さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第157話

***

 

 

 

 あるいは武力、あるいは暴力の行使によって、世の中がよりよくなるというのなら、戦争礼賛は正義であり、誰も反対しないし、むしろ世を治める術として歓迎すらされるだろう。

 

 流れる血も、討たれる命も、すべからく必要な犠牲であり、新たなる秩序の礎となるのだ。

 

 だが、滅びた秩序の上に新生した秩序は、決して完璧ではなく、最初は強固でも、やがて衰微し、綻びを生じ、その綻びが、争いを生むのだった。

 

 親が兵士であり、みずからも一時は同じく戦地へ戦いに赴いていたブルーノにとっては、戦争は、善ではなかった。

 

 父親は、無残に戦死し、取り残された母は、元々心細くなりがちだった性質もあり、段々と衰弱し、そして父の後を追って亡くなった。

 

 ブルーノの両親は、いわば戦争で生活し、戦争で死んだも同然だった。母は主婦であり、軍関係の仕事に付いていたわけではなかったが、父の戦死が引き金となって、不幸が連鎖した。

 

 生活の手段という意味においては、ブルーノにとって、戦争は、あくまで消極的にではあるが、善であった。

 

 だが、結局全てを奪ったのも戦争であり、従軍していた頃の、血腥(ちなまぐさ)い思い出を回想すると、体力も精神力も惜しまず活発に働いてはいたけど、時には酸鼻を極める戦場の悲劇、惨劇が、厳しい不安感を伴って蘇って来、胸が苦しくなるのだった。戦争は悪だと叫びたい気持ちが、父のあの、ぼやきと共によくこぼしていた苦笑いの顔の向こうに、薄らいでいくのだった。

 

 戦場で、押し迫ってくる敵兵。彼らはプロパガンダを掲げ、相手に対する印象操作で、怨恨を無理矢理募らせ、士気と団結力を高めていた。ものすごい形相で向かってくる相手を、ブルーノは、心を無にして、怨恨など持たず、ただ自衛のためだとみずからに言い聞かせ、強いて納得して、応戦した。

 

 死のうと思えば簡単に死ねる仕事であった。首を相手に譲ればよいのだ。そうすれば、生きがいを見出すことの難しいこの世とお別れをし、父母がいるあの世へと旅立てる。

 

 だが、ブルーノの命の火は、まだ明々と燃えていて、燃え尽きるには、強かった。まだ彼の人生には時間が用意してあり、何かが待っているようだった。

 

「――やめてくれ」

 

 ポツリと、過去への回想より戻ってきた彼は、消え入りそうな声で呟いた。

 

 兵士は違和感を覚え、ブルーノの方に首だけで振り向いた。

 

「殺す必要なんて、ない」

 

「こいつは聖職者で、我々の主たる目標だ。その町の、あるいは村の、聖職者を殺せば、我々の任務はおおむね完了というわけだ」

 

「どうして、そこまで性急になるんだ?」

 

「性急?」

 

「そうやって邪魔者を皆殺しにして、どこもかしこも占領して、世界征服か何か、出来たとしても、こういう不幸は必ず残る」

 

「全て、根絶やしにするまでだ」

 

「本当に、こういうことをあの人は――ヨハネスは望んでいるのか?」

 

「愚問だな。導師のあらゆる意思、命令は、あまねく下達されている。我々の思いは導師の思いでるし、我々の行為は、導師の行為である」

 

「……」

 

 ブルーノは、悔しそうに拳を握り、俯く。

 

「情け深いものだ。結構なことだ」

 

 兵士はそう言って嘲笑う。

 

 ブルーノは、少しだけ顔を上げ、くずおれている神父を窺った。その様は、もはや抜け殻も同然だった。この危地を脱する気力は一切ないに違いなかった。

 

 彼は、バッと激しく動き、回れ右して、教会の扉を蹴破って外へ逃げ出した。

 

「――ッ! 待て!」

 

 複数いる兵士のひとりが、逃すまいとして、ブルーノの後を追った。

 

 ブルーノは一散に森へと向かい、快足を飛ばし、とりあえず撒いたかと立ち止まって安堵しかけたが、遠くに騎馬に乗った兵士の姿がいくつか見え、しかも彼らが、はっきりとブルーノの存在を認識しているようで、ブルーノは、慄然として再び駆け出した。

 

 馬とにんげんでは走る速さが全然違う。――逃げられない!

 

 捕まった後、じぶんはどうなるのか……想像して、ブルーノは、気が遠くなりそうだった。

 

 

 

***

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