ゴードン「ミー」
ミニベポ「あちょー?」
ゴードン「ミー」
ミニベポ「あちょ!」
ゴードン「……ドー、レー」
ミニベポ「……! ミー♪」
ウタが出したのだろう五線譜に拘束されていたゴードンが、ベポの歌声でようやく解放されたところだった。
しびれた腕をさすりながらゴードンが頭を下げる。
ゴードン「ありがとう。君は素晴らしいクマだ」
ミニベポ「アイアーイ!」
ウソップ「あんたら無事だったか! てっきりプリンセス・ウタのところにいるもんだと思ってたが……」
他に敵がいないことを確認して、ウソップは二人に声をかけた。
背中に乗っているサニーくんも一緒だ。
ゴードン「きみは……麦わら帽子の彼と一緒にいた子だね。先程はすまなかった」
ウソップ「いいってことよ。それよりあんた……」
ウソップ「あんたは、ここが夢の中だって気づいてたのか?」
ゴードン「……知っていたのか。そうだ。ここはウタが“ウタウタの実”の能力で作り出した夢の世界なのだ」
ウソップ「あんたは“ウタウタの実”について何か知ってるのか? ここから出る方法は!?」
ウソップが思わず身を乗り出すが、ゴードンは首を横に振るばかりだった。
ゴードン「……私が知っているのは、ウタが眠ればこの世界“ウタワールド”は消えるということだけだ」
ウソップ「そっか……」
ゴードン「あとは……いや、あれは燃やしたはずだ」
ウソップ「???」
ゴードン「……せめて、ウタが夢の世界に取り込む人間が少しでも減ることを祈る他ない。世界政府や国の中枢まで飲み込まれてはこの世の秩序がなくなってしまう」
ウソップ「それって、映像電伝虫の中継でも“ウタウタの実”の能力が使えちまうってことか!?」
ゴードン「その通り。ウタの意志の乗った歌声であれば能力を使うことができるようなのだ。彼女はそれを自分の歌の演出に使っていたが……」
――いつもの映像電伝虫を使った配信ライブは、私が疲れて眠くなっちゃうからすぐに終わっちゃうけど
――今回のライブはエンドレス! 永遠に続けちゃうよ!
――そう、みんなとずーっと一緒にいられるってこと!!
――配信で楽しんでるみんなも、この会場にいる君たちも! もっともっと楽しんじゃおう!
ウタは嘘は何一つ言っていなかったのだ。周りがその意味を理解していなかった。
ウソップは悔しそうに唇を噛む。
もっと前に何とかできなかったのか……いや、それも無理な話だ。
自分たちは何も知らずにエレジアへ来たのだから。
* * *
ウタが使っている映像電伝虫は二年ほど前、エレジアの海岸を歩いていて偶然拾ったものだ。
どうやら特殊な個体のようで、音声と映像を不特定多数に向けて発信できる代物だった。
ウタの素晴らしい歌声をどうやって世界に送り届けるか考えていた私たちは、大喜びでその映像電伝虫を使ったんだ。
ここに来てから外の世界をほとんど知らずに育った彼女は、電伝虫を通して世界中の人々と交流できることをとても喜んだ。
まるで解き放たれたように、自分の歌声を外に向けて発信するようになったのだ。
あの子の歌声はまさに天からの贈り物だ。人々を幸せにし、世界を平和で包む力を持っている。
彼女の声はファンを魅了し、まるで世界を覆いつくすように瞬く間に広まっていった――
* * *
ミニベポ「あちょ~~……あちょ!」
サニーくん「サ~ニ~~ サニー!」
ゴードン「あのッ! 聞いているかね!」
サニーくんに拳法の動きを教えようとしているミニベポ。
ウソップも地面にあぐらをかいてすっかりリラックスしている。
ウソップ「おっさん話が長いぜ……。聞いてるから、先に進んでくれよ」
ゴードン「あ、ああ……」
ウソップ(とは言っても、配信の裏側を聞けるのって貴重なんだよな……いやいや、プリンセス・ウタのファンは一時休業だ!)
* * *
配信を続けていくうちに、ウタは自分の歌が人々の生きる希望となっていることに気づいた。
『ウタ、ありがとう!』『元気が出たよ』『ウタのおかげで明日からまた生きていけそうじゃ』
――私も、みんなに喜んでもらえて、嬉しい!
