狭間の地から四方世界へ   作:段々畑

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感想、誤字報告、ありがとうございます。
久しぶりの褪せ人回になります。


貧民窟と地下水道ー褪せ人

 褪せ人の目の前には、異形の遺体があった。

 下半身は魚を思わせ、顔は目と鼻が逆さまに付いているように見え、腕には水かきのようなものがあり、全身から黒い根を生やした異形の遺体。魂のみ死んだデミゴッド、死王子である。

 

 死王子の側には、死衾の乙女と双児の片割れが死んでいた。褪せ人が死王子の座から離れた後に、殺し合いをしたのだろうか。

 褪せ人は二つの遺体の側に寄り、祈りを捧げる。

 

 

 

 ……死衾の乙女よ

 

 死王子の座で再会したとき、

 お前には何もせず立ち去った

 

 暴力を振るう事もなければ、

 協力することもなかった

 

 お前は死に生きる者を

 弱き者として救おうとしていたが、

 他の弱き者には目も向けなかった

 

 しろがね人、卑兵、混種、亜人、

 地下に住まう者たち、放浪商人の一族

 

 そして、お前を殺した

 双児の片割れも弱き者であった

 今ここで双児の剣を拾い、それが分かった

 

 お前たちの殺し合いは、

 黄金律に否定された弱き者と、

 黄金律に肯定された弱き者の争いであった

 

 弱き者たちの中から、

 死に生きる者だけが救われて何になる

 

 ……だが、お前の想いは汲み取ろうと思う

 

 死衾の乙女よ、約束しよう

 夜の中に、死に生きる者たちのあり様を許すことを

 

 分かたれぬ双児よ、お前たちにも約束しよう

 黄金律が肯定したように

 夜の律もお前たちを肯定することを

 

 

 

 祈りを終えると、あらためて死王子を調べる。

 狭間の地の深き根の底と同じ姿で、地下深い迷宮の最奥に死王子はいた。

 

 褪せ人は適当な直剣を取り出し、死王子に突き刺す。

 直剣は、瞬く間に黒い傷に蝕まれ、ボロボロになって根本から折れてしまう。折れた部分を見ると、赤黒い力の残滓が見えた。それは、死王子の中に運命の死がある証拠。褪せ人が解放した運命の死は、確かに死王子にも届いていた。

 

 褪せ人は首をひねる。

 

 運命の死が死王子にも届いていたのなら、

 何故死王子は死に生きたままなのだ?

 

 運命の死により、完全なる死を迎えても

 おかしく無いはずだが……

 

 まるで、死王子が運命の死に抗っているようだ。そのような力を、死王子が有しているとは思えない。死衾の乙女なら何か知っていたであろうか。

 褪せ人は、これ以上の調査を諦め地下迷宮から出ることにした。

 

 

 

──────────

 

 

 

 褪せ人は地下迷宮を出て、すぐ側にある星の祝福で休息を取る。そして、懐からあるものを取り出して話しかける。もし誰かに見られたら、変人か危険人物と思われることだろう。

 

 

 

 ……死王子の調査、ご苦労であった

 異変の原因についても、大体分かってきた

 引き続き、この調子で頼むぞ

 

 死王子が完全に死なぬ理由だが、

 どうやら死王子の中で

 何者かが抗っているようだ

 

 ……思い当たる者がいるとしたら

 死王子の生前の友であった古竜であろうか

 

 古竜は黄金樹の前史、

 運命の死が取り除かれる前の王を守る壁

 死に抗えても不思議ではない

 

 もっとも時間の問題であろうがな

 古竜はやがて抗う力を失い、倒れるであろう

 その時、何が起こるのか……

 

 …

 ……

 ………考えても埒が明かないな

 何より今は優先すべきことがある

 

 王よ、転移の力を持つ鏡を破壊して欲しいのだ

 

 鏡はとある遺跡の中にあるのだが、

 そこに入るには街の地下水道を

 通らなければならない

 

 ある意味、今までで一番の面倒なことだろう

 全く厄介な場所に置いてくれる

 しかし、あの鏡は何としても破壊せねばならない

 

