司祭様ですか。その人がお針子さんの先生なんですね」

「そう、とても賢くて優しい方なんだよ。我が王も司祭様から色々な事を教えてもらったんだよ」

 

 それからのお針子の話は神話のようなものだった。

 

 王が夜空へ旅立った後、毎晩必ず星を見た。

 ある日、星が騒めいたかと思うと、月から大きな流星が出てきて地上に落ちた。

 お針子は流星が落ちるのを見て、すぐに悟ったらしい。

 

 

 

 ──我が王が地上にお戻りになった!

 

 

 

 それから居ても立っても居られなくなり、この地までやって来たのだ。

 

 何とも壮大な話だ。妖精弓手が信じられないという感じで、お針子に聞く。

 

「月から王がねぇ……どっちの月から落ちたのよ?」

「もちろん暗月です」

「暗月?それってどっちよ?」

 

 妖精弓手は赤い月と緑の月を指さして聞く。お針子が不思議そうな顔をする。

 

「ここからでは、月は見えませんよ?」

「何言ってるのよ?そこに見えてるじゃない」

「ひょっとして、あの赤と緑のやつですか?あんな物、月ではございませんよ。本物の月に失礼です。こっちを観て、愛でたと思ったら見捨てて、嘲笑って……一体何なんですか、あれは!見るのも不愉快です」

 

 お針子が急に怒りだして、妖精弓手は訳がわからなくなる。確認するように周りに聞く。

 

「……ねぇ、みんなは赤と緑以外の月って知ってる?」

 

 お針子以外、全員首を横に振る。だよねっと妖精弓手が答える。それを見て、お針子は納得したかのように悲しげに答える。

 

「そうですか。この地にいる方々は本物の月を見たことが無いのですね。皆さんも一目でも本物を見れば理解できますよ。あれらは月じゃないって」

 

 お針子は、周りが自分の話を理解できなかった事を悲しんだ。それを見て、妖精弓手もそれ以上追求するのを止めた。

 

「あのぅ、皆さん食事にしませんか?」

 

 女神官のその言葉で、全員空気を切り替えた。

 各々が食べ物や飲み物を互いに差し出す。

 お針子も、茹で蟹を差し出した。自分はあまり食べることは無いが、王が良く食べていたので持って来たのだ。

 茹で蟹は塩加減が絶妙で、特に鉱人道士と蜥蜴僧侶には酒の肴にぴったりだと好評であった。

 

 その後、ゴブリンが何処から来るのかという話になった。ゴブリンスレイヤーは姉から聞いた話をした。ゴブリンは緑の月から来るのだと。すると、お針子がこんな事を言った。

 

「正確には緑の奴が用意して、地上に置くんです。だから、ゴブリンは減らないんですよ。全く、迷惑なことです」

 

 その言葉が妙に印象的で、ゴブリンスレイヤーは眠りにつくまで頭からその言葉が離れなかった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 目的地のゴブリンの巣穴は古代遺跡だった。

 見張りのゴブリン二匹を首尾良く始末すると、お針子が気になったことを口にする。

 

「あいつら何に怯えてたんでしょう?」

「わからん」

「何?どういうこと?」

 

 妖精弓手にお針子が説明する。ゴブリンは普通、真面目に見張りなんてしない。なのに、彼らは見張りをしていた。これには理由があるはずだと。

 

「森人の住処が近いからじゃないの?」

「それなら巣穴を変えるよ。多分、あいつらの仲間に怖い奴がいるんだよ」

「ゴブリンの上位種でしょうか?トーテムが見当たりませんけど」

「わからん。ゴブリンでは無いかもな」

 

 そう言いながら、ゴブリンスレイヤーは巣穴に侵入する準備を始める。それを見て、お針子が憐れみの言葉を出す。

 

「女性の冒険者って本当大変ですね」

「ハハハ……」

 

 妖精弓手は、何のことかわからず首をひねった。その後、何をするのか理解して顔面蒼白になる。周囲に助けを求めるが、誰も手を貸さない。女神官も悟りを開いた顔をしてる。

 そんな妖精弓手に、お針子は石鹸をそっと手渡すのだった。

 

 

 

──────────

 

 

 

 遺跡に入り込み、狭い下り道を罠に注意しながら進む。啜り泣く妖精弓手を連れながら。女神官が、そっと慰めの声をかける。

 

「あの、貰った石鹸を使えば落ちますから」

「苦労してるのね、あなた。この石鹸、見たこと無いけど、何で作られてるの?」

「お針子さんの故郷に生えるキノコだそうです」

「あいつの故郷、変なものが多いわね」

 

 お針子は考えれば考えるほど不思議な存在だ。異国から来た事を加味してもだ。まるで、異世界から来た存在のようだ。

 

