――エレジア
ブルーノ、コビー、ルフィの三人は“ドアドアの実”の能力でライブ会場の裏へ移動した。
ブルーノ「? 何か騒がしいな……」
コビー「行きましょう。ウタはステージに戻っているはずです」
舞台袖に移動し、ステージ上のウタをこっそりと監視する。
すると、ウタが両手を振り上げて何か言っているのが見えた。
ウタ「みんな! もう天竜人なんて怖がることはないよ!」
『!?』
ブルーノとコビーはぽかんとした。観客席もあっけにとられて静まり返っている。
ルフィ「ん? なんだありゃ?」
ルフィが指差した方向を見上げると、“天竜人”のチャルロス聖らしき人物とその護衛が、さかさまに五線譜に貼りつけられているのが見えた。
大方、ウタを金で買い取ろうとして拒絶され、海賊たちと同じように歌にされたのだろう。
コビー「うわァ……とんでもないことするなァ……」
コビー「大丈夫かな……夢の中ってことで許してもらえないかな……」
思わず保身に走ろうとするコビーの耳に観客たちの声が飛び込んでくる。
『あの! こんなことしたらまずいよウタ!』
『天竜人に手を出したら世界政府や海軍が襲ってくるよ!』
『どうしよう』『謝った方がいいの?』『でも、やったのはウタだろう!』『わしゃ関係ないぞ!』
ウタ「どうしたの? みんな心配しなくていいんだよ。大丈夫だって!」
ウタは不思議そうに首をかしげる。
そうこうしているうちに枡席の一つにいた観客たちが小舟に乗り込もうとしていた。
ヨルエカ「ごめん、ウタ! ぼく、そろそろ家に帰らなきゃ。飼っている羊たちの面倒を見ないといけないんだ」
ヨルエカ「ありがとう、楽しかったよ!」
ウタ「ちょっと待って!意味がわからないんだけど」
ヨルエカ「……えっ?」
ウタ「なんで苦しくてつらい生活に戻ろうとするの? ここで楽しく生きていけるのに。それよりさ、誰か上に捕まえておいた海賊知らない?」
ウタは少年の主張をまったく意に介さず他の事を気にしている。
そんな姿に観客たちのざわめきが少しずつ広がり始めた。
『え、帰っちゃだめなの?』『困るんだけど……』『もうすぐ夜だし』『おうちに戻りたいよ…』『お父さん待ってるのに』
コビー「観客たちも違和感に気づき始めた……今なら!」
意を決して、コビーは舞台袖からステージに飛び出した。
コビー「ウタさん、もうこんなことは終わりにするんだ!」
ウタ「あなたも海軍? 天竜人を助けに来たの?」
コビー「ぼくはみんなを救うために来た。すべての人々の心を現実の世界に今すぐ返すんだ!」
『コビー大佐?』『えっ?本当にコビー大佐だ!』『コビーさーん!』
観客のざわめきが一気に期待に満ちたものに変わる。
ウタは驚いたように観客たちを見た。
ウタ「有名な人なの?」
『ロッキーポート事件で民衆を救ってくれた英雄じゃよ!』『そうよ英雄よ!』『あの時はありがとう!』
ウタ「そうなんだ……私、ずっとこのエレジアにいたから普通のニュースよく知らなくってさ」
コビー「あ、いや……」
民衆からの歓声や拍手にコビーは照れたように頭をかく。
ルフィ「へー、あいつそんなことになってんだなァ」
ブルーノ「おい、顔を出すな」
様子を見守っているルフィも感心したように頷く。
コビー(まいったな……そんなに知られていたなんて。でも、ぼくに注目が集まっている今なら……)
コビー「みなさん、聞いてください! 実はぼくたちがいるこの世界は、現実ではありません!」
いきなりこんなことを言われて驚いたでしょう。でも、本当なんです!
ウタが実は、“ウタウタの実”という悪魔の実の能力者だということを海軍は突き止めました。
その能力は、歌声を聞いた者を自分の世界に閉じ込めるというもの。
みなさんは騙されているんです。ここからいますぐ脱出するべきです!