 狭間の地の門を通れるのは、あの地にいる者だけ

 故に、狭間の地に何かが紛れ込むことはない

 

 だが、あの鏡があると少々話は変わる

 可能性は極めて低いが、使い方次第では

 こちらから狭間の地に転移できるかもしれん

 

 断じて防がなければならない事だ

 災いの種は取り除くに越したことはない

 

 破壊する方法は、私の暗月を使えば良い

 月はあらゆる魔術を打ち消せるからな

 

 頼りにしているぞ、私の王よ

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「お得意様、あれが水の街だ」

 

 水の街から少し離れた、丘の上。

 褪せ人と放浪商人が街の様子を見ていた。

 

 褪せ人は、この世界の街に詳しくない。そこで商いで水の街に立ち寄った事がある、放浪商人に案内を頼んだのだ。

 

 街を観察しながら、潜入の下準備をする。

 

 放浪商人の話によると、褪せ人の良くない噂が出回っているらしい。いつもの獣集いの鎧を着ては、街には入れないだろう。擬態のヴェールも見えざる姿も、人が多い場所では気づかれる可能性が高いため危険だ。

 目立たず、不自然ではない格好をして、堂々と街に入るのが無難だ。

 

「あの街じゃ、汚れた装備は目立つ。あんたが持っている鎧の大半は駄目だな。だからって騎士の装備もお勧めできんな。こっちじゃ、板金鎧は高価だから目立つだろう」

 

 さらに放浪商人の話によると、冒険者は基本的に兜を身に着けないらしい。頭部に致命の一撃が入ったらどうするのだ。顔を売り、名声を得る為らしいが、命を危険に晒すほどの理由なのであろうか。

 この地で最初に出会った冒険者は、しっかり兜を身に着けていたというのに。

 

「さて潜入向けの装備だが、ここにちょうど鎖帷子がある。前に売ったものと違って綺麗な新品だ。どうする?」

 

 ……選択肢など無いだろう。

 ルーンは、この世界では商売に使えないので、金色の硬貨が入った袋を渡す。この世界の洞窟や遺跡で、魔神とか竜とかを倒した際に手に入れたものだ。

 

「お得意様、金貨一袋は多すぎだ。案内代?それでも一掴みで十分だ」

 

 放浪商人は袋から少しだけ取り出して、残りを褪せ人に返す。褪せ人にとっては、音で敵を引きつけるぐらいにしか使えないのだが、返すと言うなら仕方ない。

 鎖帷子を着用して準備を進めていると、放浪商人は出立の準備をする。水の街には立ち寄らないらしい。

 

「あの街には法の神殿とかいう司法機関があるんだが、ここ最近やたらピリついててな。根無し草が商売をするには、少々不向きなのさ。どうも、少し前に侍祭殺しがあったことが原因らしいんだが……トラブルに巻き込まれないよう、注意しな」

 

 放浪商人は、警告を終えると立ち去って行った。

 褪せ人は放浪商人を見送り、準備を終えると水の街に向かった。

 

 

 

──────────

 

 

 

 街の中に入ると、その活気に圧倒される。

 外からは何度も眺めたことはあったが、やはり実際に目の前にすると違う。

 狭間の地には、まともな市民など一人もいなかった。廃墟化していた村や街も、破砕戦争前にはこのような光景が広がっていたのだろうか。

 

 街の水路に沿ってしばらく進むと、地下水道の入口が見えた。しかし、険しい表情を浮かべた見張りが立っており、簡単には中に入れそうになかった。強行突破もできなくはないが、それは最後の手段だ。

 別の手として考えられるのは、井戸からの侵入だ。しかし、表通りの井戸には格子が張られている。大きな建物なら、中庭に井戸があっても不思議ではないが、何処かに潜入できそうな場所はないだろうか。

 

 ふと、目の前に巨大な神殿が見えてきた。放浪商人が言っていた法の神殿であろうか。あれ程の神殿なら、地下水道の入口もあってもおかしくない。だが、潜入には不向きだ。この世界にも、幻覚や透明などの魔術がある。そういう類は、見破る術があると考えて良い。

