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――ブルーノはやがて話し終わり、途端に、すっかり脱力し切った感じで、がっくりと項垂れた。
彼は静かに涙を流し、唇の片方は引きつったように荒い呼吸に合わせて微かに開閉し、もう片方は、動かなかった。ポロポロと零れてくる涙は、頬を伝い、しずくとなって落ちていった。
ぼくも、リフレも、そして、後ろで椅子に座り、腕組みして聞いているコンラートさんも、苦しい経験を経た彼に共感し、哀れみ、いたたまれない気持ちになって、だけど、何か気の利いた励ましや、慰めの言葉は、一言も思い付かないのだった。
ブルーノの経験は、悲劇と言えるものだった。
ぼくはブルーノの涙に濡れた頬をハンカチで優しく撫でるようにして拭った。「すまない」、と彼はかすれた声で言った。
「いいんだ。もうゆっくりしてよ。ブルーノは十分がんばったよ」
「そうです」、とリフレは言い添えた。「あまり悲観的になるのは毒です。病は気からと言いますし、ブルーノさんの怪我はちゃんと治ります。体に残る不具合も、ちゃんとリハビリすれば、その内慣れます」
「ずいぶんしんどい経験をしたんだ」、とコンラートさんも、話の流れに続く。「遠慮はいらない。好きなだけくつろぐといい、幸い、フリッツくんがよく働いてくれる」
コンラートさんは、「なぁ?」、と、ぼくに対して、意味ありげにいたずらっぽく微笑みかけた。ぼくは、照れ笑いで頷いて返した。
温かい笑い声が、家の中に穏やかに響いた。やわらかい雰囲気がいっぱい充満していた。安心してどっしりと落ち着くことが出来、緊張も、不安も、余計な気遣いもいらなかった。ただ、生きて、生活すればよかった。
暑い季節が過ぎ、風が涼感を帯びて、夜が早くなり、やがて、朝露が草花に下りるようになった。虫の合唱は遠ざかり、飼い猫は小さく丸まって寝るようになり、人々の衣服は、寒さを防ごうとして、厚く、長くなった。
ブルーノは、寛大なもてなしと、懇篤な介助によって過ごしたが、その日々は、低調と言わざるを得なかった。
ブルーノはめっきりと食欲をなくし、体重が減り、痩せぎすになった。ずっと眠りこけており、食事と用便の他はほとんど起き上がらなかった。
最初は肩を貸すなどして手伝っていた排便も、いつからか垂れ流しにするようになり、ブルーノは、明らかに、精神的にまずい状態だった。憔悴し、無気力で、鬱々として、常に不機嫌で、不愛想で、そして、悲しんでいた。髪は伸びてボサボサで、無精ひげも剃らずにいたので人相が悪くなった。
何が辛いのか、何が不満なのか、話を聞いても、特に何も答えず、しかし、彼のその拒絶的と言える態度は、彼の悪意によるものではないことは確かで、とにかく気力をすっかりなくしたことで、ボケたようになってしまったのだ。
リフレがシャンとしないと回復しないと脅すようにリハビリを促しても、彼は取り付く島もないという具合だった。コンラートさんは、彼の話題に関しては、いつも首を左右に、無言で振るのだった。
怪我に効く薬はあっても、悲しみなどの感情を抑える薬はなく、彼の回復について、ぼくらは、ただ待つしかなかった。無理強いしても、彼がよくなる見込みはなく、むしろストレスをかけるだけで、逆効果になると憚られた。
ご飯だと、その時間になって持っていっても、ブルーノは、ほとんど決まって、静かに寝息を立てていた。
眠る彼のお腹は、呼吸に合わせて上下する。日数を経るにつれ、脂肪が削げて、お腹の膨らみが、だんだんと小さくなっていく。
どうしようもない寂しい思いを抱えているぼくは、だけど、やはり、ただ、彼の復活を信じて待つしかないのだった。
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