ギイアアアアアアーーーーーーッ!!!!
モモンガ「『トットムジカ』が……!」
攻撃の後、現実世界では断末魔と共に二体の魔王の身体が消滅していった。
同時に、眠ったまま身体が動いていた観客や海兵、海賊たちが一気にバタバタと倒れ始める。
カタクリ「ブリュレ!」
妹の身体がくん、と項垂れたのを見てカタクリは急いで駆けつけると優しく抱きとめた。
カタクリの腕の中でブリュレは安らかな寝息を立てている。
カタクリ「ブリュレ……よかった……」
* * *
――“ウタウタの世界”では。
ナミ「やったの!?」
ロビン「魔王が……崩れていく……」
魔王の身体から溢れ出した大量の音符が黒い海を作り、魔王はズブズブと沈みながら崩壊していった。
崩れゆく《ムジカ》の中からウタが姿を現す。
背中に生えた黒い翼も少しずつ解け、無防備なひとりの少女がそこに立っていた。
バルトロメオ「ウタ様!……よがっ……た……べ……」ガクン
チョッパー「ロメ男!? 医者ァー!!」
ロー「落ち着けトニー屋。こいつはただの体力切れだ」
律儀にバルトロメオを診るローはチョッパーに声を掛けた後、小さく「よくやった」と呟いた。
魔王の鎧を剥がれたウタは、身体から離れていく黒い音符にそっと触れた。
《サビシイ》 《ミトメラレタイ》
《ミツケテホシイ》 《コワイ》
ウタ「……アンタもそうだったんだね」
『トットムジカ』は救いを求める誰かの心の欠片だった。
歌を愛する者の怖れや畏敬、妬み、心細さなどの負の感情が集まって生まれた魔王。
だからこそウタに寄り添い、いつもそばにいた。
負の感情は消えることは無い。だがほとんどの力はウタの無茶によって昇華されたのだろう。
薄れゆく『トットムジカ』を見ながら、ウタは瞼を閉じた。
――バイバイ。アンタのお陰で寂しかったけど、寂しくなかったよ。
“ギア
無意識に頭に手を伸ばし……そこに帽子がないことに気づくと、ぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかき混ぜる。
ルフィ「……おい!」
呼びかけに顔を上げたウタは、大股で近づいてくるルフィに気づくと目をぱちくりと瞬かせた。
ずんずんと接近する彼の表情は硬い。眉は吊り上がり、拳は固く握られている。
ウタ「あ……っ」
今の彼女は無力だ。体力ももう残り少ない。歌えば何とかなるかもしれないが、歌える隙があるかどうか。
ウソップ「お、おい……ルフィ?」
思わず声を掛けようとするが、あまりの気迫にウソップも周りの皆も固唾を飲んで見守るしかなかった。
やがて、ウタの眼前まで近づいてきたルフィは。
ゆっくり深呼吸すると、右手を大きく振りかざした。
ウタ「……っ!」
殴られる!とぎゅっと身を固くする。
ルフィはそのまま拳を勢い良く、地面に向かって振り下ろした。
ドゴン!
足元に地面があればクレーターが出来る程の衝撃が一帯にに広がる。
ビリビリとした気迫を真正面から浴びて、ウタは身動きがとれなかった。
しばらくして、顔を上げたルフィはウタを真っ直ぐ見据えて口を開く。
そして、言った。
「バカ!!!!!」
ウタ「……な……なによ……バカって……」
茫然とするウタの口から言葉が零れる。
唇はわなわなと震え、短く呼吸を繰り返す。
身体まで震え出したのでウタはぎゅっと両手で自分を抱きしめた。
喉の奥から言葉がこみ上げてくるのがもう、止められない。
ウタ「そんなの……そんなの……っ」
ウタ「バカって言うほうが、ハ゛カ゛な゛ん゛だ゛か゛ら゛~~~!!」
ウタの目から、大粒の涙が溢れ出した。
ルフィ「お前の方がバカだろ、こんな騒ぎ起こしてみんな巻き込んで……。あやまれ!」
ウタ「う゛る゛さい!!そんなのわがってるわ゛よ、なんでかいぞくのあ゛んだにいわれなきゃだんだひのよォ……!」
ルフィ「知るか!全部お前が悪いからだろ」
膝をついてわんわんと泣くウタを見下ろすのも気まずくなったのか、ルフィは胡坐をかいて座ると膝に頬杖をついた。