 

 どうしたものかと街を散策していると、褪せ人はある光景を目にして立ち止まった。

 通りの右側には工房があり、窓からハンマーを持って金床を叩く老人が見える。武器工房のようだ。そして、左側には露天商の少女がいた。広げた布の上に、商品を置いている。手作りの装飾品を売っているようだ。

 

 その光景から、円卓の鍛冶師と調霊師を思い出す。2人とも、自身の旅を支えてくれた大切な恩人である。特に鍛冶師は、武器を神を殺せるまでに鍛え上げた際に、褪せ人を王と呼んでくれた。

 旅の途中で、褪せ人を王と呼んでくれたのは2人だけ。お針子と鍛冶師だけだ。褪せ人の伴侶も王と呼んでくれたが、言葉通りではなく夫という意味合いが強い。

 

 まぁ、それはそれで嬉しいのだが

 

 鍛冶師は、円卓が燃え始めても出ようとせず、最終的に記憶を失ってしまった。調霊師は、そんな鍛冶師と最後まで共にいた。2人は褪せ人が王になると、円卓と共に消えてしまった。

 もう、会うことはできない。

 

 ……お針子は元気だろうか

 

 彼もこの世界に来ているのだろうか。それとも、結びの教会にいるのだろうか。再び、夜空に旅立つ前に必ず会いたい。この世界にいるのなら、探さねばならないな。

 褪せ人は、決意を胸に再び歩き出す。

 その後、裏通りも捜索したが成果は得られなかった。これで街中は一通り散策した。残るは郊外にある貧民窟だ。

 

 

 

──────────

 

 

 

 貧民窟を歩き出して、しばらく経ったころ。褪せ人は自分の間抜けさを恨んだ。

 

 せっかく放浪商人が警告してくれたというのに

 こんな間抜けを晒したのはいつ以来か

 

 典礼街で周囲をよく確認せずに

 梯子を登ったのが最後であったか?

 

 褪せ人は、仕方なく足を止める。すると、貧民窟の物陰から目つきの悪い者たちが姿を現し、褪せ人を囲んだ。頭目らしき男が、褪せ人に話しかける。

 

「……妙な奴だな。実に不自然だぜ」

 

 頭目らしき男は、褪せ人を観察しながら話を続ける。

 

「装備は冒険者だが、連中は貧民窟には基本来ない。ましてや、新品を着込んだ新人が来ることなど、まずあり得ない。てめぇ、何者だ?」

 

 どうやら褪せ人が着ている装備は、貧民窟では不自然のようだ。黒き刃の装備にでも着替えておくべきだったか。

 男の質問に褪せ人がどう答えようか悩んでいると、今度は頭上から声がした。

 

「おやおやおや?用心棒さんよ、卑しい盗人でも出たのかい?」

 

 用心棒と呼ばれた男が舌打ちして、顔を上に向けて叫ぶ。

 

「フーテン!てめぇの出る幕じゃねぇ!引っ込んでろ!」

「まぁ、そう言うなよ。卑しい盗人相手なら、俺も喜んで手伝うぜ。へへへへッ…」

 

 褪せ人は、フーテンと呼ばれた聞き覚えがある声の方に顔を向ける。見ると、屋根の上に特徴的な座り方をした男がいた。立ち位置の関係で、蹴落とされた後のようだ。

 

「………ん?おい、もしかして……あんたか?ちょ、お、おい用心棒、待て!」

 

 フーテンは、褪せ人に気づくと慌てて屋根から飛び降りて、褪せ人と用心棒の間に立つ。

 

「用心棒!こいつは俺の知り合いだ!」

「知り合いだぁ?てめぇもこいつも信頼できるかよ」

「まぁ、待てよ。お前たちは三つほど勘違いしてるのさ。

 一つ目、こいつはかなりの腕利きであること。

 二つ目、こいつは法の神殿の犬でも、

     馬鹿騒ぎを起こした奴でもないこと。

 三つ目、こいつは話のわかる奴だってことだ」

 

 フーテンは用心棒に落ち着けと宥めるような仕草をした後、褪せ人に話しかける。

 

