第136話
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顔に刻まれた深い皺の数々が、彼の老齢をはっきりと示していた。
口ぶりは優しく、話しやすい人柄を偲ばせたが、顔付はいつも険しく、薄く長い白髪はすっかり後ろに撫で付けられ、広い額があらわであり、眉間の皺が、彼の表情を渋いものにしていた。ふさふさの眉毛が、薄い頭髪と何とも言いがたいコントラストを成している。
ぼくとミアは、まだ彼の名を知らなかったので、みずからの名をまずは述べ、次に彼の名を慇懃に求めた。
そして『コンラート』という答えが返ってきた時、ぼくは驚愕して大きな声を上げてしまった。
「おや」、と老人は、葉巻を吸い、甘いにおいのする煙を吐き出すと、にわかに興味を持ったように言う。
「わたしの名は、もしや君たちの何がしかと因縁でもあるのかい?」
「えぇ、まぁ……」、とぼくは曖昧に返し、いくぶんかブルーになった。
コンラートさんは、結局どうしたのだろう。潰滅した村へ帰り、愕然とし、途方に暮れた後、遠くに山並みが望める湖のある野原でキャンプし、翌朝別れた。ぼくとブルーノが村の事情を探るという目的で当地に留まる一方で、コンラートさんは、名家の執事として、その家の令嬢であるリーザ嬢に一報伝えるため、単独で城下町に向かった。
すでに往復した道であり、迷うことはないだろうが、護衛も何もおらず、武装もしていない状態で、何か怪しい相手や、猛獣に出会うなどしたことを想像すると、ひどい不安に襲われた。彼は老人であり、年齢に相応しく衰弱しており、決して強くはないのだ。
「何があったの」、とミアが物思うぼくに話しかける。
「何かあったのなら、聞きたい」
「いや」、とぼくは苦笑し、大した事情はないと暗に示す。
「ちょっとね、おんなじ名前のひとと旅したことがあってね。コンラートっていうのは、ほら、村の名家があっただろう? あの家の執事だったんだ」
「そうだったのね」
「まぁ、ただの偶然だよ」
ぼくは、逸れた話の軌道をもとに戻そうと、ちょっと咳払いした。
「身の回りのお世話ですが、ぼくがやろうと思います」
「フリッツ……」、とミアがムッとした風に呼びかけてくる。
「ズルいわよ。わたしだって、やろうと思ったのに」
「いや、ミア、ぼくは決して、抜け駆けしようとかそういう企みは一切ないんだ。そのことは断言する。多分、この仕事は力仕事がいっぱいあると思うんだ」
そうヒソヒソ声で言って、ぼくは老人のそばにある、家の壁に立てかけられた杖を目線で示す。
「きっと、歩くのはもちろん、立ち上がる時も、座る時も、起きる時も、寝る時も、サポートが必要になる」
「そうかしら。話しぶりを見ると、壮健に見えるけど」
老人はぼくを見、穏やかに話しかけてくる。
「わたしは、君たちのどちらでもいいが」
「コンラートさん」、とぼく。「この仕事、やっぱり、ひとりでないとダメですか?
二人では……」
あわよくば条件を変えてくれないものかと聞いてみたが、老人は首を横に振った。
「お金のことはシビアだ。貧しかろうが、豊かだろうがね。わしはある程度の財産を持っているが、介助役に二人も雇えるほどのものではないのだ」
……コンラートさんにしばらく待ってくれるよう懇願した。ぼくとミアは少し彼より離れ、額を突き合わせて合議した。
「もしも」、とぼくが言う。
「ミアが絶対やりたいというのなら、ぼくは譲るよ。でも、女の子には大変だと思う。ううん、そう確信する」
「……」
ミアは悩むようにしばらく押し黙ると、「じゃあ」、と口を開いた。
「フリッツがコンラートさんのもとで働くことになったとして、わたしはひとりぼっちじゃない。わたしはどうしたらいいの?」
「だいじょうぶだよ」、とぼくは安心させようという思いで言う。
「ぼくは、一日中コンラートさんに付きっ切りになるつもりはないから。休みの時間とか、空き時間に、ぼくらは会えると思う。ずっと離れ離れというわけにはいかないもの」
「あなたはいいでしょうけど、わたしは、まるで当てがないのよ? わたしが唯一働ける服屋も、この村にはないみたいだし……」
「当てはあるよ」
ぼくが断定したように言うと、ミアはハッとした。
「あのパン屋さんさ。ぼくらが今朝行った」
「パン屋さん――あぁ、覚えてるわ。けっこうおいしかったもの」
「あの店で働いているのは、どうもあの肌の黒い女のひとが一人だけだったと思うんだ。全部自分で切り盛りしているんじゃないかなぁ」
ミアはふうんと、納得したのか否か曖昧で、考え込む様子だが、満更でもないという感じがほのかにした。
何もかも不確かという中で、それでも生きていかないといけないという強迫観念に駆られて、子供に過ぎず、頼れる大人を伴わないぼくらは、知性とか教養ではなく、本能が命じ、促してくる通りに、動かないといけなかった。
効率的でも理知的でもなく、整合性もなく、ただ、がむしゃらに、盲目に、未来へ向かって……。
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