404 not found—From missing—   作:疎遠

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〈C:04〉copy Boy+Girl Punisher(Ⅱ)

「……ハッ、ハッ……」

 

 偽装した『三次元記憶映像(ホログラフ)』から射し込む僅かな明かりだけが照らす暗闇の中、少女は肩で息をする。

 その手に握られているのは渡り三〇センチ程の刃。ナイフというより小刀に近い意匠のそれを振り抜いた姿勢のまま、彼女は細いパイプの上で立ち尽くしていた。

 

「ハッ……、ハ……」

 

 ……殺した。

 殺した、殺した、殺した、殺した、殺した。

 人を、この手で、殺した。

 汗ばんだ額を袖で拭う。

 握りしめた小刀が薄明かりを鈍く反射して————刃先にこびり付いた、血。

 吐き気がした。

 

「うぶっ……!」

 

 膝から崩れ落ちる。両手で口を押さえるが、湧き上がる嘔吐感は止まらない。

 喉奥から迫り上がる胃液を吐き出そうとして、

 

「……あのー。そこで吐かれるとモロにかかるからやめてくんない?」

 

 声がした。

 少女が蹲るパイプの真下、僅か数十センチの位置。暗闇に浮かび上がるようにして、軽薄そうに笑う男の顔があった。

 

「…………、」

 

 目をこすってみる。消えない。どうやら幻覚じゃないらしい。

 彼女はそう理解して、一度深呼吸。

 深く深く息を吸う。

 

「キャ————————ッッッ!?!?!?!?」

「どわっ!?ちょ待って!いきなり小刀振り上げるとかナシ!!今そんなことされたら今度こそ滅多刺しにぼびゃぁぁああああ!?!?!?!?」

 

 


 

 

「……いや分かるよ?状況的に仕方ないよね、周り敵だらけだもんね。うん、分かるよ?でもさ、斬りかかられても無抵抗の人間を滅多刺しに来るのはさ、どうなのよ」

「ごめんなさい……」

 

 そんなわけでお説教だった。

 一織は首筋から流れる血をハンカチで押さえながら、配管の上で胡座をかいている。

 ちなみにハンカチは借り物だ。半狂乱で小刀を振り下ろす少女をなんとかなだめながら『(アンカー)』の名前を出したら、今度は泡くった様子で貸してくれた。

 

「……あの、でも、どうして……?」

「あ?なにが?」

 

 向かい合って正座する少女が遠慮がちに聞いてくる。

 雑な一織の受け答えに軽くビビっていたが、そこはついさっき殺されかけた相手。多少の粗相は見逃して然るべきではなかろうか、と思う。

 

「いえ、あの」少女は縮こまりながら、「……私、さっき斬りましたよね?」

「ああ、別にあんなの大した事じゃない。アンタの小刀(それ)が届いた瞬間に、刃の進行方向へ体を倒してみた。要はボクシングなんかのスリッピングアウェーと同じ要領だよ。……まあ、気づくのが遅れたせいで無傷とはいかなかったけど」

 

 なんてこと無い風に言ってのける一織だったが、実際のところもう心臓は爆発しそうなくらい脈打っていた。

 

(……しししし死ぬ!ホントに死ぬ!マジで死ぬかと思った!!キャー!!)

 

 社会の裏に生きる人間として他人に弱みは見せない。その一心で強がっては見たものの、実際のところかなりギリギリだった。

 スリッピングアウェーなどと言うのは簡単だが、いざやるとなればその難易度は果てしなく高い。

 インパクトの瞬間、コンマ数秒の誤差すら許されない世界でのみ成り立つその技術は、一織の目を持ってしてもかなりの博打を強いられる。

 当然、その後のことなど考える余裕はない。思いっきり踏み外した足場から転落した時、咄嗟に伸ばした手がたまたま配管を掴んでいなければ、本当に二〇階の高さから転落して終わっていた。

 ぶっちゃけ今もこうして生きているのは奇跡に近い。

 それでも、それをさも「当然ですけど?」みたいな顔をするのが裏稼業の人間なのだ。

 

「すごい……!」

「うぐっ」

「?なんでいきなり胸を押さえて……?ハッ!まさかさっきどこかにぶつけました!?待ってください今薬を!」

「いやごめん。大丈夫、大丈夫だから」

 

 こうも真正面から尊敬の眼差しを向けられると心が痛む。まさかこれが良心というやつだろうか。そんなもの、持つ前に忘れてしまったと思っていたのだが。

 ……ていうかコイツ本当に『(アンカー)』の猟犬か?