「久しぶりだな、あんた。ここに来る前に、星が落ちたと聞いたからもしやと思ったが、本当に会えるとは思わなかったぜ。

 とにかく、今ここで起きたことはよくある不幸な誤解だな。そうと分かれば、お互いにすっきりと水に流して、仲良くやろうぜ?な?」

 

 褪せ人は承諾し、用心棒は怪訝な顔をしたまま何も答えない。

 

「すまねぇな、あんた。用心棒は、ここらのまとめ役が雇っている奴なんだが、ちょいと気が立ってるのさ。

 馬鹿な奴らが法の神殿に喧嘩売ったせいで、ここもその煽りを受けててな。お陰で、ひもじい思いをする奴が増えちまった。だから……わかるだろ?」

 

 フーテンが何か期待するように目配せする。褪せ人は、懐から袋を一つ取り出してフーテンに手渡した。

 フーテンは袋の中身を一つ取り出すと、見せつけるように指で弾いてキャッチして見せる。銅でも銀でもない、金色の弾かれたものを見て、周りが少しざわついた。フーテンはキャッチした金貨をポケットに入れると、残りを袋ごと用心棒に投げ渡す。

 用心棒は袋を受け取ると、一枚取り出して部下に渡す。部下は金貨を丹念に調べた後、本物の金貨だと用心棒に伝える。

 

「……なるほどな。確かに、話の分かる奴のようだ。くれぐれも面倒ごとは起こすなよ。ここでは、常に見られていると思いな」

 

 用心棒は話を終えると、部下と共に立ち去って行った。誰もいなくなったことを確認し、フーテンが褪せ人に話しかける。

 

「あんた、こんなところに何の用だ?街は避けていると思ったんだが……」

 

 この男を頼るべきか、褪せ人は悩む。だが、背に腹はかえられないだろう。地下水道の入口を探していることを伝えた。

 

「……ほう、地下水道にねぇ。あんたがこの街に用があるとしたら、法の神殿か地下水道ぐらいしかないもんな。ついてきな、静かに話せる場所があるからよ」

 

 フーテンが先導して歩き出し、褪せ人は後ろをついて行く。決してフーテンの前を歩かないように、警戒をしながら。

 

 

 

──────────

 

 

 

 案内された場所は、もぐり酒場であった。客は少なく、互いに目を合わせようとしない。店主もこちらを気にとめず、グラスを磨いている。

 フーテンは、もぐり酒場の端にいつもの格好で座る。

 

「悪くない場所だろ?大っぴらにできない話もここならゆっくりと話せるぜ。

 ……ん?俺がこの街に居るのがそんなに不思議かい?」

 

 褪せ人は郊外の貧民窟とはいえ、法の神殿がある水の街にフーテンが居ることが不思議だった。彼はそうした場所を避けると思っていたから。

 

「この街はな、卑しい奴がとても多いのさ。冒険者や衛視なんか特にな。

 冒険者は、余所者や貧乏人が来ると見下すくせに、逆に自分たちが持っていない物を見ると、物欲しそうに涎をたらしやがる。

 衛視は正義を振りかざし、貧民窟から好き勝手に奪っていく。しかも、只人の差別主義者が紛れ込んでいやがる。カッコウの羽飾りが似合いそうな連中さ」

 

 フーテンは笑いながら語り続ける。

 

「法の神殿も似たようなもんさ。何せ、大司教がとんだ詐欺師だからな。下手すりゃあ、出産だって経験しててもおかしくないのに、乙女なんて呼ばれてるんだぜ。

 全く、嫌になるぜ。どいつもこいつも外見だけ良くて、中身は貧民窟以上に汚いクソばかりだ。

 まぁそんな訳で、この街の連中には一泡吹かせてやりたくてな。俺はその機会を伺っているって訳さ」

 

 フーテンの話を鵜呑みにはできないが、人が見かけでは分からないのは事実だろう。狭間の地では、外見など何の判断基準にもならなかった。

 乙女に関しては、死衾の乙女という前例があるので、清らかな女性というイメージが褪せ人には無い。

 

