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あるいは武力、あるいは暴力の行使によって、世の中がよりよくなるというのなら、戦争礼賛は正義であり、誰も反対しないし、むしろ世を治める術として歓迎すらされるだろう。
流れる血も、討たれる命も、すべからく必要な犠牲であり、新たなる秩序の礎となるのだ。
だが、滅びた秩序の上に新生した秩序は、決して完璧ではなく、最初は強固でも、やがて衰微し、綻びを生じ、その綻びが、争いを生むのだった。
親が兵士であり、みずからも一時は同じく戦地へ戦いに赴いていたブルーノにとっては、戦争は、善ではなかった。
父親は、無残に戦死し、取り残された母は、元々心細くなりがちだった性質もあり、段々と衰弱し、そして父の後を追って亡くなった。
ブルーノの両親は、いわば戦争で生活し、戦争で死んだも同然だった。母は主婦であり、軍関係の仕事に付いていたわけではなかったが、父の戦死が引き金となって、不幸が連鎖した。
生活の手段という意味においては、ブルーノにとって、戦争は、あくまで消極的にではあるが、善であった。
だが、結局全てを奪ったのも戦争であり、従軍していた頃の、
戦場で、押し迫ってくる敵兵。彼らはプロパガンダを掲げ、相手に対する印象操作で、怨恨を無理矢理募らせ、士気と団結力を高めていた。ものすごい形相で向かってくる相手を、ブルーノは、心を無にして、怨恨など持たず、ただ自衛のためだとみずからに言い聞かせ、強いて納得して、応戦した。
死のうと思えば簡単に死ねる仕事であった。首を相手に譲ればよいのだ。そうすれば、生きがいを見出すことの難しいこの世とお別れをし、父母がいるあの世へと旅立てる。
だが、ブルーノの命の火は、まだ明々と燃えていて、燃え尽きるには、強かった。まだ彼の人生には時間が用意してあり、何かが待っているようだった。
「――やめてくれ」
ポツリと、過去への回想より戻ってきた彼は、消え入りそうな声で呟いた。
兵士は違和感を覚え、ブルーノの方に首だけで振り向いた。
「殺す必要なんて、ない」
「こいつは聖職者で、我々の主たる目標だ。その町の、あるいは村の、聖職者を殺せば、我々の任務はおおむね完了というわけだ」
「どうして、そこまで性急になるんだ?」
「性急?」
「そうやって邪魔者を皆殺しにして、どこもかしこも占領して、世界征服か何か、出来たとしても、こういう不幸は必ず残る」
「全て、根絶やしにするまでだ」
「本当に、こういうことをあの人は――ヨハネスは望んでいるのか?」
「愚問だな。導師のあらゆる意思、命令は、あまねく下達されている。我々の思いは導師の思いでるし、我々の行為は、導師の行為である」
「……」
ブルーノは、悔しそうに拳を握り、俯く。
「情け深いものだ。結構なことだ」
兵士はそう言って嘲笑う。
ブルーノは、少しだけ顔を上げ、くずおれている神父を窺った。その様は、もはや抜け殻も同然だった。この危地を脱する気力は一切ないに違いなかった。
彼は、バッと激しく動き、回れ右して、教会の扉を蹴破って外へ逃げ出した。
「――ッ! 待て!」
複数いる兵士のひとりが、逃すまいとして、ブルーノの後を追った。
ブルーノは一散に森へと向かい、快足を飛ばし、とりあえず撒いたかと立ち止まって安堵しかけたが、遠くに騎馬に乗った兵士の姿がいくつか見え、しかも彼らが、はっきりとブルーノの存在を認識しているようで、ブルーノは、慄然として再び駆け出した。
馬とにんげんでは走る速さが全然違う。――逃げられない!
捕まった後、じぶんはどうなるのか……想像して、ブルーノは、気が遠くなりそうだった。
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