コスプレ幽霊に出会った。   作:山田教信者ああああ?

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憧れ

 

―――生きるのは苦手だ。

 

…いや、違う。ただ嫌いで、逃げたいだけだ。生きる事を完全に放棄して、何も無い死という概念にひたすら魅力を感じていた。

虚無は安らぎだ。苦という概念がないだけで死後が楽園にも思えた。

 

生に希望を感じている銀とは逆なのだろう。オレも悪霊も、自分とは程遠いモノに憧れているだけなのか。少なくともオレは死を安堵と捉えている。

 

 

あの日もそうだった。

 

二年前だ。家に居るのが嫌になって、血縁上は両親と呼ぶべきあの人達からただ逃げたくて、最低限の荷物だけをズボンのポケットに詰めて家を出た。

目的地なんて無い。敢えて言うなら、適当な道路で車にでも轢かれたい。通り魔に刺さてもいいし、急に心臓発作が起きたって良い。

 

自害以外でなら、いつ死んでも良かった。

死にたいのに、苦しいのは嫌だ。そんな我儘が罷り通る訳もなく、惰性的に今も生き続けている。

 

 

――()()を見つけたのは本当に偶然だった。二年前のあの日、オレが見たのは、自動車に轢かれた猫だった。もう息絶えているのは明らかであり、態々近寄って確認するまでもなかった。

元より讃州市には猫が多いし、珍しくないと言えば嘘になるが、容易く想像できた光景だ。

 

みんな、目を背けている。

 

駆け足のサラリーマンも、休日を謳歌する女子高生も、買い物に赴く主婦も、携帯端末に目を向けていた青年も。

チラリと猫を見た後、不自然なまでに別方向へ目を向ける。

 

ただ()()()()()からだ。赤黒い血の滴る死体は気味が悪いのだろう。血で服が汚れたら嫌だ、変な菌でも付いてたら大変だ、他の誰かが処理するだろう。

そんな言い訳が顔面に浮かんでいる。オレもあの猫と同じく車に轢かれたら、扱いも同じなのだろうか。

 

他の奴らと同じく、オレもそっと目を逸らす。口々に可哀想だのと言いながらも何も出来ない。オレも奴らも、同じく屑だ。

非難なんて出来ない。アイツらの気持ちが分かってしまうから、オレも屑の同類だった。

 

だからこそ、()()が嫌に目に残ってる。

 

見覚えはあった。薄い人混みをひょいと避けて前に躍り出た彼女は、話した事こそ皆無だがクラスメイトではあった。

 

「っ…!」

 

さも当たり前かのように、猫の死体に近寄り手に持つ布で包む()()。同情の深い泣きそうな顔で猫を運ぶ少女。鮮やかな赤髪は未だ記憶にこびり付いている。

 

その後の彼女が猫をどうしたのかは分からないが、悪いようにはしていないだろう。

幼い頃に読んだ『勇者の物語』の主人公だったら、きっと赤髪の彼女と同じ行動に出ると思った。

 

オレはその光景を呆然と眺め、また歩き出した。死ぬとしても、他人にあんな表情はさせたくない。そんな事をふと思いながら讃州市を離れ、瀬戸大橋の近辺に向かった。

 

そこであの悪霊に出会い、あの少女みたいに死者へ慈愛を向けようとして……自分の愚かさにほとほと呆れながら今に至る。

 

所詮、そんなモンだ。

 

自分の『程度』だなんてたかが知れていた。何も成せてないし、何も得ていない。こんなの、二年前から全く進歩していないに等しい。

戦える力を手に入れても、オレ自身は何も変わらない。強大な力があっても、適応して変わることの出来ない自分自身が大嫌いだ。

 

朗らかな幽霊と共に過ごしても、自分の陰険さが際立つだけだ。縋って、依存する。其れを自覚する度に言葉に出来ない嫌悪感に襲われる。

 

 

…でも、最近は少しだけ生きていたくなった。あの幽霊がいるから、自己満足でも"誰かの為に生きる"という行為に身を委ねられる。

もしかしたら、これも勝手な思い込みなのかもしれない。この世で三ノ輪銀を認識出来るのは自分だけだから、生きて彼女を世に証明し続けなければいけない。

 

ああ、生きる理由を誰かに押し付けるのは楽だ。生を肯定されて、死を否定されるのはやっぱり煩わしくて、でも必要とされている事実に喜びを感じてしまう。

 

死にたくても、死なせてくれない。それどころか希望を感染させてくる始末。

 

やはり歪んでいる。その歪みを嬉しく思ってしまうオレは、あの日見た赤髪の彼女とは相容れないのだろう。

 

 