「さて、本題に入ろうか。あんたが入りたがっている地下水道の入り口だが……心当たりがあるぜ」

 

 フーテンの話によると、仕掛け人と呼ばれている者たちが使っている秘密の入り口があるらしい。巧妙に隠されているが、場所を明かさないと誓えるなら通行料を支払うことで誰でも使えるらしい。

 

「ただ、地下水道には問題が発生しててな。馬鹿な奴らが、大量のゴブリンを放ちやがったのさ。お陰で、色んな奴が迷惑を被っている。そこでだ、あんたに頼みたい事がある」

 

 要は入り口の場所を教える代わりに、ゴブリン退治をして欲しいらしい。それぐらい自分でして欲しいが、上位個体が居て面倒だとか。

 彼は信頼できないが、持っている情報は侮れない。学院の地下にある、乙女人形の話も本当だった。そのお陰で、とんでもない目にあったが。

 褪せ人は、ゴブリン退治を引き受けることにした。

 

「王になっても、お人よしなところが変わってなくて何よりだ。それじゃあ、よろしく頼んだぜ」

 

 フーテンは、印のついた地図を取り出して褪せ人に渡す。地図につけられた印は、貧民窟のある場所を指しているようだ。

 褪せ人は地図を受け取ると、印の場所へ向かった。そして、いつもの装備に着替えると地下水道へ踏み込んだ。

 

 

 

──────────

 

 

 

 地下水道は完全にゴブリンたちの巣窟であった。

 褪せ人も1人では手間取ったことであろう。ならば頼りになる者たちを呼べばよいだけの話だ。

 

 流体剣がムチのようにゴブリンを斬り刻み、霧がゴブリンを苦しませながら殺してゆく。褪せ人に呼び出された夜巫女と剣士の姉妹は、見事な連携でゴブリンを倒していった。

 彼女たち、地下に住まう民は星の世紀と夜の王の誕生を待ち望んでいた。その影響によるものか、この姉妹は褪せ人が夜の王になった後、より積極的に戦うようになった。傀儡でありながら、夜の王のため戦えるのが嬉しいのだろうか。露払いを任せるのに、彼女たちは最適であった。

 

 地下水道に入って、どれくらい経ったであろうか。さっさと終わらせるつもりだったが、思ったよりも時間がかかってしまった。姉妹に露払いをまかせたこともあり、ゴブリンの大半は始末できたと思っていいだろう。

 しかし、褪せ人にはゴブリン以外に気になることがあった。

 

 石造りの水路には、あちこちに船の残骸のようなものがあった。ゴブリンが乗っていた船のようだが、跡形もなく破壊されている。更に水路のあちこちで、ひび割れや崩れた場所があった。古い水路なので壊れている場所があってもおかしくないが、自然に壊れたものではない。明らかにゴブリン以外の何かが暴れた跡のようであった。

 地下水道と似たような場所で、巨大なザリガニ(断じてエビではない)に囲まれたことがある褪せ人は、こうした場所には良い思い出がない。嫌な予感が自然と増してゆく。

 

 警戒しながら、水路を進むと水が波立ち始めた。

 

 足を止め、周囲を注意深く見ていると巨大な白い何かが飛び出してきた。歯がびっしりと生えそろった細長い顎を持つ、沼竜という怪物であった。

 褪せ人は知らぬことだが、白い沼竜は剣の乙女が呼び出した使徒であり、本来は敵ではない。だが今は、剣の乙女に起きた異変の影響で暴走してしまっている。

 白い沼竜はこの世の全てが憎いとばかりに目が血走っており、明確な殺気を放ちながら襲ってきた。

 傀儡の姉妹が瞬時に白い沼竜に攻撃を仕掛けるが、通常の沼竜よりも皮膚が硬く力が強い。おまけに一匹ではなく複数いるようだ。褪せ人の背後にも何匹か現れた。

 褪せ人が背後の白い沼竜に対処している間に、姉妹は猛攻を受けて消えてしまった。白い沼竜たちは褪せ人を取り囲み、血走った目を向ける。

 

