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やけにこった建築の巨大な建物が、堅牢な城門に囲まれた街の中央にいかめしく、また厳かにそびえている。屋根がオレンジ色で、壁がクリーム色だった。
その建物は高層で、窓が幾つもあり、ひとが盛んに出入りし、その中で働いているようだ。来客も頻繁にある。
敷地も広く、端から端へ散歩でもしようとすれば、途中でうんざりするだろうと思われるくらいには、広いのだった。
外庭と中庭とがあるが、まめに造園業者が刈り整えるので、いつもすばらしい美観を見る者に与え、雑草がはびこるなどということは皆無だった。
例えば四角い
建物に付属する、屋根の尖った塔は、鐘楼であり、その時が来れば、係の者が、鐘の振り子より下がる紐を引っ張って、音を鳴らし、時報とするのだった。
バルビタールの、王宮だった。
鐘楼の展望台で、手でひさしを作って遠くを眺めている男がいた。
その日は青空が澄み渡り、二重となっている城門の内、外側のものまでよく見えた。
ゆったりとした
来客の予定があった。時間は、彼らがそろそろ来る頃であり、時報の鐘を鳴らすついでに、鐘楼を上って来、探してみたのだが、地上の人々が豆粒のように見える高所では、特定の者を識別するなど出来ようはずがなかった。
侍従は諦めてひさしの手を下ろし、振り子の紐をグイと引っ張った。
シャーン、と、鐘の音が鳴り響く。
あまねく街の住人の耳に、その音が届く。
……。
王冠は鬱陶しいからと、外すことにしている。ただし、行事の時など、正装を要する場合は、もちろん被る。
今は、王冠は、テーブルの上だった。ただの対談には、必要なかったのだ。
「取引したい?」、と髭を豊かにたくわえる彼は言った。
王宮の応接室は、外観に劣らず豪奢で、クッションの厚いソファが、テーブルを挟んであり、その上に置かれたティーカップもソーサーも、上等のものだった。壁には、歴代の王のものらしき、額に納まった肖像画がかかっており、天上には直接、絵が描かれていた。青空を下地にした雲と太陽の絵だった。
「えぇ」、と肯定する、彼の向かいに座る、祭服をまとった白髪の老人は、柔らかい表情で、飲むために持ち上げたカップをソーサーにやさしく戻す。
カチャン、と微かに音が立った。彼の口ぶりと同じように、温厚に響いた。
「我々の布教活動を今より一層手広くするために、“オリバー殿“のお力をぜひ、お借りしたいのです」
ソファにゆったりと座る、国王オリバーのそばには、侍従がひとり立っており、一方で、神父と思しき老人のそばには、助祭がひとり立っていた。応接室にいるのは、この四人だけだった。そして付き人のふたりは、深くこうべを垂れ、対話にはまったく加わらず、人形のように立ち尽くしているだけだった。
「バルビタールに何をしろとおっしゃるので?」
「この国にある宗教施設の管理と宗教人の指導、信徒の世話を、わたくし共にやらせていただきたいのです」
「要するに、改宗をお求めになるわけだ」
「まぁ、早い話がそうです」
「ずいぶん大胆というか、無理難題をおっしゃる」
「そうでしょうか?」
神父はオリバーの目を見据える。
「あなた方はあまり宗教を重要視してはおられないと存じます。都市の中央に、大聖堂があります。この王宮のすぐとなりです。外側を見れば、宗教施設以外の何物でもありません。ところが、中身は実質、王宮と変わらない。つまり、聖職者がひとりもおらず、いるのは侍従ばかり。いわば、ちょっとした事務所ですね」
「フム」、とオリバーは、特に否定せずに聞き入れる。
「元々いたのを、勧告するなどして半ば強制的に移らせたのでしょう。宗教人のものだった時代は終わり、今は、武力がものをいう。辛気臭い儀式や祈祷に時間を割くより、徴兵して軍事力を増したり、商人を増やして金銭の流通を促し、貨幣経済を活性化したりするのがいい。実利となる。宗教では、ご飯は食えないわけですからね。もう人々は、正しく生きる方法なぞより、分かりやすい利便性のある、家事を簡略化する道具とか、地位の高いことを示す、装飾具や衣服の方が欲しいわけです……」
オリバーは耳を傾けつつ、目を細め、向かいに座る小柄の老人の顔をじっと見た。
彼の目は、至ってまじめそのもので、おちゃらけた雰囲気など微塵もないが、口元が、うっすらと笑っている。生来そういう顔付きなのかも知れないが、何か悪だくみがあって含み笑いしているのではないかという疑念が、オリバーの胸を雨を孕んだ黒雲のように漂うのだった。
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