うーん、うーん、困ったなぁ
あれ?もしかして、お兄ちゃん?
まさか、また会えるなんて思わなかったよ
お話できて嬉しいな
……そう。実はね、凄く困っているんだ
変な穴ぼこに嵌っちゃって、出られないんだ
僕、どうすればいいんだろう……
え?手を貸してくれるの?
ありがとう。じゃあ、僕のお尻を叩いてよ
そうすれば、穴ぼこから出られると思うんだ
うわ!何これ?油?
なるほど、こうすれば出るのが楽になるんだ
じゃあ、思いっきり叩いてね
うわっ!
やった!穴ぼこから出られたよ
ありがとう、お兄ちゃん
そうだよ。僕、強くなるためにここまで来たんだ
だけどね、ちょっと前に強い戦士がいたから
中に入れようとしたんだけど
その戦士の仲間に怒られちゃったんだ
お墓を作るから入れちゃダメなんだって
ここの人達はみんな壺の中には
入りたくないって言うんだよ
中身を増やせないなら
試練を乗り超えて鍛えるしかないよね
一先ず、この辺で試練になりそうなものを
探そうと思うんだ
もっと鍛えて、鉄拳のおじちゃんにも負けない
立派な戦士の壺になってみせるよ
見ててね、お兄ちゃん
いつか、英雄になって見せるから
いくじなしでも、みんなを守れる英雄に
戦士は血潮で物語る!
────────────────────
史上十人目の白金等級冒険者が生まれ、辺境でも細やかな祭りが催されたころ。
ゴブリンスレイヤーは、いつも通り過ごしていた。勇者も魔神王も、彼には関係ないことだから当然である。しかし、とても気にかかることがあった。お針子のことである。
祭りが開催されたころ、吟遊詩人の歌と共にある噂が流れてきたのだ。吟遊詩人の歌も噂も、誇張され捏造されることはよくある話だ。この噂も例外ではない。
曰く、褪せ人と言う神に反逆した大罪人が現れた。
曰く、褪せ人は魔神王と手を組んでいた。
曰く、黄金の甲冑を着た者達は褪せ人を討伐するために王国にやって来た。
お針子は噂を聞いたとき、平静を装っていた。
「大丈夫です。我が王は、このような噂に負けません」
褪せ人にとって、歓迎されないことなどいつものことである。故に、この程度の噂は障害にも感じないだろう。
だが、頭で理解できても心はそうはいかない。話をしている際、お針子の杖を持つ手が震えていることをゴブリンスレイヤーは見逃さなかった。
お針子をよく知る者、褪せ人に助けられた者は噂など信じはしない。だが噂が原因で、お針子がギルドや街で肩身の狭い思いをしてしまうのでないかと心配になった。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
噂の出所である、黄金の甲冑を身に着けた傭兵たちの評価が、辺境の街ではゴブリン並と言っても過言ではなかったから。
辺境最高と称される重戦士の一党が、依頼で王都付近に行ったときだ。偶然にも何人かの傭兵たちが、重戦士たちと道端で出くわした。そして、一党の圃人の少女巫術師が酷い侮辱を受けたのだ。重戦士たちが止めねば、一党の女騎士が剣を抜いて斬りかかるところだった。
「冗談抜きに殺し合いになるところだったぜ……」
重戦士が当時のことを思い出して呟いた。
これを機に、黄金の甲冑については禁句扱いされるようになった。へたに話せば、女騎士に殺気を込めた眼で睨まれるからだ。
こうした話は重戦士たちだけではない。鉱人道士が言うには、鉱人のある一族が鍛えた武器を彼らに提供しようとして手酷く断られたらしい。
「奴ら、背の高い鉱人が鍛えたものなら使ってやっても良い、などとぬかしたそうじゃ」
このような話が積もっていき、褪せ人の噂の出所が黄金の甲冑を身に着けた傭兵たちだとわかると、誰もが自然と口にしなくなった。
こうして噂は、辺境の街では問題にならなくなったのだ。
だが、ゴブリンスレイヤーが気になっていたのは噂だけではない。むしろ、もう一つの方が気になって仕方がなかった。
ある日の朝、お針子がゴブリンスレイヤーに警告したのだ。
「ゴブリンスレイヤーさん、気をつけてください。近々、牧場で良くないことが起こります。とても、とても良くないことが起こります」
「ゴブリンか?」
「そう……かもしれません」
お針子は時々妙なことを言う。されど、意味もなく人の不安を煽ったりもしない。冗談を言っているようにも思えず、ゴブリンスレイヤーは胸騒ぎが消えぬ日々を過ごした。
だが、その日々はすぐに終わった。
牧場付近で見つけたそれを、お針子は悲痛な表情で見つめる。ゴブリンスレイヤーも表情は見えないが、お針子と同じようなものだろう。
2人の見つめる先には、泥と糞に塗れた、おびただしい数の小さな足跡があるのだから。
──────────
ゴブリンスレイヤーが牧場の家から出てくる。
「どう、でしたか?」
「……」
お針子が問うと、ゴブリンスレイヤーが首を横に振る。牛飼娘を説得できなかったらしい。つまり、逃げずに牧場に留まるということ。
「手が足りん」
「はい……」
「俺だけでは無理だ」
「……」
「だから、ギルドへ行ってくる」
「……オイラはここにいます」
「逃げないのか?」
「はい、オイラも逃げません」
「そうか」
すまない、と言ってゴブリンスレイヤーは街のギルドへと向かった。
お針子は杖を取り出し、見つめる。己の身につけた魔術は基本的なものばかりだ。例外は《鈍石の力場》だけ。我が王が手ずから残そうとした魔術だから、必死に勉強して身につけたのだ。相手がただのゴブリンだけなら、今身につけている魔術でも戦える。けれど、上位種になると話は別だ。
我が王なら、どうであろう?