 一織はまじまじと目の前の少女を見てみる。

 

 薄汚れたスーツを着た薄幸風美少女。

 彼女を一言で表すならそんな感じだろうか。

 年はおおよそ一六、七歳くらい。発色の薄い唇に、筋の通った鼻。少し目尻の下がった二重瞼。腰上ほどまで伸ばされた髪と同じ漆黒の瞳は大きく、どこか小動物じみた印象があった。

 

 ……なんというか、全体的に『まとも』すぎる。

 見た目だけではない。思えば先の反応にしても、裏社会の人間としてはおかしかった。

 信用は即ち死の引き金、それは裏の常識だ。

 他人の言葉は全て疑え。他人の沈黙は全て疑え。他人の行動全てに疑惑の目を向けろ。

 一織だけではない。全ての裏に生きる人間にとって、それは呼吸と同等の()()()()()()()()()()()

 その常識に照らして見れば、少女の反応こそ異常。

 

 それだけでは無い。

 一度斬りつけた程度で死んだと思い込む浅はかさ。一織が彼女の立場なら、死体を確認した上でなお銃弾を撃ち込むくらいのことはする。

 なにより。

 他人を殺した程度で吐く?そんなもの、まるで————普通の人間の反応ではないか。

 正常すぎる異常。

 一織の目が、音もなく細められる。

 

「なあ、アンタ。名前は?」

「え?えっと……あの、あざみ、です。兵藤風見(ひょうどう あざみ)

「うん、そっか。俺は新庄。よろしく」

 

 一織はヘラヘラと笑いながらそう言った。

 姓名、共に『(アンカー)』から提供された資料と一致。『(アンカー)』が通じたことを加味して、ひとまず本人と仮定。

 

「それで、どうしてこんなとこに?」

「ええと……それは、その……元々は一介の研究員としてここに潜入していて、普段は本棟の方で仕事しながら分棟(こちら)の調査を行っていたんですが……」

 

 そこで風見は少し口ごもった。

 何かを言い淀むような間があった後、

 

「その……四日前、分棟(こちら)に私が潜入した直後、急にセキュリティが厳しくなって……私の持っていた正規IDの権限では連絡通路を通れなくなってて……」

「……、なんだそれ」

 

 一体どういう事だ、それは。

 冗談抜きに、一織の思考回路が止まりかける。

 

『ここより先の立ち入りはレベル三以上の権限が必要で————』

 

 停止しかけた脳裏にドローンの機械音声が蘇る。

 ……潜入がバレていた?いや、そんなはずはない。だとすればやはり警備がザルすぎる。一織自身が正面から潜入できた時点でその可能性は捨てたはずだ。そもそも気づかれていたのなら、あんな杜撰な『三次元記憶映像(目くらまし)』が四日も保つはずがない。

 しかしそうなると、連絡通路のセキュリティレベルだけを引き上げる理由がない。

 他に考えられるものがあるとするなら、

 

(……()()()()()?)

 

 気づいていた上であえて放置していた可能性。

 しかしそれも極小だ。まずもって泳がせる必要性がない。餌として泳がせるからには、それ相応のものが釣れなければ意味が無い。

 ヨツバが持っている風見一人の情報から、その背景組織の全容を掴むのはまず不可能だ。不可能であるように、猟犬と『(アンカー)』の接点はことごとく抹消されてから潜入する。

 故に、全容の分からない組織を潜入工作員一人で釣り上げる、などということは普通ならまず考えない。例え釣れたところで、餌にかかるのは一織のような末端の猟犬くらいだ。

 繰り返していけばいずれ全容に近づくだろうが、そんな回りくどいことをするなら最初から捕らえて拷問にかけるなりした方が遥かに楽だろう。

 

 風見は既にヨツバへ寝返っていて、この話が全て嘘である可能性。……それも無い。もしそうであるのなら、もっとマシな嘘をつく。即座にこんな疑いをかけられるような穴だらけの経緯を用意しない。

 

 一つ一つ、脳内に可能性を列挙しては消していく。

 消して、消して、消して。

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?この分棟に閉じ込めたのに目的なんてない。単に目障りだったから、だとしたら?)

