第125話
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やれやれ――と、彼はずんと落ち込んだ。
もう何度も経験したことだけど、居場所がないというのは、つらい。とても、つらい。
クロロは、深いため息を吐いた。
また、森の中で、コソコソと隠れ、人目を憚っての不便で不自由な生活だ。
せっかくちょうどじぶんのような流れ者に相応しい廃墟を見つけたと思えば、騎士たちがやって来て、追っ払われた。ボロ屋であれ、野宿よりは遥かにマシだ。雨の日などは、濡れるのが気持ち悪くて、寝たくても寝られやしない。もう、外で生活するのはウンザリだった。
結局、賊ごときには、人権はないのだと、彼は改めて痛感した。
幼少期に親をなくして孤児となり、貧しいところだったので致し方ないが、村のひとたちには面倒だからと無視を決め込まれ、クロロは幼い時分に早くも絶望し、まともに相手をしてくれるひとを求め、彷徨った。
そうして出会ったのが、首領であるエルだった。
彼はその時大工をしており、少ない報酬で、細々と暮らしていた。まだ見習いの途中だった。
エルには兄弟はおらず、家族というと母親だけで、その母親とは、彼女がやもめで、低賃金で労働し、子供を養う余裕も、子供を愛する情愛にも不足しており、エルは、母親にいびられる苦しい日々を送っていた。食事も、教育も、遊戯も、子供に須らく必要とされるものは悉くないがしろにされた。
彼は最初純朴な少年だったが、母親の露骨な悪意に晒されることで段々と素行不良になり、ある日母親と訣別し、家出した。その時の年齢は、まだ少年の域を出ないくらいであった。
エルは生活のため、手当たり次第に求職し、しかしギルドの受付の者は、子供相手に何も紹介出来なかった。親のもとへ帰るよう勧告するばかりだった。
エルはしつこく食い下がり、ギルドは、やむなく、ちょっといかがわしい、奴隷同然の職を紹介した。そういう職は、常にギルドにあり、人手不足なのだった。ギルドとしては、トラブルになると困るので、そういう危うい職は、積極的には紹介しないようにしていたが、他にどうしようもない求職者に限っては、ひとつの選択肢として提示した。
木々の伐採、掃除、イカダ乗りなど、数々の職に手を付け、体罰や罵詈雑言など、何度もひどい目に遭ったが、エルは、とうとう良心的な職と縁があり、その職というのが、大工なのだった。
親方がとても人情に厚く、エルの不憫な身空を知っても、彼を軽蔑も差別もせず、公平に接し、扱い、丁寧に仕事を教えた。図面の見方や、材料の種類や、工具の使い方を、手本を見せて、言葉で簡明に説いた。仲間は彼を歓迎し、エルは自然と、溶け込んでいった。
やがてエルは青年になり、順調に仕事に打ち込み、まだ見習いではあったが、将来への展望を持てる持続的な職人の生活を続けた。
ところが、ある日のことだった。
村にお触れが届き、ただの鄙びた風情のある人里だった寒村が、敵国との戦略的かつ地理的要衝と位置付けられ、村の属する王国の直轄地となる旨が掲示された。
その企ての一環として、開発が行われることになり、土着の職人はお払い箱となり、砦の建設などは、外より派遣されるより腕利きの職人が携わるということだった。ただの人家しか建てられないような者は用済みということだった。
エルの職場は、唐突に仕事を奪われ、解散を余儀なくされた。
ある者は転職し、ある者は職探しの旅に出た。
エルは、恩義のある親方とモヤモやした心情で別れ、エルは、ひとりぼっちになり、途方に暮れた。
だが、もうわけのわからない職に就いてひどい目に遭うのは御免だった。
彼は絶望を嘗め、人間不信となり、愛着のあった職場を潰した権力を恨んだ。
世の中全てが敵だという風に思うようになり、悪事に手を染めた。人殺し、盗み、横領、彼は色々とやるようになった。
盗品で生活するようになり、何人か仲間が出来た。全員大なり小なりエルと似た経験をした、同類だった。
エルは各地を流浪し、そこで悪だくみを実行し、生計を立てた。貴重品は質屋で換金し、農作物は勝手に摘んで取り、家畜は無理やり引き連れて屠殺して食肉にした。
ある日、ある村で、夜更け――物音ひとつしない村に侵入し、何かないかと探っていると、エルはある角で、人影と出くわして肝を潰した。こんなところに、こんな時間にひとがいようはずがなかった。
そこにいたのは、小さなクロロだった。半べそをかいて、何か求めるように、暗闇の中でもはっきり分かる潤んだ目で、エルを見上げるのだった。
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