さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第134話

***

 

 

 

「エルさん……!」

 

 と、哀願するように、賊のひとりが呼びかける。

 

 彼は、両手を腰の辺りでわなわなと震わせ、後退りしようとする恰好だが、いかんせん騎兵たちの包囲に対して仲間と輪になって向かっているものだから、後退りしたくても出来ないのだった。

 

「大人しくこのひとらのところに(くだ)りましょうや」

 

「何だと?」

 

 エルが凄むような目を彼にやる。彼はあくまで騎兵の勧めを――プライドから――拒みたいようだった。

 

「どうせ」、と賊が言う。「ここで天地神明に誓って二度と悪さはしませんって言って、無罪放免になったとしても、おれたちはまた、あてどもない旅に出て、かすみを食っていくだけでさぁ。おれ、もうそういうの、うんざりなんだ」

 

 そう胸の内を吐き出すと、彼は、仲間の輪を離れて騎兵の方へ歩み寄り、「従いやす。よろしく頼んます」、と低姿勢でパリッと装備をまとった騎兵の群れへと加入した。

 

「おい」、とエルは制止しようとしたが、響かなかった。

 

 すると、他の賊たちの多くも、ためらいを捨て「お、おれも」、と声を上げ、賊という因果な商売を見限り、公に認められた労働に従事することを希望した。

 

 先んじて行ったひとりに触発され、その後に続いて、二人、三人、四人――と、賊たちはどんどん騎兵のもとへ移り、やがて残ったのは、エルとクロロだけになった。

 

 二人は背中合わせで立っている

 

「事情がよく飲み込めねぇな」、とエル。「アンタらだけでやりゃあいいじゃないか。アンタが見下げるような卑しい連中を、わざわざ仲間として引き入れようとするのは、どうも奇怪だぜ」

 

「理由は説明した通りだ。国力の緩やかな衰微を危惧し、バルビタールの市民はもちろん、市民以外の者も、兵士として募るようになったのだ」

 

 エルは、敵に下り、空いたスペースに固まって、エルを不安そうに見ている仲間たちを眺め、面白くない気分になった。よくも簡単に裏切ることが出来るものだと、心の中で嘲笑した。

 

「確か、傭兵、と言ったな」

 

 エルが確かめるように尋ねる。

 

「あぁ、そう言った」、と騎兵隊・隊長。

 

「じゃあ、おれらがお前らに仲間入りするとしても、お前らに支配されるというわけではないんだな」

 

「あぁ。詳しいことは端折るが、部隊編成に際し、我々正規の部隊と、傭兵の部隊は、別々になることになっている。勿論、正規の部隊も傭兵も、同じ旗印のもとに連なるわけで、共通の味方と敵を共有し、連携を取らなくてはならない。従って、戦争においては、我々と同じ指揮系統に属する」

 

「報酬は?」

 

「言うまでもない。働きや功績に対しては、相応の報酬を約束する。ただし、我々が無期の契約であるのに対して、傭兵は有期の契約である。バルビタールの財政次第で、お役御免ということになるかも知れないということだ。まぁ、当面はそんなことはないだろうが……」

 

「分かった」

 

 エルは構えたナイフを下ろした。

 

「堅苦しい付き合いなぞ、まっぴらごめんだ。完全にお前らの配下になるくらいなら、死んだ方がましさ。無期だろうが有期だろうが、おれはどっちでもいい。要は戦争があって、要請があれば出征し、戦うんだろう」

 

「そうだ」

 

「報酬の金をケチりやがったら一歩も動かねえからな。覚えておけ。おれたちは安くないんだ」

 

「じぶんが望む額の報酬が得られるよう、せいぜい努力するんだな。よい働きに対してはよい報いがあり、まずい働きに対しては、まずい報いしかない。そういうものだ」

 

「公平でいいじゃないか」

 

 エルと隊長は、互いに苦々しい笑顔で微笑み合った。

 

「さて」、と笑うのをやめた隊長が切り出す。「お前らの意は汲み取った。明日詳しい話をしよう。もう時間が遅い。我々は明日の労働のために就寝する。お前らも、英気を養っておけ」

 

 解散、という号令で、騎兵たちは散り、厩舎はにわかに閑散とする。

 

 後には賊たちだけが残り、彼らは互いに目配せし、じぶんたちももう寝ようか、と示し合わせると、遅れて厩舎を出ていった。「エルさん、お先に帰りやす」、という挨拶があったが、エルは無視を決め込んだ。浅ましい日和見主義者に向ける顔も、かける言葉もなかったのだ

 

「エル」、とクロロ。「ぼくらももう寝よう? ぼくもう目、開けてらんないよ」

 

 彼はゴシゴシと目をこする。

 

 エルは、「先に行って寝てろ」、と突き放すように言ったが、クロロは特に気にせず、駆けていった。

 

 さっきまであった張り詰めた緊張感が、今はすっかりなくなって、夜半の静けさが、再びあまねく満ちた。

 

 チッ、とエルは忌々しそうに舌打ちし、「面白くねぇ」、と呟いた。

 

 彼は拳で厩舎の柱を殴ると、外へ出ていき、隠れていた森へと戻ろうと歩いた。

 

 すると、たいまつの火の消えた村の出入口で、ひとりの兵士が地に膝を突き、その付近に倒れている遺体を抱き上げ、悲しそうに見下ろしている光景が目に入った。彼らはあるいは、親しい友人同士だったのかも知れない。

 

 おれが殺したんだ――エルは気遣わしく思い、迂回して、特に反省もなく、無表情にそう回想し、兵士の方に目を遣った。

 

 すると、兵士がエルの気配に気付いたようで、彼は、鋭い眼光でエルの方を見た。

 

 ところが、夜の暗闇に隔てられた彼らは、相手の表情をはっきりと認識出来ず、それぞれやりきれない思いを胸に、相手に対し、軽蔑や、敵意などのネガティブな感情を抱いた。闇を見据え、憎悪の目で、よく見えない相手を睨んだ。

 

 

 

 何でおれが、兵士どもと一緒にならなきゃならないんだ?――と、エルは、正面に向き直り、目をやや伏せると、つくづく不快に思い、うまく言いくるめられた自分を、愚かだと罵ったのだった。

 

 エルは村を振り返る。星空の下に、その陰翳が微かに視認される。

 

 彼は目を細め、物思うようにしばらく見つめると、森へと、帰っていった。

 

 

 

***

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