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落下している時、ブルーノは、じぶんは死ぬのだと思った。
下を流れる渓流までは結構ある。
だが、もう何でもよかった。
どれだけ痛かろうが、すでに負傷しているのだ。今更新しい痛みに対して、特に拒絶感もない。
宙を落ちて、空気を勢いよく裂いていく時、とても寒かったのが、印象深かった。
青天井を、じぶんがうっかり落ちた崖の向こうに眺めていると、親しかった両親や仲間たち、フリッツやミアの顔のイメージが、次々と脳裏を掠めた。
何か胸苦しい感情が込み上げて来、ブルーノは顔をしかめた。
――じぶんがいなくなることを、彼は考えてみた。両親はいないし、その点は何の懸念もない。だが、共に旅をしてきたフリッツはどうなる? ミアといっしょに、支え合って、きっと、がんばって自立した生活を送っているだろう。だから、もうじぶんという存在がなくなっても、誰も、困らない。この世に繋がる解くことの出来ないくびきは、もうない。
落ちていくブルーノは、宙で体を転じて、仰向けから伏せた姿勢になると、凄まじい衝撃がブルーノを襲い、意識がプツンと途切れた。
――。
長すぎる眠りから覚めた時というのは、茫然として、物事が曖昧模糊としていて、最後に目覚めていた時を回顧し、色々なことを確かめないといけない。雑然と入り乱れた記憶というみずからの歴史を整理し、秩序付け、その結果を、現実と照らし合わせるのだ。
永遠だと思われた眠りが覚めるのは、どこか情けない気分にするものだった。きっぱりと別れを告げた相手と再会するのは、気遣わしいものだ。
どうしてまだ生きているのだろうか、とブルーノは不思議に――またいくぶん残念に思った。
やけに揺れるな、と思うと、彼は、じぶんが運ばれていることに気付く。牛が牽く牛車だった。
馭者がいる。暗緑色のローブをまとっている。
どこかの道を歩いている。山中のようだ。木々が蒼然と生い茂っている。
荷台のブルーノは少し体を動かしたが、ちょっとでも動かそうとすると、激痛が走り、結局動けなかった。
そういえば、と、ヨハネスとの再会から、神殿の前庭の美しいこと、ある村での騎兵たちとやり取り――その後の拷問をゾクゾクと思い返した。
彼は右腕、もっとも傷の深い右腕を動かそうといしてみた。内心、もう使い物にならなくなっているという恐れと共に。
実際、右腕は、深手を負っているはずなのに、他の部位とは違って、不自然に無感覚であり、何より、不自由だった。
戦々兢々として目を右腕にやると、ゾッとするような状態が見えた。
どれくらいの時が過ぎたか分からないが、血がまだ乾き切っておらず、未だにダラダラと出続けている。
しかも、化膿していて、黄色い膿が滲んでおり、ひどく気分を害した。
いっそのこと、切り落とすことが出来ればいいのだが、今までずっと存在し、酷使してきた腕を、そう簡単には、捨てられるはずもなかった。
あぁ、どうして生きているのだろう――ブルーノは慨嘆した。
死期を逸したようだ。運命というのはよく分からないものだ。これだけの目に遭って、じぶんの人生には、まだ、時が残されているのだ。
ブルーノは、虚脱感に襲われた。彼にとっては、人生はもう用済みだった。使い切った道具同然で、もう不必要だった。
誰とは知らぬ者が、ブルーノを運んで牛車を進める……。
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