チョッパーが首をかしげていると、すぐに映像が切り替わりウタのロゴマークが映った。
数秒の後、ログマークが消えると今度は白い壁が映し出される。どこかの室内のようだ。
ナミ「……誰もいない?」
フランキー「いや待て、何か置いてあるぞ」
部屋に置かれた机の上には、
映像電伝虫の映像がじわじわと音貝に接近し……正面に大写しになると、音貝から少しくぐもった音声が流れ始めた。
[みんなー、元気? ウタだよ!]
[大丈夫? 聞こえてる? 音、変だったりしない?]
ウソップ「聞こえてるぞー」
ウソップが遠慮がちに返事をする。映像の受信中に声は向こうに届かないが、いつものクセでついやってしまった。
[うーん、収録だと状況がわからないな……あっ、そうそう! 今回はこうやって、音貝から発信してます。直接じゃなくてゴメンね!]
[いやー、海軍のえらい人に私の“ウタウタの能力”が危険だからって、直接声を届けることを禁止されちゃったんだよね]
[まあ、ライブでああいうことやっちゃったから……気持ちは分かる。うん!私もそう思う]
[で、色々と試して、音貝越しなら私の能力がうっかり漏れちゃっても、みんなを夢の世界に連れて行かないって分かったから]
[今日は声を事前に収録して発信してます。実験に協力してくれた海兵のみんな、ありがとう!]
[そうだ、ちゃんと説明しないと。今、私は海軍の病院にいます]
[ライブの後、私、倒れちゃったんだよね……思いっきり歌ったら、もうすーっごく眠くて!]
[気が付いたら病院のベッドの上で。お医者さんから“ウタさん、あなた5日も眠ってましたよ”って言われて、びっくりしちゃった!]
[自分でも最長記録だよ……。本当はもう少し横になってないといけないんだけど、みんなに私の声を届けたかったから。無理言って出てきちゃった]
ロビン「どうやら無事みたいね。安心したわ」
ブルック「ウタさん、今は海軍の元にいるんですね。ゴードンさんもご一緒なんでしょうか」
映像中では協力してくれた海兵へのお礼と、ファンへのお礼の話が続いていた。
[私が入院したことを新聞で知った人たちから、たっくさん心配のお手紙が届いています。送ってくれたみんな、本当にありがとう!]
[まだ全部は読み切れていないけど、ちゃんと読むから安心してね]
[それから……ライブに来てくれたみんなと、映像電伝虫でライブを観てくれたみんなに、お話があります]
[私のライブに来てくれてありがとう。それから、ごめんなさい。ちゃんと謝っておきたくて]
私ね、あの時は本当に、夢の世界でみんなを幸せにすることが一番いいと思ってたんだ。
そうすれば、悲しいことも、つらいこともなくなる。本当にそう思ってて……。
だけどあの時、みんなのたくさんの声を聞いて、そうじゃないんだなって分かったの。
自分が思ってることと、みんなが思ってること、やりたいことが違うとは思わなくて……。
混乱してぬいぐるみに変えたり、ひどいことしちゃったと思う!
本当にごめんなさい。
それから、私はもっと、もっともっとみんなの話をよく聞いて、どういう新時代がいいか考える!
海軍のサカズキさんが言ってたの。自分にとって都合のいいことばかり聞いていても、世の中は変わらないって。
自分の声を届けたくても届けられない人が、いっぱいいるって。
だから私は……みんなの声を聞きに行きたい。そのために、いろんな場所へ行きたい!
エレジアを出て色々な土地へ行って私の歌を届けて、みんなの意見をいっぱい聞きたいの!
今までは、私がト(ぐわっしゃん!)のせいで……えっ、ダメ? 言っちゃいけない??
サンジ「おい今、雑な検閲が入ったぞ」
[……えっと、今までは私がま(ピピーッ!)……もう、これもダメ? 続き言えないじゃん!]
