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もう城下町へと帰りたい気分だった。
オットーのことである。
死臭に気分を害し、また、完璧に滅びている村の有様を見、起きてしまった災いの大体の想像が浮かんだ。略奪が起きたかも知れない。殺戮があったかも知れない。拉致があったかも知れない。
だが、その程度のことは風評ですでに辺りに広まっているありふれた憶測であって、情報とは言えない。従って伝達する価値がない。
村を襲った存在の痕跡が幾らかでも残っていれば、それを手掛かりに調査し、彼らの足跡を辿っていくことが出来るだろうが、オットーがこっそり歩き回って目にするのは、とても有益な情報源にはなりそうにない襤褸切れやガラクタばかりだった。
キーは、やはりこの村にもともと居着いているらしい、あの賊だった。彼らに直接訊くことが出来ればいいのだが、ならず者ということで、真正面から接触を図るのは賢明ではなかった。
だが、頭の足りない彼なりに、思い付くことがあったようで、彼は、半ば捨て鉢になった気分で、強引に押し付けられた今度の仕事に取り組もうと、消極的に腹を括ったのだった。
まったくいい展望を見込めないが、唯一閃いたアイデアだったので、決行するまで何度も深呼吸して中々踏み出せなかったが、しばらく逡巡し、脇汗をたくさんかいた後、彼は明るみに出た。
「――!」
死体の山がすっかり低くなった広場に、オットーは現れた。
馬車のそばで腕組みして立って、どこか物思う風だった賊の首領と思しき男は、瞬時に警戒して小刀を構えた。どこかと行きつ戻りつしている死体を運んでいる仲間が、何事かと彼の方を首だけで振り向く。
「どうも、こんにちは。いいお日柄で。出し抜けに登場して、驚かせてすいません。わたし、オットーと言って飛脚をしている者です」
彼がふだんし慣れない胡散臭い笑顔を湛えてうやうやしくお辞儀すると、男は、警戒心がある程度和らいだのか、少なくとも当面は攻撃せず、話だけ聞いてみようという態度になったようで、構えている小刀を下ろした。仲間たちは死体運びを再開した。
「飛脚?」
「えぇ、ちょっと配達の途中でして、この村あての手紙がチラホラあるんですが、来てみればビックリ! 壊滅しているではありませんか」
「そうだ。見ての通りだ」
「とても残念です。骨折り損というんでしょうか――まぁ、どうでもいいですが、どうしてこの村は襲われたんでしょう?」
単刀直入に、オットーはそう訊いてみた。
「さぁな。おれは知らん。たまたま村らしきところが見えたからと来てみれば、この有様だ。建物は損壊し、死体が転がっている。まったくひどい話だ」
求めていた答えを引き出せず、オットーは興味索然としてくるようだったが、「そうですね」、と軽く返した後、相手の呼び方を少し迷いつつ、こう更に訊いた。
「ちなみに、旦那様は、何をしていらっしゃって?」
すると、男は途端にどもりがちになり、「おれは」、と呟いて、しばし気遣わしそうに押し黙った。
ただの賊であれば、どうせ拾得物を集めているのだろうということで用はない。しかし、そうではなく、この村の襲撃者と何かしら関係があり、真相を知っているのなら、あんまり相手を刺激しないように細心の注意と共に、婉曲的に質問をして、持ち帰るに足る情報を引き出してやろう――オットーがそうぼんやり思い、じっと待っていると、男は、とうとう口を開いた。
「おれは――掃除屋だ。見ての通り」
「はぁ。つまりあなた方は、ボランティアで、この村を清掃していらっしゃると」
「そうだ」
どこか偉そうに鼻でフフンと笑う男を前に、オットーは、表には出さなかったが、呆れて物が言えなかった。あるいは彼はじぶんより知能において劣っているのかも知れない、などと思って、優越感と同情の混じり合った何とも言えない気分になった。
「そういうわけだから、もう帰れ。この村には手紙の受取人どころか、村人ひとりも無事では残っちゃいないんだよ」
オットーはその言葉を無視し、そばにある幌馬車と馬を見た。やはり姿勢も肉付きもよく、よく走る駿馬のように見える。
「ずいぶん立派な馬をお連れですね」
「分かるか?」
「まぁ、何となく」
「おれの頼れる旅の相棒だ。もう長年の付き合いで、にんげんと獣という間柄だけど、互いに気心の知れた関係で、仲良くやってる」
――というわりには、馬は彼に懐いていないように見える。
賊たちのみすぼらしい格好に対して、この馬車の立派さはとても対照的であり、不自然でもある。
あるいは、どこかで、誰かから奪ったのではなかろうか……? 小銭を拾う感覚で幌馬車を拾うなどということは到底あり得ないし。
賊の首領と思しき男は、得意げに笑いながら、オットーがじぶんのでっち上げた話を、信じるか信じないか、瞳の奥でひっそり探っているようであった。
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