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リーザがひっそりと隠れて、悲しみと不安を克服しようとしている廃屋の部屋には、ガラス窓があり、そこからは通りが見えた。
何か微かに異臭がし、またぞろぞろと複数のひとが歩いている気配がして、脚を折って座っていた彼女は、気になって立ち上がり、彼女が背を持たせていた壁の窓に、そっと顔を寄せ、こっそりと、外を窺った。
身分の卑賎そうに見える男たちが、何やら担いでいる。よく見れば、ひとだと分かり、きっと死体に違いないと推断する。
悲しみやら怒りやら様々の感情がごちゃ混ぜになって込み上げてきたが、男の内のあるひとりを目にした途端、胸が潰れそうになった。
彼は、他と比べて体格が小さく、瘦せ型で、いかにも力がなさそうで、やはり、死体を大儀そうに担いでいる。だが、その体付きに相応しく、軽めの死体を任されているようだ。
彼の肩の上でぐったりとしている老人らしき遺体は、目をよく凝らさないと分からないが、あちこちに痛々しい痣があり、内出血で黒々としている。
簡易式の乗馬服を着ているが……。
リーザはまさかと思ったが、そう見えたが最後、彼女にとっては、痩せた男が担いでいる遺体が、彼女のよく知る、執事のコンラートのものであるようだという推測を拭えなくなった。
彼女はじりじりとした気持ちになり、遠ざかっていこうとする男を追うべく、廃屋を出、出来るだけ目立たないように、けれど、俊敏に、疾駆した。
空は青く晴れており、雲は秋の雲で、淡く細い膨らみが何列も成して並んでいる。
ドサリ、と痩せた男は、結局、村の、だだっ広いだけで何もないが、深く広い穴が掘られた、ある広場まで来ると、コンラートらしき遺体をその中に落とした。
その穴とどこかを男たちは往復しているようだったが、痩せた男が去ると、一旦流れが止み、リーザは好機と捉え、穴に近付き、恐る恐る、中を覗いてみた。
彼女がコンラートらしき遺体を、ちゃんとコンラート本人だと視認した時、彼女の意識はフッと途切れ、彼女において、時間が止まり、だけど、本能が逃げろという命令を下したので、元来た道を、盲目的な足取りで戻っていった。
男たちの流れは、やがて再開し、穴には更に死体が放り込まれ、執事は、その内誰とも分からない死体の下敷きとなって、地面からは見えなくなった。
――。
廃屋へと帰り、部屋の扉を閉めると、リーザはガクッと床に崩れ、息を震わせた。
悲しいのだろうか、憎いのだろうか。
じぶんがどういう感情にとらわれているのか、彼女にはよく分からなかった。ただ、強い衝撃が、彼女を精神的に打ち倒したのである。
コンラートとのリーザの家庭の関係は、長く、リーザが母の胎内に新しい命として芽吹いた時も、家におり、誠実に仕え、その時まだ名もないリーザの誕生を喜び、祝福した。
彼女が生誕した後、コンラートは、子守りとしてまめまめしくいとけないリーザを介抱し、父母に劣らぬ愛情を注ぎ、よく会話し、よく遊んだ。
コンラート自身、もともとよその村で、小作人として暮らし、妻も子供もいる身だったが、生活上の問題で激しく妻と口論した後、別れた。彼の妻と子供は、もとのところに留まり、コンラートが出ていった。
長い旅路を行き、もう体力の限界だというところで辿り着いたのが、たまたま、ゲールフェルト村だったのである。
彼はそこで職を求め、シュトラウス氏に寛大に雇われ、麦畑の耕作をするようになった。
その後彼の働きぶりがシュトラウス氏の目に留まり、また互いににんげんとしての合い口がよく、好評を得、家の使用人にならないかという誘いをコンラートは受けた。
彼は二つ返事で承諾した。
――。
息の震えが止まらず、リーザは、とうとう涙を零した。それも、大泣きで、洟まだ出てくる始末だった。
色々な麗しい思い出が、目くるめく彼女の脳裡をかすめ、彼女は、そのひとつひとつに宿る、よい思い出の、半ば甘美で、半ば悲しい味を、胸がはりさけそうになるほど、味わった。
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