上へ、上へ!
ルフィはひたすら上を目指して跳んでいた。その方向が正しいと感じたからだ。
跳べることに疑問を抱くことなく、ただ『できる』と信じて前を向く。それだけでよかった。
やがてルフィは天井から海の中へと突っ込み、一気に通り抜ける。
ザバン、と飛び出したのはライブ会場後方の海上だった。
ここまで来るとルフィにも見聞色の覇気で気配が掴めるようになる。
会場の方に馴染みのある気配を複数、感じ取った。
ルフィ「あいつらだ……!!」
ルフィはぱっと笑顔になり、そのまま会場へ向かおうとして……
ドォン!
突如、目の前の空に黒いインクを落としたような染みが広がった。
まわりの空気の温度が一気に下がり、気圧差で起こった風でジャケットがバサバサとはためく。
ルフィ「っ! なんだ……?」
広がった染みは徐々に空を覆っていき、やがて世界全体が闇に落ちる。
会場の中心から青黒いモヤが渦巻いて立ち上り、何かを形作っていくのが見えた。
ルフィの直感が、あれはおそろしいものだと訴えかけている。
眼前の闇から、何かとんでもないものが生まれようとしていた。
* * *
――ライブ会場裏
時は少し遡る。
作戦会議を終えた“麦わらの一味”と海賊・海軍連合は、音符兵に見つからぬようこっそり森を抜けてライブ会場へ向かった。
会場までは無事にたどり着けたが……
サンジ「……なんだありゃ?」
ナミ「海に沈んでる……!?」
柱の影から覗くと、客席全てが沈んだ水面の上でウタが一人、数十名の海兵に囲まれているのが見えた。
彼らは現実世界でウタに眠らされた兵士たちだ。
ウタ「ねえ海兵さん、もう諦めなよ。私には勝てないってわかったでしょ?」
『う…うるさい!』『だからと言って職務を放棄するわけにはいかん!』
『わけのわからん妙な力を使いやがって……』『歌姫ウタは我々が討伐する!』『おれたちをここから出せ!』
ウタ「出られないよ。みんなは私とここで、ずーっと楽しく暮らすの。それが新時代なんだよ」
ウタ「もうつらいことはないし、仕事もしなくていいの」
『黙れ!民衆を惑わす魔女め!』
兵士の一人が銃を発砲する。
しかしその弾丸は命中する前に音符になってかき消された。
ウタ「だからァ……そういうの意味ないんだって」
パチン、と指を鳴らすと、海兵たちの武器がシャボン玉に変わり次々と割れて消えた。
『な……っ!』『おれの銃が!』
ウタ「はーい静かにできない悪い大人は、歌になっててね」
四方八方から虹色の五線譜が伸び、海兵をまとめて拘束するとそのままポン、ポンとカモメのぬいぐるみに変えてしまった。
あっという間に制圧されてしまう様子に、ヘルメッポは冷や汗を流す。
ヘルメッポ「なんてこった……海軍があんなにあっさりやられちまうなんて……」
ミニコビー「海軍はウタを正式に討伐対象としたようですね。でなければあんなにたくさんの武装した兵がいるはずがありません」
ミニコビー「きっと現実世界でも戦いが起こっているんだと思います」
ロー「やつが現実世界に気を取られているならチャンスだ。一気に仕掛ければいい」
バルトロメオ「でもどうするんだべ!? こっからは距離があるし、隠れられるような遮蔽物もねェべ」
ブリュレ「ならアタシの鏡で……」
オーブン「お前が近くに行かなきゃ話にならんだろうが。それに、いざと言うときの退路も必要だ」
ミニコビー「そうですね。やはりここは……ブルーノさんの“ドアドアの実”の力をお借りしましょう」
期待の視線を浴びたブルーノは、小さく溜息を吐いた。
ブルーノ「……使えるのはせいぜいあと一回。ドアは自分の体の大きさまでだ。それ以上は難しい」
ミニコビー「ではここにいるブルーノさん、ベポさん、サニーさんとぼくの4人で奇襲をかけましょう」
ミニコビー「ウタが怯んだところへ全員で一斉攻撃を仕掛けます!」
ベポ「あちょ!」
サニーくん「サニー!」
ゾロ「奇襲作戦か、いいねえ」
ウソップ「……なあ、それなら先にウタの注意を引く役がいた方がいいんじゃねェか? おれが囮になるよ」
『えっ!?』
ウソップの発言に全員の注目が集まる。
チョッパー「ウソップ……一人で大丈夫か?」
ウソップ「なァに平気さ。ファンの気持ちとこの戦いは別だ」
ウソップ(……それに、おれの半端な覚悟のせいでルフィに迷惑かけちまったしな)
いまだ姿を見せないルフィは無事だろうか。
ウソップ(いや、きっと無事でいる!)
