……ああ、船が小さくなっていく。遠ざかっていく。
戦いは避けられたんだ。
シャンクス……みんな、ごめん……。
やっぱり会いたかったな……。
最後の言葉を音声に乗せたウタの身体が、ふらっと後ろに倒れる。
『ウタ!』
見ていた誰もが手を差し伸べようとする中で――
ずかずかと接近したガープが片腕一本で受け止めた。
ガープ「気を失ったか……。おっと、こりゃいかん。全身が冷え切っとるわい」
ひょいとウタの身体を抱え上げると、ガープは振り返り大声で呼びかけた。
ガープ「コビー、ヘルメッポ! 聞いとるじゃろう、さっさと医療班を叩き起こせい!」
コビー・ヘルメッポ「「はっ、はい!」」
返事より先に身体が動いた二人は海兵たちが倒れている桟橋へと走っていく。
ガープは自分の船にウタを運び込むと、拡声器を持ち出して再び顔を出した。
ガープ「あー、あー、こちらじいちゃん、こちらじいちゃん。おいルフィ~~!!聞こえとるかー!!」
* * *
ルフィ「げっ、じいちゃん……!」
ゴードン「じいちゃん?」
聴こえた言葉にゴードンが振り向くと、船着き場から更に大声が飛んできた。
ガープ「いるのは分かっとる!諸手続きが終わったらとっ捕まえるから大人しく首を洗って待っとれい!!」
キーン!とハウリングの音が響いて警告が終わる。
海軍の捕縛宣言を聞いた大海賊“麦わらのルフィ”はというと――
ニッと笑って城の中に駆け込んだ。
音楽院の扉をバン!と開け『エレジア』の伝声管を引っ掴むと深く息を吸って、叫ぶ。
[そんなの聞いたら待たねェよ!!]
[おい野郎ども! ずらかるぞ!!!]
再び島中に大音量が響いた。
その声を聞いた“麦わらの一味”は。
ウソップ「やっぱそうなるよなァ~!ったく、準備しといてよかったぜ!」
船長の大号令に待ってました、とばかりにライブ会場から一目散に駆け出した。
フランキー「アウ! サニー号まで一直線だせ!」
ロビン「まだ走るとちょっと痛いわね……」
ブルック「お手をどうぞ、ロビンさん」
ロビン「あら、助かるわ。ありがとうブルック」
サンジ「ナミさん! さあ、おれの背中に!」
ナミ「ごめん、もうジンベエに乗せてもらってるから!」
ジンベエ「ならわしがサンジの背中に乗るかのう」
サンジ「えええっ!?それはムリ!」
チョッパー「ゾロ、道を間違えたらちゃんと教えるからな!」
ゾロ「ハッ、こんな短い距離で間違えるかよ」
ロー「チッ……ベポ、脱出するぞ! 麦わら屋が海軍の注意を引いてる今しかチャンスはねェ!」
ベポ「アイアイ、キャプテン!」
他の海賊たちもこの機を逃さず動き始める。
バルトロメオ「“麦わらの一味”のみなさーん!おれもお供しますべ!」
カギノテ「おいバルトロメオ、帰りの足が無ェならおれたちの船に乗ってけ!」
エボシ「途中まで送ってやるよ」
バルトロメオ「マジか!? 助かったべ~!」
ウソップ「え~っ!お前らもついてくんの?」
ハナガサ「あんだよ水くせェ、一緒に『トットムジカ』を倒した仲じゃねーか。なあ兄弟?」
ウソップ「だれが兄弟だコラ!」
フランキー「うははは!肝の座った連中だな!」
ライブ会場の方角が俄かに騒がしくなる気配を感じて、ボルサリーノはやれやれと肩を竦めた。
ボルサリーノ「ガープ中将ォ……あんたわざと言いましたね?」
ガープ「ぶわっはっはっは!!人手が足らんのはお互い様じゃろ。厄介事は追っ払うに限る」
気絶した海兵の回収や観客の保護を優先するには、海賊の存在が邪魔だ。
彼らも今回は被害者に近い。だからこそイッショウやモモンガも反論できなかった。
ただ、逃げた海賊が他所で悪さをしないとも限らないのだが……。
その辺りもこの英雄には織り込み済みなのだろう。
ガープ「それに孫のことじゃ、わしが何を考えとるかきちんと理解しとるわい」
ガープ「なあ、“麦わらのルフィ”……?」
* * *