音貝からはウタが少し離れて誰かと話している様子が聞こえてきた。
[分かってる、分かってるよ。そのボードに書いてある4つは言っちゃダメなことは。今までも言ってなかったもん]
[でもさ……シャ(ぐわぐわ~~ん!)と、あか(パフパフパフ!)に一言くらいは……ええーっ?]
[ウタさん! ちゃんと台本通りに喋らないとダメですよ!]
[コビー、声、声入ってる]
ウソップ「……一緒にいるんだな、コビー」
ナミ「ヘルメッポもいるわね……」
ゾロ「なんだ、映像電伝虫の発信ってやつはいつもこんな感じなのか」
ウソップ・チョッパー「「いつもはこんなんじゃねーよ!!」」
ウソップとチョッパーが騒いでいると、音貝のウタの声の大きさが戻った。
[んもう……後でカットになっちゃうかな。ま、いいや。ここからは告知! みんなにお知らせです]
[前々から言っていた私の歌のTDがなんと!発売されることになりましたー! はい拍手!(パチパチパチパチ)(ドンドンパフパフ)]
[今まで出したいってずーっと言ってたけど、全世界に流通させるには生産数の問題もあって難しそう……ってのは、ウタ日記を始める前の発信で話したよね]
[それが今回、TDを扱っている会社がなんと2社名乗り出てくれまして、販売できる数がどーんと増えました! やった!]
[発売は最初に手を挙げてくれたテゾーロレコードさんと、ソウルキングのTDも出してるレイベックスさん、てん(ピピピーッ!!)……じゃなくて、ゴードンの友達の友達の、そのまた知り合いが社長をやってるウニバーサルさん、この3社で行われます]
ブルック「おや、私と同じレーベルからも発売されるんですね」
ジンベエ「3社合同とは、太っ腹じゃのう!」
[あっ、ゴードンっていうのは、私のお父さんみたいな人。ライブで顔を見た人いるよね?]
[今回TDが出せたのはゴードンがたくさん頑張ってくれたからなんだ。何かお礼したいな……]
[はい、ということで! 私の話はこれでおしまい。最後にこの映像を見てくれている人だけに特別に、今度発売されるTDの中から1曲、流しちゃいます!]
[曲名は『風のゆくえ』! 私が子供の時によく歌ってて、ライブ前に発表したばかりの最新の曲をお送りするよ]
[今と昔とじゃもう……全っ然違うから! ほら、声の伸びとか音程とか、技術とか]
[子供の頃の私を知ってる人だったら、成長したなってきっと驚くと思うよ]
ロビン「あら、これって……」
ウタの話を聞いていたロビンは、何かピンときたようだ。ルフィも頷く。
ルフィ「シャンクスたちへのメッセージだな」
* * *
[TDを手に入れた人は、私の歌を何度も聞いてくれると嬉しいな。……もしかすると、こうやって発信するのは最後になるかもしれないから]
「えっ?」
とある田舎町で。
ウタの発信を聞いていた少女ロミィの口から不安そうな声が出た。
[私が使ってる映像電伝虫、ちょっと調子が悪くて。ライブの映像をずっと流してたから疲れちゃったのかな]
[しばらく休ませてあげないといけないし、機械の修理も必要なんだって。だから、次の発信の予定は未定かな……]
ロミィ「そんなあ……」
仕事用の鍬の柄をぎゅっと握る。
過酷な労働の日々の中で、ウタの発信だけがロミィの唯一の楽しみだったのだ。
これから何にすがれば救われるのだろう――
[でも心配しないで! 今度は映像電伝虫越しじゃなくて直接、歌を届けに行くから! 曲もこれからもっともーっと作る!]
[私の姿が見えなくても、声が聞けなくても、TDがあれば歌をみんなの元へ届けられる。それってすごく素敵だと思わない?]
[たとえこの先私の身体がなくなっても、歌は響き続ける……なんてね!]
[あっ、良かったらみんなの歌も聴かせて? 会いに行った時に、練習してたか聞いちゃうよ!]