 フーテンめ……

 こいつらがいることを知っていて黙っていたな

 というよりも最初からこいつらの始末が目的か

 

 奴の頼み事が、ただのゴブリン退治で済むわけがないことは予想していた。これだから信頼できないのだ。

 

 褪せ人は青い王笏を取り出して、地面に突き立てた。すると、周囲に氷の嵐が巻き起こり白い沼竜たちを怯ませる。褪せ人はその隙に包囲から抜け出すと、今度は氷の霧を放つ。

 沼竜は爬虫類であり、蜥蜴僧侶と同じ恐るべき竜を祖に持つ者。それ故に、寒さに弱いという弱点を持っている。褪せ人の放った氷の霧は、まるで毒のように白い沼竜たちの命を蝕み、凍傷を負わせる。

 しばらく経つと、地下水道が静かになった。褪せ人の周囲にある水は、完全に凍り付いている。白い沼竜たちは、寒さと褪せ人の魔術により絶命した。

 恐らく、地下水道に住む者の中でも相当の強者であろうが、弱点を突けば問題ない。相手の弱点を見極めることは、戦術の基本だ。

 白い沼竜が死んだことを確認すると、褪せ人は再び奥へ向かって歩き始めた。

 

 

 

──────────

 

 

 

 気がつけば地下水道は、壁画の施された大理石の地下墳墓に変わっていた。狭間の地にある王都の地下墓も、下水道の先にあった。奇妙な類似点があるものだ。

 複雑に折れ曲がる石造の回廊は、迷宮そのものだ。また、ゴブリンを探し回らないといけない。

 しばらく歩くと、玄室の重厚な扉に行き着く。鍵は掛かっていないため、容易く開けることができた。石櫃が並ぶ玄室の中央には、誰かが縛られているのが見えた。

 

 生きていれば助けてやりたいが、これは……

 いや、むしろ好都合かもしれない

 

 褪せ人は少し思案した後、装備を整え玄室の中央へと向かう。すると、背後の扉が乱暴に閉まり、玄室から出られなくなった。

 

 

 

 掛かった!

 

 ゴブリンの嘲笑が回廊に響き渡る。

 冒険者というものは本当に間抜けだ。誰かが倒れていれば、必ず助けようとする。ただの死体だというのに。

 扉を閉めて毒気を中に流し込み、中にいる間抜けが死ぬのを待つ。女ではないのが残念だが、暇つぶしには丁度いい。死体をぐちゃぐちゃにして、遊ぶとしよう。

 

 まだかな?もういいか?

 

 耳を当て、音がしないか確認する。

 何も聞こえない。もういいだろう。

 かんぬきを外して、扉を開ける。玄室の中を見渡すと、部屋の奥に誰かが立っていた。まだ死んでいなかったのか。だが、もう虫の息だろう。

 ゴブリンたちが笑いながら部屋に雪崩れ込み、侵入者を袋叩きにしようとする。すると、侵入者の杖に巨大な半透明の剣が出現した。剣の間合いにいたゴブリンは勿論、間合いの外側にいたゴブリンも、剣から放たれた冷気の光波に引き裂かれた。

 侵入者が玄室の外に出てくると、ゴブリンたちはパニックを起こす。我先にと逃げ出すが、侵入者の魔術からは逃れることができなかった。

 

 

 

 褪せ人は火の祈祷で毒を癒しながら、周囲を確認する。玄室の外にはゴブリンの死体が重なりながら絨毯のように広がっていた。罠にわざと掛かり、ゴブリンが集まったところで《輝石竜の月の剣》で一掃する。褪せ人の狙い通りであった。

 よく見ると1匹だけ生き残りがいた。ゴブリンの上位種であるゴブリンチャンピオンである。凍傷を負って震え上がり、完全に戦う意志を無くしている。

 褪せ人が近づくと、情けを求めて来た。

 亜人たちの中にお針子がいたように、お前たちの中にも善良な者がいるかも知れない。だが、多くの亜人がそうであったように、お前は群れを得たら再び人を襲うだろう。

 褪せ人は黒き刃を取り出すと、迷う事なくゴブリンチャンピオンの額に突き刺した。

 

