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粗方、整理整頓は済み、散らかっていた部屋はある程度の秩序を取り戻し、気分も、散らかった部屋ではそわそわしがちだったものが、今では疲れからか、あるいは達成感からか、落ち着いたという気がする。
ぼくは、夕ご飯はどうすればよいかと聞いたら、コンラートさんは、パンを出してくれた。
例の『黒人女性』のところで買ったものらしく、もともとは丸かったパンが、半分くらいに切られた状態であった。思うにその時食べようと思う分だけ切り取って食べ、後は残したのだ。
日数はあまり経っていないが、パンはカチカチに乾いており、その堅さは、手で触っても分かるくらいで、歯で嚙み切るのは無理だろうと思われた。老いたコンラートさんにとっては、猶更そうに違いなかった。
ところが、コンラートさんは不安そうにするぼくに微笑んで見せ、こう食べるのだと教えてくれた。
彼はレンガのかまどで、鍋に湯を沸かした。ふつふつと泡立ち、蒸気が立ち上ると、湯の中に、食べやすいサイズに切り刻んだ種々の野菜とパンと、干したベーコンを入れた。味付けには塩コショウを使った。こうやってスープの具にすることで、堅いパンは柔らかくなって食べられるようになるのだった。
美味しいスープだった。具材が豊富で、健康によいに違いなかった。
その後は、先述した通り、老人の昔話があり、コンラートさんは当時を懐古してしめやかに弁舌を振るったが、決して忍耐強くないぼくは、長いその話の途中で飽きが来て、気が散ってしまった。
その日の終わりということで、話の後、コンラートさんは、報酬をくれた。銀貨が三枚だった。いつだったか、ブルーノがくれた報酬とは、比べものにならないくらい低い額だけど、その日食べるものに困らない程度にはあり、贅沢は言えず、仕事があるだけありがたかった。もしもぼくとミアが仕事を何も見つけられなければ、宿を引き払い、野宿しないといけないことになっただろう。
さて、夜が更け、就寝する段になり、ぼくの寝床が問題になったが、結局、嫌々ながら、ぼくはコンラートさんと、その亡くなった奥さんのベッドに、いっしょに寝ることになった。黒いシミだらけの例のベッドだ。
比較的清潔そうなブランケットがあったので、借りて、じぶんのかけ布団にした。
悪臭がしたり、ヘンに湿っていたり、どれだけ居心地が悪いものか、ぼくは恐る恐るベッドに横になってみた。一日の疲れを癒す睡眠のためのベッドがこの有様では、休めるもの休めないと、半ば諦観する格好だった。
だが、案外、汚れたベッドは平気だった。悪臭はせず、湿ってもいず、マットレスがちょっと薄く背中が痛いという程度で、後はだいじょうぶだった。
おやすみ、という挨拶をくれると、コンラートさんはナイトテーブルの灯火を吹き消し、辺りは真っ暗になった。
コンラートさんはすぐに寝付いていびきを立て、ぼくはというと、中々寝付かれず、寝返りを打ってばかりいた。
――ミアはどうしているだろう?
その日は休み時間がなく、外に抜け出すことが出来ずじまいだった。
明日、どこかのタイミングでコンラートさんに許可を得、ミアに会いに行こう。きっと、パン屋にいると思う。もしも受け入れられなかったとしても、その時は、他に行く当てなどないから、彼女はぼくのところへ戻ってくるだろう。戻ってこないということは、首尾よくやっているのではないだろうか。
彼女に会いたくて、ぼくは悶々とした。
あまつさえ、横になっているのが慣れないベッドと枕だったので、また、すぐ隣に老人が寝ているので、中々、その夜ぼくは、眠れずに、ぼんやりとした闇の中で、じれったい思いに苛まれているのだった。
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