武器を封じて魔術のみにしたとしても、有象無象のゴブリンは《輝石竜の月の剣》で、上位種は源流の魔術で打ち倒す姿が容易く想像できる。あるいは、隕石を呼び寄せて蹂躙するか。
そんなことを考えていると、牧場の家の扉が開かれて牛飼娘が出てきた。牛飼娘がお針子に気づくと、申し訳なさそうな顔で話しかける。
「君も残るの?」
「はい、残ります」
「逃げてもいいんだよ?王様に会いたいんでしょう?」
「王には会いたいです。でも、逃げません」
「……どうして?」
「どうしてでしょうね。恩人を見捨てられないのか。それとも、王に失望されるのが怖いだけなのかも」
お針子は、自分でもよく分からないという風に答える。だが、牛飼娘は嬉しかった。理由など、どうでもいい。お針子が残ってくれる。残って彼と一緒に戦ってくれる。それだけで充分であった。
「ありがとう、本当に」
────────────────────
凄い光景であった。
お針子は受付嬢に、この街に心から感謝した。
武器で見れば、剣、杖、槍、斧、弓。
職業で見れば、戦士、魔術師、聖職者、盗賊。
種族で見れば、只人、森人、鉱人、蜥蜴人、圃人。
ギルドのあらゆる冒険者がここに集っている。
我が王より聞いた、戦祭りの話を思い出す。集まっているのは英雄ではないが、数ではこちらの方が凄い。王が星砕きに挑むときも、こんな気持ちだったのだろうか。
お針子は人混みが苦手だ。だが、今だけは別だ。
牧場を守るため、得られる金貨のため、中にはチーズを食べたいがために集まった冒険者たちが、頼もしくて心強く感じられた。
お針子はギルドで冒険者と交流することがほとんど無い。そのため見かけない人の方が多いが、中には見覚えのある人もいる。
毅然とした態度で頭目が仲間に指示を出しているのは、貴族令嬢の自由騎士の一党だ。
指差しで装備の確認をしているのは、ほんの少しだけ話したことのある新人冒険者の二人組、新米戦士と見習聖女だ。
手に持つ新しい杖を確認しているのは、王に助けられた女魔術師だ。
お針子は、星空に浮かぶものを睨む。
覚悟はとうに決まっている。
あれが何を期待していようと、何を用意していようと、己が望む結果を得るために歩むのみだ。
──────────
ゴブリンの大襲撃が始まる前に、ゴブリンスレイヤーは数多くの助言を冒険者たちに与えていた。その助言を元に作戦が考案され、大襲撃の到来と共に実行された。
趣味の悪い肉盾を持ったゴブリンを《眠雲》で眠らせ、肉盾を回収する。待ち伏せし、杖持ちを優先して殺し、最小限の行動でゴブリンの数を減らす。
やがて戦場は、剣戟音が響き渡る冒険者とゴブリンの乱戦となってゆく。
貴族令嬢の自由騎士の一党は、そうした乱戦の中で積極的に前に出ていた。頭目である自由騎士は、義憤に燃える人物だ。さらに、ゴブリンには苦い思い出がある。その時の鬱憤を、この場で晴らしてやろうと思っていた。だが、血と剣戟がひしめき合う中では、そうした思いが危険を招く。
「ちょっと!前に出すぎ!」
圃人の野伏が叫ぶ。はっとして周囲を見渡すと、ゴブリンに取り囲まれていた。乱戦中では同士討ちを避ける為、不用意に魔術が使われることは無い。だが、突出してしまえば話は別だ。
得物を振り回しながら、急ぎ後退を始める。
だが、少し遅かった。
近くにいたゴブリンシャーマンが、格好の獲物だとばかりに杖を掲げる。稲妻を自由騎士に放とうとして──
─《火矢》─
手に持っていた杖が燃えて吹き飛んだ。火が飛んできた方を見ると、女魔術師が杖を構えていた。