ウタ「わ゛た゛しわるくな゛いもん……! わ゛るいけどわ゛るく゛ないっていわれた゛か゛ら゛あ゛ああ~~!」
ルフィ「どっちだ!」
ウタ「ひっぐ、わるいっていってほ゛しか゛った……さいしょからわたしがわるいってわ゛かってたのに、ごーどんもだれもいわ゛なか゛ったァァァ~~~!!!」
ルフィ「はァ!?」
いよいよ煩くなって両手で耳を塞ぎながらルフィが聞き返す。
歌姫の声量で喚かれる叫び当然周りにも届き、全員目を丸くしていた。
ナミ「ひょっとして、あれが本当のウタ……?」
ロビン「まるで子供の泣き声ね……」
すっかり毒気を抜かれてしまった二人はやれやれと肩を竦めている。
サニーくん「サニー……」
チョッパー「あんなに泣いたら身体中の水分がなくなって脱水症状を起こしちゃうよ。大丈夫かな……」
ウソップ「いや心配するところそこか?」
ゴードン「ウタ……!」
そばに行っていいものかとおろおろしているゴードンを見て、ブルックは得心がいったとばかりに頷いた。
ブルック「ああ……そういうことだったんですね」
フランキー「あんだって?」
どういうことだと聞き返すフランキーにブルックは穏やかに答える。
ブルック「ウタさんは、きっと誰かに叱って欲しかったんですよ」
シャンクス「おいおい……そんなに泣くと目が溶けちまうぞ」
号泣するウタを持て余すルフィの元にシャンクスが降りてくる。
己の作り出した幻を見たウタは、更に涙を溢れさせると両手を伸ばしてズボンにしがみついた。
ウタ「し゛ゃんく゛す゛ぅ……」
シャンクス「ああ、ほらほらもう泣くな。可愛い顔が台無しだぞ」
ウタ「ずびっ……じゃんぐずはないででもがわいいっていっでぐれるもん……!」
シャンクス「ああ、可愛い可愛い」
しゃがんだシャンクスにぽんぽんと背中を叩かれているウタを見てルフィは呆れている。
ルフィ「やっぱり甘やかしてるじゃねェか……」
ウタ「……なによ。ガキだって言いたいの?」
ルフィ「そんなズビズビ泣いてたらガキにしか見えねェだろ。やーいガキ」
ウタ「うるさい、あんたあたしより年下でしょ!」
ルフィ「歳なんか関係あるか!やーい泣き虫!泣き虫ウタ~!」
ウタ「うううう~~!!」
シャンクス「ほらほら喧嘩すんな。な?ウタ、いつものやつ描いてやるから」
そう言うとシャンクスはウタの左手を取り、人差し指で手のひらに何かを描き始めた。
――――おっきなまるを 描きまして……
決して上手くはないが下手でもない、歌い慣れた調子で口ずさむ絵描きうた。
赤子のように泣いていたウタの涙もいつしか引っ込み、手のひらをなぞる指先を見つめていた。
シャンクス「――ほら、できたぞ。『かわいいウタちゃん』だ」
ウタ「あいかわらず……歌も絵も、へた」
シャンクス「これでも頑張ったんだぞ? 心外だな」
ウタ「……でも、これがいい。これが好き」
手のひらに描かれた見えない『それ』を、両手でそっと包んで胸元に抱き寄せる。
彼女のアームカバーに描かれたマークと同じ絵と、絵描きうた。
幼い頃からの宝物。
それを認めると、ベックマンやラッキー・ルウたちの身体が淡い光を帯び始めた。
ベックマン「もう時間か」
ラッキー・ルウ「また呼んでくれよ、ウタ」
ビルディング・スネイク「今度はもっと強い海賊と戦おうな!」
ハウリング・ガブ「またな」
モンスター「ウキィー!」
赤髪海賊団たちの身体が透けるように消えてゆき、やがて光の粒になる。
ゾロ「あいつら、幻か」
ロビン「ウタが作り出した思い出の姿……だったのかしら」
ウソップは、ヤソップが去り際にそっと目配せしたのに気づいていた。
――感動の再会は“本物のおれ”とやってくれ。
ウソップ「……そうだな、親父」
呟いてウソップは前を向いた。次に会う時はお互い成長した姿だ。
光の粒はウタの元に集まり、小さな少女を形作った。
少女はそのままウタに近づくと、抱きしめるように手を伸ばし、吸い込まれていく。
少女の姿が完全に消えると、ウタの耳当てから小さな音符が飛び出した。
