404 not found—From missing—   作:疎遠

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〈C:05〉where ”貴方の抱える正しさを“(Ⅰ)

「…………、」

 

 男は小銃を両手にしたまま硬直していた。

 向ける銃口の先にはドアが開いたままのエレベーターがある。

 穴だらけの壁面。砕け散った鏡の破片。無数の焦げ跡。

 総数十六の銃口。その一斉掃射を受けた内部に広がっているのは地獄だった。

 全て全て、自分達が————自分が、やった事だ。

 

 ……どうしてこうなった、と男は自問する。

 男はただ、許せなかっただけだ。強者のみが豊かに暮らし、弱者は明日の保証も無く虐げられる、そんな世界がどうしても許せなかった。

 男には娘がいた。

 まだ幼い娘。近い将来、自分達が守ってやれなくなった世界で、弱者として生きていくことを強いられるであろう、病弱な娘。その子のためにこんな世界を変えてやりたかった。

 変えられる方法がある、と言われた。

 不平等があるのは人が人だからだ。誰もが何も欠けていない、そんな神のような存在になれば皆が平等に生きていける。そう言われたから、自分に出来ることならなんだってすると決めた。

 

 ……その、結果がこれか。

 触ったこともない銃を持たされて、ただ合図と共に引き金を引けと言われた。この世界を不平等なままにしていいのか、と。

 だから男は引き金を引いた。それ以外のことは何も考えなかった。何も見ず、何も考えず、何も感じないようにした。

 けれど。

 けれど、本当はずっと前から気づいていて、

 きっと、あの中には誰かがいて、

 それは、自分と同じ人間で、

 ならば、これは。

 自分が憎んだ世界と、何が違う?

 強者が弱者を虐げる世界、そのままではないのか————!?

 

「————はい、油断した」

 

 瞬間。

 軽薄な笑みが目の前にあった。

 

「『解凍』————『SCAR-L』」

 

 タタッ、という乾いた音が響く。

 何が起きたか分からない。目の前にあったはずの顔が認識できない。世界が流れていく。違う、自分が後ろ向きに倒れていく。どうして自分はそんなことをしている。眉間が熱い。なぜ熱い。何も分からない、何も把握できない、何も————、

 流れていく視界の中に、折りたたみ式の懐中時計が映った。

 

(……、ぁ)

 

 それは、男がどんな時も身につけていた物だった。

 ことある事に眺めてはそっと胸ポケットへ仕舞いこんでいた、たった一つのお守り。

 飛び出た弾みで開きかけた蓋の裏側には、一枚の写真が挟んであった。

 暖かな日差しの中、仲睦まじく笑う女と幼女の写真。

 世界で一番大切な、かけがえのない物達。

 それだけは守りきってみせると誓った者達。

 男は必死に手を伸ばして、

 

「————、」

 

 カシンッ、と。

 あまりにも呆気なく、それは視界の外に消え去った。

 慈悲もなく、情もなく、救いもなく。何も掴めなかった手が空を切る。

 

(………………………………………………琴、音)

 

 そこで、男の意識は完全に潰えた。

 

 

 

「ハッハーッ!豪華な出迎えありがとよっ————と!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()一織は高らかにそう叫ぶ。

 懐中時計は狙い違わず左隣にあった男の顔へ命中。

 一瞬の空白。

 怯んだ白衣の男に銃口を向け、同時に火薬が爆ぜる。

 これで二人。残り十四人。

 くずおれる白衣に背中から潜り込むようにして、逆側へ振り返る。ちょうどこちらに振り向いたばかりの別の白衣と目が合った。

 

「ヒッ……!?」

「そう怖がるなよ。一発で終わらせてやる」

 

 タンッ、という音と共に眉間を撃ち抜かれた白衣は背中から倒れていった。

 お行儀良く横一列に並んでくれていてなにより。両隣の敵を殺した今、一織には仲間の死体が邪魔をして射線が通らない。

 床に落ちていた小銃を蹴り上げる。

 

「……なんだこりゃ。今時火薬式なんて随分と古臭い……まあ、俺も人のことは言えないけ、ど!」

「……ッ!?」

 

 背にした白衣を膂力で押し退け、その奥から飛び出そうとしていた数人の出足を潰す。

 拾い上げた銃を構え————ガガガガッ!と断続的な射撃反動が肩を打った。

 残り九人。

 