ウソップ(たとえ何があったって、あいつは何度でも立ち上がってきた男だ!)
ウソップは固く信じていた。
それならば、彼が帰ってくるまで自分たちのやるべきことをするだけだ。
ミニコビー「……わかりました。ウソップさんが良いと思ったタイミングで合図を送ってください」
ミニコビー「ぼくたちが飛び出した後は、ヘルメッポさんと他の海賊のみなさんが続きます!」
ウソップ「おう、任せたぜ!」
にかっと笑ってサムズアップをしたウソップは、振り返るとウタに向かって駆け出した。
* * *
『どうしてだよ、ウタ!』『ファンだったのに!』『ウタ様~!』
海兵をすべてぬいぐるみに変えたとき、そんな声がウタの耳に届いた。
いや、それ以前から観客の、民衆の声がウタに常に届いている。
『今日ライブだって聞いてたが、嘘だろ…』『あたしの赤ちゃんが!』『おい、鍋に火かけっぱなしなんだぞ!』
『船の舵どうするんだよ!』『警備の仕事が…』『陛下!陛下御無事ですか!』『キャンキャン!』
『どういうことだ…?』『映像電伝虫でライブを見てた人も、ぬいぐるみに??』『やり過ぎだよウタ!』
『駄目だよこんなんじゃ、暴君と変わらないよ!』『救ってくれると信じてたのに!』『帰りたいよォ』
『何だこれ、ただのライブじゃねェの?』『ウタって誰?』『さぁ?知らね』『歌より脱げよ女ァ!』
『ちょっと!ウタに失礼なこと言わないで!』『これだから男は!』『あんなやついらないわ!』『ア゛ァ!?そっちこそくたばれ!』
ウタ「……どうして。どうして? みんな喧嘩しないでよ……」
ウタ「“新時代”は、誰もが幸せな、平和な世界なんだよ…?」
映像電伝虫での限られた相手としか交流したことのないウタは、大勢の民衆の言葉に困惑しきっていた。
世界には、海賊に虐げられている人と、そうでない人がいることは知っている。
しかし、“それ以外の人”が何を考えているかには思い至らなかったのだ。
いつの間にか“虐げられている人”の声ばかりに耳を傾けていたから……
ゴードンも、海賊も、定期船で来る海兵たちも、こんなことは教えてくれなかった。
いや、“自分で知る”しかなかったのだ――
『ウタ!』
『助けてウタ!』
『どうにかしてよウタ!!』
ウタ「やめて……」
ウタ「もう、やめてよ……」
* * *
ドォン!ドォン!ドォン!
