本当にありがとうございます。
ふう、漸く棺桶から出られました
もっと別の体があれば良かったのですが
あの者と縁のある者は限られているので
致し方ありませんね
……おや、あなたは?
妙な顔をされておりますね
もしや、この体の元の主を、ご存じでしたか?
だとしたら、とても残念なことです
ご存知だと思いますが、彼はもう死にました
そして私に、この体を託したのです
何ですか?彼を返せ?
訳が分かりませんね
体を返したところで、彼は生き返りませんよ?
こんな墓場の棺桶の中よりも
私が活用してあげた方が彼も幸福だと思いませんか?
──ほう?おかしなことをなさいますな
貴方、そんなに私が憎いのですか?
まぁいいでしょう。私も貴方に用はありませんので
この体でどれだけのことができるのか
確かめさせていただきましょうか
さぁ、知りなさい
己が救いようのない痴れ者であることをね
────────────────────
その日、女神官はとても上機嫌であった。
昨日の話になるが、昇級の審査を通過して白磁等級から黒曜等級に昇格したのだ。周囲に報告すると、みんな喜んでお祝いしてくれた。
彼女だけでなく、お針子も黒曜等級に昇級した。
「オイラなんかが昇級なんて……」
昇級の話が出た時、お針子はこんなことを言っていた。しかし、女神官が懸命に説得した。オーガを倒せたのは、お針子の尽力が大きかったのは言うまでもない。もし自分だけが昇級して、お針子が昇級しなかったら逆に申し訳なくなってしまう。
女神官の説得を受けて、お針子は昇級の審査を受けた。そして、無事に審査を通過したのだった。
女神官は上機嫌のままギルドに入り、お茶をカップに入れて適当な椅子に座る。
今日は依頼を受けていない。怪物事典を借りて勉強でもしようか。
「久しぶりね」
「あ、お久しぶりです」
思案していると女魔術師が話しかけてきた。女神官は昇級について、まだ女魔術師に報告していなかった。伝えるべきであろうか。
女神官が悩んでいる間に、女魔術師は女神官の隣りに座る。
そして、顔を俯かせて黙ってしまった。
「あの…どうかしたんですか?」
「………」
女神官が声をかけるが、反応が無い。しばらく待つと、女魔術師は顔を上げる。その顔を見て、女神官は震え上がる。蒼白と言ってもよいほどに青褪めていたのだ。
「とても…とても、悪い知らせがあるの。聞かない方が良いかもしれないわ」
「……聞かせて下さい」
「本当にいいの?後悔するわよ?」
「はい、聞かなくても……きっと後悔しますから」
女神官は震えながらも、はっきりと返事をする。聞いても聞かなくても後悔するなら、聞いて後悔した方が良い。それを見て、女魔術師は重い口を開いた。
「心して聞いてちょうだい」
「はい」
「青年剣士と女武道家の故郷が壊滅したわ」
女神官は思考を停止した。脳が聞こえた言葉の理解を拒んでいた。
「生き残りは誰もいない。女武道家も……」
呼吸が止まり、意識が飛びそうになる。体が傾き、椅子から落ちそうになるが、女魔術師に手を握られて何とか持ち堪える。
「大丈夫?」
「……はい、ありがとうございます」
「無理もないわ。私も初めて聞いたとき、そうなったもの……」
女魔術師は、青褪めた女神官の肩を撫でる。それは女神官のためと言うよりも自身のためであった。女魔術師も人に触れることで、己を保っているのだ。
「その……間違いないんですか?」
「ギルドが銅等級の冒険者を派遣して調べた情報よ。まず、間違いないわ」
壊滅した正確な時期は不明。調査はかなり前から行われていたが、不可解な点が多く調査は難航し、最近になってギルドに報告書がまとめられたのだ。
「何があったんですか?」
女魔術師が、報告書の内容を説明する。
