あの日君に出会えなかったら   作:宝良

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断章
エレジア国王 ゴードンの手記


 

 

私は、私の愚かさのためにこの記録を残そうと思う。

 

 

 

 

 

 

かつて、私の国エレジアは、音楽に満ち溢れていた。

生まれた日からリュートが歓喜を奏で、言葉を話せるようになった赤子はすぐ歌を口ずさむ。

それを人々は喜び、また己も音楽に親しむ。そんな日々が繰り返されてきた。

 

我が王家は古くから音楽の文化を伝え慈しみ、守ることを使命としてきた。

中には駄作と疎まれたり、政治に左右されて歴史から姿を消した音楽もある。

そういったものをかき集めて、表には出ずとも後世に伝えようと保管する書庫も随分と古くからあった。

私は子供の頃からそこに入り浸っていた。

 

音楽は、人の考え方は生まれにより、国により、育ちにより、多岐に渡る。

まるで人生そのものだ。

私はすべての音楽を愛していた。愛そうとしていた。

だが、それはすべて独りよがりだった。

 

愛することと、愛の本質を見ることは異なる。

それを分かっていなかった己が恥ずかしい。

 

私は、代々の国王が封印し守ってきた楽譜を紐解いてしまった。

 

トットムジカ……すべての音楽とも、死の楽曲とも読み取れる題名。

 

最初に見た時は、ただの五線譜かと思った。何も記されていなかったのだ。

だが手に取ってしばらく見ていると、音符が薄っすらと浮かび上がってはすぐに沈んで消えるのが見えた。

まさしく封印されていたのだ。誰も読めないように。歌わないように。

 

それは同時に、私はこの楽譜を読む資格がないのだと絶望を突き付けられたのと同じだった。

ただの楽譜ならそこまで落ち込まなかったかもしれない。

だがトットムジカは何代もかけて王族が守り抜いてきた封印であり、宝だった。

決して破り裂いて処分しようとしたのではない。護ろうとしたのだ。

私はその理由が知りたかった。

 

不得手だった考古学に手を伸ばし、古代文字を読み解いてトットムジカの伝説を調べ始めた。

親兄弟や妻は私を酔狂だと笑った。だが私はやめなかった。

からかわれて頑固になっていたのだろう。むきになっていたせいもあると思う。

だが地下書庫の隠し部屋にこもり、ひとりで研究する時間は楽しかった。

 

太古の歴史書、そこに書かれていたのは凄惨な記録だったが私はむしろ胸を躍らせていた。

私はそれを物語のように、自分とは無関係の空想の出来事だと思っていたのだ。

歴史の本質が見えていなかった。見ていなかった。

 

やがて私が王の座を継ぎ、音楽の都は発展した。

空島から訪れた旅行者からダイアルという不思議な貝を託され、音楽の記録はより便利になった。

これなら昔の歌もずっと音で記録しておける。楽譜では分からないビブラートの震えもファルセットの柔らかさも、演奏者によって異なる感情のこめ方も。

すばらしい技術の進歩だ。

 

世は大海賊時代という激動の渦に飲まれていたが、音楽だけは等しく誰もに与えられた。

奪い合い、奪われるものではない。音楽だけが人を平等にする。

私はそんな思想に囚われつつあった。音楽はそのような万能ではないのに。

 

ある日、海賊団がエレジアを訪れた。赤髪海賊団という当時でも有名な海賊たちだ。

悪名高き大海賊と恐れられている彼らには、娘がいた。

ウタというその少女は天使のような歌声を持っていて、音楽に慣れ親しむエレジアの民たちでさえも魅了した。

 

彼女は“悪魔の実”の能力を持っていた。“ウタウタの実”という、まさしく歌うためのような力。

私はもしかしてと思った。彼女なら、楽譜の封印を解けるのではないか……

 

エレジアに踏みとどまり音楽の勉強をしないかという私の誘いを、ウタは断った。小さな少女が親元から離れたくないのは当然だろう。

だがそこに残念な気持ちがあったことは否定できない。恨めしく思ったことも。

本当にそうだったかは分からない。だが私は確実に「今しかない」と思っていたのだ。

それがたとえ楽譜に操られてのことだったとしても、私は、私の行動の愚かさを受け入れるしかない。

 

だからここに記しているのだ。当時の顛末を。

 

あの日、城ではパーティーが開かれた。ウタがエレジアを離れると知った音楽院の者たちは最後の機会と次々と歌わせた。

せっかくの機会だからと、国民にも聞かせようとウタの歌声を国中に聴こえるようにした。

 

そして私は、

 

ウタが歌う楽譜の中にトットムジカを紛れ込ませたのだ。

 

直接渡すのは憚られた。だからホールの隅のソファに、それとなく置いておいたのだ。

ウタが見つけて、いや見つけなくても誰かが拾ってウタに渡すことを期待して。

 

私は愚かだ。本当に愚か者だ!