ボルサリーノ「おんやァ? 心なしか動きが鈍ってきたようだねェ~」
歌姫に対し攻撃を仕掛けていた“黄猿"ボルサリーノはそんな感想を洩らした。
海軍は“歌姫ウタ”を説得不可能とみなし、サカズキ元帥の命令の元、全線力を投入しウタを亡き者にしようとしていた。
攻撃対象である歌姫ウタは今、枡席の一つを陣取り防御態勢を敷いている。
ステージを囲む観客席に散らばる眠ったままの観客たちは、相変わらず海兵にまとわりつきヘッドフォンを奪おうとするが、
それ以外の攻撃を仕掛けてくるのはもっぱら操られた海兵たちだった。
イッショウ「…ッ、いい加減、大人しくしてもらえねェか…ッ!!」
コビーとヘルメッポの連続攻撃を刀一本でいなしているのはイッショウだ。
海軍大将に鍛えられたという彼らの実力は操られていようと本物だ。
腕の筋を、足の腱を斬れば動きは止まるのだろうか。いや、それでも命令によっては動こうとするだろう。
モモンガ「ハァッ!!」
モモンガ中将はオーブンとブリュレ率いるビッグ・マム海賊団の手下たちと戦闘している。
いくら彼が手練れであろうと耳を塞いだ上、操られた市民がいる中での集団戦は不利だった。
モモンガ「くそっ、歌姫め…!!」
* * *
ウタ「……っ」
現実世界で海軍を相手取るウタは、苦戦を強いられていた。
再び海兵が現れて攻撃が再開した際、“ウタウタの実”の能力で一斉に眠らせたまでは良かった。
そこから更に後続が現れ、こちらに向けて発砲し始めたのだ。
――みんなを殺すつもりなの!?
ボルサリーノ「“八尺瓊勾玉”」
ウタ「!!」
縦縞スーツの大男が大きく飛び上がって構えているのが見える。
またあの光の雨が降ってくる!?
ウタがさっと右手を振ると、緑の短髪の男が刀を抜いて躍り出た。
どういう理屈かは知らないが抜刀の勢いで光の攻撃を弾き、相手に打ち返している。
撃ち返せる範囲になかった光は、鶏冠頭の男が出した“バリア”によって観客への攻撃は未然に防がれた。
その間も光の雨は降り注ぎ、他の海賊たちがさまざまな方法で防御するが圧倒的に不利だ。
このままではいずれやられてしまう。
ウタは苦し紛れに叫んだ。
ウタ「……正義を名乗る海軍が、罪もない人を殺すつもりなの!」
ウタの叫びを知ってか知らでか。ボルサリーノは皮肉げに唇を歪めた。
ボルサリーノ「犠牲を伴わない正義などありえない」
ボルサリーノ「辛いねェ~、子供一人を止めるために何万人も犠牲にするのは」
* * *
現実世界では劣勢を強いられ、“ウタウタの世界”では民衆に咎められる。
護っているはずの人たちに責められる……その状況は予想以上にウタを蝕んでいた。
……守らなきゃ。 『ここから出せよ!』
……救わなきゃ。 『ウタお願い!おうちに帰して!』
……助けて。
……助けてみんな……シャンクス……!
「やいやいやい! プリンセス・ウタァ!!」
ハッと顔を上げると、トゲトゲした衣装に身を包んだ男がこちらにバタバタ走ってくるのが見えた。
確か見覚えがある。さっき追い払った麦わら帽子の男と一緒に行動していたやつだ。
相手をするのも億劫とばかりにウタは音符兵を生み出し差し向ける。
ウソップ「待った待ったァ! 戦う気はない!」
音符兵に囲まれてぎょっとした男は慌てて急ブレーキをかけて止まった。
開いた両手を前に突き出しているのは、これ以上は近づかないというポーズだろうか。
ウタ「……なに。何の用?」
ウソップ「おいおい何の用とはご挨拶だなァ。おれはライブのチケットを買った正当な観客だぜ?」
ウソップ「プリンセス・ウタの歌を聴きに来たに決まってるじゃねェか」
ウソップ(……さあて初っ端から大嘘ついちまったが、こっからどうする……?)
ウソップ(何でもいい、考えろ……話しながらでも考えるんだキャプテン・ウソップ……!)
