数日後。
サウザンド・サニー号は比較的穏やかな海を進んでいた。
船縁に腰掛けて釣り糸を垂れるルフィは片手で頬杖をつきながら、ウソップの話を聞き流している。
ウソップ「……あった!!プリンセス・ウタの写真! な? おれが言ったこと本当だったろ?」
ウソップが大きく広げているのは、先日届いた『プリンセス・ウタ特集』の新聞だ。
表と裏にライブ中の写真が大きくレイアウトされ、中身もすべてウタに関する記事という充実っぷり。
その紙面の片隅には先日の発信の要約と、こちらに向けて手を振るウタの写真が小さく掲載されていた。
ルフィ「……」
ルフィは横目でちらりと写真だけ見て、釣り竿に視線を戻す。
今日はまだ一匹も釣れていない。夕飯に間に合うだろうか。
ウソップ「やっぱさ~発信ってのは最初から最後まで通して見るモンだよな。途中で席を立つなんてありえねェよ!」
ウソップ「そりゃ用事があるときは別だけどよォ、なんかこう、全部じっくり見たからこそ最後の最後のおまけに喜べるとかさァ~~」
新聞を握り締めて熱弁を垂れるウソップの声が右耳から左耳へと抜けていく。
なぜ人はこうも熱くなれるのか。ルフィはどこか他人事のように感じていた。
釣り糸はぴくりとも揺れていない。
ウソップ「大体、おれとチョッパーだけじゃなくてサンジやブルックも“見た”って言ったのに、なんで冗談だと思ったんだよ」
ウソップ「ははーん、さては自分だけプリンセス・ウタを見れなくて拗ねてるな?」
なに言ってんだこいつは。
ルフィの眉間にぎゅっと皺が寄った。
直接目で見たものを信じるルフィにとって伝聞は嘘や噂話と変わらない。
冗談だと思ったのは本当だが……拗ねてる? なんで。
今感じているのは例えるなら欲しかった肉が市場で売り切れてたり、冒険中に綺麗な虹を見逃したときのがっかりに似た気持ちであって、
断じて不公平に思う気持ちではないはずだ。……なのに。
何故胸の真ん中辺りがぐるぐるモヤモヤして落ち着かないのか。
ルフィには分からない。
わからないからモヤモヤする。
ウソップ「は~っ、それにしてもプリンセス・ウタが無事で良かったぜ。ちょっと痩せてたか? マスクつけてても可愛いかったなァ~」
かわいい? あれが?
あいつはこちらが海賊と見るや攻撃的になる女だぞ?
意地っ張りのくせにちょっとビビらせたらすぐ泣く泣き虫で。
そりゃ確かにサニー号ごとぐるぐる巻きにした時は軽かったし、帽子を取り戻したときに触れた指先も折れそうなくらい細くて、
そうだ、あの指が、おれの目の下の傷跡をなぞって―――
『あんたは私に勝てないよ』
ルフィ「!!!」
ぼすん、と隣で聞こえた音にウソップが振り向くと。
ルフィが片手で帽子ごと自分の頭をぐりぐりと押さえつけていた。
ウソップ「ど、どしたルフィ、具合でも悪いのか? 耳真っ赤だぞ」
ルフィ「知らん!」
ナミ「あんたたち何大声出してんの。ケンカ?」
無下な返事にウソップが面食らっていると、今日の新聞を片手に持ったナミがやってきた。
もう読み終わったのか軽く丸めて自分の肩をポンポンと叩いている。
ウソップ「知らねェよ! こいつが突然大声出して……」
ルフィ「なんでもねェ! 考え事してただけだ」
ナミ「ふーん。ま、いいわ。ルフィ、多分あんたに伝言よ」
ナミは丸めていた新聞を広げると、広告欄を表に向けるように折り畳んで差し出してきた。
世界経済新聞には記事の一番下に小さな広告を掲載する欄がある。
多少の審査はあるが金を払えば誰でも求人や尋ね人などの私信を載せられることから、遠方への連絡手段として古くから利用されてきた。
立場上、名を明かせない人物が宛先をぼかしてメッセージを載せることもある。
今までもそういったことは何度かあり、ナミの対応も手慣れたものだった。大抵は文章に“麦わら”と入っているので見つけやすい。
ルフィ「ん~~~?」
表にされたページをルフィは渋い顔で睨み、新聞の小さな文字に目を走らせると……その中の一つに目を留めた。
四角い枠で囲まれた広告スペース。
新聞特有の活字でなく丸みのある手書き文字で、こう記されていた。
《元海賊の音楽家から麦わら帽子を返した君へ》
《 56 戦 55 勝 1 引き分け 》
《 私の勝ち! 》
それを読んだ途端、頭の中で何かがプツンと音を立てて切れたような気がした。
気付けば釣竿を甲板に投げ捨て、手すりに身を乗り出して大きく息を吸い込む自分がいる。
そして――
穏やかな海にルフィの大声が響き渡った。
ルフィ「最後の勝負はおれの勝ちだーーーー!!!!!」
おわり