コスプレ幽霊に出会った。 作:山田教信者ああああ?
――蹴撃。
其れが伊予島奈央の放てる、最高の攻撃だ。兎の衣装が関係しているか否か、バネでも仕込んでいるかの様な挙動は強力な蹴力によるモノだ。
「『……ノロマ、め…』」
勇者に性能で劣る奈央が唯一、システムを介する勇者よりも優れている点――其れは脚力だ。
脚力は全ての挙動に反映される。
上下左右に根が貼り巡れる樹海にて、弾かれるような直線挙動を高速で繰り返せる奈央は無類の強さを誇る。矢の如き速度で、
並大抵の攻撃では奈央を仕留めるに至れないだろう。無論、彼が一つでもミスをすれば自分の身を滅ぼしてしまうのだが。
『おい奈央!太い矢が来るぞ!!』
(……りょ。…蹴り、落とす…ッ!)
『ミスるなよ、悪ガキ』
(抜かせ、悪霊…!)
――銀の警告から数秒、
「『――っと…!』」
真正面だ。
奈央は矢の真正面を目掛けて地を蹴り――二度、
弾かれた矢は勇者もバーテックスも居ない方向に逸らされ、最早目を向けるまでもない。
――勇者足り得ない少年に与えられた"力"。
其れはたった二回、宙を踏みしめる程度のモノだ。大剣で敵を薙ぎ払うことも出来なければ、ワイヤーで切り裂くことも不可能。
超遠距離からの狙撃も、近距離からのバーテックスを抉る拳撃も奈央には与えられない。
空を飛ぶにも至れない、たった二回。
「『じゅーぶん、だ……』」
『奈央、あの太い方の矢は連発出来ない!ぶっ倒すなら今だぞ!!』
(ん、りょ…かい……!)
本来ならば、ここまで容易く矢を弾く事など出来なかった。正確には、弾く
現実的ではないが、
単体では奈央でも対処可能であり、
他二体を勇者が相手してくれているのは、これ以上にない好条件だったのだ。
「『――お、わらせ……る…』」
一旦地に落ちる。そして、身体を前に倒して駆け出す。距離にして数百メートル。奈央が最大速度に達するまでの
自動車の最高速度をも容易く超え、瞬きする間には
『ぶちかませ!』
(ぶち、か…ます…ッ)
「『rabbit kick』」
――単純な攻撃だ。
助走をつけて、両足で敵を蹴るのみ。単純だ。だが、単純故に強い。そも、単純だから弱いという方程式は存在しない。
射手座を冠するバーテックスは巨大な身体にクレーターを刻まれ、その身を歪ませながら後方に突き飛ばされる。
少年にはバーテックスの御魂を出現させる事は出来ない。だからこそ、修復に時間が掛かるよう徹底的なダメージを与え続ける必要がある。それも、勇者が
『……よし、奈央。勇者達も片付いたらしいぞ』
(ん、じゃあ……離れる、か…)
『そーだな!』
遠目で二つの御魂が壊され、天に残滓が昇る発光が見える。勇者達が
勇者から距離を取るため、少年は脇目も振らず駆け出した。
―――――――――――――――――
(……ここ、まで……来れば、大丈夫…か…)
『そーだなー。何処に飛ばされるのはやっぱ分かんないけど、少なくとも勇者達と被ることはないだろうね』
樹海が解ける際、勇者及び奈央と銀は現実世界に戻されるのだが、その"場所"は神力の宿る地点だ。勇者は基本的に讃州中学の近くで戦い、尚且つ戻る際の彼女達のイメージは讃州中学の屋上で固定されている為か、前記の屋上となっている。
優先されるのは戻る際のイメージと地点近辺の神力だ。以前は高屋神社だった。
『さーて、今回は何処に出るかな〜。おみくじみたいで楽しみだな』
(……調子、いいヤツ…め。……さっき、ま…で…ビビって……た、のに……)
『う、うるさいやい!』
緊張が解け、張り詰めていた神経が緩んだのだろう。姿そこ少年と重なっていて見えないものの、頭の中に響く声はいつも以上に朗らかで明るい。
