ウソップ「な、なあ! プリンセス・ウタは本当に赤髪のシャンクスの娘なのか? おれの親父のこと知ってるのかな……」
ルフィ「娘がいたなんて聞いてねェぞ! シャンクスに!」
ルフィは憤懣遣る方ない様子で眉をひそめた。
赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団は、ルフィが幼い頃に出会った初めての海賊だ。
陽気で明るく、酒と馬鹿騒ぎが大好きで、暇さえあればルフィの故郷フーシャ村の酒場に籠っていつも宴会を開いていた。
頭の切れる副船長のベン・ベックマン。
大食らいのコック、ラッキー・ルウ。
狙撃手“
電撃使いライムジュース。
航海士のビルディング・スネイク。
船医ホンゴウ。
戦闘員”ハウリング”ガブ。
音楽家コンビのボンク・パンチとモンスター。
そして“お頭”こと赤髪のシャンクス。
ルフィは彼らが話す海と海賊の話に魅了され、航海に連れていけと何度もせがんだものだ。
ロー「こうなった以上、島の反対側から港に出る。ライブ会場には海兵や諜報機関の連中もいた」
ロー「世界政府や海軍はずっと前からウタの能力に目をつけ、ヤツを監視していたってことだ」
ウソップ「…………」
ロー「海軍はおそらくこの島の近くに来ている。誰か捕まえて吐かせれば、ウタの能力もわかるはずだ」
ウソップ「あのさァ……」
ロー「どうした鼻屋。警戒を怠るなよ」
ウソップ「あの向こうに見える入り江に俺たちの船が停まってるはずなんだけど……」
丘の上からウソップが指差す方向には青々とした海が広がっていた。
穏やかな波が桟橋を縁取り、寄せては返してを繰り返している。しかし……
ルフィ「ねェ! サニー号がねェ!!!」
ロー「なんだと!? サニー号どころか船の一つも見当たらないじゃねェか!!」
ウソップ「そうだよなーおれの見間違いじゃなかったかーまさか港が空っぽになってるなんてなー……ってえええええええ!???」
あれだけいたライブの観客たちを乗せてきた船が、一つもない。
海軍の船はおろか漁船やボート一隻すら停泊していない、空っぽの入り江が広がっていた。
ルフィ「サニー号をさがさねェと! いくぞウソップ!!」
ウソップ「お、おう!」
「その必要はありません」
いきなり聞こえた声に二人が急停止すると。
空中に丸くドアが開いて、中から見覚えのある人物が姿を現した。
コビー「お久しぶりです、ルフィさん!」
ルフィ「コビー!」
いつもの海兵の服装とは異なる、ラフな格好をしたコビーがそこにいた。
隣には緑のジャージを着た|CP《サイファーポール]のブルーノがいる。
そして……
「サニー!」
ルフィ「へぶっ」
コビーの懐から飛び出した何かがルフィの顔面にべしょんと当たった。
咄嗟に引きはがすと、黄色いぬいぐるみのような物体がわしゃわしゃと動いている。
「サニー、サニー! サ~ニ~?」
ルフィ「プハッ……なんだコイツ? サニーって……」
ウソップ「まさか、お前……」
……サニー号なのか!?
サニーくん「サニー!」
ルフィ・ウソップ「「えええええーーーーーーーーっ!!!!????」」
ロー「お前ら、どうやってここがわかった?」
小さなサニーくんに驚きつつもローは警戒を解かない。
コビー「ルフィさんの存在を感じて…」
ロー「……見聞色の覇気か」
コビー「あとはブルーノさんの“ドアドアの実”の能力をお借りしました」
ロー「サイファーポールと海軍がつるむとは…どういう風の吹き回しだ」
どうやら海軍とサイファーポールは別々に偵察を送り込んでいたらしい。
彼らは先ほどまでウタの海賊狩りパレードに潜入していたが、頃合いを見て列から外れ別行動を取ったのだった。
コビー「皆さんが知りたいのは、ウタの能力についてですよね?」
ロー「このぬいぐるみ「サニー!」……サニー号がこうなったのも、ウタの能力だというのか?」
同じように小さくされたベポを思い出しながらローは舌打ちした。
置いてきてしまったが無事だろうか。
コビー「そうです。こんなことができるのもここがウタの作り出した夢の世界だからです」
ルフィ・ウソップ「「夢の世界?」」
コビー「はい。信じられないかもしれませんが、ぼくたちが今いるこの世界は、現実ではありません」
コビー「皆さんが見ているものは、すべてウタが“ウタウタの実”の能力で作り出した、意識の中だけの架空の世界なんです」
コビーは語った。
自分たちが今見ているものは、すべてウタが“ウタウタの実”の能力で作り出した、意識の中だけの架空の世界だということを。
“ウタウタの実”の能力とは、歌声を聞いた人間の心を“ウタウタの世界”に取り込む力。
心を取り込まれた人間は、現実の世界から抜け出して、ウタが望んだ世界で生きているような感覚になるというのだ。
まるで全員が、同じ夢を見ているかのように――
ウソップ「そ、そんな……」
ウソップはライブの様子を思い返していた。
――ステージのセットも凝ってるな! ってなんだあの演出! 水で文字?? どうやって作ってるんだ??
