コスプレ幽霊に出会った。 作:山田教信者ああああ?
「……美森、気付いて、る…?」
階段横の踊り場で、奈央君が恐る恐る聞いてくる。其の様子が何処か不似合いで、少しだけ和んでしまう。
昨日、何故か相談に乗ってくれた不思議な男の子。誰とも話さない彼が唯一、自分から話し掛けてくれた。
其れが、やっぱり少しだけ嬉しくて、その
――ああ、判っている。
友奈ちゃんは言ってた。もしかしたら、その人は余程のお人好しか、私――東郷美森に好意を抱いている人物なのでは、と。
だって、そうとしか思えないんだ。自分の容姿を過剰評価はしていないが、多分きっと、恐らくは暗に不細工ではないと思う。
それに、やっぱり奈央君が物凄いお人好しにも見えない。失礼な意味ではなくて、彼の寡黙さは一年生の頃からであり、その間に誰も奈央君とは話していないのだから。飽くまでも客観的な意見だ。
なら、
だとしたら、なんて可愛らしい恋愛戦術なのだろうか。小さな猫が必死に前足を伸ばして猫じゃらしを捕まえようとするような、庇護欲にも似た母性が刺激される。
だから、私は答えるんだ。彼の『気づいているのか』という問に――
「は、はい…っ///」
頬を染めながら、肯定するのだ。彼は私と同様に、確信に至っている。ならば此処で隠すのは、人として最低だ。
正しく在りたしい、清く切実に接したい。無垢な奈央君を汚さないように、私は一つ一つの言葉を噛み締めて選ぶんだ。
「い、いつ…から……?」
「昨日…かな?ふふっ、何だか顔が熱いわ…」
「っ!……やっぱ、り……ッ」
やっぱり、という言葉を用いるという事は奈央君なりにも確信はあったのだろう。だって、他でもない彼が仕向けたのだから。
「……だ、れにも……言って、ない…?」
「あら、心外ね…私は人の秘め事を言いふらしたりはしないわ?」
「っ!……良かった…」
肩を撫で下ろし、一息つく奈央君。私はそんなに信頼がなかったのだろうか。……いや、別に私に限った話ではないのだろう。
女の子は、告白紛いな事をされると友人達に相談風自慢をする。事実、私も教室でそんな話を耳に挟んだ記憶があった。
少しだけ臆病な奈央君は、『女の子』という生き物の習性とも表現出来る事を恐れていたのだろう。
そう思うと、やっぱり中性的な外見とも相まって可愛く見えてしまう。無論、男の子に可愛いと言っては傷付けてしまうかもしれないし、私の口からは言わないけれども。
「……奈央君は、どうしたいの?」
「っ!…どう、したい……?」
一定以上の好意は理解したけれども、まだ彼から直接"気持ち"を聞いてはいない。
告白をされたら、きっと私は断ってしまう。奈央君にとってはずっと前から見続けてきた存在であっても、私からすれば昨日初めて話した程度の、酷くも薄い関係。
でも、無垢な彼を傷付けたくないと思う私もいる。嫌いじゃないなら、付き合えば良い。いや、私の抱える好意はきっとまだ恋愛足り得ない。
そんな自問自答が昨日から絶えず頭の中で行われているのだ。自分でも、ここまで恋愛脳だった事実に驚いているところだ。
(………もっと、仲良くなってからなら…)
例えば、親友の友奈ちゃんと出会った同じくらいの時期から奈央君にも逢っていたら、私の気持ちももっと変わっていただろう。
でも、今の私は彼の心を持て余してしまう。何事にも優先されるのは友奈ちゃんだから、そんな私が奈央君と付き合うなんて不純としか思えない。
――ねえ、奈央君。君は…これからどうしたいの?告白するのか、それとも保留してしまうのか。どっちでも、私はちゃんと言葉で返す。
そして、奈央君は口を開いた。
「……べ、つに……だれに、も…言わなけ、れば……それで、良い…」
「っ!…奈央君、それって…」
気になる人と、少しでも話したい。好きな人の悩みを解決して、ただ助けになりたい。嗚呼、そう願い行動に移せた人が嘗ていたのだろうか。
こんなに臆病なまでの献身は初めてだ。
「…奈央君はそれでいいの?」
「?……ん、多くは……の、ぞまない…」
「うん、そっか……そんな選択肢もあったのね。こんなに哀しくて、耐え難い…」
ああ、こんなこと…私が言うべきではないのだろう。でも、言わなければいけない衝動に駆られる。奈央君を傷付けたままにはしておきたくないから、私は将来の私自身に
「…奈央君、怖いのは解るけど……諦めないで。将来のことなんて誰にも解らないし、私達だっともっともっと親密になってるかもしれない。だから…ほんの少しの『可能性』を捨てないで!」
「え、あ……うん?……は、はい…」
「これからは、もっと沢山話そうよ。私だって、まだまだ奈央君のことを知らないんだから。もっと仲良くなれば、何かが変わるかもしれないんだから…」
「……は、はぁ…ソだね…?」
奈央君は分かりやすく困惑している。うん、ちゃんと解るよ。私だって同じ立場でこんなことを言われたら、頭の中が疑問符で埋め尽くされちゃうと思うもの。
この後、少しだけ考え事があると言った奈央君を残して私は教室に戻った。どうか、願わくば…誰も傷の付かない結末になりますように。
――――――――――――――――――
『……なあ、奈央さんや。アタシ…とんでもない食い違いがあった気がするんだけど?』
「………美森、の…考えてる、こと……よく分かん、ない……」
