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「ギルド?」、と宿の受付の男は、聞き返した。
まさかギルドを知らないはずなどないと決めてかかっている、ギルドの在処を問うたぼくは、呆気に取られた。
ミアと共に近くを歩き回ったが、見当たらないので、現地のひとに聞くことにしたのだった。
しかし、まじめにギルドとはこういうものだと説明すると、彼は合点が行ったようだ。
「あぁ、職業斡旋所ね。そう言ってくれなきゃ分からないよ。この辺ではギルドなんて垢抜けた言い方はしないんだよね」
今まで幾つかの人里を巡ってきたが、ギルドという呼称が通じないことはまずなかった。この村は、よっぽど鄙びているのだろう。
確かに、ぼくとブルーノが今まで立ち寄った村や町は、他の人里と行き来しやすい地域のものばかりで、こういう山に囲われるなどしたアクセスのよくないところには、来たことがなかった。旅路の事情で、仕事や宿を求めて放浪するぼくらからすれば、経済的に栄えていない辺境をあえて訪れる理由がなかったのである。
「じゃあ、お仕事を紹介してもらうにはどうすればいいんですか?」
「直接行けばいいよ。この村は小さいけど、ちゃんと皆仕事して暮らしているんだ。まぁ、人手を欲しているかどうかは分からないけどね。あっ、この宿はダメだよ。もう新しいひとを雇う余裕はないし、その必要もないからね」
――話を聞き、ぼくとミアは困惑したが、その前に、求めてもいない宿の仕事を断られたショックと、ちょっとした恥ずかしさで、ムカムカした。
受付の男は、ぼくらを妙に哀れむ風だったが、ひょっとして彼は、ブルーノが単身立ち去ることで、ぼくらが見捨てられた不憫な子供だとでも思っているのだろうか――?
まだ子供に過ぎないぼくらを、彼は、宿泊者としてちゃんと認めてくれているだろうか。あるいは、ブルーノが金を置いていくなどと事前に伝えているから、彼は怪しんだり追い出したりせずに、ぼくらを泊めさせてくれるのだろうか。
とにかく、ぼくらが無賃で宿泊するかも知れないというおそれや疑いを抱かせないよう、一日も早く仕事を見つけなければいけない。
雨雲は、次第に風の流れに乗って遠ざかろうとしており、空は清々しい秋晴れになりつつある。
ぼくらは再び外に出、取りあえず、あてどなく歩くことにした。
「ギルドがないなんて、信じられないわ」、とミアが嘆く。
「仕方ないよ。ないものはないんだ。多分、ここでは、各家庭に生業があって、それぞれ世襲か何かで受け継がれてるんだと思う」
「じゃあ、よそものはお呼びじゃないってこと?」
「そうかも知れない。でも、例えば子宝に恵まれない家があれば、仕事の後継ぎに困っているだろうし、ぼくらのような外部のにんげんでも、受け入れるかどうか、少なくとも、検討くらいはしてくれるんじゃないかな」
そんな話をしがてら、ぼくらはまた川べりの方に来て、その水の音を聞きながら歩いていた。
「あっ」、とミアが発する。
彼女は遠くを見、その目線を追うと、川の対岸の、なだらかに上がっていく斜面の向こうに、小さな家があり、そのそばに、人影がある。男で、老人で、丸太の椅子に座り、もくもくと紫煙を昇らせている。
「あのひとに話を聞いてみましょう」
ぼくは頷き、ミアと共に彼の方へ寄っていくと、目が悪いのか、だいぶん近付いてからようやく気付き、目を細めてぼくらをじっと見つめた。よわいは、七十は越えているだろう。
「見ない顔だ。さては旅人だね」
老人が言う。
「まぁ、そんなところです。しばらく逗留させてもらうつもりです」
「ハハ」、と薄い白髪を伸ばし、髭をたくわえた彼は、しなびた笑い声を上げる。
「ゆっくりしていきなさい。ここは何もないが、少なくとも静寂と、清潔な空気、そして水がある。山の土壌で丹念に浄められた水がね」
「それは素晴らしいことです」、とミア。
「けど、わたしたちは今、水よりも、まず、仕事を必要としているのです」
「仕事? はて、あなたがたは、旅をしているのではないのかい? 仕事ということは、ここに定住することを考えているのかい?」
「そういうわけではないですが」、とぼく。
「当面の生活費を稼ぎたいんです。何でもいいんです。家畜小屋の清掃でも、木材の調達でも……本当に、何でもいいんです」
「そうか、そうか」
老人は、考え込むように、髭を指で摘まんで引っ張る仕草を見せる。
「実は、ひとつだけある」、と老人が、人差し指を立てて見せる。
「何ですか?」
ぼくは興味津々となって訊く。
「ただし、この仕事はひとりだけでよい。あなたがたの内、ひとりだけで済む仕事だ。何、簡単な仕事だ。つまり、わしの世話をして欲しいのだ」
「おじいさんの、世話?」、とミアが呆然と聞き返す。
「そう。わしももう年で、家事全般、何をするにも骨が折れるのだ。妻はとっくの昔に病気で亡くなって、以後はずっと独り身だ。孤独の苦しみと共に何とか生きてきたが、そろそろ体にガタが出始めて……」
要するに、付き人となって、色々と手助けして欲しいということだった。
仕事は、喉から手が出るほど欲していたが、雇うのがひとりだけでいいとなると、ぼくとミアのどちらが引き受けるか、話し合わないといけなかった。
ぼくとミアは目を見合わせ、お互いに、相手の目に、当惑の色を見出すのだった。
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