――なにもかもが凄すぎて感想がすごいしか出てこねえ!でもこれが…これが世界の歌姫のライブ…ッ!!
――あっちこっちから音が聞こえるぜ。一体どんな性能のいいスピーカー使ってんだ?
――ウタが変身した!?
――飛んだアアア!!!
――ウタちゅわーん! ここで料理したいから食材とかもらえないかな?
――肉ー! 肉も頼む!
――悪魔の実の能力にしては、何でもできすぎだろう
――もしかしたらウタさんは万能の力を与えられたのかもしれません。音楽の神様に――
あの派手な演出も、空を飛ぶ乗り物も、みんなに配った食べ物もすべて、夢の中だからこそ実現できたものだったのだ。
コビー「ここは見晴らしがいいので移動しましょう。音符兵たちに見つからないように」
一同は高台から森の中へ駆け込んだ。走りながらローが尋ねる。
ロー「それで、現実の世界はどうなっている?」
コビー「現実世界には、ぼくたちの身体だけが残っています。でもその身体は、ウタに支配されているはずです」
ロー「どうやったら現実に戻れる?」
コビー「ウタが眠れば、能力は解除されます。しかしすでに“ウタウタの実”の世界に取り込まれてしまったぼくたちは、現実のウタに手を出すことができません」
ロー「悪魔の実の能力には必ず限界があるはずだが?」
ブルーノ「その通り。“ウタウタの世界”を維持するためには激しく体力を消耗する」
ブルーノ「おれが常に“ドアドアの実”の能力を使っていられないようにな」
ウソップ「じゃあ、プリンセス・ウタが疲れて眠ればいいってことか?」
ブルーノ「それは難しい。ライブが始まる前、やつがネズキノコを食べるのを目撃している」
ブルーノ「食べた者はしばらくの間眠れなくなるという代物だ」
コビー「一部の地域にのみ生えているキノコで、強い毒性はありませんが一度に大量に食べると依存性が高くなるといわれています」
コビー「それに、眠らないことでどんどん体力を消耗すると命の危険があります」
コビー「ルフィさん、人は眠らないとどうなるか知ってますか?」
ルフィ「どうって……」
言いよどむルフィに頷いてコビーは言葉を続ける。
コビー「眠らないと、強い疲労感や倦怠感を覚え、脳の働きが低下します。攻撃性が高まったり、猜疑心が強くなる人もいるようです」
ウソップ「常にイライラするってことか……」
コビー「それだけじゃありません。眠らないことで身体も心も休息ができなくなるので、ちょっとしたことで倒れやすくなったり、病気にかかりやすくなります。海軍の資料には眠れなくなった結果、死んでしまった人の記録も残っています」
コビー「おそらく現実世界のウタも……いずれそうなるでしょう」
ウソップ「!?」
いずれそうなる?
驚くウソップを他所にに話はさらに進んでいく。
ロー「そうなれば、おれたちは解放されるのか?」
ブルーノ「いや、逆だ」
コビー「ウタの命が尽きればこの世界は閉ざされます。そしてそのとき、“ウタウタの世界”にいる者、つまりぼくたちはそのままになってしまいます」
コビー「ファンの人たちを永遠にウタウタの世界に閉じ込める。それこそがウタの計画なんです」
サニーくん「サニー……」
ウソップ「そんな……プリンセス・ウタがライブを開いたのは、みんなを夢の世界に閉じ込めるためだったなんて……」
ウソップ(自分を犠牲にして新時代を作るって、そんなのありかよ……!)