歌を聴いている時だけは、苦しいこと、つらいことを忘れて幸せな気分になれるというのだ。
彼女はいつしか、そんな人々のために歌うことを生きがいにしていた。
『ねえウタちゃん、苦しいよ。ウタちゃんの歌だけずっと聴いていられる世界はないのかな……』
だが…外の世界の現実を知るうちに、彼女の中に新たな自覚が芽生えていった。
大海賊時代は戦争や血が絶えない。もともとは歌を聴いてもらうためのものだったのに、いつの間にかウタのことを救世主だと崇めるファンが増えていった。
ウタの元にファンたちからの手紙が届くようになった。配信の中でも海賊に虐げられている人々の話が増えていったのだ。
『ほんと困ったもんだよ』『誰も私たちみたいな者のことは気にかけやしない』
『ああ……いつも泣いてばかりさ』
『みんな言ってるよ。海軍も悪いけど、もっと悪いのは…』『ぼくおなかすいた…』『仕方ないだろ、海賊が全部持ってっちゃったんだから』
『そう、海賊よ!』『勝手なやつらのせいでさ…!』『みんな楽しくなくなっちゃったんだ!』
『あんたもわかってくれるかい…?』
『頼むよ、わしらの苦しみを…』
『あなたしか、あなたしかいないんです!!』
『お願い』『あんたなら』『頼みます』『あなただけが…!』
『お願い!!!』
――みんなの気持ち、よーくわかった。私が必要なら、作るよ! みんなが幸せになる“新時代”を!
そうしてウタは、この計画を始めてしまったのだ――
* * *
ウソップ「ウタのライブにそんな裏があったなんて……」
ウソップもウタの配信を時々見ていたから知っている。
彼女がどれだけ努力して歌を、ダンスを、盛り上げる話の技術を磨き続けてきたかを。
それも全てファンを喜ばすためだった。
ゴードン「頼む、ウタの計画を止めてくれ! 赤髪海賊団のことを知っている君たちならきっとできるはずだ!」
ウソップ「そりゃ、俺も…ルフィも赤髪海賊団を知ってるけどよォ……」
ウソップは首をひねった。いくら考えてもわからないことがある。
ウソップ「どうしてそんなに期待をかけるんだ? あんたにとっちゃ、赤髪海賊団は自分の国を滅ぼした憎い
ゴードン「それは……」
言いよどむゴードンにウソップはぐい、と膝を詰めた。
ウソップ「この際だから腹を割って話しちまおうぜ!俺も親父のいる赤髪海賊団がどんなだったか知りたいし!なっ!」
わざと明るく言ってゴードンの気を和らげようとする。
その気遣いに気づいたのか、ゴードンも強張っていた表情を少し和らげた。
ゴードン「わかった、彼らの話をしよう。あれは十二年前、赤髪海賊団がエレジアにやってきた日のことだった……」
ウソップは確信した。
この話は絶対に長くなると。
* * *
濃い霧が立ち込める中、一人の女性が高台からライブ会場を見下ろしている。
CPに所属するカリファだ。
カリファ「……聞こえますか?ウタのライブは続行中」
カリファ「心を奪われた映像電伝虫が暴走して“ウタウタの世界”の映像を流し続けています。音声が切られていないと危険です」
カリファ「歌声を聞いた瞬間に、心を取り込まれてしまいます」
――聖地マリージョア
ルッチ「ウタがライブを始めてから四時間が経過しました。犠牲者の数は加速度的に増加中」
ルッチ「ライブを完遂させた場合、最終的に全世界の七割が“ウタウタの世界”の住人となる計算です」
五老星「七割!? 想定外だ……」
ルッチの報告に頭を抱える五老星たち。
五老星「世界滅亡の危機ではないか」
五老星「なんとかして止めねば……」
五老星「ええい、海軍の報告はまだか!」
* * *
海軍の船は既にエレジアに到達していた。
島の周囲をぐるりと囲むように停泊し逃げ道を塞いだ後、先遣隊の船のみ港に着岸して武装偵察部隊を上陸させる。
銃や剣を構えた海兵たちが一斉にエレジアの大地を駆け抜けた。
廃墟の街を一軒ずつ覗き込み、敵が潜んでいないか注意深く確認する。
市街地を抜けてライブ会場に辿り着くと、モモンガ中将率いる一小隊は息を呑んだ。
モモンガ「なんだ……これは……」
ステージは無人だった。
映像電伝虫はライブの様子を映しているというのに、現場は誰一人歓声を上げる者もいない。
それどころか、ウタの姿さえなかった。
驚くモモンガ中将の耳に通信用の電伝虫による報告が続々と入ってくる。
[こちら武装偵察第七班。エレジアに国民の情報なし]
[武装偵察第二班より連絡。敵対勢力は見つけられず]
[武装偵察第四班よりモモンガ中将へ。観客の意識戻らず。意識戻らず。今後の指示を求む]