さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

158 / 451
第158話

***

 

 

 

 あの神父はきっともう殺されただろう――。

 

 ブルーノはやがて逃走を断念し、くるりと振り返ると、騎兵の馬上からの攻撃を身軽にかわした。

 

 だが、相手は多勢に無勢といった具合で、勝ち目などなく、馬を下りたひとりの騎兵に、格闘を仕掛けられ、俊敏に動く彼に、片腕を強く引っ張られると、ブルーノはその勢いで投げ飛ばされ、背中を強打し、呻き声を上げ、意識が一瞬遠のいたかと思うと、鋭い剣を鼻先に突き付けられた。

 

「導師様と顔なじみのようだが、もう一度聞く。いったい何者だ?」

 

 ブルーノは、息を荒げ、「何でもねぇよ」、とぶっきらぼうに返した。

 

「まぁいい。お前の身空なぞには特に興味はない」

 

 ブルーノは手で後退りしたが、背中が木にぶつかった。彼の目の前には、騎兵たちがゾロゾロと群れている。

 

 ――剣と盾を放ってきたのは失敗だった、とブルーノは悔やんだ。だが、この劣勢にあって、じぶん単独では、まるで歯が立たないだろう。

 

「――ッ!」

 

 斬撃が加えられ、ブルーノは咄嗟に右腕で防いだが、剣の刃が右腕を切り裂いて、途轍もない激痛がし、熱っぽい血が多量に出てきた。

 

 ――右腕の感覚が遠い。深手を負って、もう使い物にならなくなってしまった気がした。

 

 ブルーノは剣を振るった目の前の兵士を睥睨した。

 

「おれをなぶり殺しにする気か?」

 

 兵士はニヤリと口を歪めて妖しく笑った。周りの兵士たちも、釣られて口々に笑った。

 

「普通に殺すのにも飽きてきたのでね。たまには趣向を変えてやってみようというわけさ」

 

「それも、ヨハネス導師の御心というわけか?」

 

「どうかな」

 

「悪魔め」

 

 兵士はもう一度、斬撃を加えた。ブルーノは目を瞑り、使える左腕で防いだが、今度は浅く、だが、痛みは確かにあった。力も手加減して、兵士は、わざと浅めに攻撃したようだ。

 

 ブルーノは目を開け、また兵士を睨み付けた。

 

 すると、兵士は剣を捨て、樹幹に背中からもたれているブルーノの胸倉を掴むと、唾を吐きかけ、ビンタを食らわし、その後は、殴る蹴るを繰り返し、思う様、いたぶった。

 

 しばらくし、「もういいよ」、と、群がる兵士のひとりが言った。「そこまでやりゃ、もう虫の息だ」

 

 ブルーノに蛮行を加えた兵士は、フゥ、と満足したように一息吐くと、首元を掴んでいるブルーノを放った。

 

 切り傷も、青痣も、骨折もたくさん負ったブルーノは、事切れたように静かで、後はずっと地べたに横たわっていた。

 

「村の占領も済んだようだ。殺すやつは殺したし、後は、捕らえた村人たちを施設へと送る。これ以上の長居は無用だ」

 

「あぁ、分かってる」

 

 ブルーノを虐めた兵士は、剣を拾い上げ、鞘に納めると、答えた。

 

 弱者への加虐の陰惨な愉楽を思う存分享受し、飽き足りた兵士とその一同は、ブルーノのもとを去っていった。

 

 薄らいだ意識で横たわるブルーノは、にんげんがみずからに備え得る残忍性、もしくは狂気、もしくは猟奇的趣味について想った。どうしてこれほどの蛮行を振るえるのか、不思議でならなかった。

 

 理解など、到底出来なかった。だが、そういうにんげんの一面は、こうして実際に満身創痍になっているわけで、確かに存在するのだ。

 

 その事実が、どうしようもないほど悲しく、ブルーノはほとんど死人も同然なのに、涙が溢れた。

 

 そしてその悲しみの感情が、彼を突き動かし、おもむろに両手を地に付いて四つん這いの恰好になると、両手と膝を用いて、とにかく村を離れようと動き出した。

 

 日暮れ時だった。

 

 ひたすら這って、森に入り、あてどもなくさまよい、やがて心地よい水音が聞こえると、その音源を求めて、聴覚を頼りに、鈍足で進んだ。水を飲みたかったし、傷口を洗いたかった。

 

 音は段々とよく聞こえるようになっていき、ブルーノは、取りあえず水場に着きさえすれば、人心地が付くと思い、希望を持って、這った。フリッツの顔が、ミアの顔が、おぼろげに浮かび、早く帰りたくてたまらなかった。

 

 木々の暗がりを行き、やがて夕日で明るい開けたところが見えた。

 

 ブルーノは、茂みを潜れば、森を出られるのだと思い、体中に葉をまとわり付かせ、蜘蛛の巣のある茂みに頭を突っ込んだ。

 

 すると、四つん這いで進む手が空を突き、おかしいと思ったが、もう遅く、ブルーノは前転するように、コロリンとその身を宙に浮遊させ、真下を流れる急流へ、真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。