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消えた人影を追おうか。
クロロは刹那考えた、迷ったが、やめておきたいというのが本音だった。チャンスを逸したという気がしたし、今どっしりと腰を据えて釣りをしようと諸々整えたばかりでもあった。
あの村で、あの男は、賊たちに向かって、飛脚をしていると言った。何か届け物があって、やって来たのだと言った。特に不審がるべき点はないように思えたし、男は低姿勢で、目立った武装もせず、むしろ軽装だった。
彼が何か害をなすとは、クロロには、あくまでも希望的観測に過ぎないが、思えなかった。だから、放置しても、だいじょうぶだという風に思い、必要以上の警戒はしなかった。
そうこう考えを弄んでいる内に、指より垂らした糸がクイクイと引っ張られ、半ばボウッとしていたクロロは、翻然と我に返ったようになり、サッと指を、ワクワク感と共に引っ張ったが、餌が食われただけで、逃したのだった。
チェッ、と軽く舌打ちすると、クロロは再びポケットより餌を取り出して糸の先端で括り、水中に落とした。
そうなると、もう、彼の頭には、あの男のことはすっかりなくなっており、クロロはもう、釣り糸が水に沈むように、自分の趣味の世界へ、完全に入っていってしまったのだった。
……。
しばらくし、クロロは、あの後一度も釣り糸が動くことがなく、その内うつらうつらとして居眠りしてしまっていた。
だが、フッと目が覚めると、彼は何か声が聞こえる気がした。
声。それも、喚き声だった。怒鳴り声でもあった。
寝ぼけた頭がちゃんと回るまで、数分かかり、いつの間にかお尻まで水に浸けてしまっていたクロロは、釣り糸を放棄して、立ち上がり、周りを見回して、耳を澄ました。
馬のいななきが聞こえ、ドタドタをせわしない足音がした。
――来る!
足音が途轍もない勢いで迫ってくる。
クロロは身構え、音のする方に視界を広げ、すると、あの男が現れたのと同じ木立の方に、まったく同じ人物が、馬に乗って――というよりは、むしろ鞍の上に腹這いになって、馬の背にしがみつくようにして、慌ただしく走っていった。
その後やや遅れて、みずからの足で激走する人だかりがやって来、その集団は、「待て」、と怒鳴るエルを先頭にして、俊足の馬に追いつけるとはとても思えない速度で、プンプン憤然と、馬の後を一所懸命に追っていくのだった。
エルは水辺のクロロには目もくれずに行ってしまい、クロロは一同の様を遠目で見、何か寒々とした感情になるのだった。
だが、こうしてはいられないという焦燥感が頭をもたげた。グズグズしていては、置いていかれてしまう。
クロロはびしょびしょの足とお尻で池を離れると、バカバカしい追いかけっこを演じる仲間の後を追ったのだった。
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