ブルーノ「なるほど。英雄らしく民衆を味方につけるつもりだろうが……あのやり方はまずい」
ルフィ「どういうことだ?」
ブルーノ「急いで伝えようとして短絡的になっている。あれでは動揺を誘うばかりだ。それに……首魁を放置しすぎだ」
ルフィ「首魁……」
コビーを見守っていたルフィは、ハッと気づいてウタに視線を向けた。
コビーの発言で、それまで様子をうかがっていた他の観客も次々に話し始めた。
『え、なに?』『ウタウタの実って……』『悪魔の実の能力者?ウタが??』『でもコビー大佐が』『閉じ込められてるって……』
『俺たちをだましてたってことか…?』『ウタ! 本当にだまして閉じ込めたの?』
ウタ「だましてない! 私はみんなをだましてないよ!違うよみんな!私はみんなが幸せになれるように導いてるだけ!」
ウタ「ここはみんなが望んでいたトコだよ。大海賊時代はもうおしまい! 平和で自由な時代が来るんだよ!」
『導くってどういうこと?』『ウタが閉じ込めたのは本当なの?』『どうしてそんなこと…』『おうち帰りたいよー!』『ウタ……』
観客の動揺が止まらない様子に、ウタも焦っている。
両手をパンと打って食べ物やぬいぐるみ、遊び道具をたくさん作り出してウタは呼びかけた。
ウタ「ほら、最高でしょ? 食べ物や遊びはいっぱいある! ひどいことをする人や病気や苦しみはないんだよ!」
『病気も消えるの?怪我も?』『そうだ、あいつさえいなけりゃ俺も…』『ここで生きていった方が幸せかもしれないな…』『私も!』
ウタ「やっぱりそうだよね!」
『だけど仕事あるし……』『ずっとは困ります』『遊んでばっかりってのもな…』『いくらウタでも、ついていけないかも』
ウタ「みんな! みんなは自由になりたかったんじゃないの? 病気やいじめから解放されたいってのは嘘?」
ウタ「海賊におびえなくてすむ毎日が欲しいって言ってたじゃない!!」
『るっせーな、帰りたいっつってんだろ!』『やめなよ、ウタはみんなのためにやってくれてるんだよ!』
『おれ頼んでねーし!』『あたしも!』『あんたらうるさい!』『ウタにさんせー』『わしもここで暮らしたい!』
『やだよ、学校好きだもん!』『今それ関係ないでしょ?』『やり過ぎなんだよウタは』『そんなの勝手に決めんなよ!』
観客たちはもはやウタを無視して言い争いを始めている。
止めるべきであろうウタは目に見えて動揺し、握った拳を震わせていた。
自分の味方だったはずのファンたちがこうも手のひらを返すとは……夢にも思っていなかったに違いない。
これ以上は酷だろう。コビーは近づいてウタに声を掛けた。
コビー「ウタさん、あなたの計画を中止するべき……」
ウタ「そっか! ごめん、わかったよ!!」
コビー「っ!?」
ウタ「もっと楽しいことがあればいいんだね!」
両手をバッと広げたウタの身体が白く発光し、四方八方に閃光を放った。
光の当たった場所から青空がピンク色に変わり、ステージ下の海面水位が上昇して会場ごと観客たちを飲み込んでいく。
『なんだこれ!』『嘘だろォ!』『溺れる!』『やめて、ウタぁ!』
逃げ惑う観客たちは次々とかわいいものの姿に変えられてしまった。
観客たちは口々にウタに叫んでいるが、ウタの耳には届かない。
ウタ「ほら!これでみんな、楽しい気分になれるでしょう!?」
コビー(なんてことを……!)
説得の失敗を悟り、コビーは撤退しようとした。
その足元をウタの閃光が貫く。
コビー「うっ!」
ルフィ「コビー!」
ルフィは腕を伸ばし、コビーを掴むと自分と位置を入れ替えるように飛び出した。
コビー「ルフィさん!?」
ルフィ「行け、コビー! 牛!」
コビー「そんな! ルフィさん!」
ルフィ「行けえェッ!!!」
動けないコビーを抱えたままブルーノが
既に海水は膝下まで到達している。無理矢理身体をねじ込むと勢いよく扉を閉じた。
消えていく扉を背にして、ルフィはウタと対峙する。
* * *
観客を海中に沈め、かわいいものの姿に変え終えたウタは、穏やかな水面を歩きながら足元にしきりに話しかけていた。
ウタ「驚いた?ごめん、でも大丈夫だよ。平和で自由な新時代でずっと一緒に楽しく暮らそうね!」
……その声を聞いている人間は、誰もいない。
ただ一人、ルフィを除いては。
ウタ「……またあんた? 何しに来たの」
近づくルフィに気づいたウタが不機嫌そうに声のトーンを落とす。
ルフィ「お前こそ何やってんだ。こいつらみんなお前のファンだろ」
ウタ「みんなには、ちょっと姿が変わってもらっただけ。これでみーんな幸せになれるの」
ルフィ「幸せ? こんなの……」
ルフィ「こんなのただの“支配”じゃねェか!」
ルフィの険しい表情にウタは涼しい微笑みを浮かべる。
ウタ「“支配”? そんなことしないよ。“新時代”は海賊も天竜人も怪我人も、貧しい人もお金持ちもみんな平等で平和な世の中なんだから」
ルフィ「平和? 平等? それがお前の考える“新時代”なら……」
ルフィ「おれは、そんなもんブッ飛ばして自分の“新時代”をつくる!!!」
宣言するルフィの全身からぶわっとオーラが立ち上り、爆発的に膨れ上がって全方位に広がった。覇気の力だ。
水面を滑るように走った覇王色の覇気はしかし、ウタに届く前に搔き消されて、そよ風を起こすのみだった。
ウタが作った夢の世界だ。そんなこともできるのだろう。
ウタ「……ふぅん……あんたも“新時代”の理想があるんだ。興味ないけど」
前髪を揺らす微風が治まると、ウタは《私は最強》の歌で使用した黄金の槍を召喚して構えた。
ウタ「海賊が考える“新時代”と、私が作る“新時代”! どっちが強いか、勝負よ!!!」
黄金槍を一振りするとその軌道から無数の音符が飛び出してルフィに襲い掛かった。
身体に貼りつき拘束しようとする音符を体の動きだけで躱し、ルフィは短く地面を蹴って飛び上がると空中で一回転して技を繰り出した。
ルフィ「ゴムゴムの……
ウタがパチンと指を鳴らすと今度は大量の音符の戦士が現れる。
一部はルフィの攻撃を受けて吹き飛ばされたが、代わりの戦士たちが次々に槍を構えて突進してきた。
ルフィ「ゴムゴムの……スタンプ!!