「はいそこ。残念、()()()()()()

 

 目線だけを背中越しに向けていた一織は、逆手に掴んだままの『SCAR-L』をそちらへ回す。

 残り六人。

 中央から切り崩した隊列の端と端。一織から見て左右に三人ずつ。

 一分足らずでそこまで人数を削られた彼らの動揺は大きい。頭が状況に追いつけず、まだ動き出しが追いついていない。

 はずが、

 

「うあ、あああっ!?」

 

 振り返った先、最も一織に近い位置で立っていた若い男が銃口を跳ね上げる。

 生存本能か、あるいは恐怖が脳の処理を塗り潰したか。

 どちらにせよほんの一瞬、若者は一織の予想を超えた。

 ズガガガッ!と銃身が吼える。

 

「危ねぇな、おい」

 

 それでもなお足りない。

 深く身を沈めた一織の頭上を銃弾が通過する。

 予想はあくまでも戦闘経験から培われるもの。常人であっても戦闘を繰り返していけば自ずと身につく。新庄一織の特異性はそこに無い。

 桁外れの情報量を得る視覚からくる、限りなく予知に近い予測。

 それは言うなれば、後の先という概念の究極系だ。

 どれだけ予想を越えた動きをしようと、同時にその先を視る一織の予測は越えられない。

 

 顎下から突き上げる形で若者に銃口が向く。

 残り、五人。

 

「わか、分かった!降参する!だからもう————がぐっ……!?」

「うん、それで?」

 

 残弾の無くなった小銃の底で横っ面を殴り飛ばす。

 鈍い音と共に倒れる白衣が取り落とした小銃を拾い、その奥にいた一人へ突きつける。引き金を引いたまま、銃口を足元へ。

 ガガッ、ガガガッ!という音が連続する。

 これで左の敵は全て消えた。残りは逆側三人のみ。

 

「歓迎してくれたのはそっちだろう。最後まで愉快に踊れよ、なあ!?」

 

 反動を利用して振り返る。

 既に死体の盾はない。遮蔽物の無い通路上、ここから先は純粋な撃ち合いになる。

 問題ない。三人程度なら、十分『視れる』。

 視線、体勢、筋肉の緊張。動き出す三人の先を瞬時に把握。

 右に半歩。前に一歩。

 放たれる射線の中に生まれる空白へ、一織は迷いなく足を踏む。

 傍から見れば、銃弾の方が彼を避けていくように映っただろう。

 

「畜生、どうして————!?」

「さてね。それこそ神様とやらに聞いたらどうだ?」

 

 二発。

 倒れる二人の間を縫って、最後の一人へ肉薄する。

 額に銃口を向けられた男は、笑いにも見える弛緩した表情を浮かべた。

 震えた声で言う。

 

「……バケ、モノ……」

「ああ————そう呼ばれるのは、もう慣れたよ」

 

 一織は軽薄にそう笑って。

 直後、無機質な天井に血が飛び散った。

 

 


 

 

「死ぬ!本当に死ぬかと思ったんですけど!!」

「別にいーじゃんよ死んでないんだから。ていうかそれ、仮にも猟犬の言葉か?」

「職業以前に私は女の子なんですー!どうして教えてくれなかったんですか!?」

「理由は二つ。単純に教えてる時間が無かったのと、アンタが騒いで敵に気取られたら面倒だった。以上」

「失礼な!私が泣き喚くとでも!?」

「自分の現状振り返ってから物言おうな。半泣きで言われても説得力がないけど」

 

 地上三八階。『ビナー』に続く通路を走りながら、一織は面倒くさそうに溜息をついた。

 元から自分達の行動は筒抜けになっている今、どれだけ騒いだって関係ないから別にいいのだが、風見の反応は過激すぎて耳に痛い。

 やっぱり連れて動く判断は間違いだったかもしれない。必要な情報も手に入った事だし、足を引っ張られる前に縛って投げ捨てておくか?などと考えてみる。

 ……やめた。そうしたらしたで、また騒いで勝手にトラブルを作りそうな気がする。一応これでも第二目標(セカンドオーダー)だし。せっかく助け出したのに死なれては困る。

 