[お手紙も、エレジア宛に送ってくれたらちゃんと読むから。歌やTDの感想を書いてくれると嬉しいな]
[さてと。前置きが長くなりすぎちゃった……。それでは聴いてください。『風のゆくえ』]
音貝の再生が終わると画面内に海兵の手が映り、TDの再生機がゴトンと置かれる。
スイッチを入れると、ゆっくりと音楽が再生機から流れ始めた。
管弦楽の壮大な伴奏に合わせて、伸びやかな歌声が風に乗る。
《この風は どこからきたのと 問いかけても 空は何も言わない》
――どこかの海上
トラファルガー・ロー率いる「ハートの海賊団」の船員たちは作業の手を止めてしばらく曲に聴き入っていた。
シャチ「いい曲だなー、俺この歌好きだわ」
ベポ「でしょー? おれこの曲2番目に好きなんだ」
ペンギン「1番は?」
ベポ「ふふ、ナイショー!」
和気藹々と雑談する船員たちを止める気にもならず、ローは手すりに肘を預けながら海を見た。
カモメの群れが潮風に乗って通り過ぎていく。
ロー「……いい風だ」
《この歌は どこへ辿り着くの 見つけたいよ 自分だけの答えを》
――ホールケーキアイランド
ビッグ・マムへの報告を済ませたオーブン、ブリュレ、カタクリは、広場で下の兄弟たちが集まっているのを見かけた。
カタクリ「何をしている」
「あっ、カタクリおにー様!」
「歌姫の歌を聴いてるのよ」
映像電伝虫の映像にはTDの再生機だけが映っているが、流れる歌声はあのエレジアで聴いたウタの声そのものだった。
穏やかな曲調に三人はしばし耳を傾ける。
ブリュレ「……やっぱり攫ってくれば良かったかしら」
オーブン「馬鹿言え。あの状況じゃ動こうにも動けなかっただろ」
ブリュレ「そりゃそうだけどォ」
拗ねる妹を諫める兄。
仲の良いやり取りにカタクリはすっと目を細めた。
……ママには『トットムジカ』が既に失われたことと、ウタの能力の効果は“夢の中限定”であることを伝えた。
酷い癇癪を起こされたが長男ペロスペローと長女コンポートの取りなしもあり、ママの口から「いらない」と聞けたのは僥倖だ。
幻のケーキで腹は膨れまい。
カタクリ「……あの力は過ぎたるものだ。
だからこうして、たまに歌を聴くくらいの距離でいいのだ。
《まだ知らない海の果てへと 漕ぎ出そう》
――とある海
バルトロメオ「……っか~~!やっぱウタさまの歌はいいべ~!心が洗われるべ~~!!」
ゴーイングルフィセンパイ号の上でバルトロメオは感動に全身を震わせていた。
彼もウタを心配し新聞を毎日つぶさにチェックしていた一人だ。今回の配信もやると分かった途端、歓喜に咽び泣いていた。
ちなみにTDは聞く用・観賞用・布教用・田舎のばーちゃんの分も含めて大量に事前予約する予定である。
カギノテ「おうバルトロメオ、針路は本当にこっちでいいのか?」
ハナガサ「このまま行くと“新世界”の海に突っ込むぞ」
隣に並走する海賊船から、「クラゲ海賊団」の海賊たちが呼びかけている。
自分たちは故郷に戻るだけだがお前は違うだろうと言う彼らに、バルトロメオは両手をぶんぶんと振って答えた。
バルトロメオ「かまわねェべ!おらたち元々“麦わらの一味”のみなさんを応援して旅してんだ!」
バルトロメオ「“新世界”の海でまた“麦わらの一味”のみなさんとウタさまの素晴らしさを布教するべ~~!!」
ハナガサ「そうか、なら途中でお別れだな!」
バルトロメオ「なんならルフィ先輩の話も聞いてくか? 船のお宝コレクションもぜひ見てってけろ! 今ならステッカー半額でプレゼントするべ!」
カギノテ「いらねェよ! お前の話聞いてるとおれたちまであの“麦わら”を好きになっちまう」
