ガキン!!
渾身の拳が何者かに受け止められる。
黒い音符兵が構えた二本の剣が交差してルフィの攻撃を防いでいた。
口元に加えた“三本目”の剣を目にして、ルフィの口から驚愕が零れる。
ルフィ「……ゾロ!?」
* * *
モモンガ「……麦わらの一味、だと……!?」
夢遊病のようにふらつく天竜人を警戒しながらモモンガ中将はバイザー越しに目を見開いた。
悪名高き大海賊の首領とその幹部たちが、歌姫を取り囲むように佇んでいる。
中でも目の前の男”麦わらのルフィ”は、世界政府に反旗を翻し数々の土地で騒ぎを起こした極悪人だ。
それがなぜ、歌姫のライブに……!?
* * *
ウタ(もうすぐ……悪い人たちがいない、新時代がやってくる……!)
ウタは踊り歌いながら二つの世界を並行して“視て”いた。
一方では海軍を相手に民衆と海賊を操り、一方では夢の世界で音符兵を指揮する。
“ウタウタの世界”の維持にも能力を使っているため負担はかなり大きいが、無理してやれないことはない。
ウタ(……みんなが望む新時代を邪魔する悪者は、私が追い払うんだ!)
この世は舞台だ。すべてがウタのステージで一緒に踊り狂う獣。
現実も夢も意のままに、彼女は願いを唄にした。
《この時代は 悲鳴を奏で 救いを求めていたの》
《誰も気付いてあげられなかったから》
《わたしが! やらなきゃ! だから邪魔しないで お願い…》
《もう戻れないの だから永遠に一緒に歌おうよ》
* * *
黒い音符兵の繰り出す蹴りが、三節棍が、スリングショットが、無数の腕がルフィの行く手を阻む。
もうルフィにもわかっていた。こいつらは同じ攻撃を仕掛けてくる人形だ。
別行動をとっている仲間たちが無事かどうか今のルフィには分からない。しかし……
ルフィ「……おれの仲間は簡単に操られるやつらじゃねェ、お前ら全部、ニセモンだ!!!」
左の親指を咥え思いっきり空気を吹き込んで膨らんだ“ギア
ルフィ「“ゴムゴムの”~~~~!!
ドッゴォン!!
音符兵たちに向かって振り下ろす巨人の腕を、“同じ象銃”が迎え撃った。
黒く巨大な腕を掲げた音符兵が、ルフィと同じ攻撃をカウンターで放ったのだ。
激突した拳の間から衝撃波が発生し、他の音符兵たちを吹き飛ばしていく。
ウタは“ウタが視ている”姿をそのまま写し取り音符兵に変えた。だから攻撃も同じだったのだ。
ドン!! ドォン!!! ズドォン!!!
黒い象銃が二度、三度と撃ち合う振動で波紋が広がり、ウタの足元まで届く。
ルフィ「うおおおおお!!!!」
吼えながらルフィは拳を開き、黒い腕を手のひらでがっしり掴むとぐぐぐ、と前に突き出した。
力比べでせめぎ合っていた音符兵だったが、ついに押し負けて両足がじりじりと退き始める。
ルフィは腕を突き出したまま駆け出し、音符兵たちを次々と巻き込んで押し出しながらウタに迫った。
ルフィ「おおおおおおおおあああああ!!!!!」
《欺きや洗脳 お呼びじゃない》
《ただ信じて願い歌うわたし から耳を離さないで》
《それだけでいい Hear my true voice》
最期のフレーズを歌い終えた彼女は、指をパチン、と打ち鳴らす。
すると、音符兵たちの姿がぐにゃりと歪み大量の海水となってルフィに降り注いだ。
ルフィ「ぐが……ッ!!」
塩辛い水球の中で息が出来ずもがくルフィの象銃が小さくなり、武装色が消えていく。
“悪魔の実”の能力者の弱点である海水に包まれて、みるみるうちに力が奪われていった。
辛うじて首だけ外に出して咳き込むルフィに近づくと、ウタは冷ややかな眼で見下ろす。
ウタ「あんたは私に勝てないよ」
ルフィ「げほっ……おれ…は……負け…て…ねェ……!」
歯を食いしばって顔を上げ、腕を伸ばそうとするもうねうねと海水がまとわりつき力が出せない。
ウタ「出た、負け惜しみ。手も足も出ないくせに」
ルフィの頭から麦わら帽子が外され、細い指先が目の下の傷跡をするりとなぞっていく。
手を伸ばして麦わら帽子を奪ったウタはそれを小さな音符に変えると、ヘッドフォンの中に収納した。
ルフィ「かえせ……シャンクスの……帽子……!!」
ウタ「あたしが作る新時代に……あんたはいらない。じゃあね、さよなら」
ウタは数歩下がると、さっと手を振った。
ルフィを包んだ水球が急上昇すると、そのままライブ会場の外へと出ていく。
そして、ぱっと水球が消えて。
ルフィはエレジアの海に真っ逆さまに落下した。
「ウタアァァァァァァァァ!!」
ザパァン!
