ちくせう。
私はついに死神になった。
いくつも隊を兼任してるし、零席って言うよく分からない地位ではあるが、これでたくさんの温かな命を殺した償いができる。
浦原喜助との研究が終わり、自分用の寮に帰っていると、
「おお、ハクナやんけ。元気か?」
五番隊隊長平子真子が声をかけてきた。
「……元気。」
「まだ死神になって一ヶ月くらいやろ。仕事には慣れたか?」
経験上、ここまで会話を広げようとするときの平子は、十中八九仕事をサボって時間を潰している。一応確認してみようかな。
「……もうだいぶ慣れた。平子の仕事は?」
「んなもん藍染にやらせとるわ。」
「……やっぱりサボり。」
「うるさいなぁ。俺の仕事はあいつの仕事、あいつの仕事もあいつの仕事や。そう決まっとんのや。」
何でこの人隊長なんだろう?優秀なのは分かるが、明らかに隊長として問題がある。
「そうや。藍染といやぁオマエ、他の隊長や副隊長の斬魄刀の能力は見に来たのに何で藍染の斬魄刀の能力だけ見らんかったんや?」
話題を逸らされた。まぁ私に被害が出る訳でも無いし、サボりの注意は他の人に任せよう。それと、藍染惣右介の話か。あの人はなんというか――
「……嫌な予感がした。」
「勘か?」
「……それもある。後、雰囲気が胡散臭い。少し怪しい。」
「オマエもそう思うか。」
どうやら平子も藍染惣右介を疑っていたようだ。あの様子なら随分前から疑っていたのだろう。藍染惣右介に対してかなり警戒している。この分なら忠告する必要は無さそうだけど、一応言っておこう。
「……気をつけてね、平子。」
「お? なんや、心配してくれるんか? やけど心配いらんわ。俺を誰やと思っとる。藍染ごときに遅れはとらん。」
「……後、仕事はちゃんとして。」
「お、おう。前向きに善処するわ。」
釘を刺した私に対して、視線を逸らし、逃げるように去っていく平子の後ろ姿を、私は嫌な予感を胸に抱きながら見送った。
それにしても藍染惣右介か。一体何を考えているのだろう。私は、藍染惣右介を疑うきっかけとなった数十年前の事件と、その時に知りあった白髪の少年と胸のおっきな女の子を思い出した。
◇◆◇◆◇
数十年前、更木達が寝静まった夜更けに、ハクナは不思議な霊圧を感じ、目が覚めた。
霊圧の発生源に行ってみると、道中眼鏡を掛けた男とすれ違った。直感で眼鏡の男の実力を察した私は声をかけようか迷ったものの、ひとまず弱まっている霊圧の下へ向かう。
目的地に着き、衰弱し気絶している胸の大きな少女とそれを抱きかかえる少年を見つけた。
少女はとても弱っていて、微かに感じる霊圧はどんどん小さくなっていた。ハクナは二人に向かって駆け出す。
「――誰や…? 奴らの仲間か…?」
少年が警戒したように言う。
「……奴らって誰か知らないけど、私は中野ハクナ。そこの胸おっきな子を助けたい。」
「! 助けられるんか!?」
少年が期待したように言う。
「……分からない。でも、やれるだけのことはやる。」
そう言って、少女に向けて手を向けるハクナ。そして、自分の霊力を少女に与え始めた。
―――この時、4つの奇跡が起きた。
それは、ハクナが霊圧を操る訓練でやっていた体内での霊力の操作を、初めて体外で成功させたこと。
少女こと松本乱菊が体内の【霊王の爪】と魂を失って時間が経っていなかったこと。
藍染惣右介が去った後だったこと。
そして、
その結果、
「……やった。」
正史とは違い、松本乱菊はハクナの霊力を代用することで魂が完全な形で回復した。もちろん奪われた霊王の爪は戻らなかったが、正史よりも影響の少ない形で回復することに成功したのだ。