……やっぱり、三ノ輪銀は悪霊だ。

 

―――――――――――――――――

 

『――ということで、次の襲来までは時間があるかもしれない。多分、一ヶ月くらいは』

 

「………ん、りょ…かい…」

 

『よって、勉強しなさい。テスト一桁は洒落にならん』

 

「…義務、きょーいく……だ、から…モーマンタイ」

 

『大丈夫な訳があるかー!!』

 

三体のバーテックスが襲来してから数日、日曜日のアパートの一室に銀の声が響く。奈央にしか聞こえない其れも、心做しか窓を揺らしていた。

低度のポルターガイストでも込められていたのだろうか。どうでも良い事をボーッと思いながら、奈央はノロノロと敷き布団を準備する。

 

昼間とはいえ、日曜日だ。怠惰を貪るにこれ以上適した日もないだろう。

 

『寝るなー!』

 

「……うっさ…」

 

『えーい!数学四点のお前に口答えする権利なんてなーい!!やれば出来るんだからやる気出せよ!』

 

「………今は、まだ…その時…じゃ、ない…」

 

『聞き飽きた文言ドーモ。勉強しろ』

 

伊予島奈央は、自他共に認める阿呆ではあるが地頭が悪い訳ではない。多少血筋も関係しているが、言わば『やれば出来る子』と言える程度には秀才だ。

戦闘面においては其の素質が大きく出ている。脚力以外は勇者よりも劣るスペックでバーテックスを圧倒出来ているのは、他でもない彼の自力だ。

 

テストの点数一桁台というのは、そもそも授業内容を欠片も聞いていないからに他ならない。そも、いくら秀才とはいえ知らない事を導き出すのは不可能。

 

結果、其処に在るのは秀才な阿呆だ。

 

『はぁ…もーいいや。次のテスト期間、覚えてろよ…!一夜漬けさせてでも高得点取らせてやる!』

 

「……よゆー」

 

『余裕なら普段からやれよ…まー、阿呆じゃない奈央なんて想像出来ないけど』

 

「な、んだと…この、悪霊…め…」

 

『はいはい、どうせ悪霊ですよーだ。あ、外出の準備してくれよ。色々と買い足したいし!』

 

「……りょーかい」

 

幽霊に促されるまま、奈央はノロノロと着替えを始める。生活力皆無で、家事の全てを銀に憑依してもらって初めて一人暮らしが成り立つ現状。

面倒臭がり屋の少年も出来る限りは物の買い足し程度は手伝う様にしている。そも、幽霊の銀では買い物など儘ならないので初めから奈央が彼女の指示に従う必要があるのだが。

 

外出の準備と言えるほど大層なモノでもないが、外行きのパーカーを羽織る。寝癖を水で濡らした手で整え、履き古したシューズを履く。

 

「……何処、行く…?」

 

『んー、ちょっと遠くのスーパー。あっちの方が色々と安いし、休日なら歩いて運動しろ』

 

「…面倒臭い」

 

『でも行ってくれるんだろ?このツンデレめ』

 

「……うっさい…」

 

『ははっ、なーに照れてんだよ。似合わないなぁ』

 

「塩、撒くぞ…ッ!」

 

『お前の沸点、よく分かんないんだよな』

 

呆れたような銀の視線を背に受けながら、外に出て部屋の鍵を閉める。

 

ふわふわと目の前を浮遊する紅い勇者姿の少女に付いて歩く。目的地のスーパーマーケットまでの道なんてあまり覚えてはいないが、こうして導かれるのも慣れたものだ。

 

住宅街を越え近所の川辺を通り掛かる最中、チラリと()()()()()が視界の端に映った。

 

「……?」

 

『ん?あ、美森と結城さんだ。休日だし遊びにでも行く最中なのかな』

 

「……さあ?」

 

特徴的な朗らかで明るい赤髪の少女と、車椅子に乗る濡羽色の髪をした少女。結城友奈と東郷美森だ。私服姿なので、某部活動の最中ではないのだろう。

私情ではどうでも良いクラスメイトだが、相手が勇者であるのであれば話は別だ。

 

特に、東郷美森には奈央の正体がバレていると、奈央は認識している。故に気まずいと言うべきか、あまり積極的に関わりたい相手ではない。

 

そっと踵を返し、別の道を通ろうとしたが――

 

「あっ、奈央くんだー!こんにちは!」

 

「………げっ……み、つかった…」

 

「あら、奈央君ね。こんにちは……って、あれ?友奈ちゃんと奈央君ってお友達だったの?」

 

「うーん、あんまり話した事はなかったよね?でも幼稚園からずっと同じクラスだったんだー。いわゆる、幼馴染って言うやつ?奈央くん、どうなのかな?」

 