 ゴブリンを全て始末したことを確認すると、褪せ人は玄室の中を()()()()()()()()()で調べる。すると、石櫃に隠された階段を見つけた。

 褪せ人は迷わず、階段の先へ向かった。

 

 

 

──────────

 

 

 

 階段の先は、地下墳墓の最奥であった。礼拝堂を思わせる神秘的な場所であり、巨大な鏡が祀られるように置かれている。そして、鏡の前には目玉の怪物がいた。

 

 褪せ人は、今日は厄日だと思った。或いは、()()()()()()()()()で調べた際に、周囲にある物を破壊したのが良くなかったのか。

 地下水道の先にある礼拝堂は、忌み捨ての地下の奥にあった大聖堂を思い出させる。目玉の怪物には幾本もの触手が生えていて、まるでミミズ顔のようである。何故こうも、嫌なことを思い出すものが多いのだ。

 

 目玉の怪物は部屋に入ると攻撃を仕掛けてくるが、通路まで移動すると何もしなくなる。こいつをここに置いた奴は頭が悪いらしい。通路から攻撃されることを想定していないのだろうか。

 褪せ人は、槍を取り出す。大古竜の得物から削り出したその槍は、古竜の武器たる赤い雷の力を秘めている。

 褪せ人は赤い雷を槍に纏い、限界までタメて全力で投擲する。目玉の怪物は魔術の類を妨害するようだが、あいにくこれは魔術ではない。赤い雷が目玉の怪物に突き刺さり、轟音と共に鏡まで吹き飛んで叩きつけられる。鏡から床に落ちた目玉の怪物は、もうピクリとも動かなかった。

 

 褪せ人は、漸く目的の鏡にたどり着いた。

 水面のように揺らめく鏡面は、先ほどの一撃を受けても全く傷ついていない。この世界の者が、これを破壊するのは簡単にはいかないだろう。

 褪せ人は暗月を呼び出して、鏡に向かわせた。赤い雷でも傷つかなかった鏡は、暗月の衝突と共にひび割れ破壊された。

 

 

 

──────────

 

 

 

「よう、あんた、無事だったか。ほんと、おっそろしい男だ」

 

 地下水道の入口まで戻ると、フーテンが待っていた。空を見ると、薄っすら明るくなってきている。どうやら早朝のようだ。

 褪せ人は静かにフーテンを睨む。

 

「ま、まぁ、言いたいことは何となく分かるぜ。けれど、俺が伝え忘れたことが有っても無くても、あんたは地下水道に向かっただろ?なら、結果は同じはずだ。

 それに、ほら、あれだ。あんた、火山館で俺の受けた依頼だけすっぽかしたじゃねぇか。そりゃあ、恩人を手にかけるのは嫌だろうが、依頼を遂行しなかったのは事実だ。だから、これでお互いノーカウントだろ、ノーカウント」

 

 褪せ人は顔をしかめながら了承する。腹立たしいが、フーテンには感謝している。彼がいなかったら、強引な手を使うことになっていただろう。

 

「あんたはもうここを出て行くだろうが、また来ることがあれば訪ねてきてくれよ。また、商いでも始めようかと思っていてな。決して損はさせないぜ。へへへへッ…」

 

 彼の商店も馬鹿にできない。出どころは怪しいが、確かに役に立つ物を扱っている。

 

「さて、俺は商いの準備に戻るとするかね。あばよ、あんた」

 

 フーテンは挨拶を終えると、貧民窟の方へ戻っていった。褪せ人も貧民窟を出ることにする。短い間だが、実に濃厚な時間であった。

 

 貧民窟から出て、放浪商人と別れた丘まで行く。日が昇るにつれて、水の街に活気が戻っていくのが分かる。苦難も多かったが、得難い経験でもあった。

 本音を言えば、街をゆっくり見て回りたい。しかし、褪せ人はこの世界では異物だ。立ち寄った洞窟や遺跡で冒険者を助けた時でさえ、神が邪魔者を睨むのを感じる。人々と深く交流することはできない。フーテンのように狭間の地から来た者のみ、例外なのだ。