自分が罪を背負うのを避けて国民にやらせようとするなんて!

 

 

その後のことは、映像貝に記録した通りだ。とても書くことができない。

 

 

私に記す資格はない。

 

 

 

 

エレジアは滅びた。楽譜に浮かび上がった音符を正確に読み取ったウタがその歌声で魔王を呼び起こし、魔王によって国は破壊された。

すべては国王である私が原因だ。

ウタのせいではない。私がウタを利用したのだ。

 

楽譜には魔力があった? 魔王に操られていた? そう思ったことは何度もある。

だがそれで私の罪が軽くなるわけではない。魔王の罪は私の罪だ。

楽譜が失われたことは不幸中の幸いだった。もう誰もあの楽譜を歌うことはない。

 

ウタを世間の批判から守るために赤髪海賊団は彼女をエレジアに残した。

エレジアを滅ぼしたのは自分たちだと罪を被った。

そのせいで彼らの悪名が高くなったのは確実だろう。今や四皇と言われる大海賊だ。

彼らはきっと二度とウタに会おうとすることはあるまい。

 

ウタは。

 

理由もわからず親と引き離された悲しみに泣き叫び、一時期塞ぎ込んでいたがやがて正気を取り戻した。

そして私に音楽の勉強をさせて欲しいと頭を下げた。

 

「世界一の歌姫になったら迎えに来てくれる」

 

ウタが零したのはその一言が、生きる理由になっていることは明らかだった。

だから私は、エレジアの元国王として、音楽を愛するすべての民の代表として、世界に誇る歌姫を育てようと決意した。

それが罪を背負ってくれた彼らの罪滅ぼしとならんことを願って。

 

ウタはすばらしい歌声の持ち主だ。

一度覚えた楽譜はいつでも思い出せる。メロディも、演奏も。

トットムジカの旋律の一部まで覚えていたのには驚いた。楽譜はもしや彼女の中に…?

このエレジアが滅ぶだけならまだしも、他の島に被害が及んではいけないと私は咄嗟にそれを歌うことを禁じてしまった。

繰り返し、繰り返し言い含めた。「それを歌ってはいけないよ」と。

 

私はなんと愚かなのだろう。

音楽を愛すると言いながら、その口で音楽を奪おうとする。とんだ矛盾だ。

だが彼女自身を、ウタを守るためにはそうするしかない。

 

ウタはきっと素晴らしい音楽家となるだろう。そうしていつか、エレジアを出ていく。

その時に不安要素など持たせるわけにはいかないのだ。私はウタに幸せになって欲しい。

 

だからどうか。

 

この記録を読んだ後世の人々よ。エレジアとウタが今後どうなろうとすべての罪は私にあると伝えて欲しい。

トットムジカを蘇らせたのは、愚かな国王ゴードンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここからは追記されている)

 

この記録を書いた時、私は罪の意識に苛まれていた。

今もそうであることは変わらない。だが、今は少しでもウタの役に立つために、自分にできることをしようと前向きな気持ちも持っている。

不思議な感覚だ。

トットムジカは“麦わらの一味”によって滅ぼされた。後で知ったことだが、彼らは第二の海賊王にならんとする実力のある海賊たちだった。

その彼らと複数の海賊たちが徒党を組み、夢の世界で魔王に立ち向かった。

これも後で知ったが、現実の世界では海軍が海賊と協力したらしい。

 

その時の様子は、また新たな記録に記そうと思う。なにせ、書きたいことがありすぎるのだ。

この記録は引き続き残そう。私の愚かな罪は変わらない。

だがその後に、未来はあったのだと。そう記して私はこの記録を閉じるとしよう。

 

ありがとう、海賊たち。そしてウタ。

 

 

 

 

XX月XX日 第183代目エレジア国王 ゴードン ここに記す

 

 

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