「むぐぐ……けど!だとしてもアレはあんまりじゃないですか!?」風見は隣を並走しながら、「エレベーターの構造ってドアの両端が張り出してますもんね。そこに隠れれば前からの射線は届きませんよ、ええ確かに。でもね!?あんな狭い空間に撃ち込まれたら普通に跳弾が何個か当たるんですよ!いくら『(アンカー)』支給の防弾スーツとは言っても、当たれば普通に痛いし!絶対体中青アザだらけになってるんですけど!!」

「そりゃなにより。痛いなら今生きてるのも夢じゃないぞ、よかったね」

「そういう話じゃないッ!」

 

 いい人だと思ってたのにー……、と風見が恨みがましくボヤく。知ったことではない。

 二〇階とは真逆に、一面黒で塗りつぶされた壁面が視界を流れる。

 微妙にやりづらいな、と一織は交差する通路の角から周囲の様子を覗きつつ眉根を寄せた。

 

 収縮色である黒に囲まれた空間は遠近感を狂わせる。普段目にする壁面は、それとは逆の膨張色である白が多いことも起因するだろう。

 普通に生活する分には大して気にすることでもないが、戦闘となれば話は別だ。視覚から得る情報量が他人よりも多い一織にとっては、特に。

 僅かでも予測が狂えば、それは致命的なものに繋がる。

 

 周囲に敵影は無い。視覚情報と自分の足が踏む場所の誤差を脳内で修正しつつ、通路を横切る。

 

「そもそも、どうして新庄さんは待ち構えられてるって分かったんですか?」前に出た風見はハンドサインで道筋を伝えつつ、そう聞いた。

「予想と空気。三七階を過ぎてから急に外の音が小さくなった。俺達の侵入はとっくにバレてたんだし、だったら狭いハコにいる時の方が殺しやすいでしょ」

「え!?バレてたんですか、潜入!?」

「…………、」

 

 バカだ。やっぱりこいつバカだ。

 潜入したタイミングで連絡通路を塞がれた、なんて状況でどこをどう勘違いしたら気づかれていないと思えるのか。まさかあの杜撰な『三次元記録映像(ホログラフ)』で欺けていると本気で信じていたのだろうか。正直、同じ猟犬を名乗るのもちょっと嫌になってきた。

 

 とは言え、先程の敵はそんなバカにも気づかせるための挨拶だったのだろう。本気で殺すつもりならば、あんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を差し向けたりしない。

 一織は左手に握った火薬式の小銃を見下ろす。

 まともな防護服一つなく、与えられたのは旧式の武器だけ。それで殺せればよし、殺せなくても構わない。その扱い方は正しく捨て駒だ。

 

「ほわー……だからあんなにすぐ動けたんですね。私が見た時にはもう終わっちゃってましたし……ていうかあの人数を相手に無傷であの速さって、新庄さん何者なんです?二分もかかってなかったですよ」

「————……そっか。じゃあ、欠けたのは数秒か」

 

 ならば恐らく使ったのは数発。残弾数はまだ多少の余裕があるか。

 捨て駒の彼らから奪った銃とは逆、右手の『SCAR-L』の銃把を握り直す。

 

「欠けた?」

「いや、なんでもない。『ビナー』まではどのくらい?」

「え?あ、えと……」風見は壁の方へ視線をさまよわせて、「特一研究推進課資材倉庫……大丈夫です、道筋は合っています。このまま進んで二本目の通路を右へ。そこの裏が『ビナー』のはずです」

「なるほど。ならまあ……そろそろ、かな」

 

 小さく呟いた直後。

 ボッッッッ!!と通路の両脇の壁が弾け飛んだ。

 

「————ッ!」

 

 声を上げる隙間、さえ無い。

 密集し、密接し、密着する弾幕の下。床を舐めるようにして潜り抜ける。

 前のめりに崩れる体勢に逆らわず、そのまま床へ。前転を挟んで立ち上がる。

 同時、ガシャガシャガシャ!という音が耳朶を打った。

 反射的に振り向く。

 崩壊した壁の内側から溢れ出てくる歪なシルエットの群れ。

 数はざっと十機ほど。いずれも三本の脚に小型の戦車を載せたような、約一メートルほどの高さの機械。

 ————『自走騎銃三脚二式(エリミネイター302)』。それは第五次産業革命(フィフスブレイク)によって生み出された、自動操縦の小型殲滅兵器だ。

 