ニヒヒ、と笑う姿は容易く想像出来る。沈んでいる声質は気に食わないが、ここまで調子が良いのも考えものだと奈央は呆れる。
『そ、それよりも!そろそろ戻るぞ』
(……ん)
樹海に蔓延る根は光を放ち、光の粒子となり天に還る。花弁と光の壁は樹海の端から内に向けて徐々に縮まり――全てを飲み込んだ。
「――こんちには〜」
「『っ!?』」
目の前には祠。寂れた雰囲気と、遠目に映るのは無惨に拉げ、歪み、植物の蔦が巻き付いた瀬戸大橋。夕日だけに焼かれた世界は何処かの廃退した世界を連想させた。
瀬戸大橋の近くに戻されたらしいが、それは有り得ない。奈央はそこまで讃州中学から離れた位置に来てはいない。
異常事態か、若しくは何者かの干渉でもない限りはこんな所に戻ったりはしないだろう。
――見慣れない景色に浸る間も無く、銀と奈央の意識は一人の
『……っ!何でお前が…』
(…コ、イツ……
「あれれ〜、無視されるのは寂しいよ?」
「『………』」
「久しぶりだね、兎さん」
寂れた景色に、松葉杖を携える少女が一人佇む。
右眼には眼帯を付け、左腕はアームホルダーで支えられている。右脚もまた動かないらしく、ギプスと包帯で無理やり固定されているようにも見えた。
痛々しい姿は見るに堪えず、事情を知らなければ事故にでも遭ったようにしか見えな有様だ。
「ごめんね、こんな格好で。うーん…いや、ありがとうって言うべきなのかな?兎さんがいなければ、もっと"満開"をして、もっと酷い状態になっていたと思うし」
『園子……』
銀の声は当然、少女――乃木園子には届かない。其れをまた少年の無言と受け取ったのか、園子は構わず話続ける。
「君を此処に呼んじゃったのは、もしかしなくても私だよ。ん〜、原理はよくわからないんだけとね?『来い〜、来い〜』って念じたら出来ちゃった♪」
「『……何の、用……?』」
「あ、やっと話してくれた。えっとね、別に用があって呼んだんじゃあないんだよね。まあ、敢えて言うなら二年前のお礼的な?」
『は、はは……園子のヤツ、相変わらずだな』
(……代わる、か…?)
『…ううん、遠慮する。アタシはもう死んだ人間だ。無闇矢鱈に生きてる人間に関わるべきじゃないんだよ、本来は』
銀は奈央を除き、誰とも関わろうとはしない。たとえ其れが過去の親友だったとしても、彼女の信念はそう容易く変えられるモノではないのだ。
彼女が園子と話さないのであれば、奈央が話す事も無くなる。早々にこの場を去りたいのだが、果たして目の前の
恐らく、今の勇者と比べても彼女は鍛錬を積み実戦を経験してい分、一線を画している。奈央とて愚直に逃げ帰れるとは思わない。
「警戒しないで……って言っても、無理だよね。私だって無理だもの。でもね、これだけは信じて欲しいな〜。私は私の意思でこの場に居て、大赦にも内緒で抜け出してきたんだよ?君に逢いたかったからね」
『…多分、嘘じゃないよ。園子はそんなつまんない嘘なんてつかない』
(……そっか)
相変わらず、奈央は口を開かない。然し園子は構わず言葉を続ける。
「君は何者かのなんだろうね〜?男の子か女の子かも分からないし、たぶん勇者でもない。……のに、あの時…
「『そ、の…話。長い…?』」
「あ、ごめんね。興味無い話だったかな?うーん、仲良くお話したいけど…正体も目的も解らないから共通の話題っていうのが見つからないんよね〜」
「『………帰って、いい……?』」
「……引き留めたいけど、兎さんには嫌われたくないからね。良いよ、帰っても。また呼ぶから、次は楽しく話したいね」
「『………』」