 

 バッ!と一織は顔を上げた。

 

「ぴゃっ!?そうですよねそうですよね!こんなドジ、猟犬失格ですよね!あわわわわわごめんなさい————!!」

「悪いけど時間が無い、手短にいこう。『檻の内鍵』実験の内情はどこまで?」

 

 取り乱した様子であたふたしていた風見は、一織の言葉でピタリと動きを止めた。

 正座状態のまま頭を抱える少女が、半泣きの上目遣いでこちらを見る。

 

「…………、あれ。あの、怒って……ない、んですか?」

「どうして?俺がアンタに怒る理由がない。今の話を聞く限り、この分棟から抜け出すのは不可能だった。それに、起きたことを今さら責めたところで何が変わるわけじゃない」

 

 簡単に掻き消える程度の感情論などくだらない。

 仮に一織の推察が当たっていたのなら、『檻の内鍵』実験はもう多少の邪魔が入ったところで問題ないとするほど進んでいる。

 いつ実験が完成するとも分からない中で、最優先すべきは第一目標(ファーストオーダー)の遂行。必要の無い小競り合いに割く時間の余裕などどこにも無い、それだけの話だ。

 兵藤風見を殺して解決するのなら、とうの昔に撃っている。

 

 そんな一織の内心など微塵も知らない風見は目を輝かせていた。

 

「……いい人……!」

「それで、アンタはどこまで掴んでる?」

「あ、はい」惚けていた少女の表情が、その一言で真剣味を帯びる。「場所と主任部署、及び現責任者。あとおおよその敵性規模までは」

「オーケー。それだけ掴めてるなら十分だ」

 

 案内、お願い出来る?と軽薄な笑みを浮かべて告げる一織に一つ頷いて、風見が穴から顔を出す。周囲を確認する間があったあと、猫のような滑らかさで外へと踊り出た。

 身のこなしはそれなり、か。

三次元記録映像(ホログラフ)』越しに飛ばされるハンドサインに従って穴から出つつ、一織は内心でそう評価を下す。

 

「……『檻の内鍵』実験はここから更に上、地上三八階の特一研究推進課生物系薬剤試験場の裏が主幹となって行われています」

 

 風見はそう語りながら、分棟の廊下を先導する形で歩く。

 その姿は迷いなく堂々としたもので、パッと見潜入中の人間には見えない。

 壁から壁伝いに身を隠して、なんて言うのはスパイ映画の中だけだ。銃撃戦の最中でもあるまいし、そんな分かりやすい行動をしていれば、もし誰かに見られた時に一瞬で不審者だと思われる。

 人は不自然な動きに聡いのだ。

 恐らく侵入に気づかれている現状ではほぼ意味をなさないだろうが、その情報がどこまで広がっているのかは分からない。見咎められないに越したことはないだろう。

 

「主幹って言うのは?」風見の背を追いかけながら、一織は聞いた。

「ご存知かもしれませんが、この分棟には本来必要ないはずの空間が五七ヶ所存在します。その全てが『檻の内鍵』実験に絡んでいると認識してもらって構いません」

「……、全て?」

「はい。五七ヶ所全て、です。素体の培養や、管理、実験機材のメンテナンスなど、それ単体では『檻の内鍵』との繋がりはないように見えるほど細分化されていますが」

「まずいな……」

 

 想像していた中でも最悪の目が出た。

 実験のタイムリミットが迫っている中で、五七ヶ所にも切り分けられたその全てを叩くのは至難を極める。それに、それだけの数を隠密で潰すのは不可能だ。

 どういう意図で今自分たちが見逃されているのか、未だハッキリとはしない。だがどういう意図であったにせよ、目障りな行動をすれば潰しに来るのは道理だ。

 数百人は下らないであろう数の敵に囲まれれば、一織の生きて帰る望みは絶望的。それは風見一人が増えたところで変わらない。

 だが、

 

「総数五七ヶ所————ですが、私達の殲滅対象は一ヶ所です」

 

 風見はそう背中で語る。

 

「どゆこと?」

「細分化を極めた『檻の内鍵』実験は、それ故に末端から内情を把握することはできません」指先が脳の思考を理解できないようなものでしょうか、と彼女は言って、「内情を全て把握しているのは、末端の成果を全て統括管理している場所のみです」

