「うっ!」「ぐっ!」「がはっ」
船着き場だけでなく、ライブ会場にいた海兵まで次々と泡を吹き倒れていく。
壮絶な殺気と威圧感に本能的な恐怖を覚え、全身が冷たく固まってしまうかのような幻覚を見た。
コビー「あわわわわ……っ!」
モモンガ「う……っ」
コビーが尻餅をついてへたり込むのと同時に、モモンガ中将までもが気圧され片膝をつく。
イッショウは咄嗟に
ボルサリーノ「おォ~っとォ……こいつはマズいねェ~~」
ガープ「ふん、なんじゃ今頃来たのか」
ゴードンを背に庇いながら平然と立つガープ中将だが、その目つきは険しい。
* * *
サンジ「すげェ“覇気”だ……!おい!できるだけ身体を伏せろっ!」
ウソップ「ナミ、チョッパー、大丈夫か!」
ナミ「……っ、ええ、大丈夫!」
チョッパー「なんの、これしき……っ」
一瞬意識が飛びかけた二人だが、何とか持ち直してウソップの呼びかけに応えた。
それでもドクンドクンと脈打つ心臓が治まらず、ナミは両腕でぎゅっと自分を抱きしめる。
ロビンは急いで“ハナハナの能力”を解除するとナミを庇うように折り重なった。
そして違和感に気づいた。
ロビン「……この“覇気”、もしかして私たちには向いていない!?」
ゾロ「だろうな。見ろ、海兵が倒れてるのにあいつらなんともねェぞ」
ロビンの前で身構えながらゾロが指し示すのは、誘導されて船に向かおうとしていた残りの観客たちだ。
怖がってうずくまってこそいるが、周りの海兵のように気絶はしていない。
やがて“覇気”がおさまると、海軍にとっての地獄絵図がそこに広がっていた。
“白い制服”を着た海兵が軒並み倒れ、意識を失っている。
イッショウ「なんてェ指向性の強い“覇気”だ……まさか“覇王色の覇気”でこんなことができるとは」
辛うじて凌いだイッショウは見聞色で拾った周囲の惨状に寒気を覚えた。
枡席の中で仲間たちの安否を気遣いながらルフィは一人、にやりと笑みを浮かべる。
ルフィ「にしし……そうだな、忘れてた」
* * *
船着き場では、高波に揺られて軍艦がギシギシと軋みを上げていた。
泡を吹いて倒れてしまった海兵を観客の中で医療の心得がある者が介抱している。
船縁にしがみついて耐えていた一人がふと、夕日が沈む方向を見て――驚きの声を上げた。
「か、海賊船!?」
洋上に浮かぶ一隻の船。
夕日を背にして進むその姿を目にした観客たちの口から次々と驚愕の声が漏れた。
『海賊船?』『海賊?どこ??』『おい押すなよ!』『ねえ、あの帆の印…!』
『ドクロの左目に……三本傷!』
『よ……"四皇”赤髪の旗だ!!』
『赤髪のシャンクス!?』
大海賊に対する怯えと動揺のざわめきが船上に広がっていく。
ヨルエカ「そんな……四皇の海賊がどうしてここに」
青年「まさかウタを攫いに来たのか!?」
ロミィ「ウタ……!」
ウタ「……」
突然のことに頭が真っ白になっていたウタは、観客たちの心配そうな声にハッと我に返った。
みんな、みんなが怯えている。
安心させなきゃ。
ウタ「みんな――」
口を開いて、ウタは驚愕した。
言葉が出てこない。
ファンを落ち着かせるための安心材料が何もないのだ。
……私がやっつける? 無理だ。海楼石の手錠で能力を奪われてる。
……海兵さんに任せる? 何もできずに倒れていくのを今見たじゃないか。
じゃあ、じゃあどうすれば……!
ぐっと歯を噛みしめながらウタは思考を巡らせた。だがパニックになった頭では何も思いつかない。
昔の事ばかり思い浮かんで怒りや悲しみ、恨み事に感情が支配されてしまう。
どうすれば、どうすれば……どうして……!
ウタ(どうして来たの……!)