「…し、らん…」

 

『えっ、そうだったのか!?幼馴染だったなら、なんか一言くらい言ってくれよなー』

 

銀は驚きの声を上げ、その後に美森も少し遅れて反応する。急な情報で混乱したのだろう。事実、彼女の親友である美森も、奈央と共に過ごしてきた銀も初耳だ。

無論、奈央も友奈もお互いを幼馴染と認識していなかった事もあるだろうが。

 

お互いに昔から知っていても、不思議と関わることのなかった。性格も性別も異なるのだから、仕方がないとも言えるが。

 

「そうなんだ……知らなかった」

 

「奈央くんは…なんて言えばいいのかな?うむむ…ずっと同じ教室にいる存在っていうか、私からすれば教室の一部みたいな感じだったからね」

 

「ん、結城も……ずっと、視界の……端に、いるヤツ……だった」

 

幼馴染というにはあまりにも関わりがなかったが、全く話した事がない訳でもない。仮にも中学二年生までずっと同じクラスだったのだから、年に一言二言程度は交わす。

 

無論、幼馴染の定義にもよるが。言い方によっては昔から同じ環境で勉学を学んできたのだから、それなりに親しみもある存在だ。

 

「そういう東郷さんこそ、奈央くんとお友達だったの?」

 

「うん、ちょっと前に初めて話してね。それからお友達になったの」

 

「……?」

 

『おいコラ、そんな分かりやすく『え、オレ達って友達だったのか?』みたいな顔すんな。いつもみたいに表情筋固めろって』

 

「……ソダネ、とっても……友達、ダヨ…?」

 

『下手か!!』

 

そもそも友達という言葉に耳馴染みがない。故に、あんな少しだけ話しただけでも友人と呼べるのであれば、奈央だって五人程度は友達がいることになる。

尚、悲しい事にその五人には三人程の教員が含まれている。

 

「奈央君は何処かに行くの?」

 

「……かいもの」

 

「そうなんだー。私と東郷さんはお散歩!」

 

「気持ちの良い散歩日和だったからね。友奈ちゃんに誘われて、近所を散歩しようってなったの。奈央君のお買い物って、何を買うの?」

 

「……さあ?」

 

「え、分からないのに買い物に行くの!?あ、お母さんからメモを貰ってるとか?」

 

「っ!…………うん、そんな……かん、じ…」

 

「…友奈ちゃん」

 

「あっ、ごめん……あまり触れられたくない話題だったかな?無神経でごめん…!」

 

「べ、つに……いい…」

 

無表情を貫いていても、どうしても『親』という言葉に反応してしまう。強く蟠る気持ちは、未だ心に残り続ける。

 

不機嫌とはまた違った感情は、美森と友奈にはまるで筒抜けだった。それ故に彼女達を不安にさせ、意図せずとも雰囲気を悪くしてしまった。

他人の心情に疎い少年でも、雰囲気くらいは読める。

 

「じゃあ、急ぐ……か、ら…」

 

「う、うん!あの…何かあったら、私達に相談してね。私達、勇者部っていうところに所属してて…みんなを助ける部活だから!…奈央くんも、何かあったら来てね」

 

「ふふっ、何も無くても遊びに来てね?お茶とぼた餅は常に常備しているから、おもてなしするわ」

 

「……ん」

 

事情は語らずとも、何かを察する。そんな彼女達だからこそ神樹より勇者に選ばれたのだろう。

 

其れは、やはり銀と似ていて。奈央には眩しかった。眩しくて、深く関わったら依存してしまいそうになる。だからこそ、もう関わるまいと心に決める。

純粋な彼女達に、自分の醜い心をまた覗かれたくないから。

 

彼女達の視界から逃げるように、居たたまれなくて足早にその場を去った。

 

『……あんまり気にするなよ?奈央にはアタシがいるんだし、寂しい想いなんてさせないから』

 

(………べ、つに……寂し、く…は、ない…)

 

『そっか。じゃあ気を取り直して、張り切って行こーー!!晩御飯は焼きそばな!』

 

(ん、楽しみ……に、し…てる…)

 

『ははっ、銀さんが最高の焼きそばを提供してしんぜよう!』

 

大袈裟に笑う彼女は、悩みを吹き飛ばそうとしているのだろう。有難いが、気を遣わせた事を申し訳なく感じる。

とは言え、今更それを口に出すような関係でもない。建前に建前で返し、視線を合わせず前を見据える。取り敢えず帰って寝たい。睡眠は思考をリセットするには最適だ。

 

早く買い物を終わらせようと、無意識に歩み足を速くした。

 

 

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