ルフィ「……おっさんは、『シャンクスと赤髪海賊団は国中の財宝を奪って去った』って言ってたぞ」
ゴードンの言葉を思い出す。思えば、あの時の表情は妙に穏やかだった。
シャンクス「そうだな。あの時確かにウタは財宝を乗せて離れていく
シャンクス「そりゃあもうショックだったろうなァ。あの時のことを今でも思い返すくらいだ」
シャンクス「だがおれたちは所詮、ウタの心の一部だからな。“シャンクスと
カウンターに手をついて、俯きがちに男は言う。
ウタが知っている以外のことは自分たちにも分からない。目の前の男は……シャンクスはそう言っているのだ。
シャンクス「お前はどう思う?」
ルフィ「えっ?」
シャンクス「どうやらお前は、エレジアを出た後に“おれたち”と出会ったようだからな。お前の意見を聞いてみたい」
シャンクス「本当に“おれたち”が、エレジアを襲ったと思うか?」
* * *
しとしとと降る雨の中、ウタはステージ端に座って雨宿りしている。
少しでも体力の消耗を減らすため、座ってじっとしている他ないのだ。
“ウタウタの世界”の中ではぬいぐるみに姿を変えた観客を前に、ウタはライブを続けている。
彼らもきっと分かってくれる。“この世界”がどんなに素晴らしいものかを。
ウタ「……もう少し、あと少しで……」
――“新時代”がやってくる。
* * *
ルフィ「……そんなのわかんねェ。わかるわけがねェさ」
その場にいたわけではない、実際に見たわけではないルフィが言えることなど一つしかない。
ルフィ「ただ、海賊は自分のやったことに後悔はしないんだ」
ルフィはぐっと顔を上げて、海賊たちを見た。
――おれは おれの信念に後悔するような事は何一つやっちゃいねェ!これからもそうだ
――海賊なら自分の信念に従ってやったことを後悔するんじゃねえ
――俺が海賊の血を引いているその誇りだけは! 偽るわけにはいかねえんだ!
そうだ、自分は、自分の仲間たちは、そういう“海賊”だ。
それを最初にルフィに教えた海賊たちは……“赤髪海賊団”は、己の信念に生きる海賊たちだ!
強い意志の宿った瞳に男は……シャンクスは、安堵のような憂いのような微笑みを浮かべる。
シャンクス「……そうか」
そうつぶやいた途端、ゴゥンと音がして周囲が真っ暗になった。
ルフィ「!? なんだ、なんだ!?」
きょろきょろと見まわしていると、再び明るくなり、一同は船の甲板の上にいた。
さらに……
ルフィ「!! シャンクス、傷が……!」
顔の三本傷がみるみるうちに消えていき、今より若い青年のような顔立ちになった姿にルフィは驚いた。
しかしシャンクス自身は動じた様子もなく、服や装備を見回している。
シャンクス「ああ……また呼ばれるのか。そんじゃ、ちょっと行ってくるわ」
ルフィ「えっ? どこ行くんだ??」
ベックマン「野暮用だ。お前はその辺に隠れてろ」
ルフィ「うわっ!」
若いベックマンがひょいとルフィの背中をつかみ、空の酒樽へぽいと放り投げる。
他の一同もぞろぞろと現れて勢揃いし、甲板の上で荷や宝箱を囲み騒ぎ始めた。
酒樽の中で縮こまったルフィが渋々と様子を見守っていると。
……ほあ、ほあ! ほああぁ~~!!