嘘。
本当は来てほしかった、はずなのに。
* * *
「浸水箇所を調べろ!」
「荷は無事か?」
「帆を畳むのは後だ、急げ!」
赤髪海賊団の海賊船レッドフォース号の甲板では、船員たちが忙しく走り回っていた。
威風堂々たる船だが、大嵐と雹の中を無理に突っ切ってきたため船体の損傷が激しく、もはや浮いているのがやっとの状態だ。
本来なら手近な港に寄っての修理が最善のはず。だが……。
ロック・スター「……大頭ァ!これ以上近づくのは危険です! 海軍の船が!」
ビルディング・スネイク「砲門はこっち向かねェよ。大方の海兵はお頭の"覇気”で倒れてんだ、ちゃんと確認しろ!」
"ハウリング”ガブ「アァ……見える範囲で倒れてないのは一般人か。たくさん乗ってるな」
赤髪海賊団の幹部たちは、ずぶ濡れのまま目と鼻の先の島を睨んでいた。
音楽の島エレジア。
かつて自分たちが滅ぼし、大切な娘を置き去りにした島だ。
ヤソップ「ありゃ、避難船だな。『トットムジカ』からライブの観客を逃がすために乗せたか」
ホンゴウ「相当な騒ぎだったようだが……おい、映像電伝虫は沈黙したままか?」
ライムジュース「ダメだな、ウンともスンともしねェ」
ボンク・パンチ「ウタの能力が解除されて、中継も切れちまったんだろうな」
ラッキー・ルウ「まあどっちにしろ、おれたちの目的は一つだ。なあお頭!」
モンスター「ウキキ……ウキッ!」
今すぐ乗り込もうと沸き立つ幹部たちを他所に、副船長は冷静だった。
ベン・ベックマン「どうする?お頭」
シャンクス「……」
* * *
イッショウ「なんてェ指向性の強い“覇気”だ……まさか“覇王色の覇気”でこんなことができるとは」
辛うじて凌いだイッショウは見聞色で拾った周囲の惨状に寒気を覚えた。
ボルサリーノ「中将の一部までもっていくとはねェ……。これが“四皇”シャンクスの覇気か……」
船着き場に現れ、倒れた海兵たちの群れを見たボルサリーノは嘆息した。こうも一方的だと話にならない。
避難船の観客と歌姫は無傷。
コビー大佐、ヘルメッポ少佐が腰を抜かしただけで済んだのは、観客の格好だったからなのだろう。
つまり、赤髪のシャンクスはこちらの状況を“ほぼ目視”可能と推測できる。
海賊船はまだ遠い距離にあるとはいえ、一瞬でこちらに飛び込んでくるような……そんな、ぞっとする恐ろしさが“赤髪海賊団”にはあった。
ボルサリーノ「こちらで動けるのは」
イッショウ「中将3名と大将2名。……モモンガ中将も無事のようで」
モモンガ「……不覚を取りました」
立ち上がって襟を正すモモンガ中将は、背中に冷や汗をびっしょりかいている。
ウタ「……!まさか、戦うの?!」
海軍の大将たちが身構えるのを目にして、ウタは思わず叫んだ。身体がふらつくが構わない。
ボルサリーノ「相手は海賊、追い払うのが当たり前でしょォ~?それとも今さら向こうにつこうってのかい、歌姫さんよォ」
ウタ「……っ」
イッショウ「市民の皆さんと、気絶したままの部下を置いて逃げるわけにはいきやせん。すまねェがこれも海軍の“矜持”ってモンでしてね」
モモンガ「ガープ中将も構いませんね?」
ガープ「そうじゃのう、久しぶりに灸を据えてやるとするか」
ウタ「そんな……」
手錠を掛けられた両手に無意識に力が籠る。
今の赤髪海賊団がどれほどの脅威かはウタには分からない。
けれど、実際に戦った大将たちやガープ中将の実力は分かる。同程度かそれ以上の力同士がぶつかれば、間違いなくエレジアや観客たちに被害が及ぶだろう。
自分のせいで銃に撃たれ血を流した観客を思い出す。
彼は応急処置と海軍の治療で辛うじて一命をとりとめたが、次も同じとは限らない。
衛生兵だってさっきので気絶して倒れている。
……止めなきゃ。
『海賊がこっちに来るぞ!』『おかあさんこわい…!』『逃げろ!』『逃げるってどこへだよ!』
『おい押すなって!小さな子供がいるんだぞこっちには!』『ウワァァァン!!』『うるせぇよ黙らせろ!』『大丈夫、大丈夫だからね!』
『子供になんてこと言うの!』『こっちだって命がかかってんだ、どけ!』『邪魔なのはテメーだおっさん!』『やめて、やめてよぉ…』
目の前の人たちを救うために、できることをしなきゃ。
……ううん、違う。私が止めるんだ!!