最初は行商人からの報告だった。村の近くまで行った時、遠目で沢山の人が倒れていることに気づき、慌てて街まで引き返したという。流行り病や魔神たちの策略を危惧したギルドは、直ちに熟練の冒険者に調査を依頼した。
冒険者が村に到着すると、目が黄色に変色した奇妙な死体だらけであった。詳しく調べたところ、体に火傷と思われる跡があった。しかし、多くの死体は火傷ではなく変色した目を手で覆っており、具体的な死因は不明。一部の死体の周りには暴れた形跡があり、自害を試みた事がわかった。自ら死を選ぶほど、苦しい思いをしたらしい。
そして女武道家は……
「女武道家は、村外れの墓場で亡くなっていたらしいわ。アンデッドになった青年剣士に殺されたみたい」
「アンデッド?どういうことです?」
「青年剣士が入っていた棺桶に、内側から破られた形跡があったの。状況から見て、女武道家はアンデッド化した青年剣士と戦い、返り討ちにあったみたい。手に、彼の鉢巻が握られていたわ」
「そんな……」
説明が終わると、重い空気が流れる。どうして、何故、そんな思いが駆け巡る。例え幸運と呼べなくても、生きていたのに。しかも、幼なじみに殺されるなどあんまりではないか。
どれほど時間が流れたのか。女神官が口を開いた。
「………目が黄色に変色した原因は何ですか?」
「それがわからないの。呪いや病の可能性が高いみたいだけど」
目が変色する病気は幾つかあり、黄色に染まることもある。だが、今回のような変色の仕方は前例が無かった。
強いて言えば、原因にアンデッド化した青年剣士が関わっている可能性が高かった。
女魔術師は話を終えると、ふらついた足取りで宿に戻って行った。
今は何もしたく無いらしい。
女神官は動けなかった。初めての冒険にて、女武道家が奮闘してくれなかったら自分は今頃ここにいない。手に持つ黒曜石の認識票だって、彼女なしではあり得ない。いつか、彼女のもとを訪れようと考えていた。女魔術師も同じ思いだったはず。頭も、心も整理できない。
しばらく机を眺め、カップのお茶が完全に冷えたころになって、ようやく思考が安定してきた。
自分も宿に戻ろうかと考える。
ふと、女神官の中である考えが浮かぶ。
前例が無い。
見た事が無い。
こうした出来事が、つい最近あったばかりだ。
(そうだ。お針子さんに、今の話を聞いてもらいましょう)
お針子が異世界人である事は、ギルドに報告済みである。だが、公表には至っておらず、ギルドと上位冒険者の一部だけに周知するに留まっている。説明も証明も難しく、下手に公表しても正気を疑われ、ギルドの信頼が下がるのは目に見えている。
ギルドは、ゴブリンスレイヤーたちにも内密にするように伝えていた。
女神官がギルドを見渡すと、お針子はカウンターで受付嬢と話していた。重い気分を跳ね除けて立ち上がり、カウンターまで行く。
「という具合で、何者かによって魔神の陣地が壊滅させられているという噂があります。しかし、真偽は不明です」
「うーん、なるほど」
お針子は魔神との戦いについて、受付嬢に話を聞いていた。魔神の陣地を単独で壊滅させている、正体不明の人物がいるらしい。もっとも、情報が限られているため断片的にしかわからない。魔神に苦戦している王国の作り話だという噂もある。
お針子との話を終えた受付嬢が、女神官に気づく。女神官の暗い表情に気づいた受付嬢は、ゆっくり慎重に話しかける。
「こんにちは、女神官さん。……その、女魔術師さんとお話されましたか?」
「はい……例の話は、女魔術師さんから聞きました。その事でお針子さんに聞きたいことがあるんです」
「オイラに?」
「はい、先ずは話を聞いて下さい」
女神官は、先程の話をお針子に話す。口に出すと、また一段と胸に来る。女魔術師も、こんな気持ちだったのだろうか。
話を終えると、質問をする前にお針子が答えた。