不意に赤ん坊の泣き声がルフィの耳に飛び込んできた。
騒ぐのをやめたシャンクスが声の出所をきょろきょろと探し、急いで一つの宝箱を空ける。
すると、その中には小さな女の子がちょこんと座っていた。
予想外の事態に若いシャンクスはあんぐりと口を開ける。
シャンクス「え~~? お前、どこからまぎれこんだ……??」
ベックマン「まさか、あの海賊たちがどっかから攫ってきたんじゃ……」
シャンクス「ウソだろおい!」
頭に手を当てて大声を出すと、途端に赤ん坊は激しく泣き始めた。
シャンクスはあわあわとしゃがみ込み、赤ん坊をなだめようとする。
シャンクス「わかった、わかった。静かにしろ! えーと、え~~っと……」
眉間に人差し指を当て悩み込んだシャンクスは、ふと、何か思いついて口を開いた。
シャンクス「おーやーすーみ~赤ちゃーん~ しーずかーにね~♪」
口から出てきたのは調子外れの、歌ともいえない子守唄のような何かだ。
極めつけに人差し指を立てて唇に添え、しーっと仕草をする。
すると、赤ん坊はきょとんとした顔で泣き止み、更にはけらけらと笑い出したのだ。
なんとか落ち着かせられたことにシャンクスはほっと胸をなでおろす。
シャンクス「……これも何かの縁か」
ラッキー・ルウ「お頭……?」
シャンクス「何でもねェ。とりあえず近くの港まで連れていこう。何か手がかりが掴めるかもしれねェからな」
そう言って抱き上げたシャンクスの腕の中で、幼い赤子はすぅすぅと眠っていた。
それから、ルフィの見ている前で目まぐるしく光景が切り替わった。
赤子がたどたどしく自分で「うた」と名乗ったところ。
船医のホンゴウに診察される様子を全員で見守っている男たち。
寄った港の治安が最悪で赤子の手がかりを掴むどころではなかったところ。
滞在時間が短かったのに赤子のミルクだけはきっちり確保していたこと。
初めてウタが一人で歩いたところ。
ウタの夜泣きに悩まされ全員が寝不足になったこと。
別の街で子守唄を歌ってあやす女性を見たこと。
下手なりにみんなで歌って、ウタを喜ばせたこと。
また次の港でウタを降ろせなかったこと。
ベッドの上で海王類ごっこをやって、ベックマンに怒られたこと。
ナイトマーケットにシャンクスと二人でこっそり行ったこと。
口達者になったウタに全員言い負かされたこと。
お絵描き勝負で船に落書きをして叱られたこと。
また次の港でウタを降ろせなかったこと。
お菓子の食べ過ぎでホンゴウに叱られたこと。
ヤソップが教えたダンスで一緒に踊ったラッキー・ルウが目を回したこと。
スネイクの眼鏡を何度も隠されたこと。
ライムジュースが髪の毛を綺麗に結んでくれたこと。
ボンク・パンチとモンスターと一緒に楽器を演奏したこと。
ガブの肩車で天井に頭をぶつけたこと。
ウタからみんなに手紙をもらったこと。
また次の港でウタを降ろせなかったこと……
一つ一つが短い場面で、終わるとすぐ次の場面にぱっと切り替わる。
場所も船の上から宿場町へ、嵐の海へ、船室へ、また甲板へと目まぐるしい。
そんな忙しさの中でシャンクスも、ベックマンも、他の男たちも、一切疲れた様子を見せずに言葉を喋り、体を動かしている。
……まるで、旅芸人の一座の寸劇をずっと覗いているようだ。
時折その場面に出ていない人物がルフィが隠れている樽の近くにやってきて、こっそり話してくれる。
『あれはウタが記憶を見返しているんだ』……と。
記憶の中心人物であるウタの姿も赤子からすくすくと育ち、髪が伸びたり、服が変わったり、かと思えばまた戻ったりと忙しい。
記憶が飛び飛びになるのはよくあることで、ウタもまた思い出す順番がバラバラなのだろうと、そう説明された。
やがて情景は見覚えのある島へと移動する。エレジアだ。
赤髪海賊団は船を停泊させると住民に話しかけ、音楽の都を散策する許可をもらった。
