目があった。その瞬間に分かった。あの少年は強い。
だから私は自ら抑えていた霊圧を解き放ち、目の前の少年を見る。少年も私と同じく刀を持っていた。身長は私の少し上くらいだろうか。そんな少年が今、満面の笑顔で私に襲いかかってきた。
互いが刀を振るい、刃が火花を散らして交わる。
凄まじい衝撃が辺りに広がる。威力的には互角。いや、私の方が僅かに押している。少年が笑みを深める。私も自然と気分が高揚する。目の前の相手が己の全力を出せる相手だと互いに認識したのだ。
◇◆◇◆◇
更木に二人の剣が交わる音が甲高く響き渡る。少年ががむしゃらに振り回す剣を少女が受け流し、反撃する。その戦いの霊圧の余波だけで、更木中の魂魄が気絶していた。
のちに更木剣八と呼ばれる少年は剣を振るう。少年の本能に従い、一振り一振りを全力で。本能にのみ従った少年の剣は、技は無いが理を押さえていた。
正史において、初代剣八卯ノ花八千流を追い詰めた戦闘能力は決して膂力や霊圧だけでは無いのだ。
対する少女も相手の剣を受け止め、受け流し、反撃する。そこにはあり得ない程練り上げられた技があった。一人の男が磨いた武は、記憶をほぼ失っても魂に刻まれていた。
◇◆◇◆◇
少年は歓喜していた。退屈な日々の中、ふと感じた強者の気配。期待しながらも、心の何処かで諦めていた。己の退屈を消せる者等存在しないと。
――それがどうだ? 眼前で刀を振るう己よりも小さな女。ソレは己の剣を受け止め、反撃し、無傷のまま己に手傷を負わせ続けている。
今まで負けること等無かった自分が。傷を負うことすら稀だった自分が。自分よりも小さなこの女に追い詰められている。
歓喜。少年の胸の内に浮かんだのは、今まで感じた事のない程の歓喜だった。
少年は剣を振るう。この素晴らしい時がいつまでも続くように願いながら。
◇◆◇◆◇
その戦いは時が経つにつれて激しさを増していく。少年少女の剣が戦いの中で互いに研ぎ澄まされ、その苛烈さを増していく。少年が斬りかかる。少女が防ぐ。少女が斬りつける。少年がその剣を受けながらも斬り返す。
いつまでも続くかに思われたその斬り合いの中で、少年の剣が僅かに少女の白い肌に届いた。
今まで穢れる事のなかった白に赤い線が走る。かすり傷ではあるが確かに少女が初めて斬られた。瞬間、少年は歓喜のあまり一瞬だけ斬り合いを忘れ動きを止めた。
――そしてその隙は、少女を前に余りに致命的だった。
次の瞬間、少年の意識は暗闇に消えた。
◇◆◇◆◇
私は眼の前に倒れ伏す少年を見つめる。先程まで、自分と死合いをしていた少年を。この少年は全力の私と斬り合い、かすり傷とはいえ傷を負わせて見せた。
――素晴らしい! なんという男だ!
この男は私の宿敵足り得る男だ。実力、そして戦いの中成長できる成長性、共に期待できる。
何より、この男は将来【最強】に最も近づく。そんな予感があった。この男の果てを超えてこそ私は最強に成れるのだ。私の勘がしきりにそう訴えていた。
私はその少年の治療をしてその場を去った。この少年とはまた巡り合うだろう。そして、この少年は今日よりも更に強くなっていることだろう。私もより高みを目指さなければ。
――さて、何処へ行こうか。ここで得られる物は十分得た。これ以上は無意味だろう。もうここに用は無い。修練を積みつつ、強者を求めて旅でもしようか。
◇◆◇◆◇
目が覚めた。咄嗟に少年は飛び起き、辺りを見渡す。自分は何故ここにいる。自分は先程まで最高の時間を過ごしていたはずだ。あの女は何処へ行った。
――そうして漸く、己の敗北を悟った。
あぁ、負けたのか。
負けるはずが無いと思っていた自分が。
一人の少女相手に何もできずに。
頬にかすり傷を一つ付けることしかできずに。
それもそのかすり傷一つに歓喜してその隙に意識を飛ばされるなど……
怒りが湧き上がる。女に対してではない。己の弱さが、自惚れが、あの幸福で満たされた時間を奪ったのだ。
あぁ、なんと度し難い。己が弱者でなければ、今でもあの戦いの中に身を投じていられたのに。あの満ち足りた戦いを続けられていたのに。思わず地に拳を叩きつける。傷口がズキリと痛み、地面がひび割れるが知った事ではなかった。
更にはあの女は、自分を殺すどころか治療を施して行ったらしい。傷口に巻かれた布を見て気付く。誰かに何かを施されるのは初めてだ。何とも言えない気持ちになる。なんというか、心がざわついてむず痒い。
――少年は歩き出す。消えた好敵手を求めて。
もう一度戦いたい。もう一度死合いたい。もう一度あの最高の時間を過ごしたい。今度こそは自分は倒れない。今度こそはあの戦いを手放したりはしない。もう、自分は弱者にはならない。そんな決意を宿し、何処に居るのかも分からないあの少女を想いながら、少年は目的地も無いままに歩いていった。
そしてその数十日後、少年にとって二人目の好敵手、卯ノ花八千流と出会うのだった。
思い付きで書くので、かなり短くまとめてしまった。反省。