奈央とは裏腹に、園子には一切の警戒心がない。強者たる余裕か、それともバーテックスを敵視する者として一定の信頼は置かれているのか。
他人の心情に疎い彼には解らないが、きっとその両方なのだろうと銀は考える。
「『………最後、に……いい?』」
「何かな〜、質問かな?」
『奈央?』
ニッコリと微笑む園子と、声に疑問を滲ませる銀。
「『……須美、と…銀……を、どう…お、もう?』」
「親友だよ、ずっとね。忘れても、死んじゃっても。私達の絆は解けないし無くならない。あはは、きっとミノさんならそう言うし…わっしーは照れながらも肯定してくれるよ」
「『………ん、それだけ』」
「そっか。よく分からないけど、兎さんが満足したならそれで良いかな。じゃあ、また遠くない内に逢おうね、兎さん」
「『………』」
少年は返事を放棄して其の場を去った。数回の跳躍で、園子の視界からは彼の姿は消える。それでも園子は薄く微笑みながら、見えなくなった彼の背中を見続けた。
「ミノさんを宜しくね、兎さん」
誰にも届かない声は風の音に掻き消された。
―――――――――――――――――
翌日、疲れていた身体も一晩眠れば癒えるものだ。
睡魔に身を委ねる奈央を銀が叫び起こし、またいつも通りの日常が始まった。銀が憑依した奈央の身体で朝ご飯と昼ご飯の弁当を作り、ノロノロと学校の準備をする。
登校してからも、特にやることもなくボーッと過ごすのみ。ある意味では勉学に集中している学生の鏡だが、その実は頭の中で銀と話しているので授業中も教員の話など欠片も聞いてはいない。
今日もまた、そんな一日になる筈だった。一般人たる伊予島奈央は入学してから今に至るまで何も変わらず、ただ一人で淡々と過ごしているだけ――の、筈なのだが。
「…………」
「……?」
「ぁ……!……っ///」
(……おい、銀…)
『ああ、やっぱり見られてるぞ。須美…じゃなくて美森か。美森がチラチラ見てる……』
彼女とは昨日、ほんの少しだけ話しただけなのだが、何故か執拗に視線を感じる。かと言って奈央が視線を向けると、慌てて逸らされる始末。
何が起こっているのか、奈央にも銀にも解らない。
『これは、やっぱり…』
(っ!…銀、解る……のか?)
『うん、これは間違いないね。兎のぬいぐるみパジャマほ正体……美森にバレてるとしか考えられない!!』
(なっ!?……くっ、昨日……せめ、すぎた…か…!)
『かもしれないぞ…!!』
再び視線を送り、やはり不自然に顔を逸らされる。心做しか顔が赤いような気もしたが、マジマジと観察するほど銀と奈央に余裕はなかった。
幸い、結城友奈からは視線を感じない。
という事はまだ兎の正体が美森の中に留まっている可能性が高い。ならば、面倒事になる前に手を打つのが最善手なのもまた事実。
昨日と同様に、奈央は席を立ち購買の自販機でホットの緑茶を買い、然しコミュ障故に話しかける勇気が持てず授業が開始させる。
銀から責めるような視線を送られ、また昼休みに暖かい緑茶を購入して勇気を振り絞った。
「ん……」
「っ!え、あっ…な、奈央君?お、お茶…くれるの?」
「……話、ある。……良い…?」
「は、はい…!じゃあ昨日の場所で…」
拙く言葉数の少ない会話だけ通して、奈央は美森の車椅子を押し、廊下に出る。何を話すべきか、そもそも本当に彼女は兎の正体に気がついているのか。
結局は本人に聞かなければ解らない事を延々と考えながら、奈央と銀は焦りを抑えていた。
昨日と同様の踊り場に到着した奈央は、恐る恐る言葉を口にした。
「……美森、気付いて、る…?」
彼の拙い言葉に対する答えは――
「は、はい…っ///」
完全な肯定だった。
YES、YES、YES