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ぼくらが入り、歩き回ったのは、たったひとつの山ではなく、その連なりであり、そして夕を迎えようとする時分、いよいよ下山が予期出来るほどのところまで来たのだった。
体力は使った分だけきっちりと消耗しており、ぼくが第一にそうだったが、ぼくだけではなく、ブルーノだって、ミアだって、それぞれ意を一にして、早くくつろげる場所へ移りたいという風に切望していたことだろう。ベッドで横になること、ランプの灯影で読み物をすること、清潔に洗われた食器に盛られた食べ物を食べること、等々を想像し、じれったい思いに駆られたことだろう。
ぼくらが進んできたのは、整備状況は決してよいと言えないが、確かに踪跡を思わせる登山道であり、その半分獣道じみた状態を鑑みると、この先にある人里が、あまり栄えていないかも知れないという推測が浮かんでくるのだった。
下り坂を下りていき、藪を抜けると、開けたところに出た。
まず目に入ったのは小川の流れだった。向こうへ上っていく斜面の広場の彼方に、またも山の連なりがあり、そもそも周囲はあまねく連山だった。とどのつまり、ぼくらが出たのは谷間だった。
まだ雨が降っていた。もやが垂れこめる谷間に、灰色の煙が、もやに混じって漂っている。誰かが暖炉を使っており、その煙が、煙突より排出されているのだろう。
「ふぅ」、とブルーノは手の甲で汗やら雨やらで濡れた額を拭い、ほっとしたように一息吐く。
「何とか暗くなる前に下山出来たし、ちょうどいい塩梅で人里が見つかったな」
足が棒になっているぼくとミアは、余力がもうちょっとしかなく、すっかりくたびれてしまう前に目的とする地へ着けたことの喜びを嚙みしめるのだった。
ぼくは辺りを見渡した。
斜面のほとんどは丈の低い草に覆われており、ところどころ、木々の群生があった。針葉樹だった。家屋も、軒を争うというには程遠い密度で並んでおり、村民の数は少なそうだ。
「とりあえず、入ろうぜ」
ブルーノの案内に従い、小川に架かった石橋を渡って入村する。
宿を探して村を歩きながら、ぼくは村の模様をキョロキョロ見回してみたが、ずいぶん鄙びているということ以上の発見はないようだった。
しばらくして、ブルーノが宿を見つけたようだ。彼が指で示す方を見遣ると、こぢんまりとした建物の壁のウォールサインが見えた。木のそれには、《ベッドと食事》と書かれており、宿には違いないようだった。
扉を開けて中に入り、受付の者に話しかけようとすると、若い男がひとり、座っていたが、腕組みして後ろへと大きく仰け反り、寝息を立てているのだった。
ブルーノが大声で起こすと、彼は半ばびっくりして跳ね起き、刹那、事態を飲み込むまで、辺りを瞠目して見回した。
「お、お客さん?」
「えぇ、そうです」
「失礼しました」
受付の彼はゴホンと咳払いすると、眠気を払うように、顔を手でゴシゴシ拭いた。
彼いわく、谷間の宿なので、基本的に閑古鳥であり、経営も捗々しくなく、けれど経営者の趣味で成り立ち、存続しているらしかった。
宿賃も良心的で、案内してもらった部屋は整然としており、清潔で、居心地がよかった。
ベッドが三つある部屋を指定し、お陰で、誰がベッドで寝、誰が地べたで横になるかを争わずに済んだ。まぁ、今回同行しているのが比較的慎ましい女性のミアであり、あの自尊心の強い御令嬢ではなかったので、ひょっとすると、ベッドが限られているとしても、案外穏和に、それぞれ譲り合うなどといった人情味のある展開になったかも知れない。
とにもかくにも、ぼくら一行は無事、村へと至り、サービスのよい宿を見つけて宿泊し、ひとが少なく静かで落ち着いた環境で、ゆったりと過ごし、その日の冒険で疲弊した体をいたわり、ねぎらってやることが出来たのだった。
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