ルフィ「よし! みんな逃げたな」
再び高台の上からライブ会場の方角を眺めて、ルフィは満足そうに頷いた。
そして振り返って、ゴードンを見る。
ルフィ「じゃ、おれもう行くよ」
ゴードン「ああ。……きみがまさか彼の孫だったとは。言われてみるとどこか面影を感じるな」
ルフィ「にっしっし、そうか?」
似ているとは思わないが、そう言われると悪い気はしない。家族だからだろうか。
ふと、彼の“家族”であるウタのことを思い出す。
ガープに保護されたように見えたが、これからのことはどうなるかルフィにも分からない。
もしかしたら、彼や彼女にとって望まぬ結果が待っていることもあるだろう。
曇る表情から何か察したゴードンは、心配ないと大きく胸を張った。
ゴードン「ウタの事は私が何とかしよう。これでも“家族”の一員だからな」
ルフィ「そっか。……あいつ、ずっとシャンクスに会いたそうだったからなァ。だから……」
ゴードン「ああ」
「「シャンクスたちに会わせる」」
二人の声が揃うと、自然と笑いが零れた。
ゴードン「そのために頑張るよ。私の友人もきっと協力してくれるだろう」
ルフィ「ししし、じいちゃんつえーからな。頼りになるぞ」
今までは後悔から国に閉じこもっていたゴードン国王に、新しい目標が出来た。
それはウタとゴードンの二人で叶える夢だ。
ゴードンの決意を見たルフィは、両足に力を籠めると高台から大きくジャンプした。
空中でくるりと一回転すると、ぶんぶんと両手を振る。
ルフィ「じゃあなー!じいちゃんによろしく!」
そしてそのまま、市街地へ降りて海の方へと移動していった。
ゴードンも手を振り見送っていたが、ハッと気づいて崖ギリギリまで走り身を乗り出す。
私としたことが。まだお礼を言っていないではないか!
彼にも、彼の仲間たちにも!
ゴードン「ル、ルフィくーん! エレジアの国王として、ウタの家族として、きみたちに心から感謝する!!」
ゴードン「ありがとうーー!!!」
ゴードンのさまざまな思いの籠った言葉はルフィの耳に届いた。
どこかくすぐったい思いをしながら、ルフィは仲間たちの元に戻る。
港から離れた場所に停泊していたサニー号の甲板に降り立つと、既に到着していた仲間たちがわっとルフィを取り囲んだ。
ゾロ「おう、おかえり」
ウソップ「おせーぞ、船長!」
ルフィ「悪ィ悪ィ。すぐ出発できるか」
ナミ「いつでも、船長」
ルフィ「よし、野郎ども、出航だー!!」
『おーっ!』
大きく広げた帆に風を受けて、サニー号はエレジアを出発した。
* * *
――1週間後。
サニー号は
珍しく穏やかな晴天の中で“麦わらの一味”たちは思い思いの行動をとっている。
ニュース・クーが運んできた新聞をナミから受け取ったウソップは、紙面をばっと広げるとつぶさに記事を見ていった。
ウソップ「……うーん、やっぱどこにも載ってねェなァ」
ルフィ「あいつのことか?」
ウソップ「ああ、プリンセス・ウタの記事な。せめて無事かどうか分かりゃいいんだが……」
新聞を広げたまま甲板をうろうろするウソップに、仲間たちが視線を向ける。
ゾロ「そんな簡単にくたばるタマじゃねェだろ」
ウソップ「オメーみたいな体力バカと違ってプリンセス・ウタは繊細なんだよ! 一緒にすんな!」
サンジ「確かにウタちゃんはそこの筋肉の塊と違ってスリムだしな……ちゃんとメシ食ってりゃいいんだが」
ゾロ「おう、褒めてくれてどーもクソコック」
サンジ「褒めてねーよ筋肉ダルマ!」
ナミ「はいはい」
いつものやり取りをナミが諫め、けれども神妙な表情で新聞を覗き込んだ。
ナミ「でも確かにおかしいのよね。ウタのライブは世間を騒がせたビッグニュースだってのに、ずっとだんまりを決め込んでる感じで……」
ロビン「もしかすると、世界政府の横槍が入ったのかもしれないわね。最初に出た記事だってウタと赤髪海賊団のことが中心だったじゃない」