「ホンマにありがとうございます。」
少年が頭を下げる。
「……気にしないで。二人の名前は?」
「僕が市丸ギンで、ソコの眠ってるのが松本乱菊です。」
「……そう。それでギン、これからどうするの?」
すると市丸ギンは、鋭い眼光で
「乱菊をこんな目にあわせた奴らを殺します。」
と、覚悟を口にする。細い瞳が開かれ、青い瞳がハクナを映す。
ハクナは、その顔をよく知っていた。その顔は、昔親や町の人たちを殺し、その償いのために生きて、償いのために死ぬ事を誓った自分によく似ていたから。
――だからこそ放っておけなかった。
「……復讐が悪いとは言わない。けど、それにとらわれない方がいい。」
だからこそ、忠告するのだ。
「え?」
「……乱菊がそんなことになって悔しいのも分かる、自分の無力が悔しいのも分かる。だけど、乱菊は無事こうやって生きてる。ギンは乱菊を悲しませたいの?乱菊に、自分と同じ無力感を味わわせたいの?」
「違う。けど、僕は乱菊に笑って欲しい。乱菊は僕が居らん方が、僕が乱菊の悲しみを陰から取り除いた方が、笑えるはずやから―――」
「……それを決めるのはギンじゃない。乱菊。」
「それは――」
「……私は、復讐を止めてる訳じゃない。乱菊の想いを、自分の価値を、考えて欲しいだけ。」
「…なんでや。なんで僕にそんなことを」
「……貴方はまだ、失ってないから。手遅れじゃないから。それに、過去に囚われて生きるのは、つらいことだから。」
◇◆◇◆◇
市丸ギンは、去っていく中野ハクナの背中を見送る。自分の最も大切な人を救ってくれた恩人の背中を。
ギンは、さっきのハクナの言葉を思い出す。何も言い返せなかった。あいつらに復讐する気でいっぱいだった自分。それは今も変わらない。
だけど、彼女の言葉はギンの心に深く残っていた。
(……あの人、悲しそうやったな。)
ギンは思う。ハクナの最後の言葉には説得力があった。
そして、それを言っている彼女の顔は辛そうで悲しそうだった。
(あの人も、笑ったらきれいなんやろうな。)
ギンは思う。ハクナを、心の底から笑わせてあげたい、ハクナの心の底からの笑顔を見たい、と。
(乱菊。僕、夢が一つ増えたわ。)
傍らで眠っている大切な人の頭を撫でながら、ギンはそんなことを思った。
◇◆◇◆◇
時は流れ、私は流魂街をパトロールしていた。
理由は、最近起こっている魂魄消失事件だ。最初は流魂街の魂魄のみが消えていたのが、最近死神達も消え始めたので、流石に護廷十三隊も調査を本格的に始めた。
魂魄が消えたという報告を受けた時点で私はパトロールを始めていたのだが、一向に犯人の足取りは掴めず、死神にまで被害が拡大してしまった。
今日こそは、と張り切って探索していると突如
すぐさま瞬歩で距離を詰め、一刀で虚を倒す。虚は最後の瞬間まで斬られたことにすら気づかないまま消滅した。
瞬殺だったけど、何か意外と手応えがあったし霊圧も不思議な虚だったな。刀を鞘に戻しつつそんなことを考える。
そして虚に襲われていた少年に声をかけた。
「……大丈夫?」
「あ、はい!」
少年は慌てたように答えた。
「……そう。よかった。」
……少年がずっとキラキラした目でこちらを見てくる。
「……何?」
「あ、あの! 俺檜佐木修兵っていいます。どうしたらお姉さんみたいになれますか?」
あぁ、自分もああいう風に虚を倒したくなったのかな。子供だからね。憧れるよね。
「……よく鍛えて、よく遊んで、よく食べて、よく寝ることが大切。がんばれ。」
そう言い残し、私はパトロールを続ける。
ああいう子どもが未来を担うんだなぁ、と少し年寄り臭い事を思いながら。