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袋のねずみとはこのことだった。
厩舎の中にいる、エルの率いる賊たちは、周りを兵士に取り囲まれ、退路を断たれた。
万事休す、としぶとく生き延びてきたエルたちも、いよいよ観念する時が来たのかもしれないと、腹を括って、死ぬことを予想した。
もしもここで人生が終わるとするなら――とエルは考えた。
何ともつまらない人生だった。今までを振り返って浮かぶのは、不幸、不如意、不運ばかりだった。
ひとは皆、自由だと、地位の高低に関わらず、あまねく自由である権利を持っていると、彼は信じていた。
だが、今まで生きてきた日々は、彼がそう望み、求めた理想の日々ではなく、むしろ、まるで望んでいない、あるいは世間に、あるいは意地の悪い母親に、あるいは横柄な権力者に、あてがわれた、辛苦の日々だった。
抵抗はする、とエルは自身に誓った。彼が相対するのは、彼が最も嫌う権力のしもべたちであり、たとえむごたらしく打ち負かされることになろうとも、おのれの信念は曲げまいと、彼は堅く内面に向かって宣言したのだった。
エルを除いて、賊たちは
「――待て」
ふと、誰かが叫んだ。外からだった。大きい、よく通る男の声だった。
すると、兵士たちの群れの中を、誰かが通り抜けて、エルの前に現れた。
武具の装備からして、兵士のひとりのようだった。また、彼に対する他の兵の態度が、へりくだった、立場が上の者に対する時のものだったので、その者が一兵卒でないことは明らかだった。彼のまとっている防具も、重々しく、作りが他の者と歴然と違っている。
「こんな夜中に、ことを荒立てやがって」
「ハッ、隊長!」、とひとりが、ピリッとした緊張感をもって返す。「お騒がせして申し訳ありません。ですが、この者らが、村に忍び込んできたものですから」
彼の言葉の後、隊長はつかつかとエルの目前へと近付いて、エルと睨み合った。
「ずいぶんはた迷惑な連中だとは薄々分かっていたが、今度はいったい何の用だ」
「別に」、とエルはぶっきらぼうに返す。「答える必要はないね」
「厩舎に忍び込んだということは、馬を奪おうとでも目論んだか。だが、残念だな。我々の馬はよく躾けられている。馬主以外、乗り手と認めないのだ」
「ほざけ。ここにいる馬なんか興味ねえよ。タダでくれるっていうのなら、話は別だがな――」
「愚問だな。我々は賊なんぞに施しをするほどお人好しでも馬鹿でもない。更にだ、我々は貴重な睡眠時間を削ってまで、お前らのような卑しい連中と話し込んでいる余裕はないのだ」
「だったら、どうする? おれたちだって、お前らと話し込んでる時間なんてないんだ。忙しいのは、何も偉い人間ばかりじゃないってことさ」
「成るほど。率直に言うと、我々もこのようなタイミングで荒っぽいことをするのは避けたい。だが、お前たちがまた将来、我々を何らかの形で脅かそうとすることが懸念されるなら、今すぐに切り捨てる。だが……」
隊長は目線を落とし、言うべきか否か迷うように逡巡すると、やや言いだしにくそうに、こう続けた。
「だが、お前たちがもしも、改心する気が少しでもあるなら、我々のもとで、傭兵となって働いてみないか?」
その発言の後、その場を取り巻く空気が張り詰めた。賊はもちろん、兵士たちもびっくり仰天し、彼は何を言いだすのだろうと、正気を疑った。
「隊長、何を急におっしゃるので……?」
「我らが国、バルビタールでは、諸々の事情より、市民を兵士にすることが年々難しくなっている。兵士になるという選択肢が、他の様々の職業と比べて、順位が低く、進んで選ばれなくなってきているのだ。どれだけ国が豊かになっても、兵士は必ず存在し、国を守り、外敵を討たなければいけない。そのためには、戦力の維持、向上が肝要なのだ……」
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