彼女は乱戦の中、この瞬間を待っていたのだ。
「お返しよ!あんたに身に覚えは無いだろうけどね!」
してやったりと女魔術師が叫ぶ。
「助太刀感謝する!」
自由騎士は杖を失ったシャーマンに容易くとどめを刺した。そして、改めて後退し態勢を整える。
「良い腕前だな。死ぬなよ」
「それはどうも。そちらも気をつけて」
互いのことを確認しあうと、直ぐに次の行動に移る。自由騎士は、突出しないよう注意を払いながら再び前に出る。女魔術師は、前線の味方を援護するために適度に後退する。
多少の犠牲者を出しながらも、冒険者たちは戦いを有利に進めていく。
だが、ゴブリンたちにもまだ手札があった。後方にいたゴブリンロードが、ホブゴブリンに指示を出した。
妖精弓手が、ゴブリン達の背後から現れたそれに気づく。
「何あれ?箱?」
後方にいるホブゴブリンが大きな箱らしきものを幾つか運んできた。箱を後方に設置すると、前線にいたゴブリンたちが急に後退を始めた。
冒険者たちは、好機とばかりに前にでる。
ゴブリンがある程度後退し、冒険者たちが前に出たところで、ホブゴブリンたちが箱を冒険者たちに向けて一斉に開けた。
「狂い火!」
中から現れたものを見て、お針子が叫んだ。箱の中にいたものは、目に狂い火が宿ったゴブリンであった。狂い火のゴブリンは、発狂し火をばらまきながら冒険者の方へと向かってくる。突如として現れた狂い火のゴブリンに、前線にいた冒険者がパニックを起こし始める。
「これはいかん!このままでは、前線が崩れるのは必至かと!」
「耳長の、早いとこ射貫け!」
「やってるわよ!」
弓で投石紐で、狂い火のゴブリンを止めようとするが数が多い。
「全体、下がれぇ!!!」
咄嗟に槍使いが指示を飛ばす。
狂い火はその身に受けると感染する病気。目から火を噴きだす狂い火は、敵に接近して戦う者にとっては悪夢のようなものだ。あの魔神王も患ったという噂もある。
冒険者たちは、混乱しながら後退を始めた。
後退を始めた冒険者の中に、新人冒険者の二人組がいた。
二人はこの乱戦で何が起きているのか、よく分かっていなかった。だが、早く下がらないと危険だということは分かる。
槍使いの指示を聞いて後方へ走り出すが、あまりにも咄嗟の行動であったため、見習聖女が足を躓かせてしまった。
新米戦士が、慌てて見習聖女のもとへ引き返す。
手を引こうとするが、見習聖女は足をくじいていた。咄嗟にゴブリンたちの前に踊り出て、見習聖女を庇う。
「馬鹿!逃げなさいよ!」
「そんなことできるか!」
二人のもとへ狂い火のゴブリンが迫る。噂でしか聞いたことがない目から火を噴きだす者を見て、見習聖女は体を震わせた。新米戦士は、見習聖女を庇うように両腕を広げ、目を瞑った。
「えぇい!」
突然、子供のような声とゴブリンの悲鳴が聞こえた。何が起きたのだろうと、恐る恐る目を開ける。
そして、二人は目を丸くした。
視界に映るものは壺だった。
どう見ても壺だった。
その壺から、手足が生えているのだ。
背丈は只人の子供ぐらい。壺としてはかなりの大きさだが、手足が生えているせいで逆に小さく感じられる。
「二人とも、大丈夫?」
壺が喋りかけてくる。口がついていないのに、どうやって声を出しているのだ?
「それにしても、君!大切な人を体を張って守ろうとするの、凄く良いね!見込みがあるよ!」
壺が褒めてくれた。どう反応すれば良いのだ?
「これは戦士として、僕も生き様を見せてあげないとね。二人とも見ていてよ」
壺が振り返った。どっちが前で、どっちが後ろだ?