「おいおいおい……聞いてねえぞ、そんなの!」

 

 頬に冷や汗が流れた。

 一本道の通路は見通しがいい。遮蔽物の無い空間でこの数を相手取るのは分が悪すぎる。

 一織は前を向いて走る。

 

「また!また何も教えてくれなかった!!」

「うるせえバカ!もうバカ!ちゃんと言っただろそろそろって!」隣に並んだ風見に叫び返す。

「たったそれだけで伝わるわけ無いじゃないですかー!!新庄さんはあれですか、伝説の昭和関白オヤジですか。ソレとかコレとか、指示語でしか会話できない古き血の伝承者なんですか!?日本語ナメるんじゃねえってんですよ!!」

「最終的に何でキレてんのかもう分かんねえよこの電波ちゃんめ!」

 

 背後に牽制射撃をばら撒きつつ、奥へ奥へと駆ける。

 元々『自走騎銃三脚二式(エリミネイター302)』の動きはそこまで早くない。徐々に空いていく距離を確認しつつ、前方に目をやる。

 十メートルほど先の所に左へと曲がる通路が見えた。瞬時に風見とアイコンタクト、頭から飛び込む————直前。

 一織の脚を銃弾が()()()

 

「……ってえ、クソ」壁に背を預けて息を整えながら、「おい電波ちゃん、武器の残りは?」

「小刀と拳銃が一つずつ。圧搾式爆弾の用意もありますが、組み立てるのに少し時間が要ります————あと電波ちゃんはやめてください」

「じゃあなんて呼べばいい?シンプルにバカ?」

「モラルの欠片もない!道徳の授業とか受けたことないんですか?」

「ご名答。そもそも学校とか行ったことないしね」

 

 生産性の無い軽口を挟みながら、借りたままだったハンカチで傷口を縛って止血する。

 この程度ならまだしばらくは保つか。白い布がじわじわと血に染まっていくのを見ながら一織はそう判断する。

 ガシャガシャガシャ!!と後ろから近づいてくる音を伺いつつ、

 

「……とにかくまずはここを離れよう。アイツらがいたんじゃもうさっきまでのルートは使えない。迂回路は?」

「それは、まあ。この通路からでも行けますけど……それなりのタイムロスになりますよ?移動距離も伸びるし、この通路の先に他の敵がいないとも限りません」風見は要領を得ない顔で首を傾げて、「さっき待ち受けていた彼らより数も少ないですし、排除して進んだ方がいいのでは?」

「それができるなら最初からこんなこと聞いちゃいないよ。数の問題じゃない、相性が悪すぎる」

 

 まさかあんな物まで持ち出してくるとは思わなかった。

 第五次産業革命(フィフスブレイク)初期に開発された『自走騎銃三脚二式(エリミネイター302)』は、当初こそ次世代型兵器として脚光を浴びたものの、実質的な実用稼働は一年にも満たなかったマイナー品として知る者も少ない。

 それは別に製品として欠陥があったとかではなく、単純にコストとリターンの問題だ。より小型で、より殺傷能力の高い武器が次々に生まれていく中、ロボットなんて古めかしい概念は瞬く間に埋もれていった。

 要するに、ロボットに使う金と資源があるなら、それをより高性能な武器に充てて人間に装備させた方が効率的だった、という話である。

 

 だが、こと新庄一織にとってのみそれが逆転する。

 

 なにせ、ロボットには呼吸が無い。目もなく、表情もなく、筋肉もない。故に、動き出しの前の微細な緊張もない。つまり————予測がきかない。

 新庄一織にとって、それは正しく最悪の相性だと言える。

 たった十機相手に追われただけで傷を負っているのがそのいい証拠だ。

 確かに排除すること自体は可能だろう。だが無傷で、となると保証は無い。であれば、十人でも二十人でも、人間を相手取る方がまだマシだ。

 

「うーん、よく分からないけど分かりました。要は、新庄さんはアレ相手だと無能ってことですね?」

「……顔に似合わず口悪いなアンタ。ていうかなんかキャラ崩れてない?最初からそんなだったっけ?」

「新庄さんが言うんですかそれ……?」

 

 風見は全体的にげっそりとした表情でそう答えた。

 不本意ながらつい納得してしまった一織は、しょうがなし口を閉じて銃器の点検などをしてみる。

 研究員から奪った銃の残弾はおおよそ半分。三〇発弱という所か。

 