エボシ「おれたちァプリンセス・ウタ単推しでいさせてくれ!」
バルトロメオ「えっ、“良い”って?!」
エボシ「ちがーう!!」
怒号が飛び交う中を船はまっすぐ進む。
彼らに「海賊やめなよ」と言っても、聞く気など毛頭ないだろう。
それでも彼らは『海賊嫌いの歌姫』の歌を愛し、これからも歌い続ける。
好きなものが同じなら、人は価値観の違いを乗り越えられるのだ。きっと。
《ただひとつの夢 決してゆずれない》
《心に帆を揚げて 願いのまま進め》
――とある城下
ブルーノ「ふう……」
任務を終えて帰投したサイファーポールのブルーノは、流水で洗った顔をぼんやりと正面の鏡に向けた。
ふと、ポケットから無造作に取り出したのは、ピンクの花のついた髪ゴムだ。
以前の任務で酒場の店主として潜入していた時、街の子供に貰ったもの。
「お顔がこわいからこれつけて」と言われたが、あまりつける機会がなかった――
カリファ「あら、いたのブルーノ」
シャワー室の扉が開いて出てきたのは裸でバスタオルに身を包んだカリファだ。
手に持っている小型の映像電伝虫は歌姫ウタの曲を口ずさんでいる。先程までの発信を聞いていたようだ。
カリファは部屋の反対側の壁へ歩いていくと、バスタオルを取り着替えを始めた。
そちらに視線を向けぬまま、ブルーノはカリファに呼びかける。
ブルーノ「おい」
カリファ「なに」
そういえば、あの“ウタウタの世界”の中で身体を小さくされたな……と、ブルーノは思い出していた。
誰にも何も言われなかったが。
ブルーノ「……可愛さって、何だかわかるか?」
カリファ「は?」
《いつだって あなたへ 届くように 歌うわ
《大海原を駆ける 新しい風になれ》
――聖地マリージョア
五老星「歌姫の話は終わったか」
映像電伝虫からはTDの曲が流れ続けている。今は音声ありで五老星たちも視聴していた。
五老星「ならば次の議題に移るとしよう」
五老星「この映像の収録は3日ほど前だったな」
ルッチ「はい、歌姫は収録の後一時昏睡状態に陥り、先程再び目覚めたとの報告が」
ルッチの報告に五老星の一人が眉をしかめて顔を上げる。
五老星「……ネズキノコの後遺症が」
ルッチ「担当の医師によると、体内の毒素は既に消えたとの診断ですが。検査結果の資料はこちらに」
五老星「うむ……」
資料の紙束に視線を滑らせながら顎に手をやる姿を、ルッチは壁に控えながら静かに見ていた。
五老星「あの歌姫を生かすか殺すか……判断が分かれるな」
五老星「あのライブを経て民衆に対する求心力はさらに高まったと言えよう。革命の芽は早急に摘んでおかねばならぬ」
五老星「しかし、こちらの手中にあればいくらでも操れるのも事実」
五老星「『トットムジカ』……かの現象は“ウタウタの実”の能力者と密接に関わるものだ。いずれまた復活せんとも限らん」
五老星「“消えてしまった”という彼女の言葉をどこまで信じるかだな」
五老星「いずれにせよ、手は回しておくか」
《それぞれに 幸せを目指し 傷ついてもそれでも 手を伸ばすよ》
――とある新聞社
「クワハハハハ! さすがは世間知らずの歌姫! 綺麗ごとしか言わねェな!」
編集室のデスクで高笑いしているのは、世界経済新聞社社長の“
ライブ終了後、即座に第一報の記事を出し『トットムジカ』出現をなかったことにしたのも彼の手腕だ。
もちろんその裏には多額の賄賂があったことは否めない。
『軍艦三十隻が出撃した歌姫討伐命令』も胸躍るスクープだが、その後を考えると選択は誤りではなかったとモルガンズは確信している。