空中から突き落とすように蹴りを繰り出し応戦するも、空飛ぶ音符兵たちが続々とルフィを取り囲む。
一斉突撃をルフィは伸びる腹で受け止め、その反動でギュルンと弾き飛ばすと拳の
ルフィ「おおおおおおおおお!!あああああああ!!!」
猛攻で音符兵たちの包囲に穴が開いたのを見逃さず、着地と同時にギア
彼女は動じず両手を振って虹色の五線譜を生み出し、縦横無尽に行く手を阻んだ。
足元の五線譜を踏まないようにタン、タンとステップを繰り返し、ルフィが大ジャンプするとそこを狙ったとばかりに音符兵が巨大ハンマーを打ち下ろした。
ルフィ「ゴムゴムの鐘!!!」
それを頭突きで跳ね除けると、反撃とばかりに両足で音符兵をがっしと掴み、体を捻って地面に叩き落とした。
ルフィ「ゴムゴムのォ…“JETハンマ~~”!!!」
ザバァン!!
落とされた衝撃で大飛沫が上がり、抉れるほど凹んだ水中のぬいぐるみ達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
『なんだなんだ?』『海賊の攻撃だ!』『助けて殺されるー!』『ウタ―!!』
ウタ「あーっ! ちょっと何すんの! やめてよ!!」
ウタは急いで駆け寄るとぬいぐるみたちが汚れたり怪我をしていないか検分し始めた。
しゃがんで無防備な背中を音符兵たちが庇うように護衛する。
すっかり気がそがれたルフィは、戦闘の構えを解くと気まずそうに目をそらした。
ルフィ「……そんなになっても守ろうとすんなら、最初っから大切にしてやれよ!」
ウタ「……なんで海賊のあんたに言われなきゃなんないの。世の中にはいっぱい苦しんでる人がいる。私はその人たちを大事に思ってる!」
ルフィ「お前が知らねェやつまで助ける義理なんてねェだろ」
ウタ「あるの! 私は新時代を作る女。歌でみんなを幸せにするのが使命なの」
ルフィ「お前はこんなのが幸せだっていうのか」
ウタ「うるさい! 私のことわかってくれる人もいる!みんなわかってくれる!いつかきっと!」
ルフィ「いつかっていつだよ!!」
ルフィの大声が水面に大きな波紋を打った。
ルフィ「今幸せじゃねェ人間を救うんじゃなかったのか。お前が一番救われてねェじゃねェか!!!」
ウタ「!!」
ウタの右目から、知らず浮かんでいた涙がひとつ、はらりと零れ落ちる。
ルフィは固い表情で更に言い募った。
ルフィ「こんなことして……シャンクスは怒るぞ」
ウタ「い……いきなり何!? シャンクスは関係ないでしょ」
ルフィ「娘がこんなことやってるのに、シャンクスが黙ってるわけねェだろ!」
ウタ「娘って! 私を捨てたあいつらにそんな風に思われたくない!」
ルフィ「思ってるかもしれねェだろ!!!」
ルフィ「おれの知ってるシャンクスは……赤髪海賊団は、そういう男たちだ。どんなに辛い時でも仲間は見捨てねェ」
ウタ「仲間……」
ルフィ「シャンクスはおれの恩人だ。おれはこの麦わら帽子をシャンクスに返すと約束をした。いつか必ず約束を果たす!」
ウタ「約束……は、はは……」
――いいんだぞ、ここに残っても。
――世界一の歌手になったら、迎えにきてやる。
――置いてかないで!!
――なんで……なんでだよォーーーー!!!!」
ウタ「あはは……アハハハハハハハ!!! そう……あんたはシャンクスを信じてるんだ……!」
乾いた笑い声を上げるウタにルフィは一瞬たじろぐ。周りの空気が重く変わった気がした。
治療をしていたぬいぐるみを置き、ウタはゆらりと立ち上がる。
ウタ「ルフィって言ったっけ。あんたと私は一生分かり合えないよ。私を捨てたあいつのこと信じてるなら……!」
振り返ったその目は、狂気に満ちていた。