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「そうですか。旅人になられたのですか」
一人用のソファにゆったりと座り、腹部の辺で手を組んでいるヨハネスは、そう感慨深そうに、慈悲を偲ばせるやさしい瞳でブルーノを見、言った。
神殿の入り口に現れた聖職者が、よもやヨハネスという、かつてのブルーノの命の恩人であると、しばしの疑いの後に思い出した時、彼は、何ともいえない気持ちになった。だが、感動したのは確かだった。
ブルーノは、神殿に招じ入れられ、助祭は彼とヨハネスの二人を、客室に通した。
「えぇ」、とテーブルを挟んで導師と対面するブルーノは、背中を丸め、両手を膝に置いて、やや恥じらいを含み、答えた。「旅人、兼、職人見習いという感じです」
「大変でしょう」
「そうですね」
「ですが、頼もしいことです。」
「とんでもない」、とブルーノは、やはり照れたように返す。
「いやしい根無し草も同然なので……」
「いえいえ」、と導師は、首をゆっくりと振る。「あなたは奇跡の方です。よい天運を御身にお持ちなのです。どうか、胸をお張りになって」
ブルーノは思わず苦笑した。幸運の持ち主と言われたが、みずからの人生を振り返り、順風満帆だった頃などあっただろうか、という反語的問いが、浮かんだからである。
あの深雪の中――父も母も哀れにこの世を去り、精神的支柱を失ったも同然の、暗澹として朦朧とした意識で、闇が急激に濃くなっていく森の中を彷徨し、とうとう気力が乏しく、その場で倒れ込みそうになった時、ブルーノは、ぼんやりとした頭で、もう終わりだと悟った。彼の命は、雪と、悲哀と、夜の闇に、深く沈み込んでいくことは、ほとんど確実だったし、彼も、その運命を受け入れる心の用意が出来ていた。
だが、彼のもとへ、一条の光が差し、彼は救われた。救ったのは導師、ヨハネスだった。彼は、ある婦人の弔いの帰りに、たまたまブルーノのそばを通りかかり、雪を被った体を見つけ、びっくりし、しみじみと奇縁を痛感したのだった。
あの時も、ヨハネスは老人だったし、今、再会して目前にその容姿を見ても、ブルーノにとっては、特に変わらず老人で、せいぜい、前より更に髪が減り、しわが増え、動作が緩慢になったかも知れないという、老化の現れの気配を感知するくらいだった。
「中々望ましい仕事にありつけず、各地を回っているところです。木工職人としてある程度修行し、今持っているこの盾は……」
ブルーノは、ソファのそばに立てかけた木の盾を示して言った。「……手作りで、技量はじぶんとしては、悪くないという自負はあるんですが、村という村、町という町を訪ねても、タイミングが悪いのか、用なしで、けれど、次のところへ旅しないといけないから、ギルドで本当はやりたくない仕事を、お金のためだけにやって、食い繋いでいます」
微笑みを湛える導師は、納得する様子で、テーブルにあるソーサーの上のカップを取り、温かいお茶を飲んだ。
導師は開いた手でブルーノの側にもあるカップを指し、ぜひ遠慮せずに飲むよう、目配せした。
ブルーノもお茶を飲み、その温かいことに、元々そうだった気持ちが、更に安らぎ、こうしていつまでも恩人と他愛のない思い出話に花を咲かせていられるなら、どれだけ幸せだろう、という想像を膨らませた。
だが、麗しい思い出のビジョンの向こう側には、彼が辛酸を嘗めた苦しい経験の数々が、透けて見えた。
マルティンに、ティーネに、通った軍学校の仲間。木工職人として修業していた時の親方に、先輩に、後輩……誰も彼も、過去にだけいて、現在にはいないのだった。
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