* * *
ガキィン!
ゾロの攻撃を柄で弾き返したイッショウは、大きく距離を取りながら叫んだ。
イッショウ「動ける者は船へ戻れ! 一時撤退だ!」
ウタの歌唱は止んだが、操られた者たちの動きは止まらない。
迫り来るのは罪なき民衆と眠らされた海兵がほとんどで、力のある海賊たちはまるで歌姫を守るように周囲を取り囲んでいる。
こちらから攻撃を仕掛けなければ無理に襲ってこないことだけが救いか。
ボルサリーノ「おやおや~? 随分と早いお帰りだねェ~」
武装偵察班が這う這うの体で戻ってくる姿をボルサリーノは肩を竦めて出迎えた。
イッショウ「……面目次第もございやせん。兵の半分を奪われてしまいやした」
ボルサリーノ「半分~?ほぼ壊滅状態じゃないの。そんなにあの歌姫は強いのかい~?」
戦争ならば撤退を考える局面だが、これは制圧作戦であり討伐対象は歌姫ウタただ一人のはず。
モモンガ中将から説明を聞いたボルサリーノは顎に手を当てて考え込んだ。
ボルサリーノ「こりゃ、あの人が黙ってないねェ……」
* * *
しとしとと雨が降る中、ウタはステージに立っていた。
周りには眠っている観客と海賊、そして新たに眠らされた海兵たちがゆらゆらと身体を揺らしている。
大勢いた海兵たちはいつの間にか撤退し、ウタに攻撃を仕掛ける者は誰もいない。
ウタ「……ハァ、……ハァ、……は、はは……」
激しく踊り歌い疲れた息を整え、天を仰ぐと、自然と笑いが零れた。
ウタ「アハハ、アーッハハハハハ!!!ハ……! ゲホッ、ゲホガハッ……ゥ…ェ…ェッ」
凄まじい疲労と眩暈にふらつきながらウタは咳き込んだ。胃の中を空にしても治まらない虚脱感に意識が闇に落ちそうになるが、
咄嗟に握りしめたナイフの刃の痛みで正気を取り戻す。
ウタ「……ハァ……ハァ……ね、ズキノコ……食べなきゃ……」
ステージ端に置いたバスケットにふらふらと近寄りしゃがむと、喉を潤す飲み物もないままキノコを齧って飲み込んだ。
ズキズキする頭の痛みは治らないが、辛うじて意識は保っていられる。
ウタ「……まだ、終われない……」
“ウタウタの世界”でのライブはまだ終わっていない。新時代の到来まで、ウタは歌い続けなくてはならない。
自分で用意した最高のステージで歌い切り――命が尽きるまで。
……時は刻一刻と過ぎていく。
ライブが始まって5時間――――ウタは“何か”を待っていた。
* * *
――エレジア近海
穏やかな波が立つ海の中。ルフィは必死でもがいていた。
ルフィ「がぼ…ぶはっ! がは…っ!」
ここは夢の世界であるにも関わらず、現実と同じように溺れてしまう。
無意識に動かす腕が、脚が、光に包まれていくのが見えた。
ルフィは音符に包まれ身体が縮んだトラ男の仲間の熊を思い出す。
そしてウタの光を浴びたコビー、そしてブルーノが
……あいつらと同じように、自分もそうなってしまうのか。
ルフィ「ば……だれか…たすけ、ば…!!!」
もう指の先に力が入らない。
大きな波に煽られてルフィの身体が海中に飲み込まれる。
ガボガボと泡を吐いて沈んでいくルフィの身体を……
誰かが掬い上げた。
ザバァッ
「ふー……危なかったな、間一髪だ」
「おい、生きてるかー? 坊主」
自分を抱えて泳ぐ男の赤い髪から雫がぽたりと落ちる。
ルフィは腕の中でわずかに震えた。
それは……“自分が知っている”男の声だったのだから。
ルフィ「……シャンクス……!?」