「………それはきっと、狂い火の病と混沌の男だよ」
狂い火を患うと瞳が黄色に変色して爛れる。さらに狂的な痛みを伴い、発狂してしまうのだ。治療方法は見つかってない。ごく稀に、お針子の王のように発症後の痛みと発狂に耐えきり、狂い火が消える者がいるが。
混沌の男とは、その昔に讒言の罰として人々に瞳を潰された男だ。彼は瞳を潰された後、やがてそこに狂い火の病を宿したという。この一連の出来事が、狂い火の病の起源であると言われている。
「混沌の男は、死体に取り憑くことができるんだ。多分、その青年剣士さんは取り憑かれたんだよ。そして、その村に狂い火をばら撒いたんだ」
「………」
女神官は開いた口が塞がらなかった。もし、それが本当なら青年剣士はアンデッドよりも遥かに危険な存在になったことになる。
「なるほど。確証は持てませんが、村の惨状や墓場の状態の説明はつきますね」
受付嬢は、お針子の話をメモに残しながら話す。
「お針子さん、狂い火の病について詳しく教えてくれませんか?」
受付嬢が言うには、魔神との戦いが激しい地域で目から火を噴き出す者が報告されているらしい。人から人へ伝染することから、病や呪いの類であることは分かっている。しかし、対応策が見つからず、国は頭を抱えているのだ。魔神と戦っていた上位冒険者にも犠牲者がいるらしい。瞳から涙のように火が吹き出すことから、一部で火涙という仮称が付けられたぐらいだ。
お針子はできる限りの情報を受付嬢に伝えた。その情報を速やかにまとめ、王都へ送る準備をする。この情報で、一人でも救われる人がいることを願って。
その後、幸いなことに辺境では狂い火の病の報告は無く、魔神王が討伐されるまで比較的ゆったりとした時間が流れるのであった。
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長く続いた冒険者と魔神の軍勢の戦いは、多大な犠牲を払いながらも終焉を迎えようとしていた。新たに誕生した勇者と、その仲間である剣聖と賢者が、敗走した魔神王を追い詰めようとしていたのだ。
「逃がさないよ!」
勇者は魔神王が逃げ込んだ砦に乗り込み、そこに隠されていた地下に進撃していた。彼らは勇み足で地下を進み、奥の広間にたどり着く。
「魔神王、追い詰めたよ。覚悟!」
勇者は、声をあげて広間に乗り込む。
しかし、反応は返ってこない。
広間に魔神王は居なかった。代わりに1人の青年がおり、その背後には奇妙な扉があった。青年は帽子を深く被っており、その表情はよく見えない。
青年が、勇者たちに話しかける。
「勇者とその仲間よ、ようこそ。私は王を見定める者。今後もよろしくお願いしますよ」
青年は、状況を読み込めないでいる勇者たちに構わず、話を続ける。
「魔神王は今、真の王になるための儀式を受けています。しかし、彼は失敗するでしょう。己こそが混沌の王であるなどと、彼は仰っておりましたが……彼にその資格はありませんから」
「何なのよ、あなた?真の王って何?」
「勇者、このような男の言葉に耳を貸す必要は無い」
剣聖は剣を青年に向け、強い口調で喋る。
「魔神王は、その扉の先だな?どけ!」
「心配しなくとも、彼は間もなく出てきますよ。それよりも勇者、あなたにとても大切な話があります」
青年は両手を広げて、大袈裟に語りだす。
「勇者、あなたは過ちを犯そうとしている。あなたが魔神王を倒しても世界は平和にならない。寧ろ新たな災厄を招くだけなのです。神々はあなたがいるから、次々と災厄を呼び寄せることでしょう。これがどういう事か、わかりますか?あなたが、あなた自身が、災厄の種になるのですよ。そんなものが、果たして本当に勇者でしょうか」
「おい、黙れ」
聞くに堪えないという様子で、剣聖が青年の首に剣を当てる。賢者も杖を向け、勇者も聖剣を構える。誰もこんな戯言を聞くつもりはない。