『思春期の女子ってのは複雑なんだなー。同性のアタシにも解らないよ』
「じゃあ、オレ…にも、判ん……ない…」
前回と同様に取り残された奈央と銀は、窓枠に腰を下ろして溜息を零した。単に兎の正体について秘匿して欲しいとお願いしただけなのに、よく解らない事を真摯に語られた。
当然、阿呆二人には理解が及ぶ訳もなく。
結局の所、他の勇者には話さないという約束を取り付けただけでも十分な成果だったのだろう。色々と不味い事になっている気がしなくもないが、奈央達は目の前の問題が一旦は解決したことに肩を撫で下ろした。
「……はぁ、疲れ…た……帰ろ…」
『コラコラ、待ちなさいっての。まだ午後の授業があるっての。アタシがいる限り、理由もなくサボるのは認めないからな!』
「…悪霊、め…!」
『悪ガキが何を言うか。そんなんだから阿呆なんだぞ、阿呆奈央』
「ひ、とに……言えない、だろ…阿呆銀…め…」
『何だとコンニャロー!』
少年と幽霊の喧嘩は踊り場にて静かに響いた。通りかかる生徒がいなかったのが、せめてもの救いだった。
――――――――――――――――――
「ねえ、東郷さん。樹海に出た兎って誰なんだろうね?」
放課後になり、結城友奈と東郷美森は勇者部部室に向かう。ドアを開き先輩と後輩に元気に挨拶を交わして、またいつも通りの時間がゆったりと流れる部室でのんびりと過ごす。
そして、唐突に話題にあがったのは件の兎の着ぐるみパジャマだ。
「兎、ね……私はまだ見てないから、よく分からないかな。風先輩と樹ちゃんは見たんですよね?」
「あー、うん。まぁね。なんて言うか…寡黙?……話し掛けたけど、全部無視されて一方的に命令されたわね。敵ではないと思うんだけどね」
「兎さんは可愛いから、きっと味方だよ?」
「おうマイシスターよ、綺麗な薔薇には棘があるってご存知?あの兎も、一皮剥けば見境のない狼に…」
「もー、風先輩!茶化さないで下さいよ〜!」
「あっはっは、ごめんごめん」
茶化してはいるが、その実は結局不明の二言に尽きるのだ。大赦からも不明、調査中と暗にそう告げている長々しい文章が返ってくるのみ。
実際に話した風にも、正体どころか性別さえ分からなかった。
「寡黙か……」
「東郷先輩?何か思い当たる節でも…?」
「あっ、ううん。そうじゃないの。寡黙って言葉が似合うお友達が出来て、その人の事を少しだけ考えていただけ」
「寡黙、寡黙ねぇ。アタシも元気いっぱいな寡黙キャラだけど、やっぱ兎の考えてる事は解らんわね」
「お姉ちゃん…たった一言で矛盾してることに気付いてる?」
取り敢えず、女子力を際立てる言葉は自身に取り入れる習性のある風。妹に痛いところを突かれ、誤魔化すように笑った。
真面目に兎について考察を重ねてみたものの、そもそも情報が極端に少ないのだ。戦闘風景をマジマジと観察する余裕はなかったし、言葉だって交わしたというよりはぶつけられたに等しい。
人間だ、と言える根拠すらないのだ。もう適当に妄想を並べるしか勇者部には出来ない。
「ふっ、アタシが思うに…アレはバーテックスの亜種ね!」
「でもお姉ちゃん、大きなフードの中身はちゃんと人間だったよ?顔をちゃんと見れなかったけど…」
「じゃあ勇者!」
「風先輩、大赦の『勇者システム』を介していない以上は『勇者』と呼称するべきではないかと…そもそも、大赦側も把握出来ていませんでしたし」
「あーもうっ!じゃあ迷い込んだ一般人!!」
「ふ、風先輩!一般人はバーテックス相手に圧倒出来ませんよ!?……たぶん」
「はい、お手上げよ。お手上げったらお手上げー!」
風の思いつく限りのアイデアを尽く論破される。と言うよりは、そもそも中学生が思いつく程度の答えならば既に大赦が解決している筈だ。勇者システムこそ大赦の編み出した物なのだが、樹海化やバーテックス等々に関しては完全に神しか手の届かない領域だ。
あの兎を神だとは誰も思わないが、何らかの方法で勇者と同様に神の力の極一片を扱っているのは想像するな難しくない。
「はいはい、そんなことより依頼が溜まってるわよ。海岸清掃のボランティアに猫の里親探し、この前の休日に人形劇をした保育園からもまたやって欲しいって依頼が来てるわ」
「え、そんなに来てるの…?」
「あはは、一昨日と昨日はバーテックスが来てて忙しかったからね。よーし、結城友奈!本業の勇者部活動に励む所存でありまーす!!」
「ふふ、友奈ちゃんは今日と元気ね。友奈ちゃんを見習って、私も頑張るであります」
「わ、私も頑張ります…!」
「元気いっぱいで何よりだこと。じゃあ早速、アタシと友奈はゴミ拾いに行くわよ!樹と東郷は猫の里親探しのチラシ作成と、ホームページに掲載。ついでに悩みのメールが何通か来てるから、出来る限り返信ヨロシクね!」
「「「了解!」」」
結局、兎については何も分からない。でも敵では無いのだし、バーテックスを倒してもいた。ならば態々詮索して溝を作る必要が何処にあろうか。
好奇心は猫をも殺す、とも言う。君主危うきに近寄らず、正体不明ならば、もしかすれば下手に手を出すべきではないのかもしれない。
(……あ、そういえば…あの兎。薄いクリーム色の髪だったわね。……まー、別にいっか!そこまで珍しい髪色って訳でもないんだし)
小さなヒントを思い出し、然し風は依頼に集中しようと意識を塗り替えた。