「……なーるほど、それが」

「はい。地上三八階特一研究推進課生物系薬剤試験場裏————『ビナー』と呼ばれる空間になります」

「『ビナー』、ね……ハッ、『檻の内鍵』に『ビナー』と来たか。随分といいネーミングセンスをお持ちらしい」

 

 まるで道端に唾を吐き捨てるかのような口調で一織は嘲笑した。

 風見はそれを背中越しにチラリと見て、

 

「……と言うと?」

「んー……アンタは『檻の内鍵』実験自体についてはどこまで?」

「いえ……『(アンカー)』からは、成されれば世界そのものが根底から崩壊する実験、とだけしか」

「だろうね。あんまり広めたい話でもないし」

 

 二〇階右奥、壁際にひっそりと佇んでいるエレベーターの前に立った風見はボタンを押す。

 ゴウン……という重い音が到着するのを待ちながら、

 

「十三年前。第五次産業革命(フィフスブレイク)から二年後にある計画が起こった」一織は静かにそう呟いた。「第五次産業革命(フィフスブレイク)を機に、人間は人間として至れる最高点へ辿り着いた。けれど逆に言えば、人間はそこまでしか至れないという限界点だ」

 

 エレベータードアの上に点灯する階数表示がゆっくりと上ってくる。

 

「それに納得しない奴らがいた」古いかさぶたをめくるように眉根を寄せて、「人間が人間として進める限界があるのなら、まずは人間という括りから脱獄する。その言葉を旗印に、その当時最先端だと言われていた技術者、科学者を集めて行われたその計画が『檻の内鍵』実験————要はね、神ってやつを作ろうとしたんだよ、奴らは」

「……なるほど。それで『ビナー』、ですか」

 

 ガコン、という音ともに階数表示が止まる。

 開いたドアから中に乗り込みながら、一織は軽く頷いた。

 

「そ。旧約聖書、創世記に出てくる『セフィロトの樹』。人間が神に至る方程式を表した図。その第三のセフィラを名前に使うとか……こりゃあヨツバの連中、模倣の紛い物って線は消えたかなあ」

 

 セフィロトの樹。

 王国(マルクト)基礎(イェソド)栄光(ホド)勝利(ネツァク)(ティファレト)峻厳(ゲプラー)慈悲(ケセド)知識(ダアト)理解(ビナー)知恵(コクマ)王冠(ケテル)。十一のセフィラと呼ばれるパーツからなる系統樹。

 この樹になる果実を食べた者は不死を手に入れると旧約聖書にはあり、また一説には、この系統樹そのものが『人が神に至る為の道筋を表した物』とも言われる。

 当初の『檻の内鍵』実験でも用いられたその理念を持ち出してくるということは、ヨツバはかつての実験をそのまま引き継いでいると見るべきだろう。

 ……内容まで想像以上にきな臭くなってきた。

 エレベーターの浮遊感に包まれながら、一織はそっと唇を濡らす。

 

「三八階は全て『ビナー』のために存在する階層(フロア)です」隣で佇む風見は閉まったドアに顔を向けたまま、「本来は特一研究推進課の階層ですが、その特一自体が『ビナー』での研究を目的として設立されたものなので、実質的に三八階所属職員が全て敵だと考えてください」

「マジで?うわあ面倒くさそう……」

「……それと、これは私の力不足なんですけど……」

 

 ゴウン、ゴウン……という音が微かに響く。

 上がっていく階数の表示が、三〇を超えた。

 

「三八階は階層自体のセキュリティが厳しく、その内部構造や具体的な敵の数までは掴めていません。一課に割り振られている人数と、公開されている総職員の差からおよそ四〇名弱ではあると思うんですけど……それに、侵入経路の確保もまだ……」

「ああ、そこはあんまり気にしなくていいよ————」

 

 一織は軽く上を見上げてそう言った。

 チン、という軽い音と共に浮遊感が消える。表示された階数は三八。

 ドアが開く直前、一織は少女をエレベーターの壁際へと突き飛ばす。

 同時、

 

 

「————そいつは、これから分かる!!」

 

 

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッッッッ!!!!!!と。

 銃弾の嵐が吹き荒んだ。

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