街の至る所に音楽が溢れ、楽しそうな様子にウタは目を輝かせ。
そんな愛娘の様子を見守る赤髪海賊団の表情も朗らかだった。
彼らはとっくのとうにウタを自分たちの娘として可愛がっていたのだ。
街の陽気に誘われてウタが一曲歌うと、住民たちが驚きざわめいた。
町長らしき人物がチラシを見せて、城でコンクールが開かれていることを教えてくれた。
ウタは「行っていい?」とシャンクスたちを見上げ、シャンクスはせっかくの機会だからと背中を押した。
なんとウタは音楽の都のコンクールで優勝した。
娘の歌が最高であることを知っていた海賊たちは当然だと喜び、ほこらしげに胸を張った。
ゴードン「素晴らしい! きみの歌声はまさに世界の宝だ。ここには多くの専門家たちや楽器、楽譜が集まっている」
ゴードン「ぜひこのエレジアにとどまって欲しい! 国を挙げて歓迎する!」
エレジアの国王はウタを褒め称え、しきりに勧誘した。
ウタもまんざらではなかったようだ。音楽院の施設を見学し、たくさんの楽譜を興味津々に見上げていた。
シャンクス「ずいぶん楽しそうだったな。ここで歌っていたとき」
今ルフィと出番のない男たちは、シャンクスとウタが二人きりで話している様子を見守っている。
ルフィはとうに飽きてしまい、半分うつらつらと眠っていた。
そうしているうちに、シャンクスはウタに何か提案をしたようだ。
シャンクス「おれたちの前で歌うより、大勢の人たちに聴いてもらったほうが楽しかったりしないのか?」
ウタ「そんなことないって」
シャンクス「なァウタ。この世界に平和や平等なんてものは存在しない」
ウタ「ん?」
ルフィ「んあ?」
話の雰囲気が変わったのを察し、ルフィはぼーっとする頭で何とか耳を傾けた。
シャンクス「だけどお前の歌声だけは、世界中のすべての人たちを幸せにすることができる」
ウタ「何言ってるの?」
シャンクス「いいんだぞ、ここに残っても。世界一の歌い手になったら迎えに来てやる」
ウタ「バカ!」
ウタ「私は赤髪海賊団の音楽家だよ!歌の勉強のためでも、シャンクスたちから離れるのは……離れるのは……っ」
シャンクス「そうか、わかった。そうだよな。明日にはここを発とう」
涙ぐむウタをシャンクスはゆっくり抱き寄せる。
どこか安心した様子で、シャンクスはウタが泣き止むまで優しく背中を撫でていた……。
ラッキー・ルウ「くうっ、いつ見てもこの場面は泣ける……」
ホンゴウ「ウタはエレジアよりもおれたちを選んでくれたんだよなァ……!」
いい歳した男たちがおいおいと涙を隠さず泣いている。
本当にこんなやつらだったか?と首をかしげながらルフィは前に視線を戻した。
ルフィ「……あれ?」
いつの間にか場面が飛び、男たちがいなくなっていた。
* * *
ウタ「……え?」
城の寝室で目を覚ましたウタが、表に出ると。
エレジアの街並が炎に包まれていた。
風に乗って火の粉が宙を舞い、何かが焦げたような酷い匂いが辺りに充満している。
ウタはふらふらと丘の上を歩いた。
しばらくすると、包帯を頭に撒いた誰かが呆然と立っている背中が見えてくる。
ウタ「ゴードンさん……」
ゴードン「目を覚ましたのかい」
国王はウタに気づくと、静かに応えた。
ウタ「何が起きたの?……シャンクス達は!?」
ゴードン「すべて奪われた! みんな……みんな殺された!」
ウタ「シャンクスは!?」
ウタは半ば信じられず国王に詰め寄った。シャンクスたちがやられた!?
ゴードン「あいつらはきみの歌声を利用してこのエレジアに近づき、財宝を奪う計画だったんだ」
ウタ「あいつらって?」
ゴードン「……赤髪海賊団だ」
国王の口から出た信じられない言葉が、ウタに衝撃を与えた。
居ても経ってもいられず、転げるように駆け出すウタの背中に国王の声が覆いかぶさる。
ゴードン「きみもずっとだまされていたんだ! 赤髪海賊団とシャンクスに!」
嘘だ! そんなことない!
