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「お前、ひょっとして、みなしごか?」
男はそう問うた。特に軽蔑するわけでも面白がるわけでもなさそうだった。直感でそのように思ったようだった。
「こうして森の中でじっとしてさ、陰気臭い雰囲気まとって、落ち着かない感じでさ、帰る家がなさそうに見えるんだが」
胸を刺されるようだった。
「帰る家は、あります」
「ふうん、ならいいけど」
「……。」
男はわざとらしく目をそらし、どこか本気に取らないような素振りをして見せる。
その素振りがそれでなくとも落ち着かないでいるぼくを、いやましに落ち着かなくさせるのだった。
男がはっとする。何かはっとすべきものを目にしたかのように、はっとした。
彼はぼくを見たのだった。
そして、ぼくは泣いていた。しくしくと、静かな嗚咽を漏らして、泣いていたのだった。
すると、男は微かに、動揺する気配を見せた。
「どうやら、わけありって様子だな」
「母が、亡くなったんです」
ぼくは涙でべたべたの目元を拭う。
「そうか」
男は、ぼくの頭に手をのせ、撫でた。やさしい慰撫だった。
「だけど、まだ家に母の遺体が残ってて、どう始末してあげればいいか、分からないんです」
「くわしいことを聞こう」
男はしゃがみ、ぼくと目線の水準を合わせた。
ぼくは、彼に対して持っていた警戒を解き、確信はまだ持てないが、賭けてみたいと思う信頼感を、彼に対して、寄せたのだった。
彼はぼくの身空を詳しく知ろうと、色々な質問をぶつけてきた。生まれと育ちを、短いながら、また拙いながら、極力克明に説明しようと努力した。
肉親はいたが、父が早死にし、母が女手一つでぼくを育ててくれた。元々裕福な家庭ではなかった上に、父がいなくなったので、更に貧しくなったが、衣食住に不足を覚えることはあまりなかった。しかし上流階級の子供が行く学校など行けようはずもなく、物心付いた時から母に付いて働きに出、文字の読み書きや数の計算など、生活に欠かせない諸般の知識・学識は、自然に身に付けるなり、母に聞いて学ぶなりして獲得した。
日々の生活で手一杯で、将来のことを考える余裕などなく、夢や目標はなかった。ただばくぜんと、今の貧しさ、ひもじさ、物質的不如意に囲われた窮境から抜け出したいという執念じみたものはあったが、その執念も、母を救いたいという願望に由来するものだったので、母のいなくなった今、意味を失ったような気がする。
「――そうだったのか」
ぼくの受け答えから、ぼくの人生、ぼくの生活を理解した彼は、何となく、寂しそうな面持ちで、そう呟いた。
風が吹いて、木立の木々がざわめいた。
男は、目を閉じ、沈黙して、瞑想でもしているようだった。