「とにかくそういう事ならしょうがないですね」言い負かしてやった、とでも言いたげなドヤ顔で風見は胸を張って、「じゃあ私がちょっと片付けてきます。ロボット相手なら罪悪感とかも無いし」

「……、は!?ちょっと待ておま……っ!?」

 

 つい反応が遅れた一織の制止は間に合わなかった。

 言うが早いか通路の陰から飛び出した風見の姿はもう見えない。代わりに、少し離れた場所から派手な砲声が重なって鳴り響く。

 

「嘘だろマジかあの考え無し!?」

 

 何を勘違いしているか知らないが、一織が多人数相手でも一人でやり合えるのは予測を可能にする目があるからだ。しかもそれにだって限界はある。十を超えれば戦闘経験からくる予想と勘を頼らざるを得なくなるし、二十を超えたら物理的にもう無理だ。

 普通の人間なら三対一でも危うい。あんな『まとも』な人間が十機もの兵器相手に飛び込んでいっては、ものの数秒で穴だらけにされて終わる。

 一織は思いっきり舌打ちして、通路の陰から飛び出し、

 

「……………………………なんだ、それ」

 

 ————そこで、完全に動きが止まった。

 危うい、なんて話じゃない。

自走騎銃三脚二式(エリミネイター302)』の群れは、もう半数にまで減っていた。

 残る五機の内、一機が風見へ砲身を向ける。人間ならばありえない速度、ありえない角度で一八〇度回転させた砲身は、間違いなく彼女の死角である背中を捉えていた。

 普通の人間にまずあれは気付けない。予測の効かない一織でも無理だ。

 そのはずだった。

 

 瞬間、風見の姿が消える。

 地に伏せるような形で身をかがめた彼女の遥か上を銃弾が通り過ぎる。目標に当たることなく通過した弾は、対面に位置したもう一機に集中し、これを爆破。

 爆風を顔に浴びながら、風見は華奢な脚を振るう。

 三脚の内の二本を払われた『自走騎銃三脚二式(エリミネイター302)』は、載せた砲台を支えきれず仰向けに転倒。同時、跳ね上がった風見が装甲の隙間に小刀を突き刺す。

 

「…………、」

 

 次々に機能を停止させられていく小型兵器達を眺めて、一織は言葉を失っていた。

 一昔前とは言え、無機質な悪魔とまで囁かれた兵器群がまるで子供の玩具のように潰されていくことに、()()()()

 確かにその結果自体も凄まじい。普通、という括りで話をするならありえないと言ってもいいほどに。

 

 だが、本当に常識を逸脱しているのはその過程だ。

 あの少女は、今、何をした?

 完全な死角からの砲撃を一瞥もせず避けたと言うのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()————!?

 

「……、はは……」

 

 ……なにが、『まとも』。

 あんな動き、紛れもなく『異常』そのものでは無いか。

 ゾクリ、とイオリ自身にも理解できない震えが背筋に走るのを感じる。

 

「————終わり、と」

 

 僅か一分足らずで『自走騎銃三脚二式(エリミネイター302)』の群れを殲滅し尽くした風見は、まるで食器にこびり付いた油汚れを落としただけのような、なんてことの無い調子で息を吐いた。

 振り向く。

 

「ええと……何か変なことしちゃいました?私」

 

 ……まただ。また、何も見ていない。

 彼女に向けた二丁の銃口が微かに震えるのをイオリは感じる。

 構えたのは、ほぼ反射に近かった。理論立った判断の末でも、感情任せの思考放棄でもない。強いて言えば————防衛本能。

 何かは分からないが、何かがヤバい。人間と言うより獣として、イオリは兵頭風見へ銃を向けていた。

 

 しかし。いや、だからこそ、か。

 持てる能力は十全に発揮されていたはずだった。彼女の死角になる位置を取り、気配を殺し、その上で裏拍のタイミングさえ無意識に読んで構えたはずだった。

 客観的に見ても気取られる要素などどこにも無かったはずなのに、彼女は当然のようにイオリの方へ振り向いていた。

 

「いやあ、うん。変と言えばあそこまで変な動きもなかったと思うけど」

 