剣聖の剣先が首に触れる。しかし、青年はそれを無視して話を続ける。
「あなたは、神が用意した英雄の道ではなく、険しき王の道を歩むべきなのです。その道の果てで神々を打ち倒せば、あなたは災厄の種にならずに済むのです。私の言葉に耳を傾けなさい。そして、正しい王の道を歩みなさい」
剣聖は首を切り落とそうと、剣を振り上げた。
その時、奥の扉が開き始め、悲鳴のような大きな叫び声が響いた。剣聖は叫び声を聞いて硬直し、その隙に青年は3人から離れる。
「ああ、やはり駄目でしたか。所詮、英雄に敗北するための駒に過ぎませんね。私は一度、退散するとしましょう」
「おい、待て!」
「剣聖、そんな奴はほっといて。来るよ!」
3人は扉の方を向き、魔神王へ備える。その間に、青年は何処かへと姿を消した。扉がゆっくりと開かれる。中に居る者が出てきて、その姿を現す。
それは、瞳に燃え盛る狂い火を宿していた。巨大な指に掴まれたような、指痕のような爛れた火傷を全身に負っていた。
指痕爛れの魔神王がそこにいた。
指痕爛れの魔神王は叫び声と共に狂い火を撒き散らす。
「火涙」
賢者が狂い火の仮称を口にする。その恐ろしさを、賢者は正しく理解していた。咄嗟に、魔法で壁を張り仲間を守る。狂い火が収まるのを待って、勇者が聖剣を掲げる。
「行くよ!太陽の爆発!」
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砦の外部では、魔神の軍勢と王国の軍勢が熾烈な戦闘を繰り広げていた。彼らは、わき目を振らずに眼前の敵を撃ち倒す。
秩序のため、混沌のため、己のため、誰かのため。
混乱を極めた戦場において、魔神王と勇者がいる砦に単独で向かう者がいる事に気づく者はいなかった。
ましてや、この戦場に秩序にも混沌にも属さぬ者がいるなど、この世界の者たちには想像できなかった。
さらに、戦場とは別の場所でも混乱が起きていた。
一つの駒が、自分たちの振るう骰子の結果を反映しなくなってしまったから。
────────────────────
勇者たちは、劣勢に立たされていた。
いや、敗北しかけていた。
開幕に放った勇者の技は、魔神王が爪を振りおろした際に起きた狂い火の爆発に相殺された。その後も、絶え間ない狂い火を含んだ攻撃に何度か発狂しかけるも、何とか踏み止まっていた。
勇者たちは、まだ誰も死んではいない。されど、もう時間の問題だ。賢者は魔法を使い切り、剣聖は剣を杖代わりに何とか立っている。まともに戦えるのは、勇者だけだ。魔神王も負傷しているが、瞳の狂い火は衰えることなく周囲にばら撒かれる。
勇者は聖剣を構え、魔神王に斬りかかる。しかし、ピンチから繰り出される渾身の一撃は、呆気なく外れてしまう。
狂い火が勇者に降りかかる。勇者は懸命に回避しようとするが、上手くいかない。
魔神王との再戦が始まってから、上手くいかないことが多い。攻撃に失敗したり、回避に失敗したり、いつもと
狂い火を受けた勇者は、瞳に狂い火が灯ってしまう。襲いくる狂的な痛みと、生きることへの絶望感。叫び声が、広間に響き渡る。
「ア、アア゛ーーー!」
「勇者!」
「不味い」
勇者は狂い火による痛みと発狂を何とか耐え切った。瞳から狂い火が消えるが、膝をついてしまう。
魔神王がゆっくりと勇者に近づく。剣聖と賢者が駆けつけようとするが、そこを魔神王が尻尾を振るう。鈍い音が広間に響き渡り、両者は壁に叩きつけられて気絶する。魔神王が勇者の目の前に立ち、爪を、牙を奮い立たせる。その表情は泣いているようにも、歓喜しているようにも見えた。
勇者は、魔神王の一つ一つの動作がゆっくりに見え、幼い頃に過ごした交易神の神殿が頭に浮かんだ。
(僕、死ぬの?)