なぜなら――
モルガンズ「あの歌姫はいい“カモ”だ! 発言一つで世界を揺るがすトップ・インフルエンサー、あの黄金帝ギルド・テゾーロに勝るとも劣らねェ影響力を持っている!」
モルガンズ「本人まったく自覚がねェようだがな! “新時代”計画はお偉方の恰好の的だぜ!」
今後、彼女の行動は全世界が注目するだろう。
どこへ行っても注目され、プライベートが暴かれ、根も葉もない噂を立てられる。
その筆頭たるマス・コミュニケーションの首魁は高笑いで歌姫の世界進出を歓迎した。
モルガンズ「不特定多数に発信するSSG製映像電伝虫は厄介だったが、休止するってんならこっちのモンだ!」
モルガンズ「バシバシ捏造記事出してやるよ。誇張!こじつけ!お手の物だ」
紙面に印刷する手間の分、速報性では映像電伝虫に一歩譲っていた新聞だが……逆にこちらから映像を発信して市場占有率(シェア)を確保する計画を既に立てている。
人の印象や記憶を
そんな時代がすぐそこまで来ていた。
モルガンズ「さあ、歌姫の特集記事を組むぜ!“両A面”だ!裏一面も大きく写真を使え!」
社員「社長!このネタはどうしますか?」
モルガンズ「ああん?ビッグ・マムが万国を出た? すみっこに小さく載せとけ!」
モルガンズ「今はTDを世界中に売るのがうちの仕事だ。出資金は回収しねェとな! クワハハハハ!!」
高笑いするモルガンズは、頭の中でもう次の計画を立てている。
先の先まで見据えて情報を操るのが真の“ジャーナリスト”だ。
モルガンズ(民衆にTDが行き渡ったら、特集第二弾を打つか……。タイトルは『歌姫ウタ、“四皇”の娘疑惑!』こんな美味しいネタ逃すわけにはいかねーよ!)
《悲しみも強さに変わるなら 荒れ狂う嵐も超えていけるはず》
――聖地マリージョアのどこか
「だえ~!今すぐその歌を止めるんだえ!」
貴賓室では頭に髻を結った男が癇癪を起こしていた。世界貴族の一人、チャルロス聖だ。
ライブで歌姫ウタを奴隷にしようとステージに乗り込み、磔にされたかの人である。
チャルロス聖「歌姫め……許さないえ! 天竜人のわちしを殴ったんだから重罪だえ!」
側近「ですが、あれはあくまで夢の中でのことですから」
側近は必死で暴れる天竜人を取りなしていた。実際に夢の中で起こった出来事は不問。
歌姫はお咎めなしと正式に通達があったのだから、世界貴族といえどどうすることもできないのだが。
チャルロス聖「関係ないえ! わちしに無礼を働いたものは死刑だえ!」
「あら兄上様、いらないのなら歌姫は私がもらっていいアマス?」
そこへ朗らかな声と共に現れたのは妹のシャルリア宮だ。
彼女も別室で歌姫の発信を聞いていたようである。
シャルリア宮「私の奴隷にして子守唄を歌わせるアマス」
チャルロス聖「それはダメだえ~!わちしが先に唄ってもらうんだえ!!」
途端にくるりと掌を返すチャルロス聖。他人のものになると途端に欲しくなるのが性分だ。
結局そこから兄妹の喧嘩が始まり、歌姫の話題が消えたことに側近はこっそり胸を撫で下ろした。
《信じるその旅の果てで また 会いたい》
――とある船上
ガープ「――まあ、色々と動くじゃろうな」
映像電伝虫の傍らでモンキー・D・ガープは腕を組みつつマリージョアの方角を眺めた。
歌姫ウタの治療と処遇。全世界に向けての映像発信許可、TDの流通確保、SSG製映像電伝虫の回収、etc……
それらの幾つかに口出しはしたが、最終的にはウタとゴードンの努力が結果をもたらしたのだ。
ガープ「既に時代は大きくうねりつつある。ウタ嬢ちゃんはこれからが肝心じゃ」
