さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第八章~正義をふりかざして~
第113話


***

 

 

 

「ちょっと伺いたいんですが」

 

 と彼は、朝、宿を出る時、受付の男に尋ねた。

 

「あぁ、あの村ね。もちろん知っていますとも。結構ビッグニュースでしたからね」

 

 いまひとつ冴えない飛脚のオットーと、才色兼備の令嬢のリーザは、いよいよ、ゲールフェルト村の近傍まで来たのだった。

 

 オットーだけであれば二、三日で行けた旅路だったが、体力的に大人に劣る少女を連れていたので、その倍ほどの時間がかかった。小刻みに休憩し、足取りも速くないのだから、そうなるのは理の当然だった。

 

「今、当地はどういう状況です?」

 

「さぁね。わたしはよく知らない。まぁ、でも、こっぴどくやられたっていう噂だから、何となく察しが付くけどね」

 

「そうですか」

 

「あなた方、もしかして村へお行きになるおつもりじゃ……?」

 

「わたしのパパとママがあの村にいたのよ」

 

「左様でございますか……」

 

 受付の男は気の毒がるように眉を下げてまだ背の小さいリーザを見下ろした。

 

「お気持ちは痛いほど分かりますが、あなた方は、お二人きりですよね?」

 

「そうです」

 

「もし、当地へ行かれるのであれば、ちゃんとしたキャラバン隊でも組まないと、万が一賊か何かに襲われた時、大変ですよ」

 

「あなたのおっしゃる通りです。ぼくらは軽装備だし、戦闘のノウハウもない。だけど、ぼくらは決して観光に行くわけじゃなく、少しだけ視察したいのですよ」

 

「成るほど。分かりました。こういうことを述べるのは恐縮ですが、わたしにアドバイスできることは特にありません。精々、気を付けてお行きになるよう、お祈りするくらいです」

 

「ありがとう。その気持ちだけでも、十分励みになります」

 

 ――彼は、旅人たちに、安全祈念の気持ちに加え、お菓子を選別として渡した。甘い味のするウエハースだった。

 

 オットーとリーザは礼を述べて宿を出た。秋の晴れ空は明るかった。

 

「行きましょうか」

 

「えぇ」

 

 どこか白けたムードが漂っていた。

 

 宿が建つ正面は、ずっと向こうまで、緩やかな下り坂となってカーブしており、坂道の両側には住宅が軒を連ねている。小高い丘が、彼方で、まだ青々として夏の風情を残している。

 

 学校に出席せず、親の安否を案じて意気軒高に長旅をしてきたものの、リーザは、段々としょげていった。

 

 旅の道すがら、また、人里に滞在した時など、彼女はオットー共々、欠かさずひとを捕まえてはゲールフェルト村の状況について聞き込みをした。

 

 しかし、これといった詳細な情報は皆無に等しく、誰も彼も、異口同音に、村の状況には悲観的な意見しか述べず、リーザはやがて感化され、彼女までも、当初の活気が挫けて、もう有効な動機付けがなくなったいた。足の運びは遅鈍で、もはや半ば、オットーの付き人みたいになっていた。

 

 オットーはやれやれという風に控えめにため息を吐き、「元気ないですね」、と言った。

 

「そう?」

 

 下り坂をゆっくりと下りながら、彼女は白々しいく答えた。

 

「これからが正念場ですよ。もうちょっと、覇気を出さないと」

 

「あなたに言われたくないわ。ひとの態度にケチを付けられるほど、あなたはシャキッとしているのかしら」

 

 きつい突っ込みに、オットーは苦笑せざるを得なかった。

 

「ハハ。返す言葉もありません」、と、彼は後頭部を掻きながら、ヘナヘナ笑う。

 

「しかし」、と彼は続ける。「この辺まで来ると、警備の真剣度が違いますね。やっぱり、村の異変に応じて、前よりも多い人数を動員してるんでしょうね」

 

「そうね。しばらくの間は、厳戒態勢なんじゃないかしら」

 

「――やめますか?」

 

「え?」

 

 二人は立ち止まる。

 

「村に行くの、やめておきますか?」、とオットーがリーザをまじめに見つめる。

 

「何で」、と彼女は、呆然と彼の目を見返す。

 

「決して安全ではないところへ赴くんでね、決心が出来ないのであれば、断念するのがいいと思うんです」

 

「決心……」

 

 リーザは俯いて考え込む。

 

「確かに」、と彼女は呟く。「決心は付いていない、という気がする。わたし、とにかく怖いし、何より、行ったところで、何をどうすればいいのか、何か意味のある行動が出来るのか、自信がない。でも、引き返すには遅すぎると思う。惰性――というとよくないけど、今まで歩んできたその余力で、わたしは動いてる。もうはっきりとした意志はないし、覚悟もない。そう思う。けど、ここでやめようとは思わない。最後までやり抜きたい」

 

 そう言って、彼女はオットーを見つめた。

 

 オットーは、彼女の瞳に、微かだが小さく燃える執念のようなものを見る気がした。彼女は慣れない旅で疲弊し、よからぬ噂を多々耳にし、意気阻喪しているに違いない。だが、根底には、粘り強い目的への思念が生きており、それが彼女を暗々裏に突き動かしているようだった。

 

 オットーは、彼女に頷いて見せ、二人は、再び、歩を運び始めたのだった。

 

 

 

***

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