 名残惜しいが、もう行かねばならない。

 

 褪せ人は霊馬を呼び出して、駆けだした。

 次の目的地は聖樹だ。

 

 

 

──────────

 

 

 

 褪せ人が水の街から出て、数日後。

 

 法の神殿にて剣の乙女の侍女が水の街を眺めながら、溜息をついた。

 ここ最近、彼女は一日のほとんどを水の街を眺めて過ごしていた。世話すべき剣の乙女が不在であったから。

 剣の乙女が眠りについたことは、機密事項となった。その関係で、侍女は1人で水の街に帰ることになった。剣の乙女の側を離れたくなかったが、水の街の司教たちに事態を説明し、剣の乙女が水の街にいるように欺けるのは彼女ぐらいであったから。

 

 侍女は水の街に帰還して司教に事態を説明した後、すぐに侍祭殺しの解決に取り掛かった。しかし、よりによって剣の乙女が呼び出した使徒に邪魔され、地下水道の調査は進まなくなってしまった。

 使徒たちを討伐することも考えた。もし、使徒たちが暴れて地下水道に致命的な崩壊が起きてしまえば、水が氾濫してしまう。そうなれば、街の存続が危うくなる。

 だが、使徒は呼び出した者によってその強さが変わる。剣の乙女が呼び出した白い沼竜は、尋常ではない強さを持っていた。そもそも、至高神から授かった使徒を討伐することに、神殿の騎士たちが快諾するわけがなかった。

 

 事件の全容が見えてきても何も有効な手立てができないまま、ただ時間だけが過ぎ去っていった。

 

 しかし先日、事態が急変した。

 

 何者かによって、地下水道の使徒とゴブリンが退治されたのだ。更に、邪教徒が使用していた転移の鏡も破壊されていた。

 何が起きたのか調査を進めると、フーテンと呼ばれている流れ者が関わっていることが分かった。早速、フーテンを法の神殿に呼び出し尋問した。しかし、何も得る事ができなかった。

 

「邪教徒?法の神殿に喧嘩売った、馬鹿な奴らだろ?知らないし、逢ってもいないな。俺はただ、お人よしに地下水道のゴブリン退治を依頼しただけさ。使徒?鏡?そんなこと一言も頼んでいないし、そもそも口にすらしていないな」

 

 つまり、そのお人よしがゴブリン退治のついでに使徒を討伐し、鏡を破壊したことになる。そんな人物が存在するのだろうか。少なくとも、フーテンの発言には一つも嘘がなかった。

 邪教徒との関りがないので、フーテンは本件において罪に問えない。お人よしに関しては、地下水道の崩壊を未然に防いでくれたことにむしろ感謝したいほどだ。

 

 使徒たちがいなくなったので、地下水道の保安が必要になった。だが、法の神殿は地下水道に人員を割くことなどできない。地下水道に発生する鼠や虫の退治は、駆け出しの冒険者がやる事だ。ゴブリン退治と同様に。

 そのため、冒険者ギルドに依頼を出したが、手を出す者は少なかった。むしろ、この美しい街で鼠や虫が出るわけが無い、と考える者がいるぐらいだ。剣の乙女が使徒たちを使い、人知れず地下水道の保安を行ってきた事が裏目に出てしまった。

 地下水道はまともに管理されず、放置状態となった。

 

 今頃、地下水道は悪党の縄張りと化しているだろう。聞いた話では、近隣で冒険者が行方不明になることが増えたらしい。彼らが何処に消えたのか、想像するのは容易い。法の神殿の足下が、悪党の隠れ蓑になってしまった。それに気づいている者、危機感を抱いている者は少ない。

 地下水道の汚れが、街中に出てくるのは時間の問題だ。

 

 水は汚れていく。少しずつ、少しずつ。

 街の人々が、それに気づくのはいつになるだろうか。

 悪党が肥える前に、どうか気づいて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 へへへへッ……

 

 まいどありー




 今後の更新についてですが、少し不定期になります。
 新規投稿する場合は水曜日の19時に行います。
 よろしくお願いします。
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