一定の距離を保ってウタと対峙するウソップは、高鳴る鼓動を抑えながら務めて平静を保とうとした。
自分たちの最終目的は、ウタに『トットムジカ』を使わせること。
そのための奇襲作戦であり、ウタに危機感を与えなければならないのだ。
目的を違えてはいけない。
すー、はー、と深呼吸して、ウソップはお調子者の仮面を被る。
大丈夫、ここは自分の狙撃が届く範囲で、ウタに警戒心を抱かせない距離。読み通りだ。
ウタ「……海賊はやめる気ないんでしょ? なら私の歌なんて必要ないんじゃないの」
堂々と胸を張るウソップに敵意はないと見たのか、話し合いには応じてくれるようだ。
ただし警戒は解けていない。上々だとウソップはほくそ笑んだ。
ウソップ「なんて、って悲しいこと言うじゃねェか。プリンセス・ウタは世界の歌姫だろ?」
ウソップ「その歌声は世界中に届いてるんだ」
ウソップ「海軍にも、一般市民にも、おれたち海賊にも……それこそ“四皇”みてェな大海賊にだって届いてるはずさ」
ウタ「大海賊……」
ウソップ「知ってるだろ、“赤髪海賊団”。おれはそこの船長“赤髪のシャンクス”の側近をやってる“
“
ウソップ(まずは持ってるカードを全部見せる! らしくねェが、情報ってのは使いどころが肝心だ)
ウソップ(プリンセス・ウタに生半可な“ウソ”はきっと通じねェ。そして上手い“ウソ”ってのは真実の中にほんの少し混ぜるだけでいい)
ウソップ(あとは“
ヤソップの名を聞いたウタは、ぴくりと眉を動かした。後ろ髪がゆっくりと下がっていく。
ウソップ(よし、効いてるぞ……!)
ウソップ「おれの親父は、おれがまだ小さいガキの頃に村を出て赤髪海賊団に入ったんだ。病弱なお袋とガキのおれを置いてな」
ウソップ「そっから後のことは……ひょっとするとあんたの方が詳しいんじゃねェかな。どうだ?おれの親父カッコよかったか?」
ウタ「……」
ウソップ「……なんてな。へへっ、まあ親父のことはさておき、色々あって成長したおれも海賊になって海に出た」
ウソップ「それは決して誰かを傷つけるためじゃなく、おれ自身の夢のためだ」
ウソップ「だけどな……結果として誰かを悲しませたり、傷つけたことはあったと思ってる」
ウソップ「今の仲間たちと離れ離れになっちまったことがあって……一人で寂しいと思ってた時にプリンセス・ウタ、あんたの歌を聴いたんだ」
びっくりしたぜ。突然映像電伝虫に姿が映ったんだからな。
あん時の曲は……確か『私は最強』だったな。すげェと思った。聴いていると力が漲ってきて自分が最強になった気分になれるんだ。
《さぁ、怖くはない 不安はない》
《私の夢は みんなの願い》
《歌唄えば ココロ晴れる》
《大丈夫よ 私は最強!》
落ち込んだとき、何度も力を貰ったよ。
そん時さ、プリンセス・ウタはきっと世界を救う人なんだって、掛け値なしにそう思った。
歌でみんなに勇気を与えて、明日も頑張ろうって気持ちにさせる。
本当に辛くて立ち直れない時は、その悲しみに寄り添うことができる。
気持ちを押し殺してしまっていても、感情を揺さぶることができる。
あんたの歌にはそういう力があるんだ。
みんなが言ってる救世主ってのは……そういう“心を扶ける”ことなんじゃねェかなって思うんだよな。
ウタに世界を変えてもらうんじゃなくて、一緒に立ち上がるんだ。
そりゃそういうことが出来ないつらい環境にいるやつもきっと大勢いるだろう。
そういう時には、プリンセス・ウタの歌が心の避難所になるんだ。
現実を簡単に変えることは難しい。けれど、何かきっかけがあれば、時代は動く!
ウタ「……」
――なァウタ。この世界に平和や平等なんてものは存在しない
――だけどお前の歌声だけは、世界中のすべての人たちを幸せにすることができる
ウソップ「けどさァ、おれたちばかりが助けてもらってちゃダメだよな」
ウソップ「こういうのは助け合いだ。おれたちファンだって、プリンセス・ウタを扶けられるはずさ」
両手を広げて、ウソップは高らかに宣言する。
ウソップ「頼りきりじゃなくて、一緒に頑張ろうじゃねェか!」
ウソップ(うおおお、おれ相当恥ずかしいこと言ってるゥ~~顔から火が出るゥ~~でも止まるなァ~~~~!)
内心ダメージを負っているウソップであった。