嫌だ、と思っても体が動かない。仲間たちは気絶し、自分を助けてくれる人はいない。
何て呆気ない。
自分の冒険は、ここで終わるのだ。
目を瞑り、その時を待つ。
しかし、その時は訪れない。
何かが砕ける音と共に、周囲が一瞬明るくなる。
そして、冷たい風が吹いて来た。
目を開けると、魔神王が凍傷を負っていた。更に、背後から光の奔流が飛んできて、魔神王にぶつかる。光の奔流をその身に受けて、魔神王はたじろいでしまう。
背後を見ると、片手に青い大きな剣を、もう片手に青い王笏を持った騎士のような乱入者がいた。光の奔流は、青い王笏から放たれている。勇者たちは知らぬことだが、乱入者は辺境の街で褪せ人と呼ばれている異邦人だった。
光の奔流を撃ち終えると、褪せ人は青い杯を取り出して、一気に飲み干す。そして勇者の前に出ると、青い大きな剣を掲げる。剣が冷気を纏い、輝き始める。褪せ人は光輝く大剣を、魔神王へ向けて力強く振るい下した。
────────────────────
砦の広間は静寂に包まれている。
魔神王は、頭に青い大きな剣を、背中に聖剣を突き刺されて死んでいる。
褪せ人が魔神王と戦闘を繰り広げていた時に、魔神王が勇者に背中を見せた。勇者は最後の力を振り絞り、魔神王の背中に聖剣を突き立てた。その一撃で、魔神王は床に膝と手をつく。その隙に、褪せ人が魔神王の頭に、己の大剣を突き刺したのだった。
勇者は床に座り込んでいた。疲労困憊で頭が働かず、魔神王を倒したというのに、まるで夢の中にいるようだった。
褪せ人が魔神王から剣を引き抜いた音を聞き、漸く魔神王を倒したという実感が湧いてきた。褪せ人は何故か、引き抜いた大剣を魔神王の両目に突き刺している。
褪せ人の行動は気になったが、勇者にはもっと気になることがある。
勇者は、気絶した仲間に話しかける。
「皆、大丈夫?」
返答は無かったが、剣聖と賢者から息遣いが聞こえた。しかし、それは今にも消えそうなぐらいに小さい。治療しようにも、薬は無く奇跡も使えない。
どうしようと考えていると、褪せ人が剣聖と賢者の側に行き、黄金の光を用いて治療を施した。傷が癒えてゆき、消えそうな息遣いは安らかなものに変わる。その様子を見て、勇者は安心し微笑んだ。
治療を終えた褪せ人は、広間の奥にある扉の方へ移動し始める。それを見た勇者が慌てて声を出す。
「その扉は開けちゃダメだよ!」
魔神王は、その扉から出てきた。中に何があるかわからないが、とても良くないものがあるのは間違いない。勇者は必死に止めようとするが、褪せ人は構わず扉の側まで移動する。しかし、褪せ人は扉に触れるだけで中に入る様子が無い。何かを確認しているようだ。勇者はほっと息をついた。
褪せ人に質問しようとした時、広間の入口側に気配を感じた。勇者が気配の方へ振り向くと、そこには先程の青年が居た。青年は拍手をしながら、褪せ人に近づき話しかける。
「流石ですね。やはり、貴方こそ真の王となられるべきです」
褪せ人は青年を見ても、何も反応しない。それを見た青年がつまらなそうに語る。
「おや?以前のような反応は無いんですか?おかしいですね。ちゃんと貴方に縁のある人物を選んだはずですが……思ったよりも縁が希薄だったみたいですね。こんな事なら、その辺の死体を使うべきでした」
青年は一度溜息を吐いた後、魔神王と勇者の方を向いて再び溜息を吐く。
「しかし、勇者がこの程度とはね。とんだ見込み違いでした。三本指との面会を果たし、神の骰子に影響されなくなったとはいえ、あれは狂い火を宿した病人に過ぎないと言うのに……神の後押しが無ければ、所詮ただの──」
青年が言い終える前に、褪せ人が背後から大剣を胸に突き刺した。胸から大剣が突き出ているにも関わらず、青年は動揺する様子は無く、淡々と語る。
「……残念です。しかし無駄ですよ。私は混沌。決して死ぬことは無い」
ああ、世に混沌のあらんことを!