ガープ「世界に声を届けるのは容易くとも……変わるのはそう簡単ではないぞ」
誰もが先を目指して動いている。海軍も、世界政府も、海賊も、革命軍も。
“黄猿”や“藤虎”、コビーたちも既に新たな任務に就いていた。そこで何が起こるか。
あらゆる人々の思惑を乗せて時代は流動する。
その流れを誰が制するかは――ガープにも分からなかった。
《目覚めたまま見る夢 決して醒めはしない》
《水平線の彼方 その影に手を振るよ》
――エレジア
桟橋に一隻の軍艦が停泊している。ガープが手を回して用意してくれたものだ。
荷物の入った鞄を持ったゴードンは船に乗り込もうとする前に、一度振り返った。
故郷を離れるのは実に20年ぶり。いつ頃帰ってこられるだろうかと頭の中で試算する。
……当分かかりそうだ。
だが、彼は自らの行動を止めようとは思わなかった。
エレジアは今まで通り海軍が定期的に見回りに来てくれる。だから大丈夫だ。
例えもし荒らされ奪われたとしても、また一からやり直そう。
今まではウタも自分も、『トットムジカ』の災禍を広げてはいけない、守らなくてはいけないという強迫観念に囚われていた。
本当は手を差し伸べてくれる人がいたのに、その手が見えておらず引きこもっていた。
だが、やりたいことができたからには進まねばならない。
一歩踏み出すのに13年もかかったが、遅いとは今更思わない。機が熟したと言おう。
ゴードンにはやりたいことが2つできた。
エレジアの復興と、ウタの世界進出。
己が愛したエレジアの音楽を、ウタの歌声を――世界中に届けたい。
ゴードン「……私の償いはこれから始まる。見ていてくれ、我が国民たちよ」
国王の呟きにエレジアの海は穏やかに波打ち、陽の光をきらきらと反射していた。
《いつまでも あなたへ 届くように 歌うわ》
《大きく広げた帆が 纏う 青い風になれ》
――フーシャ村
マキノ「村長さん! ねえこの歌」
東の海にある、とある村の酒場で村長ウープ・スラップは店主のマキノから詰め寄られていた。
村長「なんじゃマキノ、嬉しそうな顔をして」
マキノ「だって、私この歌知ってるんですよ。昔聴いたことがあるの」
村長「……そうなのか?」
小さな港一つしかないこの村に、大した娯楽などあったものではない。
音貝や映像電伝虫といった便利なものが手に入るようになって、ようやく音楽に慣れ親しむようになったというのに。
マキノ「フフ……この歌ね、シャンクスさんが歌ってたんですよ」
村長「なんじゃと!?」
マキノ「“海賊は歌う”って言ってたでしょ? 陽気な歌と違って本当にたまにしか聴かなかったけど……素敵な歌だなあって思ってたの、今思い出しちゃった」
村長「あの“赤髪”がのう……」
村長は顎を撫でながら何年も前の記憶を掘り起こそうとした。
昔……12年ほど前だったか、赤髪海賊団の船がフーシャ村を訪れたことがある。
当時のシャンクスはまだ若造で、仲間たちも荒くれ者揃いだったが、村にいる間は悪さをしないと約束を交わして受け入れたのだったか。
陽気な連中で、いつもこの酒場で乱痴気騒ぎを繰り返していた。
村一番の聞かん坊だったルフィがよく懐いていたのを覚えている。
そのルフィも、2年前に海賊王を目指して海へ出たが。
村長「さっき歌姫が“子供の頃によく歌ってた”と言うとったから、その頃にでも聞いたか」
マキノ「案外、知り合いかもしれませんよ。ひょっとすると親子とか!」
村長「わっはっは!! そりゃないじゃろう。“赤髪”だぞ?」
村長は大笑いした。例えそうだったとしても、海賊と歌姫とでは難儀な道を歩んだことだろう。