「戦士は血潮で物語る!」
生えた手足を振り回しながら、壺がゴブリンに向かって行った。
「……何?あれ?」
「……わかんねぇ」
二人は思わず呆然とする。しかし、壺に狂い火が降りかかりそうになり、慌てて叫んだ。
「火が!危ない!」
ところが、壺は狂い火が降りかかっても全く気にする様子が無い。ゴブリンを殴りながら、得意気に言う。
「ふん!そんな火じゃ壺の焼き入れもできないぞ!」
瞳を持たぬ壺は、狂い火によって発狂することはない。
さらに、火に対して強い耐性を持っている。
鉄拳と称された壺は、己には焼き入れが必要だと語って燃え盛る火山の溶岩に浸かった。だが、思ったより温いと言って、古い伝承にある滅びの火を求めたのだ。
血潮で語る壺は、鉄拳の中身を継承した壺だ。
この程度の火を恐れるわけがない。
「おじちゃんから引き継いだ、この拳!くらえ!」
血潮で語る壺の拳は、鉄拳の壺には遠く及ばぬ。だが、ゴブリンを殴り飛ばすには十分だ。壺は拳に火を纏い、数多くのゴブリンを巻き込みながら、その拳を力強く突き上げた。
「さあ、どんどん来い!今夜は試練の夜だ!乗り越えてみせるぞ!」
壺は、再びゴブリンたちに向かって行った。新人冒険者の二人は、口を半開きにして眺めていることしかできなかった。
「何だ?ありゃ?」
壺を視界の端で捉えた槍使いが、目の前のゴブリンを捌きながら口にする。彼の冒険者歴は相当なものだが、あんなものは見たことが無い。
お針子が魔術を放ちながら答える。
「あれは戦士の壺ですよ」
「戦士?あれが?」
「はい、壺人と呼ばれる種族の戦士として作られた壺です。大丈夫です。壺人は善良な者たちだと、我が王が言っておりました」
「何でもいいだろ。この状況での加勢はありがたいぜ」
重戦士が大剣を振り回しながら、話を締め括る。
そりゃそうだと、槍使いも思う。
狂い火を噴きだす者に近づくなど、槍使いでも重戦士でも簡単にできることではない。遠距離で攻撃するにも、前衛がいなければ難しい。
その前衛ができたのだ。狂い火のゴブリンは、壺の出現で対処が圧倒的に楽になった。
狂い火のゴブリンの出現で一時混乱した戦場は、再び冒険者たちが有利となった。
すると、今度は巨大な影が姿を現す。
その影を見て、槍使いが口角を上げる。
「見ろよ。大物が来たぜ」
「っしゃあ!雑魚に病気持ちに、うんざりしていたところだ!」
大物を狙うのは、冒険者の醍醐味だ。槍使いの槍が、重戦士の大剣が唸りを上げる。女騎士が呆れたように重戦士に付き合い、魔女が長煙管から口を離して煙を吹く。
西方辺境の英雄たちはゴブリンの白金等級、ゴブリンチャンピオンに向かって行った。
──────────
ゴブリンロードは、必死に駆けていた。
くそ、くそ、と心の中で悪態をつきながら。
完璧な奇襲だったはずだ。なのに、沢山の冒険者が待ち伏せしていた。戦況はすぐに不利になった。だが、どうにでもなると思っていた。とっておきの切り札があったから。
目から火を噴き出す者。手元に置くにも危険な厄介者たちだったが、襲撃においては切り札として最適であった。実際、あいつらを解き放った後は、一時的にこちらが有利になったのだ。
それが、すぐさま覆された。
壺に、ちんけな壺ごときに。
あれが何なのかは分からない。だが、目から火を噴き出す者に怯える処か、嬉々として向かって来た。あの壺が来たせいで、目から火を噴き出す者たちは壊滅した。
結果、あの群れに勝ち目は無くなった。
おのれ、小汚い壺め。
次は必ず割ってやる。
バラバラに砕いてやる。
今回は失敗した。だが、自分さえ生きていれば次があるのだ。学習し、経験を積んで、次こそは上手くやる。
そんなゴブリンロードの思惑は、待ち構えていた二人の冒険者によって潰された。
ゴブリンロードも、所詮はゴブリンの一匹に過ぎなかったのだ。
──────────
「かんぱーい!」
妖精弓手が音頭を取り、何度目かの乾杯を上げる。
何度乾杯を上げても構わない。
勝利に、戦死者のために、何度でも乾杯して騒ぐ。
冒険者だけでなく、牛飼娘も牧場主も巻き込んで、宴は盛大に行われる。
ゴブリンスレイヤーは、疲れて寝息を立てている女神官の頭を肩に乗せている。
お針子は、そんなゴブリンスレイヤーを少し離れたところから眺める。
良かった。本当に良かった。
思い出すのは数日前の夜。いつも通り、牧場で星を見ようと外に出たときに、それを感じ取った。
最初は気のせいだと思った。自分たちは冒険に出ていない。ここは洞窟でも遺跡でもない。
ここは平和な牧場なのだ。
だから、大丈夫だと思いながら夜空を見上げた。
──ゾッとした。
今から起きることを期待するように、あれが牧場を見つめていたから。
あの時はどうなるものかと心配で眠れなくなったが、無事に乗り越えることができた。
だが、次に見つめられたときは?
