コスプレ幽霊に出会った。 作:山田教信者ああああ?
――ある日、コスプレ幽霊に出会った。
鈍色の髪が特徴的な、小学五~六年生の女の子。牡丹を連想させる紅と純白で飾られた衣装はまるで漫画やアニメの世界の服装であり、然し実戦味、とでも言えば良いのだろうか。
本能的に『本物』なのだと感じさせる風格が、その衣装にはあった。ただの布の継ぎ接ぎと言うには妙に心強く神聖で、心を揺さぶられる。
「………っ!」
非科学的な存在。少年は彼女の何も解らないのに、然し『幽霊』や其れに属するということのみを脳が理解した。
泣きそうな顔付きで街中を彷徨う彼女。ただのコスプレだ、と断言するにはあまりにも衝撃的だったのだ。そも、
――誰も声を掛けない。誰も彼女に見向きすらしない。誰も彼女を
其の事実が酷く恐ろしくて、悲しく感じてしまった。助けを求めるように泳ぐ彼女の視線を、少年以外には認識すら叶わないのだろう。
其の孤独感は絶望にも等しい。語らずとも、彼女の表情は解り易くそう物語っていたのだ。
「……だい、じょう…ぶ……?」
『……?……えっ、ええぇっ!?あ、アタシに話し掛けてるのか!?』
「……ん」
こうして、誰かに対して自分から声を掛けたのは
対した幽霊少女は、何度か辺りを見渡した後に初めて声を漏らした。驚嘆の声は暗に『有り得ない』と語っている。少年の察しは当たっていたのだろう。
誰の目にも見えない筈の少女は、然しこの世界で少年だけに見えているのだ。鈍色の髪をした幽霊の目に、一雫の光が芽生えた。
『…アタシが見えるのか?』
「……み、えないと……話し、かけれ…ない…」
『いや、そりゃあそうなんだけどさ…何だか、釈然としない…!』
「……?」
先程までの大人しさとは一転、清々しい程までに朗らかな少女だった。少なくとも少年が臆してしまう程度には。
少年は大凡のコミュニケーションを苦手とする。故に、こそなのだろうか。話を進めてくれる彼女が有り難いと同時に、物凄く迷惑に思ってもしまうのだ。無論、身勝手な感情なのは少年とて重々承知の上だ。
――これが、とある少年と幽霊の出逢いだった。
――――――――――――――――――――
『おーきーろー!遅刻するぞー!!』
少年と幽霊少女の出逢いから二年が経ち、少年は中学二年生となった。
有り触れた狭いアパートの一室。カーテンの隙間から差す日光は煩わしく顔面を照らす。少年は吸血鬼の如く呻きながら布団に潜るが、幽霊少女の声は脳内に直接響く。
瞼を擦りながら布団から出て、然し逆再生のようにまた布団内に戻った。
「……ん、起きた。………た、いへん……眠い……ゆえ、に…学校、休む……」
『んな道理が罷り通るとでも?あまり我儘言うなら、無理やりにでも――』
「チッ……悪霊……め…!」
『誰が悪霊だこんにゃろー!』
悪態をつく少年。姿こそ二年前から全く変わらない幽霊だが、人外化という面に至っては著しく成長している。少年だけに取り憑いたり、人一人程度は動かせるポルターガイストまでいつの間にか習得している始末。
少年の怠惰を尽く邪魔する悪霊にすら思えてしまう。此方が抗えないのだから質が悪い。
少年はあの時、幽霊を拾ってしまったことを深く後悔した。
ともあれ、何だかんだで幽霊少女との生活も板に付いてきた。初めは遠慮がちだった彼女も今では厚かましい悪霊化してるし、少年も中学二年と幼くしての一人暮らしなので、ポルターガイストや取り憑き等で家事をやってくれるのは素直に感謝している。
『……なあ、今日は…久し振りに
「ん、わか…って、る……バーテックス、久し振り…ぶり…」
『ちゃんと準備しろよ。お前とアタシの力だって、万能じゃないんだし…面倒事を嫌うなら大赦に正体がバレる訳にもいかない。……それに、お前まで死なせたくないからさ』
「……死ぬ前に、逃げる……から、モーマン…タイ……慢心、しない…」
『…そっか!ならアタシも安心だよ』
少年と幽霊が出会ってから二年、平穏な日常は既に潰えている。
極彩色の樹海。異形の神敵。其れと戦う幼き少女達。残酷な世界の裏側を垣間見てきた。
仮初の日常の裏には何時だって地獄が待ち構えている。少年はその事実を既に理解しているし、幽霊少女の生前はまさに当事者だった。
幽霊少女は異形の化け物によって命を落とした。故に、なのか。もしかしたら濃い因果関係なんて最初からなくて、ただの偶然だったのかもしれない。兎も角として、二年前に少年と幽霊は運命的に出逢ってしまったのだ。
「……いつ、来る…?」
『神樹様は……昼過ぎ、丁度五時間目あたりか…?…うん、それくらいに来るって。今更だけど、完全に樹海化するまでは動くなよ?他の『勇者』にバレたら目も当てられないからな!』
「………アラーム、合図……だっけ?……ん、解ってる」
『ならよし!ほーら、朝ご飯の準備するから身体貸してくれ』
「…おっけー」
――讃州中学二年生、部活無所属。
柔らかいクリーム色の髪と青緑色の瞳が特徴的な無口少年と、活発な鈍色の髪と紅の
――――――――――――――――――――
――
謎の援軍に歓喜した者、警戒心を顕にした者、怪奇な姿に戸惑った者、何故か心臓が激しく揺さぶられた者。
全員が異なる感情を抱き、
猛々しく、野生の獣を思わせる体捌き。此方の声がまるで届いていないかのように、耳すら傾けない
