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旧交を温めるブルーノとヨハネスの、和気藹々とした談話の途中、客間のドアをノックする音がした。ヨハネスの許可の後、ひとりの男が、かしこまった所作で、入室した。鎧を纏い、兵士のようだった。
兵士はヨハネスに頭を下げると、ブルーノにも頭を下げた。
ヨハネスは悠揚と構え、ブルーノは同じく頭を下げて返した。
――妙だ。
とブルーノは思った。
兵士が、神殿の客間に来、導師たるヨハネスに対し、兵士らしく恭順に振舞っている。ヨハネスは確かに人望が高いが、兵士と関係があるというのは、やはり腑に落ちず、しっくりしないのだった。
兵士はヨハネスの座るソファのそばまで来、片膝を突くと、「出立の準備が整いました」、と言った。
「そうですか。ご苦労」、とヨハネスは答えた。「もうしばらく、時間が欲しいですね。彼との話を今切り上げるのは、ちょっとばかり惜しいのでね」
ヨハネスは手でブルーノを指した。
「ハッ。かしこまりました」
兵士はふたたび頭を下げると、立ち上がり、丁寧に一礼して退室した。
ブルーノは、いったい何だったのだろうと不思議に思い、閉じた扉をじっと見つめた。
すると、導師が、彼の心情を察したように、「何でもありません」、と言った。
「わたしも、神父とはいえ、旅人と似た境遇ですのでね。一所に留まらず、次の村へ、町へ、移ろい、信徒のために祈り、説法を話し、新しい命を祝福し、なくなった命を弔うのです」
ブルーノはその話で、とりあえずは合点が行った。彼は、先に現れた兵士は、要するに、旅の護衛なのだと見なした。
ヨハネスはソファよりゆっくり優雅に立ち上がると、兵士が出入りしたのとは反対側の扉を開け放し、出ていった。
ブルーノも遅れて立ち上がり、その後を追った。
出たのは車止めの天井だった。
高所からの開けた風景が一望出来る。見渡す限り、樹木、そして山の斜面だった。
端に手摺があり、ヨハネスが腰の後ろに手を組んで立っている。
ブルーノは彼のそばまで行き、並んだ。
「おや」、とヨハネスが何かに気付いたように言う。「庭の剪定が済んだようですね」
見下ろせる庭には、鋏を持った助祭がおり、手を上げて見せる導師に対して、深々と一礼するのだった。
「美しい庭です」、とブルーノ。
ヨハネスは我が意を得たりという風に、にこりとする。
「ここは素晴らしいところです。旅の途中で立ち寄ったのですが、閑静でよい。空気もおいしいし、近くには泉があるし、脱俗というのは、人の世を離れ隠棲することですが、精神を素直にしますね」
「そうかも知れません」
ブルーノは振り返り、上を見上げた。外側より遠望した翼のある子供の石像が、今はよく見えた。
「しかし、わたしは神職という身空であり、人々のそばを離れて生きるわけには参りません。義務があるのです。能力がある限り、ひとはその能力に応じた義務を負う」
ヨハネスは、隣のブルーノの方に体を向き変えると、片手を差し出した。握手を求めているようだった。
ブルーノも彼の方に向き直り、片手を出し、握手を交わした。
ヨハネスの口元には、常に微笑が浮かんでいた。柔和で、人懐っこい笑みであった。だが、ブルーノには、その笑みに、うっすらと翳りが見えてくる気がするのだった。
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