 一織は軽薄な笑みを作りながら、唇を濡らす。

 悟られるな。

 緊張を、不安を、怖気を、目の前のバケモノに気づかせるな。

 余裕を装え。冷静を着飾れ。自信を演出しろ。気づかれれば、それは付け込まれる隙になる。

 けれど、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それすらも、一瞬の迷いさえなく看破される。

 

「……はは、」もう笑うしかない。笑うしかなかった。「冗談だろ。マジで何者だよ、アンタ」

「何者とか言われても、普通の猟犬ですが……」

「ふざけろ。あの動きが普通なら、俺はとっくの昔に死んでるだろうよ」

 

 全人類のスタンダードが彼女のようなら、などと想像するだけでも恐ろしい。こんなハッタリも裏拍もまるで通用しない人間が普通であってたまるか。

 

「少なくともアンタは『まとも』じゃない。普通の人間としてじゃなく、裏の人間としてって意味でな」まあ俺も大概だっていう自覚はあるが、と一織は軽く肩を竦めて、「けれどアンタはそれ以上だよ。死角が無い、なんて言葉は実際そう見えるだけの比喩表現だ。人間の構造上どうしたって死角は生まれる。生まれなきゃおかしい……なのに、アンタの動きには本当にそれが無い」

 

 おまけに他人の心理を一目で図る洞察力だと?本当にふざけるなと言うのだ。

 目の前の人間を殺せるビジョンが浮かばない。イオリにとって、それは誇張抜きで初めての経験だった。

 そういう意味で言えば、兵頭風見は『(アンカー)』総司令の女よりも特異と言える。

 

「だから、まあ、あれだ————なし崩しで流しておける限度を超えた。アンタが敵じゃないって言うなら、さっきの馬鹿げた動きのタネだけでも教えてもらおうか」

 

 ヘラヘラと笑いながら、引き金にかかった指を強く意識する。

 この問いかけがどれだけ理不尽なものか、イオリは自覚していた。

 文字通り命を賭けることを強いられる裏稼業の人間にとって、自身の技術、能力に関する情報は最大の弱みになる。

 それをなんの対価もなく晒せと言うのだ。これほど理不尽な話も他にない。

 故に、ここが分水嶺。兵頭風見に少しでも不審な様子があれば迷わず引き金を、

 

「いや別に、ただの勘ですが?」

「はい死ね」

 

 思いっきり不審そのものだった。

 わきゃーっ!?と、襲いかかる銃弾に飛び退きつつ、風見は素っ頓狂な叫び声を上げる。

 

「なになになになになんですかもう!?さっきから全体的に急すぎる!私それなりに頑張ってたと思うんですけどーっ!?」

「うるせえ!なにを当たり前みたいなツラで首傾げてんだテメェは!どこからどう見ても怪しさしかねえし!もう誤魔化す気さえ見えねえし!!」

「なにおう!?私のどこが怪しいって言うんですか!これでも清純派美少女で売ってるんですけど!!」

「あーもうダメ!今した!完っっっ壁にシリアス崩れた音がした!!お前のせいです、このバカ!バカバカバ————カ!」

「語彙力の退行が酷い!さてはこの人面白い系だな!?」

「やめろ!人を勝手にお笑い枠へ入れるな!!」

 

 ガガガガガガッッッ!!と黒色の壁が連続して弾け飛ぶ。

 研究員から奪った銃の残弾数は二〇を切った。遮蔽物のない状況で、十発以上避けられた経験も少ない。イオリは苛立たしそうに舌打ちする。

 

「大体!なんだってそんな余裕たっぷりなんだアンタ!頭弱いくせに動きだけはバケモンとか反則すぎる!頭弱いくせに!」

「あー!!今二回言った!頭弱いって二回も言いましたね!?このモラル無し男め!!」

「バカにバカって言って何が悪い!こっちはさっきからフルに目を使ってんだぞ!?」

 

 左の小銃で行動の幅を狭めつつ、右手の『SCAR-L』を風見の回避先に向ける。

 この先を考えればこちらは使いたくなかったが、もはや出し惜しんでいる場合では無い。慎重にタイミングを伺いながら————合わない。普通なら撃ち抜けるタイミングの一瞬前で、狙いを外される。

 

