第149話
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あの日、あの城跡で、一夜を過ごそうと簡易のキャンプを設営した時、ふと、ひとの気配がして、緊張が走ったが、現れたのは、可憐な少女だった。
ミアのことだ。
ミアは、『教団』に、ある日、村の人々共々、山中に連れていかれ、施設に閉じ込められ、洗脳を目論む彼らから、徹底的な生活の管理のもと、窮屈な思いを強いられていた。
確かに、施設での生活は、自由がまるでなく、じぶんが望まない思想を信じ、そのために行動することを、説教を通して婉曲的に命じられた。
そういう洗脳を拒みたいと思うことは、いたって自然のことであったが、反抗すれば、施設を支配する規律・風紀の紊乱者として、教育と懲罰の名目において痛い目に遭わされ、結局、従わざるを得ない状況になっていたのだった。
だから、もともと人格というべき人格もなく、思想という思想もない、同調と謙譲と一抹の軽蔑をもって他者との調和を維持していた人たち――いわば日和見主義者たちは、思いのほか、淡々と転向し、『教団』にすり寄り、阿附迎合し、そこでの秩序に適応していった。
だが、中には、他人が、その者にとって都合のいい思想や意見を押し付けようとするのを容易に受け入れるのが難しい、よく言えばピュアで、悪く言えば頑迷で聞き分けの悪い性質を持った者がいて、そういう人々は、仲間がひとり、またひとりとポリシーをなげうって『教団』の支配下に治まっていくのに反して、凛然と反抗し、そして、異分子と見なされ、手酷い打擲を受け、破滅していった。
ミアが脱出出来たのは、本当に幸運だった。
彼女とフリッツを置いて村を発ったブルーノは、山中を行きながら、彼女の、あの夜、あの城跡での話す様子をしみじみと、また沸々と込み上げる義憤に駆られて、思い返していた。
両親と共に、彼女は村で過ごしていた。拉致される時もいっしょだった。
ある夜、皆が寝静まった頃、突然『教団』の騎士団が来襲し、村中がオタオタと動揺して迎撃することも出来ないまま、あっという間に村は、手もなく制圧された。警備に付いていた駐屯兵は皆殺しにされた。
ブルーノは、ミアが、彼女が経験した惨劇を思い返して、涙ながらに事情を話すその様を目にすると、父、マルティンが遺骸となって帰り、彼の死に目に際して泣き崩れていた母、ティーネの面影が見えるようで、胸がズキンと痛んだ。彼女の両親は、恐らく、憶測に過ぎないが、まだのらりくらりと従うフリでもして生き延びていると思われるが、今は娘のミアとは、離れ離れだ。
親を失うということの感覚が――ほとんどトラウマに近く、依然として克服出来ていない恐怖心や不安が、ザワザワとした寒気じみた戦慄と共に、じわりと蘇ってくる。鳥肌が立ち、毛が逆立つ錯覚に陥る。また、茫然と無気力になってしまかも知れないという虞がよぎる。
父を戦死で、母を衰弱死でなくしたブルーノは、ミアの心細いと思うその感情に強く共鳴し、息が詰まるようだった。
もう、本来の、ギルドを通して引き受けた仕事の報酬には見合わない労力を割いている。間尺に合わない働きをしている。
だが、ブルーノを突き動かしているのは、お金ではなかった。
静かな、怒りだった。
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