褪せ人は、躊躇うこと無く大剣を引き抜いて止めを刺す。
再び、広間に静寂が訪れる。
青年が動かなくなったことを確認し、褪せ人は出口に向かう。
「あ、ちょっと!」
勇者は慌て追いかけようとするが、体が思うように動かなかった。お礼、そして聞きたいことが沢山あった。
勇者が褪せ人を止めようとすると、再び入口の方から音がした。見ると、黄金の甲冑を身に付けた者たちが入って来た。彼らは、王国に雇われた異邦の騎士と兵士たちだったはずだ。
援軍に来たのだろうか?
彼らと褪せ人の視線が合い、そして──
────────────────────
王国の政治の中心である王城、その一室にて。
国王は報告書を見て、頭を抱えた。報告書には、魔神王が根城にしていた砦で起きた出来事が書かれていた。国王は、溜息を吐きながら独り言を呟く。
「逃走した魔神王を、勇者が追い詰める。ここまでは良い。問題は、その後に起きたことだ」
まず、現れた謎の青年と火涙を流す魔神王。
火涙が狂い火という病であることは報告を受けていた。報告を受けた際、発症者を必ず隔離するよう厳令を出した。発症者の中には、騎士や上位冒険者が含まれていたがやむを得なかった。
この奇妙な病に、魔神たちが関わっている可能性は推測していた。だが、魔神王が患うとは誰も予想だにしなかった。しかも、病気になった魔神王は勇者たちを逆に追い詰めた。
それだけでも驚くべき報告なのに、砦の最奥には魔神王を上回る何かがいるらしい。
現れた青年が、三本指と呼ばれる存在を仄めかしていたが、全く聞いたことがない。狂い火に関する報告書によると、世界を燃やそうとしているらしいが。
最奥にある扉を詳しく調査したところ、封印が施されていることがわかった。魔神王が中にいたことから、何かしら条件を満たせば入れるのだろうが、どれだけ調査しても入り方は分からなかった。
現在は監視のみ行っている。
「封印は解かない方が良いのだろう。しかし、いつまで監視すべきか……」
その次、謎の乱入者。魔神王に追い詰められた勇者を救い、魔神王を倒したもの。しかし、乱入者は冒険者でも、王国が雇ったものでも無い。世界を救った功労者であるのに、その後も国に名乗り出ることは無かった。
幸いなことに、勇者も聖剣を魔神王に突き立てていたので、勇者を白金等級にする口実はできた。
「勇者本人は、納得していない様子だったがな」
調べたところ、西方辺境で捜索されている人物と特徴が一致しており、彼が褪せ人という人物であることが分かった。彼を王と呼ぶ、半獣人が必死に探しているらしい。王国も捜索してみたが、手掛かりも得られなかった。
最後に、黄金の甲冑を身に付けた者たち。とある要塞を根城にした戦闘集団で、王国が正式に傭兵として雇った者たちだ。しかし、はっきり言って野蛮な傭兵よりも問題が多い。
本来、このような者たちを雇いたくは無い。だが、議論に議論を重ねて雇うことに決定したのだ。
「何せ、竜を討伐しているからな」
彼らが根城にしている要塞は、竜を討伐して奪ったものなのだ。竜を討伐できる戦闘集団が混沌の勢力に加担したら、どれだけの被害が出るのか想像もしたくない。
初めは厳しい戦場に送り込んで使い潰す予定だった。だが、彼らは想定以上に手練であった。幾つかの戦場で多大な戦果を上げ、彼らの名声を高める結果に終わった。