「さっきからなんなんだその動きは!」

「だから勘だって言ってるじゃないですか!分かるんですよ、殺意とか狙われてる場所とか、そういうの!!」

「どういう理屈でだ!?」

「勘に理屈とか言われても説明が難しいんですけど、とにかく視線が分かるんです私!!」

 

 金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。

 回避の為に一歩を踏んだ瞬間、行動の隙間を狙った『SCAR-L』の銃弾を、あろうことか小刀で弾いた音だった。

 フィクションでしか見ないような曲芸を当然のようにこなす風見に、思わずイオリの動きが止まる。

 銃声の余韻が木霊する通路に、僅かな沈黙が訪れる。

 薬莢と弾痕が散乱する中で、先に口を開いたのはイオリだった。

 

「……どういう意味だよ、それ」

「言葉のままですよ。誰かに見られてると肌がチリチリするとか、そういう話はよくあるでしょう?どうも私はそれが人より鋭いらしいんです」

 

 戸惑いながら、僅かに小刀を下げた風見は言った。

 理解されるとは思っていない、しかし事実はそうであるから仕方がない。そう言いたげな声音だった。

 

「肌感覚が鋭い……って言うのは違いますか。第六感とでも言った方がいいかもしれないですけど、視線なんて本来肌で感じるものでは無いですし」

「……なんだそりゃ。第六感なんて、結局は経験からくる無意識の予測だろ。そんな迷信(オカルト)でここまでの動きができるはずがない」

 

 怪訝な顔でイオリは首を傾げる。

 カオス理論さえ完璧に証明した現代であっても、人間の第六感というものは実証されていない。人体の神秘、などという綺麗じみた言葉で夢を見るのは個人の自由だが、神秘を殺し尽くしたとまで言われる時代にそれを公言するのは狂人とほぼ同じだ。

 

「確かに。そう見られても仕方ないと思いますよ」風見はまず初めにそう認めた上で、「第五次産業革命(フィフスブレイク)が起きるよりずっと以前、ある実験が行われたそうです。無作為のタイミングで千回、背後から視線を送り、それを答えさせる実験。結果、視線を感じるという現象は迷信(オカルト)として実証された」

「……だから?もうその時点で結論出てんじゃん」

「そうですか?()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 イオリの嘲笑うような言葉に対して、断ち切るように風見は言った。

 

「二〇%なら気のせいでしょう。三〇%でも切り捨てていい。けれど、半分。五〇%の確率は本当に無視できるものなんでしょうか?」

「……、」

「第六感は迷信(オカルト)として切り捨てられたんじゃない。迷信(オカルト)として切り捨てるしかなかったんです。説明のつかない現象を、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唄うように。本当になんの気負いもなく。

 常識を、明確に否定する。

 

「そして。その実験を一〇〇%の確率で成功させたのが私です。見られているかどうかだけではなく、どこを見られているのかまで含めた一〇〇%として。それは相手が人でも機械でも関係なく。特に人は感情が目に出やすい生き物ですからね、敵意を持って見る時は急所を、好意を持って見る時には顔や手足を……と、まあ色々ですけど。そこまで分かれば内面を推し量ることも無理ではありません」

 

 ……当然の話ではあるが、イオリに彼女の話は納得できなかった。

 実験だ確率だと言われたところで、今まで当たり前だと思ってきたことを唐突に否定されて、はいそうですかと簡単に頷けるわけがない。

 ただし。

 彼女の話が本当であれば、今までの行動にも全て説明が着いてしまうのも事実だと、理性が先に認めてしまっていた。

 だからこそ、

 

「……意味わかんねえ。そんな奴相手にしてられるかよ、バカバカしい」

 

 銃口を下ろした彼は、吐き捨てるように呟いた。

 安堵していた。

 正真正銘、初めて出会った『天敵』がこうも簡単に手の内を明かした事に。少なくとも彼女に敵対する意思は無いと判断できた事に、心底から安堵していた。

 そう。確かに安堵していたのだ。

 一瞬、しかし確実に。普段ならば絶対にありえないことに。ここが敵地の中であるという事も忘れて、油断していた。

 ……故に、その結果も必然だったのかもしれない。

 

 

「うん。それなりに美しい見世物だった————だが、青春は時と場所を選ぶものでは無いかね?」

 

 

 ズグ……という音がした。

 無防備に立ちすくむ新庄一織の脇腹を、強烈な光が食い破っていた。

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