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「あ、あんた―――」
重たい沈黙が流れていた教室の中で、桃色髪の少女は何とか声を漏らす。
初対面の人間に対して、あんた等という言い方は失礼なのかもしれないが、しかし漏らされたその声は酷く小さかった。
大方、未だ男の喝の雰囲気から抜け出せていないのだろう。
無理もない。何せ、教師ですら動けず、自分を情けないと悔しく思う表情を浮かべているのだから。
それだけ、男の喝は大きな影響を与えたという事だろう。
「ん?」
酷く小さな声だったが、しかし男はそんな小さな声を拾ったのか、少女が座り込む後ろへと体を向ける。
びくり、と少女の体が僅かに震えた。
しかし、少女は自分でも分からない、変な意地を張って、何とか声を出して男に問い掛ける。
「あんた、名前は……?」
絞り出たその言葉に、険しい顔をしていた男はぽかん、とした表情を浮かべる。
頭の上に疑問符を浮かべたのがよく分かる、不思議に思っている顔だ。
だが、それから少ししてから、はっとしたようにして、
「おぉ、そうやったそうやった! そういえば、名乗っちょらんじゃったな!」
すまん、すまん! と、快活に笑いながら男は頭をかいた。
風船に穴が空き、中に張り詰められた空気が一気に抜け出すように、その場所の緊張していた雰囲気が消え失せる。
男は構えた魔法杖を腰に差して納め、少女の前に跪く。
「おいは坂巻久登。ホグワーツ魔法魔術学校ん薩摩藩に住まう、薩摩者じゃ。ないん因果か魔法か知らんが、おいは今日からあたん武士じゃ。
死力を尽くして仕ゆっ所存じゃ。どうぞ、扱き使うてくれ!」
ニカッ、と。
先程まで浮かべていた修羅の形相は何処へ消えたやら。
今、彼が浮かべているのは近所に住む大人のように爽やかで明るい笑顔だ。
彼が浮かべたその笑顔と、自分に述べられた言葉の意味を何となく理解した彼女は、緊張を消し去って誇らしげに立ち上がった。
「そうよ! 今日からアンタは、私ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔よ! 貴族の私に仕えられる事、誇らしく思いなさい!」
人ではあるが、しかし誰もを恐怖させる程の力を持った男を使い魔に出来ると理解して嬉しいのだろう。
若干キャラを崩壊させながら、彼女は高らかにそう宣言する。
そんな彼女の答えに、やはり男は笑って返した。
「良か良か! 女子ながらそん豪胆さ、恐れ入った!」
快活に、そして爽快に。男は笑顔を浮かべて顔を上げる。
どうやら、男はルイズを更に気に入ったようだ。
□ □
教室の騒動は、何とか終わりを迎える事が出来た。
終わりを迎えたといっても、彼の他生徒に対する憤りが消えた訳では決して無いのだが。
本当に、一時的に収まったというだけだ。
もしもまた彼女を馬鹿にするような事があれば、次こそ彼の―――否、薩摩藩の生徒達が扱う最強の武器“示現流”が牙を向くだろう。
まぁ、それはさておいて。
現在、彼は主であるルイズに案内され、これから住む事になる彼女の部屋に訪れていた。
「此処がリズ殿ん部屋か。ふん、作りはホグワーツん部屋と大して変わらんど。」
「アンタの言うホグワーツってのは分からないけど、此処が私の部屋よ。アンタが住む場所でもあるけど」
ベッドに腰を降ろし、疲れたとため息を吐くルイズ。
結果的には、強い味方を得る事が出来た。今日は良い成果を出す事が出来たのだ。
魔法が一度も成功した事のない彼女にとって、それは何よりも嬉しい出来事だった。
「そうか、おいも此処に住んとな。分かってはおっどん、一応ん確認じゃ。寝床は床け?」
「分かってるじゃない。その通りよ。使い魔なんだし。」
「じゃな。そいに、布団で眠っちょってへざちゅう時に守れんでな。」
分かっちょっなぁ、リズ殿は。流石じゃ! と、彼は笑いながら床に腰を降ろした。
武士とは仕える主を護り、主の為に戦う者。休息は必要だが、しかしそれ以上に主を守る事を第一とする。
彼らにとって、戦いで死ぬ事とは誉であり、しかしそれは常に死を覚悟して挑む異常者としての表れでもあった。
「……その、」
「ん?」
「…あの時は、伝え忘れてたんだけど…」
顔を俯かせ、やや恥ずかしそうにするルイズ。
対して、彼は何の事やらと首を傾げている。
ルイズは意を決したのか、俯かせていた顔を上げ、その赤くなっている顔を顕にして、こう言った。
「――その、ありがとう。あの時、わたしが努力してるって事を…認めてくれて。」
ルイズは魔法使いでありながら、魔法を使う事が出来ない劣等生だった。
いや、正確には『魔法を使っても必ず爆発してしまう』のだ。つまり、成功せず失敗してしまうのだ。
故に、彼女は『ゼロのルイズ』という烙印を押されてしまっている。
だが、それでも彼女はめげずに努力を続けていた。何度失敗しようと、成功すると信じて努力しているのだ。
誰もそれを認めようとはしなかった。しかし、彼は―――坂巻久登は、その努力を認めた。
一目見た時から、日々努力を続ける強い少女であると理解してくれた。
それが、彼女は嬉しかった。
「そげん、感謝さるっような事はしちょらんぞ。おいは、人として当たり前ん事をしただけじゃ。相手がだいであれ、努力を嘲笑う事なんて許さるっ事じゃなかでな。」
笑う事はせず、壁に背を預けて天井を眺めながら語る。
「おいも…他ん奴らに比べっせぇ、才能が無かったんじゃ。剣術は勿論、魔法も。じゃっで、だいよりも努力を続けちょった。そげんおいにとっせぇ、あんわろ等がした事は外道ん極みだ…!」
ぎりぎりと、血が滲むまで拳を握り締める彼の姿を見れば、それが決して嘘ではないと分かる。
彼女は、その言葉が嘘でない事をすぐに理解した。同じく、努力をする者であるが故に。
「じゃっで怒った。もしもまた同じ事をしたなら…」
左腰に差した“ ”の柄に手を添えながら、決意を込めた瞳と気迫を剥き出しにしてこう断言する。
「こん手で斬り捨ててやっ。」
決意の言葉と共に、その日は終わった。
そして、まさか数日もしない内に決闘が行われるなど、彼女は想像もしていなかった。