「本当に異世界人かもね」

「え、流石にそれは」

「わからないわよ。月から王様が降ってくる場所だし」

 

 冗談を言って互いに軽く笑う。

 それが核心を突いているとは、この時は誰も思わなかった。

 

 その後、罠を回避して森人の虜囚を救い、一党は着々と遺跡を進んだ。途中、妖精弓手が虜囚のこともあって挫けそうになるが、何とかいつもの調子を取り戻した。

 

 彼らは遺跡の中を進み、やがて広大な空間に出る。そこは、吹き抜けの回廊になっていた。回廊の底には無数のゴブリンがいる。まともに相手にできる数では無い。しかし、ここにはゴブリンスレイヤーがいる。

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンを殲滅する作戦を練り、全員に伝えると直ぐに実行した。《酩酊》と《沈黙》を使いゴブリンを眠らせ、眠っているゴブリンにとどめを刺していく。

 お針子は参加しない。彼は大型ナイフを所持していたが、やはりこうした行為は苦手だ。戦って勝つのとは違う、機械的な作業から離れて終わるのを待つ。

 ゴブリンスレイヤー達は、小一時間かけてゴブリンを皆殺しにした。

 

 

 

 その時だ。

 大気を揺らす音と共にゴブリンが恐れていた者が現れた。

 

 

 

 オーガ。人喰い鬼。

 多くの冒険者がその強さに恐怖する存在だ。

 しかし、そんな物知らないゴブリンスレイヤーは意図せず挑発してしまう。

 怒ったオーガが腕を突き出し、呪文を唱える。

 

「《カリブンクルス……クレスクント……》」

 

 詠唱と共に恐るべき温度の火の玉が作られる。《火球》の呪文だ。鉱人道士が警告を出す。各々が《火球》に備え、妖精弓手が散開するよう指示しようとした時である。

 オーガの顔に輝く礫がぶつけられた。

 見てみるとお針子が一行から離れた場所から、杖を向けていた。オーガはお針子を目標にする。

 

「《────ヤクタ》!」

「お針子さん!」

 

 女神官が叫ぶがもう遅い。火の玉はお針子を消し飛ばさんと迫る。《聖壁》も間に合わない。女神官は絶望し、オーガは笑みを浮かべた。

 

 

 

 ──とある魔術師の話をしよう。

 狭間の地で鈍石と言われた魔術師の話である。

 彼は、他の魔術師に非才だと馬鹿にされていた。

 輝石ではなく鈍い石だと称されたのだ。

 彼自身も、自分には才能が無いと思っていた。

 しかし、同時に彼はとても誠実な人物でもあった。

 およそ魔術師らしくないほどに。

 彼は己の研究に真摯に取り組み、

 ついには新たな理論をもとに新しい魔術を作り上げた。

 その魔術は、とある褪せ人によって回収され、

 褪せ人はその力にとても驚いた。

 褪せ人は、鈍石の研究が盗まれることを恐れた。

 そこで、研究の資料と魔術を信頼できる

 結びの司祭のもとへ持ち運んだ。

 いずれ、彼の研究を引き継ぐに相応しい

 魔術師が現れることを祈って。

 結びの司祭は後に、その魔術を1人の弟子に教えた。

 その魔術の名は──

 

 

 

 火の玉が迫り来るのに、お針子は冷静だった。

 杖を構え、タイミングを計る。ミスは許されない。

 我が王が言っていた。この魔術は相手が神であっても、その力を発揮したと。神の光から己を守ったと。ならばオーガの火の玉ぐらい、どうという事はないはずだ。

 お針子は火の玉に向かい杖を振った。

 

 ─《鈍石の力場》─

 

「何⁉︎」

 

 オーガは驚いた。突然、己の放った火の玉が軌道を変えたのだ。火の玉は、誰にも命中せず壁へとぶつかり、爆発する。

 呪文や奇跡で壁を作ったり、呪文に抵抗した訳ではない。自分の知らぬ未知の力によって、放った火の玉が逸らされたのだ。

 

「貴様、何をした⁉︎」

 

 オーガの問いに、お針子は先程よりも大きな輝く礫で返す。舌打ちし、戦鎚で潰そうとする。

 

「隙だらけね。狙い放題だわ」

 

 しかし、振り上げたところで右目を妖精弓手の矢に潰される。続け様に蜥蜴僧侶と彼が召喚した竜牙兵、鉱人道士の《石弾》が降りかかる。最後には、ゴブリンスレイヤーが脚を的確に剣で斬りつける。

 怒涛の攻撃をオーガに仕掛けたが、岩のように硬いオーガの皮膚に阻まれてしまう。

 