さらにその次は?
あれをどうにかしなければ、いずれは……
そこまで考えて首を振る。自分では、そこまでのことはできない。できるとしたら、それは我が王だ。
王のことを考えると、寂しさが込み上げてきた。
寂しさを誤魔化すため、周囲の冒険者に目を向ける。まず、目についたのは新人冒険者の二人組。彼らは、戦いの中で見た不思議な壺について話している。
「あの壺は?」
「戦士は孤独なものだからとか言って、どこかに行っちゃったのよ」
壺は襲撃が終わると、すぐに立ち去った。かなりの傷を負い、欠けている部分もあったが平然としていた。立ち去る時、焼き入れでもしようかな、と語っていた。
「無事だと良いんだけど」
「そうだな。でも、凄かったよな。俺もあんな風に成りたいよ」
「壺に成りたいの?」
「いや、そうじゃなくて。ほら、何か言ってたじゃないか。戦士は血で何とか……」
「戦士は血潮で物語る、でしょ?」
「そう、それ!俺もあんなことを言える戦士に成りたいよ」
「成れるわよ。というよりも、もう成ってたりしてね」
「どういうことだよ?」
「体を張って守ってくれたでしょ?ありがとうね」
「え?あ、ああ……」
急に礼を言われて、新米戦士は顔を赤らめてしまう。見習聖女は、そんな戦士に微笑む。
新人冒険者の二人組から目を離すと、今度は自由騎士の一党が目に入る。仲間同士で今夜の戦いについて話している。
圃人の野伏が、お針子に気づいて声を掛けてくる。
「ねぇねぇ、お針子さん。前々から聞きたいことがあったんだけど、聞いてもいいかな?」
「はい、何でしょう?」
「君の王様って恋人とかいるの?」
約二名、ピクッと聞き耳を立てる者が現れる。
「恋人も何も……ご結婚されていますが?」
「あ~、そうなんだ……」
圃人の野伏が、気まずそうに自由騎士の方をちらっと見る。
「ちょ、ちょっと、飲み過ぎよ!」
「何だ?勝利の美酒だぞ?盛大に飲んで何が悪い!」
自由騎士は、明らかに先程までと違うペースで酒を飲んでいく。周りは止めようとするが、お構いなしだ。そんな自由騎士の隣に、酒瓶を持って座る者がいた。女魔術師である。
「付き合うわ」
そう言って、自由騎士と共に女魔術師は酒を流し込み始めた。
「ええ、予想はしていたわよ!へたな英雄より強いし、王様だし!」
「ああ、その通りだ!だが、少し期待したって良いだろう!」
2人は何やら愚痴りながら、次々と酒瓶を空けていく。もはや、止めることは不可能であろう。明日は二日酔い確定である。
圃人の野伏は、溜息を吐きながら自分の席へ戻っていった。
何だったのだろう?と、お針子が思っていると妖精弓手の絶叫が響き渡った。
「オルクボルグが兜はずしてるー!」
ギルドのホール中が軽いパニックになる。こんなもの滅多に見られないと、次々とゴブリンスレイヤーの元へ押しかけていく。
そんなゴブリンスレイヤーたちを見て、お針子は思わず体を震わせる。
「あれ?」
お針子の様子に妖精弓手が気づいた。
「お針子が笑ってる?」
お針子はとても楽しそうに笑っていた。いつも怯えた様子の彼が笑うのも非常に珍しい。
ゴブリンスレイヤーがお針子に問う。
「顔に何か付いていたか?」
「いえ、そうではないんです。ただ、我が王も中々兜を外されなかったので……」
あれはいつだったか。狭間の地の王都で、王が集めた防具を色々と仕立ててみたいと言ったのだ。その時に初めて、お針子は王の素顔を見たのであった。
「何だか、懐かしくなってしまって」
お針子は楽しそうに笑い続ける。この瞬間だけは月擬きのことなど、どうでも良かった。
宴が終わるまで、お針子は心の底から楽しい時を過ごすのであった。
次回、少し遅れて4月になります。