空崎ヒナと結ばれたい 作:Regret
──空崎ヒナ。彼女が出てくるだけで敵対勢力の旗色は一気に悪くなる。また、実務方面においても完璧で、その幼い身体に見合わないハードスケジュールをどのように消化しているのか疑問が呈されている。
と、ここまでは表向きの話。実際のところは面倒がりで、睡眠や休憩が大好きな子。
そして──素直に人を頼れない不器用な子。常にしっかりしていないという責任感に押しつぶされそうになってるのに、そんな自分をねじ伏せてもやるべきことをやる子。
甘え下手で、不器用な……かわいらしい子。
自分の中で優先順位が高い子。命を救われたから、というのはもちろんある。ただ、それだけかと言われればきっと嘘になる。
シャーレのオフィスで一通りの仕事を終わらせた頃にはもう既に深夜。普段だったら趣味の時間になるはずのデスクも、片付けずにぼんやりと天井を眺める。
どうにも最近、仕事のスイッチを切るとこれだ。なにをするでもなく、ぼんやりと天井を眺めては呻き声をあげる。
まるで、そう。思春期の子供のように。
「ダメだなこれじゃ」
かぶりを振る。生徒たちの未来を預かっている立場で、自分自身が不安定になってどうするのか。
生徒と関わる上で平等でなければならないという精神の枷。これを取り払ってしまえば、僕は先生として自分を正すことは出来ないだろうと分かっていても、時折息苦しくなる。誰かを助ける時に言い訳をするのは存外、辛いものだ。
ダメだと思っていても、身体が鉛のように重く、動く気にはなれない。
「先生」
「こんばんは、ヒナ。こっちに来るのなんて珍しいね」
最近ずっと頭の中に居る人、空崎ヒナ。彼女がここに来ることは珍しい。僕たちが会うのは、職務や彼女の仕事場が多い。それは偏に彼女の仕事量が多いから。
肩代わりしてあげたいところだけど、シャーレは公平でなければならない。組織において特定個人に肩入れするのは、末端にのみ出来ることであり、それ以上は職権乱用甚だしい。
「たまたま仕事が早く終わったから……」
ちょっと気まずそうに視線を逸らす彼女に笑みが零れる。きっと、すごく頑張ったんだろう。
なら、その頑張りに報いなければならない。なにしろ
「じゃあ、ちょっと長く居られる?」
「……うん」
「そっかそっか」
我ながら単純なことに、自然と口角が上がる。だらりとしていた背筋を正し──猫背であるためちょっと丸まっているが──飲み物を淹れ始める。
「あ、先生。飲み物なら私が……」
「今はもてなしたい気分だから任せてくれると嬉しいな」
「え……あ……うん……」
このやり取りも、何度したことか。オフィスに備えられたキッチンでココアを作っていく。ココア粉末にほんの少しミルクをいれて、ペースト状になるまで溶かす。
ミルクを足して、希釈。少し火をかけて、加熱。溶けやすいようにしてから、また混ぜる。
チョコレートとはまた違う、芳醇とも言える香りがオフィスを満たす。
自身の気分的には無糖といきたいが、ヒナの疲労を軽くする意味でも、砂糖を少々。
「……」
なにが面白いのか、ヒナは私の後ろ姿をずっと見ていた。振り返って微笑むと、ヒナもぎこちなく微笑んでくれる。
最初の頃は視線を合わせようとしても逸らされるばかりだったが、それだけ心を許してくれたのだろうか。
──人の心はよく分からない。自分の心さえ、ずっと分からないフリをし続けているから。
そうして出来上がったココアを二つのコップに入れて、ヒナの隣に座る。
「はい、熱いから気を付けてね」
「先生、毎回言ってる。私だって子供じゃないんだから……」
「私にしてみれば、可愛い生徒だよ」
「かわいっ……!?」
ズサササッと音が立ちそうなくらいの勢いで、距離が開けられてしまう。それでもココアが零れていないのは、器用なものだと思う。私だったら中身全部をぶちまけていただろう。
「えっと……ごめんね?」
ちょっと軽率だった。生徒、という主語がついているとはいえ、かわいいという言葉は異性間である程度特別なものだ。
口説いていると受け取られてもおかしくはない。
「……謝るってことは、私は可愛い生徒じゃない?」
「ん゛ん゛っ……!」
思わず唸る。今ココアを口の中に入れていたら危なかったかもしれない。
なぜそこで妙な自己肯定感の低さを出してくるのか。
「……そんなわけないだろう。君は個人的にも信用出来るくらい──素敵な子だ」
いい子、という言葉をすんでのところで飲み込む。教師の言ういい子は
むしろヒナはもっとワガママを言うべきなんだ。二人で居るときに物憂げな表情をしがちなヒナの前では出来る限りマイナスに取られることがない言葉選びをしておきたい。
「……ありがと、先生」
驚いた顔をしたあと、優しい表情を浮かべるのを見た限り、悪くない回答だったらしい。
窓の外を眺めると、どこまでも続く夜の星が優しく見守っているのが見える。
「先生、どうしたの?」
「優しい光だなぁ、と思って」
人工的に作られた星々は、いつでも一番綺麗な姿を保っている。それがどうにも、
人に優しくしたいとは思う。博愛的にではなく、ただ好きな人間のために。
あの星々のように、私も彼女たちを見守っていけるだろうか。
「……うん、そうだね」
私の胸中を知ってか知らずか、ヒナは優しげに肯定してくれた。
そうして今日も、居心地がよく、いつまでも溺れていたくなるような優しい時間が続くのだ。