「ええい、ちょこまかと!!」

 

 ─《聖壁》─

 

「っ!小癪なぁ!」

 

 戦鎚をゴブリンスレイヤーに浴びせようとするが、女神官の奇跡に邪魔される。《聖壁》は直ぐに砕けてしまうが、ゴブリンスレイヤーが戦鎚から逃れる隙は作り出すことができた。

 

「助かった」

「はい!でも、このままでは」

「手はある。時間を稼げ」

 

 ゴブリンスレイヤーは、次の手の準備に入る。

 一方、先程から冒険者に一撃も与えていない事実に、オーガは怒り心頭であった。戦鎚を振り回し、天井を崩して瓦礫で攻撃する。

 竜牙兵は潰され、冒険者達も回避に専念する。

 もう一度《火球》を使おうとするが、お針子の事を思い出す。お針子の方を向き、その姿を見つけると、再び輝く礫が飛んできた。先程から、知らない術を行使してくることに、オーガは一つの可能性を導き出した。

 

「貴様、あの三本指とか言う奴と同じ異界の出身か?」

「!」

 

 お針子は驚き、思わず硬直する。オーガはその反応を見て確信する。

 

「やはりそうか!貴様は殺さず、魔神王様の元へ連れて行くとしよう」

「一体どういう──」

 

 お針子が問おうとした時、轟音と共にオーガの体が寸断される。

 ゴブリンスレイヤーの方を見ると、彼がスクロールを発動させていた。

 

 なす術が無く、絶命するオーガ。

 

 お針子は、物言わないオーガの遺体をしばらく眺めていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 遺跡の入口まで戻り、森人たちの馬車に乗って帰省する冒険者たち。彼らは疲れきっており、口を開かなかった。

 ただ1人、お針子を除いて。彼はオーガを倒した後から、ずっと独り言を呟いていた。

 妖精弓手は、お針子の様子をしばらく見ていたが、やがて意を決して話しかけた。

 

「ねぇ」

「……………はい、何でしょう?」

「単刀直入に聞くわ。あなた何者なの?」

「オイラは、お針子です」

「そうじゃなくて、聞き方を変えるわ。貴方、異世界人なの?」

 

 異世界を渡れる人は、御伽話に登場するものだ。それが、実在すると考える者は少ない。妖精弓手も信じていないが、お針子が特異な存在だと十分に理解した。加えて、オーガが言っていた事もある。

 お針子は、少し考えてから答える。

 

「……オイラにも分からないです。狭間の地から外へ出るの初めてだから」

「どうやって、ここまで来たのよ?」

「門を使ったんです」

 

 門を通ると、転移する。狭間の地に住まう者なら、誰でも知っている事だ。

 しかし、それは四方世界では失われた技術である。

 妖精弓手が、お針子に返答する。

 

「……ほぼ間違いなく、貴方は異世界人ね」

「そうですか」

 

 淡々とお針子が答える。そんなことは大して重要ではない、と言外に語っているように。

 妖精弓手は、そんなお針子に閉口してしまう。

 今度は、女神官が問う。

 

「お針子さん、三本指って何ですか?」

「………」

 

 お針子は顔を伏せる。どう答えるか、悩んでいるようだ。

 しばらくして、ゆっくりと口を開く。

 

「生きようとするもの、その全ての敵です」

「生きようとするもの?」

「はい。三本指は世界を生き物が生まれる前に戻すために、全てを燃やそうとしているのです」

 

 善も悪も関係無く、文字通り全てを狂い火で燃やし尽くそうとする者。三本指は混沌を求めるが、この世界に蔓延る混沌とは全く異なるものだ。全てが火の中で入り混じり、一つとなった状態が三本指の求める混沌だ。

 

「もし、本当に三本指がいるのなら対抗できるのは我が王ぐらいでしょう。いえ、そもそも我が王がこの地……この世界に来たのは、それが理由なのかもしれません」

「王ってそんなに凄いの?」

「少なくとも、狭間の地で我が王より強い者はいません。力と強さが王の故、王の器であり、勝利がそれを証明するのです。我が王は文字通り、全てに勝利して王の座についたのですから」

 

 まるで英雄譚。まるで白金等級である勇者の話のようだ。

 

「もし、三本指が魔神王と関係しているのなら、我が王も魔神との戦いに現れるでしょう」

「では、魔神たちと戦いに行くんですか?」

「いえ、オイラが戦いに参加しても邪魔になるだけですよ」

 

 お針子は、もう日が見え始めている空を眺めている。微かに見えている星を見ているようだ。

 

「魔神との戦いには参加しません。我が王の邪魔をするわけにはいきませんから」




次回も来週水曜日の予定です。
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