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朝ごはんにパンを食べると、コンラートさんの家の貯えがすっかりなくなったので、新たに買いに行くことにした。その時間になれば、どこからともなく香ばしいパンの焼かれる芳香がしてくるので、ひどい空腹時には、パン屋への案内は不要というくらいだった。
冴えた秋晴れの朝だった。
パン屋では、陳列棚に、相も変わらず種々のパンが並んでいる。甘いものに塩辛いもの、プレーンのもの。色々だ
ぼくはまず、おはようございますと主人に挨拶すると、ぼくの声で振り向いたミアに、続けて挨拶した。わざわざ探す必要はなく、彼女はエプロンを着けてパン生地を練っているところだった。
「あら、君の彼女?」、と主人の女性がからかう風に言う。
「いえ、彼女ではないのですが……」
ぼくはバツが悪くなり、もじもじと歯切れが悪い口調になる。
ミアはプイと索然としたように正面に向き直り、中断していた作業を再開する。
「びっくりしたわよ、昨日。急に来て、藪から棒に、働かせて欲しいって言うんだもの。しかも、よく見ると、この前にパンを買いに来た女の子だし」
「すいません。ちょっと込み入った事情があるもので」
「そのようね。話はザッとミアちゃんに聞かせてもらったわ。まぁ、別にけんもほろろに間に合ってると突っぱねたりしないし、人手は、あったらあったで、助かるから」
「ありがとうございます」
ぼくは礼を述べると、コンラートさんに頼まれたパンを選び、お金を払って必要分、買い、布を布いた手提げの籠に入れた。
「しかし、子供だけ置いてどこかへ行っちゃうなんて、ひどいひとがいるものね」
「ブルーノのことですか?」
「そう。ブルーノっていうの。名前は知らなかったけど、店に来たから顔は覚えてるわ」
「ブルーノは――別に擁護するつもりはありませんけど――ぼくらを捨てていったわけじゃなくて、ちょっと気になることがあって、隠密に行動しないといけないから、単独で旅立ったんです」
「あら、そう。何か、調べもの?」
「そうですね。調べものです。どれくらい時間がかかるか分かりませんが、ブルーノが帰ってくるまで、この村に留まっていないといけないんです。でも持ち金を切り崩すわけにもいかないので、働こうと思ったんです」
「成るほどね。事情はある程度分かったわ。わたしに出来ることがあれば遠慮なく言ってちょうだい。サポートは惜しまないわ。ただし、その代わり、うちのパンを、ちょこちょこ買っていってね」
主人は満面の笑みを浮かべて手を差し伸べた。
ぼくはその手を取って握手し、ぼくらは名乗りあった。ぼくがフリッツと言うと、彼女はメルと言った。
メルは目配せしてぼくにミアとしゃべっていくよう促すと、ミアに呼びかけ、彼女に仕事を中断してもよいと指示した。
ミアは粉で手が汚れており、川で洗うから付いてきて欲しいと言い、ぼくはその言に従った。
清流に手を浸すと、軽い汚れが浮いて流れ、しつこく残る汚れは、ゴシゴシこすって洗い落とした。
「調子はどう?……って聞いても、まだ初日だもの、特に言うことはないよね」
しゃがんで手を洗う彼女の隣で、同じようにしゃがみ込み、そう苦笑して言った。
「そうね。でも、けっこういいかも。メルさん、やさしいから」
「そりゃ、よかった」
「フリッツは? コンラートさんとは、うまくやってるの?」
「まぁね。ひたすら彼の言うことを聞いてその通りに動くだけだから、まぁ気楽かなぁ」
「だけど」、とどこかしかつめらしく言うミアは、手をすっかり洗い、水気をパッパッと振り払った。
「いつまでもこうして働いているわけにもいかないでしょう」
「まぁ、ここに永住するわけではないものね。だけどミア、まだ気が早いよ。当分は、ブルーノの帰りを待ちながら、のんびりとこの村で過ごしていけばいいいんじゃないか」
「わたしも、付いていけばよかった。じれったいんだもの。お父さんもお母さんも、まだ『施設』にいる。早く助け出してあげたいのに……」
「ミア……」
力なく濡れた手をだらりと下げ、しょんぼりと目線を落とすミアを横目に、ぼくは何も言えなかった。
ブルーノは今、どうしているだろう。教団の手がかりを探すべく、彼は単身、旅立った。手がかりに関して、ノーヒントも同然だと言っていたから、ことがすんなり進むということはないだろう。だが、ぼくらはぼくらで、言われた役割を担うことをせめて守り抜こうと思う。
ぼくらは言葉少なに立ち上がり、ミアはパン屋へ、ぼくはコンラートさんの家へ、それぞれ戻っていった。
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