――エレジアを包む天使の歌声、奇跡を起こす!!――
去るXXXX年X月X日、音楽の島エレジアにて歌姫ウタの単独ライブ「NEW GENESIS」が幕を開けた。
類まれな天賦の歌声を持ち、新時代を牽引する若き歌姫ウタの初ライブとあってチケットは即完売、
僅かに抽選も行われたがそれでも足りず、涙を呑んだファンのために全世界同時配信を行う発表があったことは記憶に新しい。
そして迎えたライブ当日の同時視聴者数はなんと数億人規模を超え、世界人口の八割に届くと推察された(当社調べ)。
まさに全世界の人間が彼女の歌の世界――ウタワールドに引き込まれたと言えよう。
筆者も映像電伝虫越しに視聴したが、まさに”夢のような”体験を得たライブだった。
(写真はライブ映像を撮影したもの。写真提供:ゴードン元国王)
事件が起こったのはライブ終盤。夕暮れに染まる海に突如現れた船影が会場の空気を一変させた。
その船はなんと、レッド・フォース号! かの悪名高き“四皇”シャンクスが配下を従え、歌姫のライブを蹂躙しにやって来たのだ。
会場を護衛する海軍とあわや衝突か!となったとき、奇跡は起こった。
歌姫ウタがたった一人で海賊の前に立ち、静かに名曲『世界のつづき』を唄い上げたのだ。するとどうだろう、
エレジア中の電伝虫が互いに同調し合い、歌声を会場だけでなくエレジア全土に響かせる巨大な一つの楽器となったのだ。
優しくも強いバラードを歌い上げた歌姫は、響く歌声で四皇“赤髪のシャンクス”を鎮静化させ、海賊船を追い返した。
まさに夢のような光景だったと、同じ映像を見ていた者たちは口を揃えて筆者のインタビューに答えてくれた。
彼女はまさに――“救世主”だったと。
その後、ライブは終了し観客は無事に帰路に就いた。
海軍からは歌姫ウタが過労から倒れ病院に搬送されたとの発表があったため、今後の続報を待ちたい。
世界経済新聞社としては今後も歌姫ウタの動向を追いかけ、情報を幅広く募集している。
ライブ参加者の諸君はこの記事を読んだら、是非ともわが社のインタビューに応じていただきたい。
連絡先はこちら ………
この記事はライブの翌日に一面トップを飾ったものだが、その後いくら探してもウタの近況は記事に載っていなかった。
ライブ参加者のインタビューなどは小さく載ったが、
「少し怖かったけど楽しかった(8歳・女)」「夢みたいじゃった(73歳・男)」などと、好意的な意見ばかりなのが逆に怪しい。
ブルック「『トットムジカ』の件を世界政府が隠したいのは分かりますが、こうもあからさまだと不自然ですね」
ジンベエ「歌姫が倒れたっちゅう話は初耳じゃったが……大丈夫かのう」
フランキー「まさか死んでねェよな??」
ウソップ「!?」
とんでもない予想にウソップが咄嗟に言い返そうとした――その時。
プルプルプルプル
電伝虫のコール音が船に響いた。と同時に、船室の扉が開いて勢いよくチョッパーが顔を出す。
チョッパー「オイみんな! プリンセス・ウタの配信が始まるぞ!」
ウソップ「なんだと!?」
チョッパー「さっき予告があったんだ。この後5分後に始まるって!」
その言葉を聞いたウソップたちは急いでダイニングキッチンに移動した。
照明を落として室内を暗くすると、フランキーが男子部屋から持ってきたシーツを壁に吊るし簡易スクリーンを作る。
チョッパーが連れてきた映像電伝虫を真正面にセットすると、ぱっと白い長方形が投影されて数分後にカウントダウンが始まった。
みんな固唾を飲んでスクリーンを見守っている。周りの緊張につられてルフィまでそわそわし始めた。
流石に見張りがいなくなるのはまずいとゾロとジンベエは外に残ったが、それでも音が聞こえる距離には陣取っている。
カウントダウンが終わり、映し出されたのは……海軍の旗だった。
チョッパー「……あれ?」