肩を落とすウソップをルフィが横目でちらりと見る。
ルフィ「……コビー、どうやったらあいつを止められる?」
コビー「それを探るために潜入したのですが、何もわからないままです……」
コビー「ただ、戦力はあった方がいいので、ヘルメッポさんがここにいる海賊たちを集めています。それと、麦わらの一味は別行動をとっています」
ルフィ「あいつら無事なんだな!」
* * *
ブルック「……この五線譜に意味がある? 確かに…何かのメロディーを表しているみたいですね」
しばらく前。
空中の五線譜に貼りつけられた“麦わらの一味”は、何とか脱出を試みていた。
ロビンの提案にブルックが楽譜を見渡そうと頑張って首をひねっている。
ナミ「頭の位置が、ドレミになってるとか?」
ロビン「ブルック、歌ってみてくれる?」
ブルック「……楽譜の全体が見えません。今の私に見えそうなのは……パンツ」
ナミ「うっさい、見るなァ!」
コビー「楽譜に目を付けるとは、さすが麦わらの一味ですね」
そこへ現れたのがコビー、ブルーノ、そしてコビーの相棒ヘルメッポだ。
三人は“ドアドアの実”の能力で麦わらの一味の近くに空間を作っていた。
ナミ「コビー!」
ロビン「あなたたち……どうしてブルーノと?」
コビー「説明はのちほど。……はい、歌ってください」
コビーは持っていたノートに素早く五線譜を書き写すと、90度傾けてブルックに見せた。
楽譜を読んだブルックが承知したとばかりに口を開く。
ブルック「ミ~♪」
ナミ「あ!」
ブルック「レ~♪」
サンジ「外れた!」
ナミとサンジの二人は体が自由になると、ブルックを踏み台にして目の前にある“ドアドアの実”の空間に入った。
コビー「じゃあブルックさん、続いていきますよ!」
ブルック「ド~♪」
ブルックが一音歌うたび、一人ずつ五線譜から外れて自由の身となっていく。
するとその時、上の段に貼りついていたオーブンが声を上げた。
オーブン「おい!妹だけでも助けてやってくれねェか」
ブリュレ「お、お兄ちゃん……」
ブリュレは顔ごとうつ伏せに貼りつけられたため、息継ぎもままならない。
苦しそうな様子が忍びなく、たまらず助けを求めたようだ。
ヘルメッポ「この場だけでいい! 海軍に協力するのが条件だ」
麦わらの一味は既にチョッパー、ゾロ、ロビン、ブルック、フランキーが解放され、残るはジンベエのみとなっている。
腹立たしいが仕方がない。
舌打ちしてオーブンは、妹のために条件を呑んだ。
* * *
その後、クラゲ海賊団たちも協力すると訴えたので、一同まとめて“ドアドアの実”の能力で別の場所へ移したそうだ。
ブルーノ「麦わらの一味の連中はエレジアの城に向かった。ニコ・ロビンが、はるか昔にこの島で起こった事件について知っていることがあるらしい」
コビー「ぼくたちが今向かっているのは、彼らとの合流地点です。ヘルメッポさんが他の海賊たちと待機していますが……」
その時、遠くのライブ会場から歓声と音楽が風に乗って聞こえてきた。
ウタと観客たちは海賊狩りを諦めて戻ったようだ。
ロー「現実時間でウタが死ぬまでの時間は?」
ブルーノ「残り二時間もないはずだ。だが、夢と現実の時間感覚が同じとは限らない」
ルフィ「は?」
コビー「ものすごく長い夢を見て目が覚めたけれど、ほんの数時間だったってことありませんか?」
コビー「それと同じで、夢の中での時間の流れが現実と同一とは限りません。ぼくらがこうして過ごしている時間が、現実ではたったの五分ってこともあるかもしれません」
ロー「その逆も同じか……」
ローの発言を聞いたコビーの足取りが不意に止まった。
ルフィ「コビー?」
コビー「ルフィさん。やっぱりぼくはウタを説得しようと思います」
『!?』
ロー「できるのか?」
騒然とする一同の前で、コビーは力なく俯いた。
コビー「……わかりません。でも海賊ではないぼくの言葉なら聞いてくれるかもしれません。ウタだって、本当はきっとこんな間違ったことはしたくないと思ってるはずです!」
ルフィ「なら、おれも一緒に行く」
コビー「ルフィさん!?」
ルフィ「なァに、邪魔はしねェよ。ただ、あいつが何を考えてるか聞いておきたいんだ」
ニッと笑ったルフィは、次にウソップに真っ直ぐ視線を向けた。
ルフィ「ウソップはゾロたちと合流してくれ。こっちは任せろ」
ウソップ「お、おう……わかった。頼んだぞ、ルフィ!」
ルフィ「おう!」
サニーくん「サニー!」
ルフィ「ししし、サニーもウソップのこと頼んだぞ!」
しゃがんでサニーくんの頭をわしゃわしゃと撫でる姿を見て、コビーは無意識に入っていた肩の力を抜いた。
コビー「……わかりました。ローさんはすみませんがヘルメッポさんのところへ。この道をまっすぐ行けばたどり着けます」
コビー「ブルーノさん、ウタの元へお願いします」
ブルーノ「……俺は運び屋じゃないんだがな」
承諾を返すと、ブルーノはルフィとコビーを連れて“ドアドアの実”の能力を発動した。
* * *
ルフィたちと別れた後、ローとウソップは合流地点へと向かった。
場所を覚えたウソップはそこから離れ、エレジアを目指して森の中を突き進む。
背中にはサニーくんがしっかとしがみついていた。
ウソップ(ルフィのやつ……ひょっとしておれとウタを会わせたくなかったんじゃ……)
ゾロたちと合流してくれ、と言われた時の顔を思い出す。
いつになく真面目で、見聞色を使わずとも何か本心を隠しているように見えた。
ウソップ「フッ……甘く見られたもんだぜ」
ファンの気持ちと仲間への信頼は全く違う。
ウソップは現実の世界に戻りたいと思っているし、仲間たちを見捨てたくないと思っていた。
ウソップ「何とかしてここから出る方法を探すぞ~! っと……お?」
気が付けば、ウソップはゴードンと話した聖堂の近くへ来ていた。
城へと一直線に向かう道のちょうど途中にあったようだ。
ウソップ「さすがにもう誰もいない、か……?」
開きっぱなしの扉からこっそり中を覗くと、奥の方から不思議な声が聞こえてきた。