決して『勇者』ではなく、然し恐らくは敵ではない存在。少女達の初陣に現れた
時は数刻、遡る。
讃州中学校二年生の教室。昼休みを終え、午後の授業が開始されてから暫くしてからだ。
(んー、どうしようかなー)
ペン先をノートの上で遊ばせながら、然し授業の内容とは全く異なる事柄が頭を占める少女――結城友奈。赤い髪に似合う活発的な性格と、お人好しな性格はクラスでも好印象を持たれている。
そんな彼女の頭を悩ませるのは、彼女の所属する部活動による文化祭での出し物についてだ。
結城友奈が所属する部活動は『勇者部』。
異様感の否めない名称だが、その実はボランティア部に近い。ゴミ拾いのボランティア活動に、各方面からの依頼。猫の里親探しや幼稚園での演劇、同学校の他部活動へのスケット。
困ってる人を助ける、を信条にした正に『勇者』の如き人助け活動。
全校朝会での表彰経験もあり、同時にホームページも開設しているため讃州市でも幅広く認知されている部活動だ。
そんな勇者部に所属する結城友奈は数ヵ月後に控えた文化祭での出し物を考えてくるように、と部長から昨日に言われたばかりだ。
授業に集中していない現状で生真面目と表現出来るのかは怪しいが、彼女が勇者部に向ける思いは誰よりも強いのだろう。
だが、
「――ッ!?」
「…結城さん、授業中は端末の電源を切るように!」
「は、はい!ごめんなさい!!」
教師のお叱りと教室中から聞こえる笑い声。
突如として教室内に響き渡る
人の不安を強く刺激するような其れはサイレンとも解釈出来るだろう。
事実、友奈は自身の端末から始めて出るアラーム音に困惑を隠せない。驚愕と羞恥に頬をほんのりと紅に染めながら、携帯端末を取り出し操作を試みるが――
「えっ…な、何これ…っ」
《樹海化警報》
スマートフォンの画面には夥しく敷かれた危険表示バリケードテープと、その上に刻まれた樹海化警報の文字。どれだけ鈍くても、これが明らかな異常事態であることは瞬時に理解が及ぶ。
「せ、先生…スマホが何だか、おかしくて………先生?…えっ、えええぇぇ!?」
友奈は思わずして驚嘆の叫びを零す。
事を端的に換言するならば、
くすくすと友奈を笑っていたクラスメイトも微動すらしなくなり、担任の女性教師も呆れた顔付きで銅像のように固まる。
「何が…っ!?」
「ゆ、友奈ちゃん…?」
「っ!東郷さん!東郷さんは止まってないの!?」
困惑に頭が白く塗りつぶさせる刹那、後ろの席から震えた声が聞こえた。
耳に馴染む声は、姿形を確認するまでまもなく彼女なのだと解る。濡羽色の艷めく頭髪に、白くもっちりとした柔肌。極端に成長の著しい体付きは同じ中学二年生には見えない。
友奈の親友――東郷美森だ。正に大和撫子と言うべき少女であり、然し過去の事故により両脚が機能しない様は皮肉にも彼女を儚く魅せる。
車椅子に乗る美森は、やはり友奈と同じように困惑して焦りが表情に顕著に表れる。
「東郷さん…これって、一体――」
「……ま、窓の外…!」
「えっ……」
美森に促されるまま、教室の窓の外に目を向ける。すると、友奈の目に飛び込んできたのは
視界の届く遥か先は既に白く染め上げられ、数秒後にはこの校舎すら容易く飲み込まれるだろう。
音は無い。壁すら貫通して教室を満たす花弁に、底知れない恐ろしさを感じて背が凍る。
然し、次の瞬間には友奈は駆けていた。僅か数メートルもない距離に二歩三歩と床を蹴り、美森の直ぐ近くに駆け寄る。
「東郷さん…っ!!」
意味を成すのかは解らない。解らないのに、友奈は車椅子の上で震える親友に覆い被さった。
――世界は光と花弁に飲み込まれる。
そして、次に友奈と美森が目を開けた先には
恐る恐る開く視界には
地面を全て覆う根は何千何万と数え切れない程であり、そのいずれもが友奈な美森が小人になってしまったと錯覚するほど大きく太い。
「友奈ちゃん、此処って…ッ!」
「…樹海…?」
「樹海…樹海化警報…!端末に表示されていた文言…」
「あ、東郷さんのスマホもだったんだ…」
気の所為だと思っていたが、確かにあの瞬間。騒々しいサイレン音は二重に重なって聞こえた。考えるまでもなく、あの現象が今状況に深く関連しているのだろう。
「東郷さん!少し怖いけど…移動してみよう!私達の他にも誰かがいるかもしれないし!!」
「…ええ、そうね。何も判らない現状、動かないのは逆に危険だわ。探索して、身を隠せる場所を探しましょう」
「うんっ!」
友奈は美森の車椅子のハンドルとグリップを握ると、足速に移動を開始した。
そして十数秒が経ち、極彩色の根の後ろから少年と幽霊は姿を現した。
「………やっと、居なく……なった…」
『ふぅ、ビックリしたなー。今の『勇者システム』って思ったより煩いサイレン音が鳴るんだな!アタシ達のときは…なんて言ったっけ?なんか、鈴とか鐘みたいなのが大橋の方から鳴って――』
「し、らん……早く……往く…」
『はいよー。じゃあ、いっちょ暴れてやりますかね!』
「ん…」
実体のない幽霊と少年の身体が重なり、紡がれる。身は光に包まれ、柔らかいクリーム色の髪は鈍色に染まる。
「『show time…なん、つって…』」
――これは少年と幽霊の出会いから始まった物語だ。決して勇者足り得ない少年と、無念に身を散らした少女の我儘。
英雄譚には成り得ない。そんな物語。