ウタの目の前でくるりと一回転すると、ぽん、と弾けて、中から麦わら帽子が現れる。
ウタは手に取った帽子を見て、シャンクスを見る。
そして最後にルフィを見ると、少し不満そうに麦わら帽子を差し出した。
ウタ「ん」
ルフィ「ん、ってなんだ。ん、って」
ウタ「ごめん、かえす」
ルフィ「……おう」
釈然としないものを感じながらもルフィは受け取り、立ち上がって頭に被せる。
やっと帽子が元の位置に戻ってしっくり来た感じがした。
同じ帽子を被ったルフィを見上げていたシャンクスは……瞬きを一つして、にっと笑った。
シャンクス「俺の方が似合うな!」
ルフィがムッとして何か言い返そうすると、ウタの身体がぐらり、と傾く。
シャンクス「おっと。……眠いか?」
片腕一本で支えたシャンクスが心配そうに顔を覗き込むと、ウタは瞼が重そうに目を閉じた。
ウタ「うん……疲れたし。今にも寝ちゃいそう」
シャンクス「そうか……。なら夢はもうおしまいだな」
そう言うと、周りからザザザ…と波のような音が聞こえ始めた。
“ウタウタの世界”が崩れ始め、世界が波打つように揺れている。
端からキラキラと光る白い波が押し寄せ、一同を飲み込もうとしていた。
ブルック「あの、私たちこのまま現実へ帰れるんでしょうか」
ナミ「やだ、足元に水が!」
シャンクス「心配ない! こいつは世界を元に戻そうとしているだけだ」
眠りに落ちそうなウタを抱き上げたシャンクスが、安心させようと声を張り上げている。
シャンクス「だが、ここにいる観客も含めて全員が戻れるかは怪しいなァ。なんせ世界の七割?だったか。そんな人数が来るのは初めてだからな」
チョッパー「えっ、ええ~~っ!」
コビー「ブリュレさん、全員鏡の中に入れられませんか!」
ブリュレ「無茶言わないで!“
オーブン「とにかく、誘導できてない観客は一箇所にまとめておいた方がいいな」
フランキー「全員乗せられる船でもありゃいいんだが……」
サニーくん「サニー!」
サニーくんは今こそ自分が必要とされていると感じ、必死に念じた。
サニーくん「サ~~~ニ~~~~~~……」
なりたい自分、もとの自分、
千の夜と海を陽気な太陽のように超えていく、船!
サニーくん「サニーーッ!!!!」
ボンッ☆
ルフィ「うっはは、やったなサニー!」
見事船の姿に戻ったサニー号は心なしか誇らしげに船体を立てている。
サニー号『サニー、サニー!』
サンジ「この姿でも喋れるのか……。なんだ、全員乗せろってか?」
ゾロ「どうする船長」
ルフィ「んー……ま、いっか。おいお前ら、乗っていいぞ!」
ルフィはサニー号の気持ちを汲んでやることにした。
船長の言葉を皮切りに、ぬいぐるみ姿の観客たちがあれよあれよという間にサニー号に乗り込んだ。
オーブンとブリュレやクラゲ海賊団、バルトロメオやゴードンも含めて甲板の上がぎゅうぎゅう詰めになっている。
コビー「ルフィさんの船に乗れるなんて……ううっ、夢みたいです!」
ヘルメッポ「いや、夢だろ」
バルトロメオ「わかるべ……その気持ちまったくもって同じだべ!!」
ロー(似たようなのが揃いやがった……)
フランキー「……サニーの野郎、実物より少しばかり大きくなってやがるな?」
ウソップ「全員乗せるにはちょっと足りなかったか。でも、まァ夢だしいいじゃねェか」
甲板の上からウソップがルフィに向けておーい!と手を振る。
取りこぼしがいないことを船の外から見渡して、ルフィもサニー号に乗り込もうと腕を伸ばした。
お気に入りの船首の上に立ち、振り返ると。シャンクスが船を見上げているのが見える。
ルフィ「…………」
あのシャンクスは偽物で、夢の中だけの存在だ。現に彼の身体も淡い光を帯び始めている。
それにルフィの目にはもう――“シャンクス”には見えていなかった。
「ルフィ」
「現実のあいつをよろしく頼む」
一人の大人びた顔の女性が、眠る少女を抱いて船出を見守っている。
ルフィは応えることなく前を見据えて、声を張り上げた。
ルフィ「野郎ども、出航だ!!!」
そして――――