……“赤髪海賊団”も赤ん坊の夜泣きには苦労したのだろうか。
そんなことを思いながら村長は、マキノの腕の中であやされる子供を見守りつつ、グラスの水を一飲みした。
――とある港
「たーった、ひとつーのー、ゆーめー♪ 決してゆーずっれェ~、なァ~ァ~い♪」
ライムジュース「お頭ーまた歌詞間違えてるぞー」
シャンクス「えっ、そうなのか?」
酒場で飲み交わす仲間たちから囃し立てられ、シャンクスは困ったように頭をかいた。
映像電伝虫に合わせて口ずさんでいたらこのザマだ。
シャンクス「昔はこれで合ってたんだけどなァ……」
ベン・ベックマン「いや、昔から『ただひとつの夢』だったぞ」
ラッキー・ルウ「お頭の勘違いだな」
シャンクス「そんなァ……なんでウタも誰も言ってくれなかったんだよ」
不貞腐れてがっくり項垂れる船長を、幹部たちは温かい目で見守っている。
理由は分かっている。歌詞の違いなど気にならないほど、娘は彼らと一緒に唄うのが楽しかったのだ。
ヤソップ「次に会うまでには完璧に歌えるようにしとかねェとな、お頭!」
ホンゴウ「お前も息子に会う心の準備はさっさとしとけ」
ヤソップ「エッ!? そ、それはだな……」
途端に目を逸らすヤソップにワハハハと笑い声が上がる。
すべては風の吹くまま気の向くまま。無事に会える保証などどこにもないのが海賊稼業だ。
だからこそ、笑える時にはいつでも笑って、やりたいことを好きにやるのだ。
何をくよくよ、明日も月夜。果て無し、あてなし、笑い話。
《ただひとつの夢 誰も奪えない》
《私が消え去っても 歌は響き続ける》
――とある田舎町
映像電伝虫から流れる歌に聴き惚れていたロミィは、我に返ると両手に力を籠めてぐっと握り締めた。
ロミィ「……決めた!」
ウタにお手紙を書こう。歌の感想と、この発信を見たこと、それから――
ロミィ「お金を貯めて、いつかウタのTDを買おう!」
いますぐは無理でも、ロミィが貰っている手間賃を少しずつ切り詰めればTDの価格に届くだろう。
生活は今より苦しくなるかもしれない。けれど、ずっとじゃない。ロミィの表情は明るかった。
ライブの無料観覧チケットが当たった時、ロミィは今までの人生の中で一番勇気を振り絞って雇い主にお願いをした。
雇い主はロミィのあまりに必死な目に驚き、休みを承諾してくれたのだ。
好きなもののためなら頑張れる自分――それに気づかせてくれたウタに、少しでも恩返しがしたい。
ロミィの決意を町の人たちも見守っている。
目の前の空をまっすぐに見上げて、ロミィは手を伸ばした。
ロミィ(……いつか、ウタに会ってお礼が言えるといいな)
《どこまでも あなたへ 届くように 歌うわ》
《大海原を駆ける 新しい風になれ》
――そして。
サウザンド・サニー号のダイニングキッチンには、ウソップとチョッパーを含む数人が残って歌を聴いていた。
サンジはキッチンで料理の仕込みをしながら聴いている。
ブルックは椅子に座って紅茶を飲みながら。ロビンは扉の外で海を眺めながら。
映像電伝虫から流れる歌声は船の上ならどこでも届くので、ナミは海図を広げながら、ゾロは刀の手入れをしながら。
ジンベエは舵を握りながら、フランキーは芝生の上で柔軟体操をしながら……それぞれ思い思いの行動をとりつつ楽しんでいた。
ルフィもお気に入りのサニー号の船首の上で潮風を真正面から受けている。
だから彼は知らない。
曲が終わった後、細い女性の手が現れてTD再生機のスイッチを切ったのを。
そして、画面の端からひょっこりと姿を現し、視聴者に向けて手を振った彼女のことを。
何も知らないのだ。