ボロボロになったエレジアの街並をウタは駆け抜け、転び、膝を擦り剝いても必死で港を目指した。
港に着くと、船はもう出航していた。
ウタ「シャンクス! 置いてかないで!」
叫びながら走り、勢いのあまり船着き場の端から飛び出すウタの小さな身体を、辛うじて国王が引き留めた。
海軍の船の砲撃を躱しながら、レッド・フォース号はどんどん遠ざかっていく。
甲板の上で、赤髪海賊団が宝箱を囲んで乾杯しているのがうっすらと見えた。
誰一人エレジアを、ウタを、振り返ろうともしない。
ウタ「なんで……なんでだよ!! ああああああぁああああああーーーーー!!!!」
喉が千切れるほどの絶叫が、暗い海に響き渡った。
* * *
ルフィ「なんだよそれ……」
それはルフィにも信じがたい光景だった。
あれだけ娘を甘やかしていたシャンクスたちが、ウタを置いて去っていくなど。
いやそれより、本当に赤髪海賊団がエレジアを……!?
ザッ ザザッ ザーーーーーッ
驚愕する間もなく、突然目の前に砂嵐(スノーノイズ)が走り、時間が巻き戻り始めた。
『すべて奪われた!』『シャンクス!置いてかないで!』『この世界に平和や平等なんてものは存在しない』
『バカ!私は赤髪海賊団の音楽家だよ!』『だけどお前の歌声だけは、世界中のすべての人たちを幸せに』
『私は、私の愚かさのためにこの記録を残そうと思う』『娘と言えどこれだけはやれねェ』『ウタ!一曲歌ってくれ!』
まるで映像電伝虫を何度も再生するように映像が繰り返され、ルフィだけがその場に取り残される。
ルフィ「お、おい……!」
映像は周囲に幾つも現れて次第に渦を巻いていき、逃げ場を失ってしまう。
ルフィ「どうしたんだ!!」
『ガキはどうして寝ない!』『お前も海賊らしいこと言うようになったなァ』『ウタ!』『こいつはおれの娘だ』
『目を覚ましてくれウタ!取り込まれるな!』『どうだウタ、上手くかけただろう』『シャンクス!怪我したの!?』
『うたはねェ、しゃんくすがいちばんすきなの』『じゃあ将来は赤髪海賊団の音楽家だな』『ウタは怪物だ!!』
『この映像を見ている人! 気を付けろ、ウタという少女は危険だ! あの子の歌は世界を滅ぼす!』
知らない誰かの声が響いた途端、周囲が再び暗くなった。
次に明るくなって見えたのは、成長したウタと先程の国王の姿だった。
ゴードン「……そうか。あの映像を見てしまったのだね」
ウタ「……ごめんなさい」
ゴードン「謝らなくていい。あれは私が後世へ記録を残すために収集していたものなのだから。私の管理が甘かったのだ」
ウタ「でも!あの映像は! エレジアを私が!!」
ゴードン「私は今でも、あれがきみのせいだとは思っていないよ。エレジアを滅ぼしたのは『トットムジカ』だ」
ウタ「だって私が……!」
ゴードン「きみはあのときそこにあった楽譜を歌った、ただそれだけだ。その場にいた私が証人だ。きみは悪くない」
ゴードン「赤髪海賊団……シャンクスも、それをわかっていた。だからきみを私に預けたんだ」
ウタ「シャンクスが……」
ゴードン「赤髪海賊団はきみを庇ったんだよ、ウタ。私はきみを最高の歌い手に育てると、彼らと約束したんだ」
『赤髪海賊団はきみを庇ったんだよ、ウタ』
ゴードンの言葉が空しくウタの心に反響する。
――私を庇って、赤髪海賊団はエレジアを出ていった。
――私が歌わなきゃ出ていく必要は無かった。
――ならやっぱり、私のせい?
――私のせいでみんな、みんないなくなったんじゃないか!!!
暗闇の中で独りうずくまるウタに無数の音符が降り注いでいる。音符が降るたびに誰かの声がする。
『おまえのせいだ』
『お前がやったんだ』
『お前の罪』
『お前が殺したんだ』
ウタを責める言葉が響くたび、その場に一人、一人と、人影が現れていく。
国王ゴードン、赤髪海賊団、シャンクス、海賊、一般市民、そして――
『こんなことして……シャンクスは怒るぞ』
ルフィ「!?」
自分の姿まで現れてルフィは驚いた。