第1話
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あまり裕福ではなかった。
そう意識して、劣等感に苛まれたり、他人を羨ましがったりするということはなかったが、表向きのことで、実際には、おのれの決してたかくなく、むしろ低い身分に相応しい感情を持っていたと思う。
小屋のように小さい家。雨風に晒されると崩れそうになるあばら家。しかしぼく、そしてぼくの母の住まいである。
パンを食べる。夜ごはんだ。間にハムを挟んで食べる。カサカサに乾いており、噛み応えがあるという域を過ぎて、顎が痛くなるほど堅い。
「お母さんは食べないの?」
ぼくはそう問う。母は狭い部屋に置かれた織機で、織物をしている。内職だった。
「後ちょっと。切りのいいところで終わって、わたしも食べる」
微笑を絶やさないやさしい母だが、よく見るとやつれていて、痛々しい面立ちである。肉付きもよくなく、スレンダーというよりは、痩せぎすだ。
ハァ、というため息が聞こえる気がした。
父はぼくがまだ小さい頃――12歳の今も十分小さいと思うが――事故に遭って亡くなった。その相貌も、背格好も、全く記憶にない。
母が織物仕事をしているのは、そういう経緯によるものだった。一家の大黒柱が斃れ、その時まだ歩くことすら覚束なかった幼いぼくの養育と庇護のために、母は一念発起して働き始めたのだ。
家では織物仕事を主にしているが、その他には、農家の手伝いもやっている。しかし、いわゆる農奴という立場に過ぎず、他人の土地を借りて耕作しているので、肩身が狭く、収穫したものも、租税として大部分を取り上げられてしまう。
粗末なご飯を平らげると、ぼくは、何となく気が塞いで、外に出ようと思った。
「どこ行くの? フリッツ」、と母が手を止め、外出しようとするぼくに尋ねる。
「出かけるわけじゃないよ。ちょっと考え事がしたいんだ」
「……そう」
母は納得してくれたようだった。
ぼくは扉を開け、外に出ると、家の壁に背を持たせた。やわらかい風が吹いており、ちょっと肌寒いくらいだった。
辺りは真っ暗だった。何となれば、夜なのだ。母がいぶかるのも無理のないことだった。
森に囲まれたぼくの村。人口は少なく、施設や設備などは最小限のものだけ、かろうじてあるという具合で、活気があるといえる環境ではなかった。
この村の支配者は、母が土地を借りている領主で、村の出入口では、警備のため、武装した番人が交代制で見回りをしている。
空に目を遣ると、黒々としたこの村を囲う森林のシルエットと、その向こうに、冴えた星空が広がっているのが見えた。
母はもう仕事を終えただろうか。早く終えて、ゆっくり休んで欲しい。
目を瞑ると、木々のざわめきが聞こえる。