王国内における、彼らへの評価は真っ二つに割れている。英雄だと褒め称えるものと、追放すべきだというもの。傲慢さを隠そうとせず、亜人にあからさまな差別を行っていることが原因だ。中でも鉱人や圃人に対しては特に酷い態度をとる。理由を確認してみると、背が低いからだと。全く、ふざけている。
しかし、王国は只人が多いため肯定的な意見も多いのが現状だ。
「魔神王の砦からは、離れた場所に配置していたんだがな。何故、砦に向かったのだ?功を焦ったのか?」
彼らは、魔神王の砦で褪せ人と出会うと直ぐに斬りかかり、勇者の説得にも耳を貸さずに殺し合いを始めたらしい。殺し合いというよりも、褪せ人による一方的な蹂躙だったようだが。
結果、砦に向かったものは全て褪せ人に殺された。
それを機に、要塞で待機していた者たちが、世界を救った功労者である褪せ人を、神に反逆した大罪人だと言う噂を流しているのだ。厄介な事に、吟遊詩人の一部がその噂を広めるのに一役買っている。
「正体も目的も不明な褪せ人よりも、竜を狩った黄金の甲冑の方が英雄譚にしやすいからな」
対抗措置を取りたい所だが、彼らは王国が正式に雇った者であり、一部では人気が高い。更に褪せ人の功績を広げると、勇者の功績を疑問視する者が増える懸念がある。他国の問題を我が国に持ち込むな、と釘を刺すので精一杯だ。せめて褪せ人が、公に姿を現してくれたら良いのだが。
「せっかく、魔神王を倒したというのに……」
王都では凱旋のパレードが開かれた。多くの国民が魔神王討伐を喜んでいた。しかし、肝心の勇者は表情こそ笑顔であったが、内心では全く喜んでいないことが手に取るようにわかった。実際、国民が見ていないところでは暗い表情を浮かべていたらしい。
国王は大きな溜息をつきながら、報告書をしまう。
そして、別の書類に目を向ける。
「いつまでも悩んでいられん。まずは魔神王の残党狩りを進めねば……」
世界が救われたにも関わらず、国王もまた暗い表情を浮かべるのであった。
次回も来週水曜日の予定です。
補足説明
嵐の丘にいた者たちは、嵐の城の戦士に屈した。主も帰る故郷も失った上に、元々敗軍でもあった彼らに反骨の意志など残っていなかった。幸いにも、新たな主が気高き強い戦士であることが、彼らにある種の安らぎを与えた。彼らは戦士の一族に仕えていた者であったが故に。
腐敗と戦う者たちは、今も腐敗と戦っている。元より故郷を捨てた身である。この地は主が名誉の戦死を迎えた地でもある。
彼らは、新たな王を嫌っていない。むしろ、好いている者がいるぐらいだ。新たな王の功績が、彼らの矜持を満たしたから。
新たな王は、主には戦祭りで挑み、主の怨敵には単独で挑み勝利した。
やはり、星砕きこそが最強のデミゴッドであったのだ。
湖にいた者たちは、新たな王が誕生すると学院という後ろ盾を失った。
学院は新たな王の怒りを買うことを恐れたのだ。学院には満月がある。されど、カッコウがいると話は別になるやもしれぬ。故に、学院は彼らを追放した。
略奪を恣にした彼らを受け入れる場所はなく、学院の人形兵と彼らが迫害してきた者たちに追い詰められ、異界へも行けず湖に沈んでいった。
彼らが迫害してきた者は、兜の羽根飾りを一つ残らずむしり取った。
──とくと見よ。カッコウの羽根の醜さたるを。こんなものをまともな者が身に着けるものか。