ゴードン「……ウタ?」
ガープ中将の後ろからウタの様子を覗いていたゴードンは、顔を上げたウタの、決意に満ちた表情に誰よりも早く気づいた。
きょろきょろと周囲を見回し、ゴードンの姿を発見すると。
戸惑いと懇願の混ざった微笑みを浮かべ、口を大きく動かした。
う、た、い、た、い
ウタ「ゴードン、わたし……唄いたい!」
ゴードン「……! わかった、少し待っていてくれ!」
モモンガ「お、おい!?」
ゴードンはその場からくるりと背を向け、モモンガ中将が呼び止めるのにも構わずライブ会場へ走った。
息せき切ってライブ会場のステージに戻ってきたゴードンは、いまだ鳴りを潜めている海賊たちに向かって声を張り上げた。
ゴードン「ハァ……ハァ、す、すまない誰か……!私を城まで運んでくれないだろうか……!」
ゾロ「は?」
ウソップ「どういうことだ?」
ようやく筋肉痛が落ち着いてきたウソップが枡席からひょっこり顔を覗かせると、ゴードンは更に言い募った。
ゴードン「頼む!事は一刻を争うんだ! 虫のいいことを言っているのは分かっている、だが、それでも私は……!」
“ROOM”
ゴードン「私は、ウタの力になりたいんだ!」
サンジ「うおッ!?」
ウソップ「びっくりした……イテッ」
いきなり枡席に現れたゴードンに一同驚く。
ロビンは視界の端にちらりと映った人影に気が付いた。
ロビン「トラ男君……?」
“シャンブルズ”でゴードンを移動させたトラファルガー・ローは、ベポと共に観客席の端で様子を伺っている。
ロー「お前らなら行けるだろう。なあ――麦わら屋」
ルフィ「あの城まで行けばいいんだな」
ゴードンの腹にシュルシュルとゴムの腕が巻き付く。
麦わら帽子をしっかり被りなおしたルフィは、ライブ会場の古びた天蓋に向かって片腕をぐいーんと伸ばして掴むと、仲間の方を振り向いた。
ナミ「ルフィ?!」
ルフィ「じゃ、ちょっと行ってくる。飛ばすぞ!」
ゴードン「うおォッ!!?」
ビュン!と猛スピードで空へ飛んでいくルフィとゴードン。
そのままルフィはターザンのように橋や建物を伝って市街地へ向かっていった。
取り残された仲間たちはしばらくぽかんと見上げていたが、やがてくすくすと笑いが起こり始める。
ナミ「まったくあいつは……いつも唐突なんだから」
ジンベエ「それがうちの船長じゃからな、ワハハハ」
フランキー「ス~~パ~~同意だぜ!」
チョッパー「ルフィとゴードンさん、お城に行って何するんだろ」
ロビン「さあ、分からないわ。でもきっと何かが変わる予感がするの」
* * *
市街地から高台、そして城へ。
街中に生えている柱や建物を伝って、徒歩移動なら数十分かかる距離をものの5分で飛び越えた二人は、エレジア城の前に勢いよく到着した。
激しい揺れと回転にゴードンの顔は真っ青になり、必死で酔いを堪えている。
ルフィ「おっさん、着いたぞ。……イチチ、やっぱ腕伸ばすとまだイテェなァ」
ゴードン「ヴ……っ、すまない……運んでくれてありがとう」
ここで吐いている場合ではない。ゴードンはルフィに腕を外されるとふらつきながら城の中に入っていった。
1階は巨大な廊下が奥まで延びており、右手側に音楽院への扉がある。
ゴードン「いつか……いつか来るこの日のために、整備しておいてよかった……」
懐から取り出した鍵を震える手で鍵穴に差し込むとと、ゴトン、と音がして扉が開いた。
そこにあったのは、巨大なパイプオルガンのような機械だ。
ゴードンは軽くホコリを払って回ると、鍵盤の横から伸びている伝声管の蓋を開けて呼びかけた。
ゴードン「ウタ、ウタ! 聞こえるかね!」